trainee report 3

 

看護婦さんも宇宙人

前半戦

 

 一般家庭は既に夕餉も終わり、バラエティ番組を映し出すテレビの前で、子供達に続いて父親の笑 い声と、その笑い声を聞きながら流し台に向かい幸せそうに皿を洗う母親。
 そんな同じような一家団らんが、それぞれの家で展開されている時間に、内部からの照明に浮かび上がった小学校の体育館の中で、ボールの弾ける激しい音と 必死のかけ声が響いている。
 小学校の体育館を借り切ったその集団は、まだ社会人なりたてと思しき若い女が五人。
 全員が交代で飛んでくるバレーボールの落下地点に飛び込み、トスやレシーブを繰り返している。
 流行のストレートパーマをかけた髪から汗が伝い、体育館の床に飛沫を散らす。
 その熱気もさることながら、その集団が必要以上の気迫で観る者を圧倒する秘密は、一般的な社会人バレーのようなジャージ姿ではなく、今となっては珍しい 黒いブルマを着用している事だった。
*
 
(*注釈:決して筆者の趣味ではない)
 「かなえちゃ〜ん!もうキツいよぅ…」
 「少し休みましょうよ。みんなバテ気味だし、さっき時間外から終わった人もいるんだからさぁ。」
 「甘えた事言ってるじゃないっ!次ぃぃぃぃっ!」
 先程からネットの向こうでサーブを送り続けている少女が、ボールを抱えて怒鳴った。
 「いいっ!今度の大会は、私たち“新星ナース”が総ナメにするのよっ!」
 かなえと呼ばれた少女は、宙に放ったボールをぼんっとネットの向こうに打ち込む。
 カゴに入った最後の一球を掴み、宙に投げ上げた。
 「私だって… 私だって、今から夜勤なんだからっ!」
 かなえと言う少女は残りの一球を、やけくそ半分の愚痴混じりでネットの向こうに打ち込むと、その場に立ち尽くし腰を折り両手を膝の上に乗せる。
 肩で荒い息を二・三度した後、すっくと背筋を伸ばしてベンチに向かう。
 後頭部で髪を束ねていたゴムをすっと引く。長い髪が、白い体操服に似たユニフォームの背中で広がった。
 「休憩しましょ。」
 「さんせ〜っ!」
 かなえの一声で、若い女達はめいめいがタオルや水筒を置いたベンチに向かう。
 かなえはスポーツタオルで汗を拭きながら、アイソトニック・ドリンクの入った水筒のチューブを口にくわえる。
 汗で光る横顔には、先程の練習の時に見せた険しい表情が和らぎ、その本来の美貌を取り戻していた。
 「いい、“モトマチ・キンダー”は強いわ。私たちと決勝でぶつかるのは避けられない。」
 「“モトマチ・キンダー”って、前までは全然相手にならなかったのに、どうして強くなったんだろ?」
 明るい褐色に髪を染めた女がかなえに聞く。
 「あの娘がいるのよ…」
 「あのこ?…」
 「いい、絶対に勝つ!合い言葉は?!
 「コートの中では泣かないわっ!」
 チームのかけ声が、明かりの点った体育館の中で木霊した。
*
 
(*注釈:…だって、おんなのこだもん)
 女たちはかけ声の後、それぞれが持参した水筒やペットボトルで喉を潤し、一斉にお喋りに興じはじめた。
 誰かが新しい彼氏を見つけたらしく、その話で持ちきりだった。
 このあたりはまだ若い看護婦
*たちである。
 
(*注釈:現在正式には“看護士”と記述するべきであるが、入院 経験のある筆者は、彼女らの激務とその重い仕事の意義に心からの感謝と敬意を表し、本編ではこう呼ばせて貰う事とする)
 若い看護婦たちのお喋りを聞き流しながら、彼女らの中で一層若いかなえという少女は、スポーツタオルを首に回しふと、体育館の窓から覗く夜空を見上げ た。
 牧村かなえ。このバレーボールチーム“新星ナース”を率いる、熱血スポ根監督兼エースアタッカーは、決意を秘めた瞳で夜空を睨む。
 「見てらっしゃい、エミー。今度こそ、けちょんけちょんのコテンパンに伸してやるんだから… 忘れたなんて言わせないんだから。」
 
 「あ、みずほおねーちゃんだぁ!おねーちゃぁぁぁん!」
 買い物かごを持った芦原みずほの回りを、黄色い帽子の集団が取り囲む。
 下校時間を迎えた幼稚園には、送迎バスに乗り込む園児の集団。そして、近隣の家の園児を迎えに来た母親の群れがあった。
 「わぁ!みんな、元気だった?」
 みずほは屈託のない笑顔で園児たちを見回す。
 「はぁい!」
 元気いっぱいの子供たちは、みずほに取り付いて離れようとしない。
 「あ、みずほちゃん。今日は五時から練習ね。」
 年の頃ならみずほより二つ三つ上の、若い保母
*が近づいてくる。
 
(*注釈:現在正式には“保育士”と記述すべきであるが、本編で はこう呼ばせて貰う事とする。通園経験のある筆者としては、通っていた幼稚園には何故か若い保母さんがおらず、いわゆるベテランの保母さんだらけで少しだ け寂しかった思い出があるが… まあいいか)
 「うん。みんなもかなり上達してきたし、私も嬉しいよ。」
 みずほは小首を傾げてにっこりと笑う。
 こぼれるような笑みに付随して、長く伸びた髪がさらりと揺れた。
 そんなみずほを園児たちは、憧れの眼差しでぼぉーっと見上げている。
 「みずほちゃんのお陰よね〜。元々はママさんバレーに対抗するのと、保護者との親睦を深めるために始めた事なんだけど、いつの間にか町内の工場や病院ま でが参加して来て、町内一大イベントになっちゃったんだから。」
 この町内バレーボール大会は大盛況で、近隣の市からも見物や取材に訪れるギャラリーで当日はとてつもなくごった返す。
 それもその筈でこの大会のウリは、それぞれの職場や団体が選り抜きの美女を選手に選び、更に職場の制服でプレイするというコスプレとは言えないがコスプ レチックな見せ場が受け、町内のお父さん連中はもとより、遠くの町からビデオカメラを引っ提げて来るマニアも現れる程だった。
*
 
(*注釈:決して筆者の趣味ではない。が、実に楽しい町だ)
 みずほは園児と保母に挨拶をして家路に向かう。
 橋本家に帰ったみずほは、いつものように元気に飛びついて来るわんぱく坊主がいないのに気が付いた。
 ばたばたと廊下を走る音。
 振り向くとそこに優太の母、紀子が血相を変えて台所からリビングに向かっている所だった。
 「お母さん。どうしたの?」
 みずほの呼び声にはたと足を止めた紀子は、冷蔵庫から持ち出したと思われるアイスノンを片手にみずほに詰め寄る。
 「あ、みずほちゃん。大変なの、優太に熱があるみたいで。」
 普段病弱な母親であったが、子供の病気を前にして必死の看護をしていた。
 そんな紀子が痛々しく見えた。
 「お母さん、代わります。優くんはどこ?」
 優太はリビングのソファーに寝かされていた。側にランドセルが置いたままになっているのは、きっと学校から何とか帰って来て、そのままダウンしたに違い ない。
 「優くん、大丈夫?」
 みずほは優太に声をかける。
 「…みずほおねーちゃん… 天井が回るよぅ…」
 優太は青い顔をして、力無くみずほの問いかけに答える。
 みずほは優太の額に手を当てる。相当な熱だ。
 「お医者さんに連れて行かなくちゃ。どうしよう… キッドを呼ぶわけにはいかないし…」
 優太の父、清秀の自家用車はガレージに置いてある。しかし、みずほは地球上で発行されている公式の運転免許証を取得してはいなかった。
 「俺が連れて行くよ。母さん、車のキーを。」
 みずほは声のした方向を振り返る。
 「陽一さん…」
 みずほは少し複雑な気持ちで、ドアの縁に寄りかかって立っている陽一の姿を見る。
 「陽一さん、帰って来たのね。良かった。」
 紀子はそう言うと、車の鍵を取りに清秀の部屋に向かう。
 みずほはソファーに寝かされた優太に声をかける。
 「さ、優くん。お医者さんへ行こう。」
 「ちゅーしゃはやだよぅ…」
 「優太、行くぞ。」
 陽一は駄々をこねる優太を有無も言わさず、ひょいと抱き抱える。
 「おねーちゃんも一緒でなきゃヤだぁ…」
 陽一の腕に抱かれ、優太は必死になってみずほに手を伸ばす。
 「こいつ、この期に及んで何言ってるんだ?」
 陽一は抱き抱えた優太を呆れたように見下ろす。
 「ごめん、優くん。おねーちゃんは家の仕事があるから。」
 「うわぁぁぁぁん!おねーちゃんと一緒じゃなきゃイヤだぁ!ちゅーしゃ怖いよぉ!」
 「こら、優!騒ぐと熱が上がるぞ!」
 優太を抱き抱えた陽一は、腕の中でじたばたと暴れ出す優太を押さえつけようとする。
 みずほはそんな陽一の、広い背中を見つめていた。
 
 …カイン… 私たち、約束したよね。きっとこんな場面だって、私たちの未来に存在した筈…
 …それが、私の夢だった。二人で築く筈の夢だった…
 
 「家の事なら心配しないで、みずほちゃん。優太に付いて行ってあげてちょうだい。」
 タイミング良く紀子が車の鍵を持って現れた。
 「車のドアを開けてくれ。後ろのシートに優太を寝かせよう。」
 陽一はあごでみずほに指示する。
 「は、はい。」
 みずほは玄関で陽一に先回りし、ガレージの車のリモコン・キーを開く。
 
 …お母さん。それって、今の私には酷だよぅ…
 
 そんな事は言える訳もなく、みずほは運転する陽一の側、つまり助手席を避け、後部座席に寝かされた優太の膝枕になる。
 
 優太行きつけの小児科がある新星病院は、外来患者でごった返していた。
 その殆どが熱を出した子供と、その保護者であった。
 「うわぁ、混んでるなぁ。」
 みずほは待合い室に入るなり、小さくうめき声を上げた。
 清秀名義の扶養家族の保険証で初診受付を済ませ、待合いのソファーに優太を挟んだ形でみずほと陽一は腰を下ろす。
 優太を横にする事は出来ないが、座れただけでも幸運だった。
 そこへ、一人の看護婦が走って来る。手に注射器と消毒用のガーゼを持っていた。
 「橋本優太くんのお母さんですね?ごめんなさい、今小児科が混雑してまして… 本来なら熱を出されている子供さんは、処置室で熱冷ましを打って休んで頂 くんですけど、あいにく処置室も一杯でして…」
 「いえ、母親じゃないんですけど…」
 みずほは忙しそうに喋る看護婦に向けて顔を上げた。
 「あ… あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 突然看護婦は声を上げ、手にした注射器を落としそうになる。
 「え?… あ、あ、あぁぁぁぁっ!」
 みずほもつられて声を上げた。
 二人の絶叫は入院病棟まで響いた程である。
*
 
(注釈:病院内では携帯電話の電源をOFFにしましょう。また、 いくら知り合いに出会ったからといって、大声を出すのはやめましょう)
 
 新星病院の二階、入院病棟のベランダに涼やかな風が吹き渡る。
 日だまりで遊んでいたすずめが数匹、一斉にぱたぱたと飛び立った。
 「久しぶりね、エミー。いや、芦原みずほ… ここではそういう名前だったわね。」
 みずほとは旧知の看護婦は、白衣のポケットに手をつっこみ、空を見上げながら呟くように言う。
 「リリー。どうしてあなたがここに?」
 みずほは白衣の背中に問いかける。
 「牧村かなえ。ここでは、そう名乗っているわ。探したわよ… あんたの勤務地に被るように志願して、なんとか頭の固い連中を説き伏せてここまでやって来 た。」
 「そうだったの。またリリーと一緒に居られるんだね。嬉しい。」
 かなえは振り向き、きっとみずほを睨む。
 「勘違いしないで。私はあんたをコテンパンのけちょんけちょんにやっつけてやる為に来たんだから。」
 「え…?」
 みずほはきょとんと首を傾げる。
 「とぼけないでちょうだい。ハッキリ言うわ。私からカインを奪っておいて、ちゃっかりとこんな辺境の惑星であんなイケメンの旦那を捕まえて、あんなに大 きな子供まで作って!」
 「だから優くんは私の子供じゃないったら!それにカインは…」
 みずほは顔を赤らめて必死に反論する。
 「それにカインがどうしたの?あんたたちの噂を聞くたびに… カインは私を遠ざけていって… あんたは日に日に可愛くなっていって…」
 「カインはリリーの事をいつも気遣っていたのよ。そんなリリーが私は羨ましかった…」
 「それがどうしたの?!私は何だったの?タダのピエロじゃない!」
 「そんな言い方はないわ。カインに悪いよ。」
 「結局、カインを射止めたのはあんただったでしょ?!さぞや幸せだったでしょうね?カインとは深い関係だったんでしょうね?!」
 かなえはその美しい顔を憎悪に歪めて怒鳴り散らす。
 「そーよ!私とカインは深い関係だったよ!えっちだってしたわよ!」
 みずほはかなえに負けじとまくし立てる。
 「…なんかいしたの?」
 かなえの表情がすっと冷たくなった。全ての感情を押し殺した声で、みずほに聞く。
 「五回、かな…」
 「ああっ!聞きたくないっ!どーしてカインがあんたなんかとぉぉぉぉっ!」
 かなえは頭を抱えて蹲った。
*
 
(*注釈:だったら聞くな。それにしても、何というセキララな会 話であろうか)
 ベランダに涼やかな風が吹き渡る。
 少女二人の沈黙は重く、とてつもなく長い時間に思えた。
 「仕事に戻るわ、エミー。だけど、これだけは言っておく。カインはいってしまったけど、あんたとの戦いはこれからなのよ。」
 「リリー…」
 「私は正々堂々と勝負する。あんたなんかに負けないわ。」
 かなえはベランダへの出入り口のドアに向かう。
 みずほは、そんなかなえの後ろ姿を見送っていた。
 「それと… エミー。今、子供達の間で悪質な風邪が流行っているの。大人には感染しない妙なウイルスで、この地域限定らしい。何か引っかかるから、調べ てみるわ。」
 突然振り向いたかなえはみずほに言う。
 「うん。」
 みずほは小さく頷いた。
 昔のままの負けず嫌いで正義感の塊のような、幼馴染みの同級生がそこにいた。
 銀河連邦科学局医学調査委員会実習生、リリー。
 地球名“牧村かなえ”は、熱血スポ根看護婦としてこの惑星に赴任していた。
 
 

To be continued …