trainee report

 

家政婦さんは宇宙人

後半戦

 

 走るみずほの前に、小さな虹色の光の群が現れた。
 その無数の光の乱舞は収束を始め、見る間に大きな赤い光弾へと変わる。
 みずほは走りながら大きく踏み切り、空中に飛び上がる。
 次の瞬間、みずほは前方を走る赤い光の上に飛び乗っていた。
 みずほが跨った瞬間、無数の光の群がぱっと弾けて消える。
 その赤い光弾は、メタリックな輝きを放つ一台の大型バイクに変わった。
*
 
(*注釈:一歩でもタイミングを誤れば、大変間抜けで危険な事態となる。強靱なバネを持ち、尚かつ運動神経抜群のみずほならではの技であり、よいこの皆さんは決して真似をしないように)
 赤い軽量対衝撃ファイバー製のカウルが、太陽の光を受けて輝く。
 みずほはバイクのシートの上で、
*セパハンを握りバックステップに足をかけ、ぐっと前傾姿勢を取った。
 
(*注釈:セパハンとは通常のバイクのように一本で繋がったハンドルではなく、左右に分かれた「ハ」の字型のハンドルである。バックステップとはその名の通り、純正のステップより後退し高い位置に設けられた、軽金属で作られたステップである。これによって、少々窮屈ではあるが高速操縦時の前傾姿勢が可能となる。現在のバイクでは純正で装備されている物もあるが、その昔は違法改造の対象でもあった)
 「キッド!あいつの先回りをするわよ!」
 みずほの指令に呼応するかのように、高分子金属製のフレームに抱かれたパワーユニットが唸りを上げる。
 急激なパワー伝達によりぐんと前輪が浮き上がり、再び地球の重力によって前輪が下りた時、赤い光の尾を残して超次元マシンは加速を始めた。
 バイクに跨ったみずほの周囲で、ぐにゃりと空間が歪む。
 
*超次元マシン『アシッド・キッド』は主人のみずほを乗せ、空間の歪みの中を猛スピードで駆け抜けていた。
 
(*注釈:このマシンは、みずほの故郷の惑星の交通機動隊の中で、特に選り抜きの精鋭部隊であり『赤い悪魔』と呼ばれ恐れられている、時空警邏隊が制式採用している高速追跡用特別車両だ。地球の科学では解明不可能なパワーユニットを搭載し、地上走行時の最高速度は時速630kmを誇り、人工知能と自動操縦システムに加え瞬間移動も可能とする。なお、みずほは如何なるルートでこのような怪物マシンを入手したのかは不明である)

 「くふふ… 何と愚かな生物よのう… 簡単に儂の意識が入り込めるスキだらけではないか…」
 醜悪に歪んだ老人の顔が呟いた。
 老人は眼を巡らせ、地上にいる次の獲物を物色する。
 その老人は、正確に言えば“顔だけ”である。
 
*羽ばたいている翼を持つ体は、漆黒のカラスのものであり、蜥蜴を思わせるような爬虫類の長い尻尾が、うねうねと波打ちながらその体の末尾にアクセントを加えていた。
 
(*注釈:果たしてこれが、物理的に大気の中で羽ばたいて飛んでいるのかは謎だ)
 翼長4メートル近くはある、明らかに地球の生物ではない巨大にして邪悪な鳥は、ゆっくりと低空飛行を続けていた。

 五階建てのビルの屋上で、赤い光が瞬いた。
 その赤い光の中から飛び出した、少女を乗せた赤いマシンは勢い良く屋上を駆け抜け、隅の金網近くで急ブレーキをかけた後輪を滑らせ、車体を180度回転させて停止した。
 特殊万能走破タイヤがもうもうと白煙を上げる。
 「ふう… 生身じゃやっぱキツイよ… こんな時に
*コンバットスーツがあればなぁ…」
 みずほは停止した超次元マシンに跨ったままハンドルから手を離し、さらりと伸びた髪のかかる肩をぽんぽんと叩いた。
 
(*注釈:銀河連邦警察の中で、危険な特殊任務に携わったり宇宙犯罪組織と戦う捜査官に支給されている特殊強化服の通称だ。特殊軽合金のグラニュームやソーラーメタルで作られており、装着した者に高い機動力、防御力、攻撃力を提供する。なお余談であるが、一部の捜査官に用意されていた物の中には、コンバットスーツの所有者の音声を識別し、移動基地から自動的にエネルギー粒子に変換し転送、所有者の身体を感知して元の形態へと還元する転送システムを持った機種が存在する。特筆すべきは、その一連のプロセスがわずか0.05秒、ないし0.001秒という超高速で完了するという事である。この転送システムは莫大な予算を必要とするため、ほんの一握りの捜査官にのみ支給されていた。残念ながら、現在このシステムは廃止されている)
 真紅のマシン、アシッド・キッドから降り立ったみずほは、ビルの屋上のコンクリートの上で仁王立ちとなり、前方の空より迫り来る異形の怪物を睨みつける。
 腰に右手を廻し、Tシャツの裾の下からジーンズのベルトに装着していたケースのホックを外す。
 ケースの中から懐中電灯のような青い金属製の棒が現れ、みずほの手の中に移った。
 「ブレードウィップ!」
 
*かけ声も高らかに、みずほは金属製の棒に付いたスイッチの一つを押し、先端をぶんと振り下ろす。
 
(*注釈:戦闘をする上では意味が無いように思えるが、技の名を叫ぶかけ声は精神集中の為にも絶対に必要である)
 棒の先から青白い光を放つ軟質金属がしゅるりと伸び、高圧電流のスパークが眩しく光った。
 「なんだぁ… この小娘は…うぎゃぁっ!」
 カラスの体を持つ老人の顔面に高圧電流を纏った軟質金属のムチが、正面からべちりと直撃した。
 どさりと異形のカラスの黒い体が、ビルの屋上に墜落する。
 「うわぁぁ… あっ、あっ…」
 カラスの頭部に付いた老人の顔が、今までに経験した事のない物理的な痛みに苦悶の表情を見せている。
 ざっと一歩、みずほはのたうち回っている異形の怪物の前に進み出た。
 「貴様… 何故儂の姿が見える? この惑星の人間ではないな… 貴様は一体…」
 辛うじて怪物は、鳥のような細い足でその体を支えて起き上がった。鉤爪が悔しげにコンクリートをひっ掻く。
 みずほの手の先で、ばちりと軟質金属のムチが唸りを上げる。
 「銀河連邦科学局生物環境保全委員会、調査実習生、エミー!この星での名前は、芦原みずほ!身長155cm、体重44キロ。バスト91、ウエスト58、ヒップ86。彼氏いない歴1年3ヶ月の19歳、独身!
*
 
(*注釈:敵はそんなことまで聞いてはいない)
 「環境保全委員会だとぉ… 銀河連邦警察ではない輩が、我らに刃向かって無事で済むと思うか?」
 「あなたは何者?!」
 みずほは怪物に向かって叫ぶ。声に出してはいるが、実際は精神を媒介としている会話である。
 「ふふふ… 儂か?儂らは偉大なる宇宙の意思… 暗黒の闇より産まれ出でたる創造主の先兵である…」
 「能書きはいいから、本題を答えなさいっ!あなた達の組織は何なの?目的は何?!」
 先程のみずほの攻撃のダメージが和らいで来たのであろう、異形の怪物は憎悪の視線をみずほに向け憎々しげに呟いた。
 「気の短い娘だ… 我らは、時空犯罪組織『ブラック・ナイト』。儂の使命はこの惑星に住む人間の、精神の弱さを調査することにある。やがて儂の調査報告を受けた本隊が乗り込んでくるぞ。この辺境の惑星はやがて我ら『ブラック・ナイト』の支配する星となり、いずれ全銀河へと征服の手を伸ばす為の要衝となる… ふふ… 銀河全ての惑星が我らの暗雲に呑み込まれ、滅びの時を迎えるのだ… 貴様は運がいい、この偉大なる歴史の始まりに遭遇出来たのだからな。泣くがいい、わめくがいい。そして我らの偉大なる創造主に命乞いをしてみ…ぐあぁぁっ!」
 再び怪物の悲鳴がビルの屋上で木霊した。
 高圧電流を纏った軟質金属のムチが、容赦なく老人の顔面を横殴りに叩き付けた。
 「き、きさま… 自分で質問しておきながら… 人の話は最後まで聞け!」
 老人の顔は怒りで真っ赤に染まっている。
 みずほは手に握った金属製の棒のスイッチを押す。
 しゅるりと青い光を放つ軟質金属が、元通りに棒の中に収まった。
 「聞くまでもないわ!悪意を込めた行為に、正統な理由なんて存在しないのよっ!レーザーブレードぉっ!」
 みずほは、手に握った金属製の棒に付いたスイッチを押す。先程とは別のボタンである。
 棒にあてがった左手を徐々に離して行く。その直線上の距離の中に、青白い光の刃が現れた。
 収縮自在の特殊金属は、棒の中に内蔵されたエネルギーを放出し、オーバーブーストモードに切り替わる。
 
*特殊警棒『サンダー・スティック』は、高熱と高周波震動を放つレーザーブレードへと変わった。
 
(*注釈:これは銀河連邦警察の機動隊に装備されている、暴徒鎮圧用の武器である。如何に公的機関といえど、科学局の調査官は民間人であり、警察用の武器の携行はあきらかに規則違反である)
 「ま、まて、娘!話せば分かる!」
 異形の怪物は後ずさりながら逃げようとしていた。見ればぼうっとその本体が薄らいでいて、背後の景色がうっすらと透けて見える。
 「往生際が悪いわよっ!エミー・ダイナミッ…! あれっ?…」
 レーザーブレードを大上段から斬りつけようとしたみずほは、はたと腕の動きを止めた。
 異形の怪物はみずほの眼前より、影も形も消え失せていた。
 「ちぇ、逃げられたかぁ… 一矢報いるチャンスだったのに…」
 残念そうにみずほは呟く。
 所詮彼らは生物ではない。宇宙の邪気が凝り固まって作られた意識の存在であり、一時的に地上の物質を集積して肉体を作るが、再びそれを分散して姿を消す事なぞたやすい事である。
 「帰ろう、キッド。今頃はきっと、あの可愛い彼氏が首を長くして待ってるから。」
 銀河連邦科学局生物環境保全委員会調査実習生、エミー。
 地球名、芦原みずほは、真紅の超次元マシン『アシッド・キッド』に跨った。
 
 西の空から放出された赤い光は、東の空に浮かぶ雲のスクリーンに照射して、灰色から赤への美しい夕焼けのコントラストを作っていた。
 高台にある公園も、一面が夕焼け色に染まりつつあった。
 みずほは座ったブランコの鎖を握り、大きく漕ぎ出す。
 ブランコの揺れに合わせ、さらりと黒髪がなびいた。
 「きれいね。こんなきれいな夕焼けがあるんだね…」
 誰にともなく呟いたみずほの言葉に、隣のブランコに座っていた優太は不思議そうに首を傾げた。
 「おねーちゃん、夕焼け見た事ないの?」
 「こんなきれいな夕焼けを見たのは初めてなの。おねーちゃんの住んでいた町は、何もかも便利で、何も無くって…」
 「ふぅん…」
 優太は考えるのを止め、赤さが増してきた夕焼けに目線を移した。
 ぽんとみずほの前に、一個の泥で汚れたサッカーボールが転がってきた。
 みずほはブランコから飛び降り、転がってきたサッカーボールを拾い上げた。
 「おばちゃーん!ボール取ってぇぇぇっ!」
 公園の隣の広場から、サッカーに興じていた少年達の声がする。
 「誰がおばちゃんですってぇっ!」
 みずほは振り向きざまに叫んだ。
 「あ、おねーちゃんだ!おねーちゃぁん!こっち、こっち!」
 サッカーのゴールが設置された広場から、五・六人の小学生が手を振っている。
 全員が真っ黒に陽に焼け、半ズボンを泥だらけにしている。
 みずほはサッカーボールを空中に投げると、ヘディングの要領で二・三度、額で軽くドリブルをし、続いて左右の膝で交互にボールを蹴り上げ、地面に落とした所で右足の裏でたんっとボールを押さえつける。
 優太はぽかんと口を開け、呆気に取られたままみずほの見事なドリブルを見ていた。
 「いっくぞー!どいてろよぉ!」
 二・三歩下がって助走を付け、絶妙のタイミングでみずほはシュートを繰り出す。
 ぼんっと弾かれる音が響き、一直線に飛んだボールは少年達の目の前を通過して、ゴールのネットに飛び込んでいった。
 ゴールキーパー役の少年は目を白黒させたまま、ネットに飛び込んでエネルギーを失い地面に落ちるボールを眺めていた。
 「うわ、すっげ…」
 少年達の口から次々と感嘆の声が漏れた。
 「あははぁ… ちょっとリキ入れ過ぎたかなぁ。」
 照れ臭そうに頭を掻くみずほに、ブランコから立ち上がった優太が近寄ってくる。
 「ウチに最初に来た時より、今のおねーちゃんのほうがずっといいよ。通り魔を投げ飛ばした時のおねーちゃんも、カッコよかったけどね。」
 「そう?やっぱりおねーちゃんは、猫っかぶりは性に合わないみたい。さぁ、帰ろう。お母さんが待ってるから。」
 みずほは、芝生の上に置いていた買い物袋を持ち上げる。
 「うんっ!」
 優太はたたっと走って来て、みずほの腕にがっしりとしがみ付いた。
 みずほは名残惜しそうに夕焼けを見上げ、そして優太の夕焼けに染まった顔を見下ろし、にっこりと微笑んだ。

*  *  *  *  *  *

 エミーはこの惑星に来て、本当に良かったと思っています。
 とてもいい人ばかりで、委員会で報告されていたこの惑星の知的生命体の特徴、無知で自己中心的、攻撃的で卑劣な性質を持つという報告を全て鵜呑みには出来ないと言ったお父様の言葉が、今エミーには分かりました。
 希望はまだまだ残されています。
 この惑星が「死の星」になる事が委員会の中で懸念されていますが、少なくともその要因以外にも救われる道は人々の心の中に残されています。
 ただ一つ気懸かりなのは、彼の時空犯罪組織がこの惑星にも毒牙を伸ばし始めて来ている事です。
 今日は先兵らしき相手と遭遇し、軽く捻ってやりました。
 これからも注意しながら観察を続けて参ります。
 あ、それから、エミーがいないからといって、お酒の飲み過ぎには気を付けて下さいね。
 どうか、天国のお母さんを悲しませないで。

 親愛なるお父様へ。

*  *  *  *  *  *

 みずほは入力していたキーボードから手を離し、ふうと一つ溜息をついた。
 シャワーの後のTシャツにショートパンツという動きやすい部屋着のままで、カウチソファーに似たイスに深々とふんぞり返る。
 テーブルの上に置いてあった、地上のコンビニで買って帰った思われる
*カクテルの入った瓶を取り上げ、中身の飲みかけのピンク色の液体を、そのさくらんぼのような唇に浸す。
 
(*注釈:未成年者の飲酒は法律で禁止されています。但し、ここは衛星軌道上であり、地球上の法律が適用されない事を付け加えておく)
 ほんのりと朱色に染まった頬は、馥郁として幸せそうである。
 正面の大型モニターには、水を湛えた青く美しい惑星が映し出されていた。
 それを見つめ続けているみずほの惑星の姿が映り込んでいる黒い瞳は、あたかもその惑星から生まれた双子のようでもあった。
 みずほはふと何かを思い立ち、ソファーから起き上がってキーボードの前へと戻る。
 父親に宛てた手紙の末尾に一言付け加え、その可憐な顔で照れ臭そうに笑った。

*  *  *  *  *  *

 私は、この惑星(ほし)が好き…
 
 

See you again …