trainee report 4

 

宇宙怪獣ケルベロス・デルタ

後半戦

 

 「指定特A級危険生物、学術名ケルベロスΔ(デルタ)。古代キル星人の遺伝子工学によって作られたと言われる惑星決戦兵器。過去、この生物によって滅ぼされた惑星は50個以上と推測される。これは文献による物や古代遺跡の発掘によって現在判明している数であり、今後調査が進めばこれ以上に増える可能性がある。高度な知能と戦闘能力を有し、完全体の全長は130メートルに達する。サイコキネシスとテレポーテーション、及び透視能力やテレパシー等の超能力を持つ。喉から超音波を発し、口から熱線を射出する。聴力・嗅覚は超次元空間レーダーを上回る性能で、飛行速度は大気圏中ではマッハ7、宇宙空間では亜光速…」
 「デビルマンの主題歌並みのスペックね。こいつがそんなバケモノ… いや、超生物とは思えないんだけど…」
 「今は幼生体だからなの。そのうち大きくなったら、とんでもない大怪獣へと進化するわ。」
 みずほは銀河連邦科学局のデータベースから引き出した情報が映し出されたモニターを睨みながら、膝の上でくるんと丸まって寝ている仔犬の背中を撫でる。
 「なんでこんな超生物が、こんな辺境の惑星に居るんだろ?」
 みずほの背後でスチール缶のプルタブを開く、ぱんという音がした。
 「三日前に、この太陽系付近を航行中の宇宙船が爆発事故を起こした。それはペダン星条約で星間輸出が禁止されている筈の、珍獣を扱う密売ブローカーの船だったの。」
 「ふーん、じゃぁコイツは密売人の商品だった訳か… かわいそうになぁ。」
 「そんなことはいいから、リリー。早く服着なさいよ。」
 背後からみずほの肩に腕をかけ、みずほの膝の上で丸まって寝ている仔犬を覗き込んでいた宇宙看護婦・牧村かなえは、手にしたポカリスエットの缶の中身を一気に飲み干した。
 下着姿のままでノーメイク、髪も寝癖だらけである。
 「かてえこと言うなよ。あたた… 二日酔いだな、こりゃ。」
 みずほの超次元高速機ギラン・ドゥの居住室は、見ればビールの空き缶や空になった酒瓶が至る所に散乱していた。
*
 (*注釈:これはわるいおおえるの見本である。よいこの新卒者の皆様は、決して真似をしないように)

 「きっとその密売業者の運び屋は、この子の正体を知らなかったのかも知れない。船の事故原因は次元軌道修正ミスや隕石との衝突なんかじゃなく、内部からの破壊だったそうよ。」
 「こえぇ〜、益々ヤバいじゃん。ってか、ホントにかわいそうなのは、何も知らなかった運び屋だったりして。早く危険生物保護機構に返した方がいいんじゃないの?」
 「きっと正式登録はされて無いんだろうなぁ。そうは思うけど、優くんに言っちゃった手前、どうしたものかしら…」
 みずほは膝の上の仔犬に視線を落とす。
 「幸せそうに寝てるね。エミー、きっとあんたのことをおかあさんだと思ってるんだよ。」
 かなえは背後から両腕をみずほの首に回し、みずほの頬に顔を寄せて肩越しに仔犬を覗き込む。
 「だから、リリー… 早く服着なさいよ…」
 「かてえこと言うなったら。ね、おかあさん。」
 かなえはみずほの頬に小さくキスをした。
 「んもう!まだ酔っぱらってる。リリー、今日は仕事でしょ!」
 「あ、ヤベ!もうこんな時間だ!エミー、キッド借りるよ!」
 かなえはあたふたと出勤の仕度を始める。
*
 (*注釈:看護婦さんのイメージと言えば白衣と消毒液の香りだが、この不良看護婦はその日一日、全身の毛穴という毛穴から別のアルコールの匂いを発散させていたに違いない)

 
 町内唯一のショッピングセンターの二階。
 婦人服売り場にタイムサービスのアナウンスが流れる。
 ワゴンの婦人物下着が、なんと値札の50パーセントオフ。
 ワゴンに群がる主婦の群れ。
 二人の主婦が同時に、同じ下着を握った。
 二人の間にバチバチと闘志の火花が散る。
 その時、二人が握った間をしゅるりと触手の様なものが伸びて来て、二人の手から新品の下着をさらって行った。
 「あっ!」
 二人の主婦が同時に叫び声を上げ、触手の飛び去る先を目で追う。
 「お、お、お… いただきだぁ…」
 そこに、背丈は成人男子以上もある一匹の巨大なカエルが、歓喜に震えながら二本足で立っていた。
 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 二階の下着売り場から、今までバーゲンセールに目の色を変えていた主婦らの絶叫が木霊する。
 
 みずほのデジタル式腕時計から警告アラームが鳴った。
 買い物帰りのみずほは、スーパーの袋を持ち替え時計を覗く。
 その液晶ディスプレイには地球の警察機構の無線を傍受して
*、自動的にふるいにかけて解析された緊急情報が流れていた。
 (*注釈:本当はいけないぞ)
 「えっ!これって、近くじゃないさ…」
 みずほはギラン・ドゥの格納庫に収納された、超次元マシン・アシッドキッドを呼ぼうとしたが、そこで一瞬考える。
 大通りを歩く人の波。そして、両手いっぱいに抱えた買い物袋。
 とても人混みの中であのスーパーマシンを呼ぶ訳にはゆかないし、何よりアシッド・キッドには、この荷物を収納出来るトランクルームは装備されていない。
 近くの駅のコインロッカーまで走ろうかと考えた時、みずほのいる歩道の側に、一台の赤い国産クーペが急停車した。
 助手席の電動ウインドウが開くと同時に、運転席側から聞き覚えのある声が響いて来た。
 「エミー!何ぼさっとしてるのよ!早く乗って!」
 「リリー!」
 みずほは運転席に座って怒鳴っているかなえを見て、思わず声を上げた。素早く歩道のガードレールを跨ぎ越え、赤いクーペの助手席のドアを開いて乗り込む。
 「エミー、買い物の途中だったの?ちょ、ちょっと…そのネギ、じゃまっ!」
 「あ、ごめんなさい…」
 運転席のかなえの顔に、みずほの膝の上に乗せた買い物袋から突き出た長ネギの先端が突き刺さっていて、みずほは慌ててネギを折り曲げる。
 「ほら、買い物は後ろのシート!行くよ、エミー!現場に直行!」
 「一体何があったの?それにリリー、あなた仕事中でしょ?」
 クーペのステアリングを握るかなえは、白衣姿のままだった。
 助手席のみずほは体をねじ曲げ、クーペのバックシートに橋本家の夕飯の食材を詰め込んだ買い物袋をそっと置く。
 「バッくれて来たのよ!そんな事はこの際どうでもいいの!この先のデパートにアイツらの仲間が出たそうよ。」
 「そうだったの…リリー、私、夕飯の仕度があるから、手っ取り早くやっつけちゃいましょ。」
 「私だって同じだよ。まだカルテの整理が残ってるんだから… って、こんな所帯じみたヒーロー、銀河中探してもいないよなぁ…
*
 (*注釈:正義の味方とは、常にボランティアであると筆者は考える。余程の巨大なスポンサーが付いていない限り、どれ程強い力を持っていようと最低限自分自身の生活は確保して行かねばならない。また弱者の視点に立って行動すると言う意味でも、理想であると思う)
 かなえは溜息を一つつくと、再びきりりとした表情に戻る。
 左手を伸ばし、シフトレバーに付いたオーバードライブとは別のスイッチを押す。
 車内に独特の電子音が響く。
 正面のメーターパネルの中で、通常のスピードメーターとタコメーターが見えなくなり、数々の情報を映し出すスペース・ナビゲーションを兼ねた集中型情報パネルへと変わった。
 がくんと車体が揺れる。それに合わせて、ふわりと車体が持ち上がった。
 フロントガラスの前面でボンネットの中央部が開き、エンジンのシャフトから連結したベルトが回る、スーパーチャージャーのエア・ファンネルがせり上がって来た。
 ひゅーんという吸気音とともに、正面パネルのデジタル・レヴカウンターがマックスパワーまで一気に駆け上ってゆく。心臓部のV型6気筒イオン融合ラムジェットエンジンがフルパワーで回転を始めたのだ。
 浮き上がった車体が眩い光に包まれる。元の赤い塗装色が消え、今は陽光を受けてきらめく銀色のボディへと変化していた。
 超次元追跡車『ディメンション・インターセプター』。
 これはみずほのアシッド・キッドと同様に、超時空警邏隊が採用している追跡用特殊車両だ。普段はありふれた乗用車に擬装出来るのが大きな特徴で、一種の覆面パトカーとも言えるだろう。
 かなえのこれは普段目立たないように、地球のありふれたクーペに似せた特注品である。
 地上から数10センチほど浮き上がった時点で、かなえのクーペは周囲の人々の視界から消えていた。
 様々な光が交錯する次元トンネルの中を、かなえのディメンション・インターセプターは銀色のボディをきらめかせ疾走する。
 
 ショッピングセンター二階、婦人服売り場下着コーナーに、突然眩い閃光が出現した。
 パニックに陥って逃げ出した主婦の群れをわざとからかうように、婦人物下着を頭に被って両手を挙げ、しゃーっと追いかけていた巨大カエルが驚いて振り向く。
 巨大カエルの驚きは、それだけでは済まされなかった。
 閃光の中から現れた、銀色に輝く一台の超次元追跡車のフロントノーズが巨大カエルに迫る。
 頭に被ったピンクのレースの付いた下着の間から覗いた、カエルの大きな目が驚愕にかっと見開かれる。
 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫とも断末魔ともつかぬ叫びを上げ、カエルの体が宙に舞った。
 フロントノーズに足下からすくい上げられ、特殊高分子グラス製のフロントガラスにバウンドし、ショッピングセンターの床にカエルの体が叩き付けられる。
*
 
(*注釈:トラックやバンで轢いた場合、対象物は確実に車輪に巻き込んでしまうが、普通車ではこのように対象物がフロントガラスに飛び込んで来る可能性があり、ドライバー共に危険な状況となる場合もある。かなえのマシンは特製なので問題無いのだが、これも故意によるものであり、決して事故ではない。何にせよ、安全運転に越した事はなく、歩行者の保護はドライバーの義務である事を付け加えておく)
 メタリック・シルバーの超次元追跡車、ディメンション・インターセプターのタイヤがぎぎっと白煙を上げ車体を制動する。
 停車したマシンの左右のドアが開き、二人の美少女が降り立つ。
 運転席側からは白衣の天使。助手席側からはラフなジーンズにエプロン姿の家政婦。
 「この…変態ガエル!性懲りもなく出やがったなっ!」
 かなえは床に叩き付けられて痙攣している巨大カエルを、きっと睨みつけて言う。
 かなえのディメンション・インターセプターの出現の為に、二階の婦人服売り場は災害でもあったかのように商品やワゴンが一面に散乱していた。
 「エミー、出番は無かったわね。今日はこれで一件落着よ。」
 かなえはみずほに向き直り、にっと笑う。
 「待って、リリー!」
 みずほは驚きの声を上げて倒れているカエルを指差す。
 常人ならば全身の骨格が砕け、打撲と内臓破裂と脳挫傷で即死は免れない程の衝撃を受けた巨大カエルの体がむっくりと起きあがった。
 「お、お、お、やったなぁ…やってくれたなぁ…痛かったぞぉ…」
 立ち上がったカエルは、体を引きずるようにしてみずほたちに向かって来る。その歩みは一歩ごとに正常なものとなっていた。
 このカエルはダメージから回復している!
 みずほとかなえは、その恐るべき回復力で一歩一歩近づいて来るカエルを呆然として見ていた。
 「お…おまえらぁの○○をひんむいて…○○をひらいておれの○○○を○○○に○○○んで○○○してやるからなぁ…そうして○○○を○○○○して○○してやるぞぉ…」
*
 (*注釈:テレビだったら『ピー』の連続だ)
 呪詛とも願望とも言えるような妄想を呟きながら、迫り来る巨大カエル。
 「なんだよぉこいつ…タチ悪い変態だなぁ。気色わるぅ…」
 「この前のヤツとはちょっと違うみたいね。行くわよ、リリー」
 みずほは腰に装備したサンダー・スティックを抜き出す。
 「ああ、こんな変態、早くブチのめしちまおっと。」
 かなえは両手首のブレスレットを胸の前で交差させた。
 その時、カエルが突きだした両手から吸盤の付いた指が伸びて来る。
 伸びた指はみずほとかなえの両手に巻き付き、あっという間に二人の動きを封じた。
 「くっそ…」
 両手を左右に開かれたかなえは、悔しげにうめき声を上げた。
 「さ、さ、さて…どっちからいただくかなぁ…」
 カエル顔が長い舌を垂らして迫って来る。
 「お、お、お、こっちからにしよう…」
 みずほの眼前にカエルの顔が迫って来た。
 「や…やだぁ…」
 長い舌がみずほの顔に迫る。
 「エミー!」
 かなえは必死になって、カエルの指の呪縛から逃れようともがく。
 
 成層圏の彼方に停泊している、超次元高速機ギラン・ドゥの居住室。
 食いちぎられて中身が露出したソファーの上で寝息を立てていた、一匹の仔犬の耳がぴくんと動いた。
 まぶたを開いた仔犬は顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回している。
 はっと何かに反応したのか、起きあがり、部屋の中を駆け出す。
 程なく壁にブチ当たり、その反動で小さな体はごろごろと床を転がる。
 「?…」
 すぐに立ち上がった仔犬はきょとんとして、目を白黒させている。
 見れば、仔犬が突進した高分子金属製の壁に凹みが生じていた。
 鼻を鳴らし、虚空でくんくんと匂いを嗅いでいる。燃え盛る炎のような形をしたその特有の耳が、更にぴくんと反応した。
 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜ん!」
 突然起こった仔犬の遠吠えに、部屋の中がびりびりと振動する。棚に並んでいたグラスや酒のボトルが次々と破裂して砕けてゆく。
 遠吠えを発した仔犬の体が眩い光に包まれる。
 次の瞬間、仔犬のその小さな体は部屋から消えていた。
 
 みずほの顔にカエルの舌が迫る。
 ぬらぬらと濡れて光る触手から、みずほは必死になって顔をそむける。
 「ぐ、ぐへへへへ…」
 カエルの嫌らしい笑いが同時に迫ってくる。
 その時、みずほの顔に迫る筈のカエルの舌が何者かに切断された。
 みずほの目の前を、茶色い疾風が通り過ぎたかのように見えた。
 音もなく着地したその疾風は、噛み切ったカエルの舌を放り投げ、その小さな体で身構える。
 「え?パトラッシュ!?」
 「な…なんだぁおまえ!」
 カエルは突然現れたその小さな生物に驚き、憎悪に満ちた視線を送る。
 再び伸びたカエルの舌が、その茶色い仔犬の体を横殴りに払った。
 強烈な一撃だった。仔犬の体が宙に舞う。
 「パトラッシュ!」
 みずほは泣き声に近い絶叫を上げる。
 仔犬はくるんと空中で体を回転させ、飛ばされた先の壁面に着地した。
 がっと爪を立てた壁から、ぱらぱらと漆喰の粉が落ちる。
 壁面を踏み切って、再び仔犬は自ら宙に身を躍らせた。猫科の動物を思わせるような敏捷性だ。
 空中の仔犬の両耳のあいだから、ばちばちと青白いスパークがほとばしった。
 その青白い電光は、みずほとかなえを縛り付けているカエルの両手に向かって伸びる。
 仔犬の耳朶から射出された高電圧破壊光線が、命中したカエルの両肘を粉砕した。
 「あ!あああぁぁぁぁぁ…」
 カエルは絶叫をあげて後ずさる。
 「え?あのチビ助なのっ?! つ、つええ…」
 かなえは千切れたカエルの腕から、今まで自分を呪縛していた指を振りほどきながら呟く。
 「パトラッシュ…」
 みずほは信じられないというふうで、仔犬の動きを見守っていた。
 「き、きさま…」
 千切れたカエルの両腕の肘から、腕の先端がずるずると伸びて再生している。
 憎悪に燃えたカエルの目が仔犬を睨みつける。
 これも瞬時に再生した舌が、渾身の恨みを込めて仔犬に迫る。
 空しく舌の先端が床を叩く。仔犬を叩き付ける筈の場所に、既に仔犬の姿は無かった。
 飛び上がった仔犬は、カエルの胸板に体当たりをかましていた。
 「あああぁぁぁぁぁっ!」
 その衝撃でカエルは後方に飛ばされ、ショッピングセンター二階の端の壁に叩き付けられる。
 壁に体をめりこませ、さすがに圧倒的な再生能力を持つこのカエルも暫く動けない。
 たんと着地した仔犬は、壁面に張り付いたカエルを睨みかっと口を開く。
 「パトラッシュ!」
 みずほの制止も間に合わず、仔犬の口から青い閃光が迸った。
 
 野次馬の群れが見守る中、ちゅどーんと音を立て、ショッピングセンターの二階中央部から爆発が起こった。
 ショッピングセンターの内部から外にめがけ、その一直線に走る熱線の閃光は彼方の虚空に消えていった。
 
 「パトラッシュ…」
 みずほは仔犬をそっと抱く。
 みずほの腕の中で仔犬は、へっへっへっと嬉しそうに舌を出している。
 「私を助けに来てくれたの?」
 ぎゅっと抱きしめた仔犬のぬくもりが腕の中に伝わって来た。
 「大したヤツだね。おかげであたしらの出番が無かったよ。ってか、やりすぎ…」
 かなえは、みずほの腕の中の仔犬を覗き込んで言う。
 パトカーや消防車のサイレンの音が、二階の婦人服売り場まで響いて来た。
 「まずい!エミー、ここを脱出するんだっ!早く乗って!」
 みずほは仔犬を抱き、ディメンション・インターセプターの助手席に乗り込む。
 運転席のかなえはシフトレバーをドライブレンジに入れ、アクセルペダルを踏み込む。
 ボンネット上のエア・ファンネルが、ひゅーんと音を立てて振動を始めた。
 ディメンション・インターセプターの集中型情報パネルの中で、デジタル・レヴカウンターが最大トルク発生値まで跳ね上がってゆく。
 ぎぎっとホイルスピンのタイヤの跡を残し、ディメンション・インターセプターは熱線によって開いた壁の大穴に向けて急加速をする。
 宙に飛び出した刹那、ディメンション・インターセプターの車体が眩い光芒の中に消えた。
 「ねえ…私たち、もしかして悪いことしてるんじゃない?…」
 助手席で仔犬を抱き、みずほは小さく呟く。
 「正義の為なんだよ…不可抗力だよっ!」
 かなえは自分に言い聞かせるように、前方の次元トンネルの先を睨み続けていた。
 様々な光が交錯する次元トンネルの中を、一台の超次元追跡車は銀色のボディをきらめかせて疾走していた。

*  *  *  *  *  *

 銀河連邦危険生物保護機構には内緒だけど、指定特A級危険生物『ケルベロスΔ』の幼生体をこの惑星で保護しました。
 とても危険な生物なので勝手に保護しては叱られると思うけど、安心して下さい。
 確かに高い戦闘能力を備えていますが、研究報告に記載されている程の凶悪な生物ではありません。
 それは従順さを越えた優しさを持ち、賢くて正義感が強くて、子供が大好きで、どんなに強大な相手にでも立ち向かってゆく勇敢な種族でした。
 この子が完全体に進化するのは二千年後らしいので、到底私はこの子の成長ぶりを見てあげる訳にはいきませんが、この子の成長した素敵な姿を見てみたい気もします。
 ケルベロスΔの生態報告に一つ、追加項目。

 好物:太陽系第三惑星のデザート、チーズケーキ(笑)
 
 そういえば、お母様が生前可愛がっていたガッツ星インコのチコちゃんは元気かしら?
 私が居なくて寂しがってないかな?
 アニーが世話してるから大丈夫よね。今度帰ったら、アニーとチコちゃんに早く会いたいな。
 勿論、お父様にも。
 
 親愛なるお父様へ。

 *  *  *  *  *  *

 「パトラッシュ!」
 みずほの怒号が超次元高速機ギラン・ドゥの居住室に響く。
 パトラッシュと呼ばれた仔犬は、こそこそと頭を低くして蹲っている。
 「もう!何て事するのよっ!」
 きゅぅんと哀れみを乞うように、みずほの顔を上目遣いに見上げる仔犬。
 見れば、部屋の中は嵐が荒れ狂ったような状態だった。
 食いちぎられたクッションの中身が散乱し、ガラス製や陶器の瓶はその殆どが破裂していて、その凄まじい破壊の痕を物語っていた。
 仔犬は立ち上がり、もてもてと歩いてみずほの足下にすり寄る。
 尻尾を振りながらみずほの顔を見上げる、無垢な黒い瞳と目が合うと怒る気力も萎えて来る。
 「確かに、特A級危険生物だわ… はぁ…」
 溜息を一つついて、みずほはそっと仔犬を抱き上げた。
 
 

See you again …