trainee report 3

 

看護婦さんも宇宙人

後半戦

 

 病院からの帰り道。
 すっかり暗くなった住宅街を、みずほは一人歩いていた。
 入院する事になった優太は付き添いをせがんでいたが、完全看護の病院で必要もなく、また付き添いの者が横になるスペースすら無い程、病院は入院患者で溢れかえっていた。
 その殆どが小さな子供たちであった。
 そんな優太を説き伏せて、入院に必要な物を届けに来た陽一も帰り、みずほは消灯時間が来て優太が寝付くまで側にいた。
 微かな物音に反応して、みずほは顔を上げる。
 右手の家の二階のベランダで何かが動いた。
 眼を凝らすと、でっぷりとした影がベランダに干した洗濯物を物色している。
 「?… 下着どろぼう?」
 みずほはその家の近くまで駆け寄ろうとしたとき、その影がベランダから大きくジャンプした。
 「あれは!」
 明らかに人間のものではない跳躍力だ。
 その影は暗くなった路地に着地し、更に大きくジャンプして前方の角に消えた。
 「待ちなさいっ!」
 みずほは消えた影の後を追う。
 暗闇の中でみずほの卓越した視力は、はっきりとその影の姿を確認していた。
 巨大なカエルのような姿。
 ぬらぬらと光るイボだらけの皮膚。
 そしてその頭部には、レースの付いたピンク色の女性用の下着を被っていた。
 みずほが角を曲がった時には、その姿は既に無く、街灯で照らされた路地だけが静かに連なっていた。
 
 「その番地は?」
 かなえの質問に、みずほは昨晩下着泥棒と出会った場所を答える。
 「そう、やはりね。その家の女の子が、昨日の夜中ここに救急車で運び込まれたわ。」
 朝早く病院を見舞い、相変わらず高熱でうなされている優太を激励した後、24時間ぶっ通しで勤務しているかなえと会った。
 「下着が盗まれた心当たりは無い?」
 顔に疲労の影を見せながら、かなえはみずほに聞く。
 「あ、そういえば!優くんが熱を出した日に、お母さんが下着が足りないって言ってた…」
 「それね、間違いない。時空犯罪組織ブラック・ナイト。そいつが、この惑星に存在しない筈のウイルスをばらまいている。ついでに戦利品のつもりなのか、その家の下着をコレクションするというフェチね。」
 「やはり、ウイルスだったの?」
 「検査室で患者の検体を失敬して、私の解析装置にかけたところやっと出所が分かったの。これはメトロン星B型ウイルス。子供にしか感染しない厄介なものだけど、猛威をふるえば惑星の未来に関わる重大な事態になりかねない。」
 「そんな… 優くんが死んじゃう…」
 「大丈夫。科学局の医学調査委員会を通して、ワクチンの手配をしておいたわ。じきに時空転送便で送られて来るようになっている。」
 「良かった… ありがとう、リリー。」
 「礼には及ばないわ、これが私の仕事だから。それより、元を絶たないと…」
 みずほに一瞬アイデアがひらめく。
 「その元を絶ってやろう。リリー、手伝ってくれる?」
 「あんたに協力する気はないんだけど、これ以上患者が増えたらバレーの練習が出来なくなるからね。」
 かなえはみずほに向けて、にっと笑顔を見せた。
 
 「おおぉっ〜♪」
 時計の針は既に午後十時を廻っていた。
 消灯時間も過ぎ、病棟の明かりが消えた新星病院のベランダの下。
 背丈は成人男子以上もある、一匹の巨大なカエルが歓喜の声を上げる。
 ベランダには円形の物干しが下げてあり、レースの縁取りが付いたピンクや黒の女性物の下着が夜風になびいていた。
 「う、うれしいなぁ。だ、だ、大収穫だぞぉ。」
 巨大なカエルは、そのでっぷりとした体からは想像も付かないような跳躍力で飛び上がり、二階のベランダへ音もなく着地する。
 「ふ、ふふふふふん〜♪」
 鼻歌まじりで、ベランダに干されていた下着を物色する巨大なカエル。
*
 
(*注釈:こんな場面を想像しただけでイヤになる。いや、筆者も書くのが辛いが、読まれている方はもっと辛いだろう)
 特に気に入ったのか、カエルは一枚の黒いブラジャーを手にした。
 「お、お、お… こ、これがいい。」
 カエルは黒いブラジャーを鼻先に付け、くんくんと匂いを嗅いでいる。
*
 
(*注釈:もうどうにでもなれ。それにしても、洗濯物の匂いを嗅いだところで、洗剤の匂いしかしないだろうに)
 「ん!んんんん〜…」
 その時、カエルはベランダのガラス越し、廊下の先に、同じく女性物の一枚のパンティが落ちているのを見た。
 「お、お、お、おおお…」
 目の色を変え、カエルは鍵の開いたドアを開け病棟内に侵入する。
 パンティを拾い上げたカエルは両の前足を使い、自分の目の前に拾った獲物をびろーんと引き延ばす。
 全体がピンクの縞に、お尻の部分にクマのワンポイントが入った下着だった。
 カエルは更に右側を振り向く。
 そこは『看護婦更衣室』と書かれたドアだ。
 カエルはピンクの縞にクマのワンポイントのパンティを放り出し
*、更衣室のドアを開ける。
 
(*注釈:どうやらコイツはロリ趣味ではないらしい)
 薄暗い更衣室の中、ロッカーがずらりと並んでいる。
 巨大なカエルは次々とロッカーの中身を物色し始めた。
 「何かいいものが見つかったかしら?」
 カエルははたと手を止め、声のした方向を振り返る。
 そこに、一人の看護婦が立っていた。腕を組み、背中をロッカーに預け、小首を傾げてその看護婦はにっと笑った。
 「お、お、おまえは… だ、だ、だれだ?」
 その場で硬直したカエルは、突然現れた看護婦に向けて慌てながら聞く。
 看護婦は背中を預けていたロッカーからすっと離れ、巨大なカエルに静かに歩み寄る。
 「待ってたわよ、世の女性と子供達の敵。私の名は、リリー。銀河連邦科学局医学調査委員会実習生。この星での名は、牧村かなえ。身長163cm、体重46キロ。スリーサイズは内緒の秘密の、彼氏いない歴2年8ヶ月の19歳。独身。
*
 
(*注釈:だから、敵はそんなことまで聞いてはいない)
 「お、お、お、お、お…」
 巨大なカエルは慌てて逃げ出す。
 「待ちな!きっちりオトシマエ付けてやるんだからね!」
 開け放ったベランダのドアをカエルはくぐり、ベランダから大きくジャンプした。
 戦利品の黒いブラジャーを口にくわえ、暗闇の中を宙に舞う。
 「あっ!ちきしょ!」
 かなえはカエルを追ってベランダに飛び出し、アルミで出来た柵をひらりと跳び越えた。
 淡いピンク色の白衣がくるくるっと空中で回転し、すたっと病院の中庭の芝生の上に着地する。
 どるん!と、かなえの背後で排気音が轟いた。
 かっと闇を切り裂くヘッドライトの光芒が、かなえの白衣を照らし出す。
 かなえは背後から迫る光芒に向けて振り返った。
 「エミー!」
 光量子燃焼型液冷式2サイクル四気筒エンジンが唸りを上げ、その真紅のボディは、ききっというブレーキ音と共にかなえの側に並ぶ。
 「さぁ、行くよリリー!今度は逃がさないからね。」
 時空警邏隊制式採用のスーパーバイク、超次元マシン『アシッド・キッド』に跨る芦原みずほの背中で、そのノーヘルの長い髪が夜風にさらりと揺れた。
 「行けっ、エミー!あの変態ヒキガエルを、銀河の果てまでも追い詰めろ!」
 かなえはみずほの背中、アシッド・キッドのタンデムシートに跨る。
 万能走破タイヤが唸りを上げ、二人の美少女、正義の見習い実習生を乗せた真紅のマシンが、前輪を浮き上がらせて猛ダッシュを開始する。
 「やっろー… あのブラは私のなんだぞ。お気に入りの勝負下着だぞ… 返しやがれってんだ。」
 背中で呟くかなえに、みずほは大声で聞く。
 「私のぱんつは無事だったの?」
 「あんたのクマさんにゃ、やろーは見向きもしなかったよ。」
 「なんでよー?!」
 
 闇に浮かぶアシッド・キッドのメーターパネルは、一面の液晶板で形成されており、その中に現在のスピードやエンジン回転数、冷却液の温度や充填燃料の残量、走行距離や飛行空間高度などがデジタル表示され、更に中央部には追跡用マップや目標の詳細情報が刻々と提示されるようになっていた。
 「あ、見つけたっ!」
 ロックオンした標的は、住宅街の中を不規則なジャンプの連続で逃走しており、一般公道からの追跡は困難を極めていた。
 町はずれのトンネルの前で、その巨大なカエルの姿を肉眼で捉えることが出来たみずほは思わず声を上げる。
 「あいつ、トンネルの中に逃げ込むつもりね。当に袋のネズミだよ。」
 タンデムシートに跨った白衣の少女が言う。
 姿を消したカエルの後を追って、少女二人を乗せた真紅のバイクはトンネルの中に突入する。
 「それにしても、長いトンネルねぇ。ここって、こんなに長かったかしら?」
 マシンを操りながらみずほは呟く。
 「待て、エミー!これは罠だっ!」
 背後のかなえの声に反応して、ききっとアシッド・キッドの万能走破タイヤがブレーキ音を軋ませる。
 停止したバイクに跨る二人の少女に、重い静寂がのしかかる。
 トンネル内部の明かりが、うっすらと不気味な点滅を続けていた。
 
 …ゲロ…
 …ゲロゲロ…
 …ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ…
 
 闇の彼方から迫るカエルの合唱が徐々に近づいて来る。
 「ちっきしょ、ハメられたか…」
 アシッド・キッドのタンデムシートから降りたかなえは、薄闇の地面に立ち尽くす。
 その目線の先。ぺたんぺたんと無数の影がこちらに向けて迫って来ていた。
 その姿がはっきりと見える距離まで迫ったとき、少女二人の背中に悪寒と戦慄が走る。
 「うう…気持ち悪いなぁ…」
 アシッド・キッドから降り立ったみずほは、呻きながら腰のベルトに手を伸ばす。
 ジーンズのベルトに装着されたケースから、特殊警棒『サンダー・スティック』がみずほの右手に移った。
 「こりゃ、変態ヒキガエルの大特価市ね。やるっきゃないか!」
 かなえは両手首にはめていたブレスレットを、胸の前で交差させる。
 ばちばちっと火花がかなえの両肘から先を包み込み、次の瞬間両手首のブレスレットは、銀色に輝く高分子形状記憶合金で作られた鉄甲グローブに変わる。
 「あ、それ、いいな。」
 「ふふん。お昼のテレビ通販で売ってた限定品よ。ヘルメスのバックとペアウオッチが付いて、なんと、38900ギルス。」
*
 
(*注釈:余計なもの付けなくていいから、そのぶん安くしろってんだ)
 「お買い得。って、今はそれどころじゃないよね。」
 「さぁ、エミー。何がいい?カエルのモモ肉は塩焼き?それとも、タレ焼き?」
 「どっちもヤだ。」
 既に少女二人は無数の巨大カエルに取り囲まれていた。
 「そう贅沢も言ってらんないよ。でやぁぁぁぁぁっ!」
 かなえは正面のカエルに目がけ、正拳突きを放つ。
 顔面にかなえの正拳を受けたカエルは、鉄甲グローブから放たれた高圧電流の火花に包まれて、背後の仲間の群れの中にフッ飛ぶ。
 ばちばちとプラズマ光に包まれて倒れた、数匹のカエルの姿が消滅した。
*
 
(*注釈:これは本来、痴漢およびストーカー撃退用のセルフ・ディフェンス・アクセサリーだが、あまりに過剰な攻撃力の為に、かなえの本星では問題となっていた)
 「ブレードウィップ!」
 みずほの右手に握ったサンダー・スティックから、青白い光を放つ軟質金属が伸びた。
 びゅんと闇を切り裂き、青白い光芒が宙に舞う。
 「お、おおおおおお…」
 みずほのブレードウィップの直撃を受けたカエルが数匹、その千切れた部分から消滅した。
 「こいつらは分身だ。本体はどこ?」
 かなえは群がるカエルを次々と殴り飛ばしながら、周囲に目線を配る。
 「あっ!」
 かなえは悲鳴に近い大声を上げた。
 多数のイボイボだらけのカエルの中、唯一そいつだけ違う風体をしていた。
 その巨大カエルだけ、全裸ではなかったのだ。
 見覚えのある黒いブラジャー。事もあろうにそいつは、かなえのお気に入りのブラジャーを胸に装着していた。
 「…やっろー… この、変態ガエル…」
 かなえの顔に、絶望と激怒がこみ上げてくる。
 周囲に群がる分身のカエルを次々と殴り飛ばし、その本体に近づこうとする。
 その時、かなえの背後の二匹のカエルの口から細長い舌が伸び、かなえの足を足首から巻き上げる。
 「あっ!」
 細長い舌の先端が、かなえの白衣の裾の中に今にも侵入しようとしていた。
 「こら、変態!そこは侵入禁止だぞっ!」
 「えやぁっ!」
 みずほのブレードウィップが煌めき、かなえを狙っていた二匹のカエルを打ちのめす。
 かなえに舌を伸ばしていた二匹のカエルは、フッ飛びながら消滅した。
 その時、みずほの背後から、黒いブラジャーを装着した本体のカエルの口から細長い舌が伸び、みずほに迫る。
 瞬時にみずほはカエルの舌に上半身を巻き取られ、身動きが出来なくなった。
 舌の先がみずほの首筋をぬるりと這い、ダンガリー・シャツの胸元に侵入しようとする。
 「う… いやぁん…」
 「レーザーアーム!」
 赤く光るかなえの右手鉄甲グローブが、高熱と高周波振動を発する刃と化してカエルの舌を切断する。
 「お!お、お、お、お、お…」
 舌を切断された本体のカエルは口を押さえて後ずさった。
 「エミー!なにをやらしい声を出してるのよ?!」
 「ああ、おどろいたぁ…」
 その時、本体のカエルがショックを受けたせいで、今まで周囲に居た筈の無数の分身カエルが姿を消す。
 「う… も、もうすこしだったのに…」
 黒いブラジャーを装着した本体のカエルは、後ずさりながら悔しそうに呟いている。
 「下着ドロどころか、チカンまで働く変態ヒキガエル。そのブラはくれてやる、三途の川の渡し賃だ。もう観念しな。てめーは宇宙の藻屑になりやがれ!」
 かなえの差し出した左手の掌で、小さな虹色の光の玉が発生した。
 その玉は徐々に大きくなり、バレーボール程の大きさにまで成長する。
 「リリー!それをこんなところで撃っちゃだめだよ!」
 「でぇいっ!」
 ぼんっとサーブの要領で、かなえは左手に発生した光弾を巨大カエルに向けて打ち込む。
 「お、おおおおおおっ!」
 小型時空振動弾が巨大カエルの体に吸い込まれ、光のスパークが拡がった。
 凄まじい衝撃と爆発音の後、トンネル内に静寂が戻った。
 充電されたエネルギーを使い果たした、かなえの高分子形状記憶合金製の鉄甲グローブが、元のブレスレットに形を戻す。
 そこは、トンネルではなかった。
 小型時空振動弾の衝撃で出入り口を閉ざされてしまった、地中の空洞だったのだ。
 「あ〜あ、変なカエルさんはやっつけたけど、閉じこめられちゃったじゃない。」
 みずほはアシッド・キッドのモニターを覗く。
 「無理だよ。脱出不可能…」
 「なんだって?!」
 「こう狭いと、加速の為の走行距離が足りないの。」
*
 
(*注釈:超次元マシン『アシッド・キッド』は空間を歪めた瞬間移動が可能であるが、その為には飛行機の滑走路と同じで十分な加速を付ける距離が必要であり、今みずほ達が幽閉されている地下空洞ではその距離が不足なのだ)
 「喋らないで、エミー。酸素が薄くなるっ。ああ、こんなに若い身空で、こんな地面の下で終わるなんてヤだ!」
 「だから、私が言ったじゃない。」
 「ええいっ!この際だ!エミー、最後に二人でメイク・ラブしよう…」
 「リリー、ヤケにならないでよ… 仕方ないなぁ。ストーム・ウィーゼル!」
 みずほは左腕のデジタル式腕時計に内蔵された、高感度マイクに向かって叫ぶ。
 遙か成層圏の彼方で、超次元高速機『ギラン・ドゥ』の底部ハッチが開いた。
 ギラン・ドゥの底部に設けられた格納庫から、一機の高次元戦闘車『ストーム・ウイーゼル』が宇宙空間に滑り出す。
 これは飛行ユニットと走行ユニットが合体したもので、元々は惑星探査用に作られたものを、特殊部隊の要請で軍が改良した単独戦闘システムである。
 銀色に輝く機体後部のブースターから、高圧縮タキオン粒子が光の渦を巻き上げる。
 可変翼が高速ポジションへと動き、宇宙空間を加速してゆきながら、自らが作った異空間へと突入した。
 夜空に突如、眩い光芒が炸裂する。
 異空間トンネルから地上に姿を現したストーム・ウイーゼルは、上部の超高速戦闘機『スカイゼル』と、下部の万能走行戦車『グランゼル』に分離する。
 『スカイゼル』から切り離され、着地した高速ドリル戦車『グランゼル』は、砂塵を巻き上げて地中へと潜り込む。
 地下ケーブルをブッた切り、水道管を破裂させながら
*、地底で呼ぶ主人の許へと突き進む。
 
(*注釈:正義の為なら、多少の犠牲や迷惑はやむを得ない)
 どかんという大音響とともに、地下空間に突如現れたドリル戦車の機体からざらざらと土が流れ落ちた。
 「よし!脱出するよ、リリー!」
 グランゼルの後部ハッチが開き、超次元マシン『アシッド・キッド』の車体が自動で収納される。
 みずほは機体の側面に開いた、上部に跳ね上がる形式のガルウイング式のドアの内部に滑り込む。
 「やた!これで、こんな陰気な地下室とはおさらばだね。」
 操縦席に座ったみずほの、反対側に開いたドアから乗り込んだかなえが言う。
 二人を乗せたグランゼルのドアが静かに閉じた。
 操縦席に座ったみずほは、天井に付いた自動管制装置のスイッチを次々とオフにしてゆき、マニュアル操縦に切り替える。
 「ああっ!これって、アルぺインのINW-D600じゃない?!最新型だよ、いいなぁ…」
 副パイロット用の座席に座り、正面のパネルに据えられた高音質オーディオ機能を統合したスペース・ナビゲーションシステムをいじり回すかなえを、みずほは一喝する。
 「こらぁ、触らないでよ!高かったんだからっ!」
 「ちぇ、けちぃ…」
 
 その日、体育館の観客席は満員御礼状態だった。
 選手の入場。双方のチームがコートに入る。
 コートのネット越しに、二人の美少女が対峙していた。
 「エミー、手加減は無しだよ。」
 病院の白衣姿のかなえは、ネットの向こうにいるライバルに、にっと笑顔を見せた。
 「リリーこそ。正々堂々と行こうね。」
 ジャージの上から灰色のスモックを着たみずほは、相手に向けてにっと笑顔を返す。
 ゲームオープンの合図を告げる笛の音が、体育館の中で高らかに鳴り響いた。
 

*  *  *  *  *  *

 この美しい惑星で、懐かしい友人に会いました。
 ほら、お父様も憶えているでしょう?
 お祭りの日に、ピット星のエレキング獅子舞が怖いと言って、私の背中に隠れて泣いていた、隣の家のリリー。
 男の子にいじめられてた私をかばって、変身ポーズ付きで男の子全員を泣かせてしまった、隣の家のリリー。
 私たちはいつのまにか大きくなって、いつのまにか同じ人を好きになっていて。
 あのときに私たちの間で生まれた確執を、埋め合わせる事は出来ないかも知れない。
 だけど、私たちは同時にカインを失った。そして、共通の目的と敵に遭遇した事で、少しだけ元の仲良しに戻れたような気がするの。
 そして、リリーは相変わらずでした。
 強くて優しくて負けず嫌いで無茶苦茶なところは、何一つ変わってはいませんでした。
 今日のバレーボール大会は、私たち“モトマチ・キンダー”が優勝しました。
 決勝戦でリリーがキャプテンを務める“新星ナース”は、とても手強かった。僅か二点差だったんです。
 でもリリーは、何だかとても嬉しそうでした。
 時空犯罪組織の仕業だった子供達へのウイルス攻撃は、私とリリーで阻止しました。
 これからはリリーと力を合わせて、彼らの陰謀と戦えたらいいなと思っています。
 やはり私にとって、リリーはかけがえのない大切な親友です。
 お父様もお酒ばかり飲んでないで、たまにはスポーツで汗を流しましょう。
 だって、元宇宙刑事のお腹が出てたら格好悪いんだからね。
 
 親愛なるお父様へ。
 

*  *  *  *  *  *

 「あ、あのさ… 中華の美味しい店があるんだけど、一緒に行かない?」
 買い物から帰ってきたみずほを待っていたように、陽一が声をかけて来た。
 「ごめんなさい、陽一さん。今晩はテニスのコーチを頼まれてるの…」
 中華と聞いて涎が出そうになるのをこらえ、みずほは陽一の誘いを断る。
 「あ、今夜でなくてもいいんだ。またいつか、開いた時で。」
 うつむいたみずほは苦しそうに言葉を綴る。
 「陽一さん… 私はもう、陽一さんと一緒にお出かけ出来ないの。」
 「どうして?」
 暫くの沈黙の後、みずほは顔を上げ、思い切って陽一に聞く。
 「私、見たの。陽一さんが女の子と一緒に歩いてるところ。替わりはいくらでもいるの?」
 陽一ははっとした表情をした後、慌てて答える。
 「それってたぶん、同じサークルの子じゃないかな?最近忙しくて、学校内で打ち合わせが出来ないんだ。」
 「信じていい?」
 「勿論さ。だから、一緒に中華を食べに行こう。」
 「うん。」
 陽一を見上げたみずほの顔に輝きが戻った。
 「陽一さんってモテるんでしょうね?」
 「そんなことないさ。あ、そう言えば最近、あの病院の看護婦が携帯の番号を教えてくれってしつこいんだよ。」
 輝きを取り戻した筈のみずほの表情が、見る見る疲労に支配される。
 「それ、牧村って看護婦さん?」
 「そう。」
 がっくりと肩を落としたみずほは、溜息を一つついた。
 「はぁ…」

 
 

See you again …