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oyasumi no atode…
「遅かったのね」
「棚卸し。在庫と合わなかったんだ」
「そう…」
テーブルの上には、彼女が僕のために作った食事。
何時間も経って冷え切っていた。
「一人でやってたの?」
「うん。11時まで岡本君に付き合わせたけど」
「砂田さんは?」
「女の子には、付き合わせる訳にはいかないよ」
彼女は同じ事を言う。
何度も、何度も…
僕は馬鹿馬鹿しくなって弁解もする気になれなかった。
疲れていた。
「先に寝てればよかったのに」
「眠れないの」
「そうか」
僕が彼女の部屋に来て、もう一ヶ月が経とうとしていた。
『同棲』と言うんだろうか?
彼女の強い要望で仕方なくだった。
週に一度は僕のアパートに帰って必要な物を持ってきたり、そんな生活を続けていた。
「どうして電話に出なかったの?」
「あ、携帯?店に置いてたままにしていたんだ。事務所で仕事してたから」
「違う。事務所の電話」
「閉店の後は出ない事にしてるんだ」
「そうなの?」
確かに電話が鳴った。出なかった。
僕の言う通りだったけど、別に疚しい事などこれっぽちも無かった。
もう、あの頃のような楽しい会話も無かった。
何の話をしても、いつしか言葉は途切れてしまう。
あるのは、簡潔で必要最小限な会話だけ。
そして彼女の妄想とも言える嫉妬。
何度も口論をした。
何故分かってもらえないんだろう?
もう、何か大事なものまで途切れてしまったのかな?
「昨日も遅かったよね」
「飲み会だったから」
「誰と?」
「誰とでもいいじゃないか」
何故そんな答え方しか出来ないんだろう?
取引先の接待だった。別に聞かれて困る事は何もない。
だけど
「いつもそう言って遅いの。どうして早く帰ってくれないの?」
「仕事だから仕方ないだろ」
「辞めちゃえば」
「そうはいかないよ」
「体、持たないよ。心配してるのよ」
何が心配なの?
僕の事?
自分の事?
「聞いたよ」
「何を?」
「この前、砂田さんと食事していたんだってね」
「店員を連れて行ったんだ。岡本君も一緒だった」
「やっぱり」
「だから?」
「砂田さんと一緒がいいのね」
「何、言ってるんだ?」
「何でもないよ」
「分かんない事、言うなよ」
「分からないのは、あなたよ」
「どうして?」
「どうして私を一人にするの?」
「一人にした訳じゃない」
「してる」
彼女の心に芽生えた怯えが、今、僕の心にひしひしと伝わってきていた。
彼女は僕を独占したかったんだ。
24時間、僕を手元に置いていたかったんだ。
それが、僕に対しての心が、彼女が彼女自身を傷つけていたなんて
「何が言いたいんだ?」
「何も」
「変な事、言うなよ」
「分からない」
「何が」
「もう、分からないよ」
僕はずっと君とは居られない。
生活がある。現実の生活がある。
僕は君のものじゃない。
僕は、僕だから
「帰って」
「何?」
「もう、帰って」
「どうして?」
「二度と来ないで」
彼女は、僕を待ち続ける生活に疲れていたんだ。
僕に対しての深い想いが、逆に憎悪へと変わってきて
「何でも思い通りにはいかないよ」
「もういい。聞きたくない」
二人だけの甘い生活。
彼女の思い描いた理想を、彼女は自分自身の手で壊そうとしていた。
『現実は甘いものじゃない』
そんな事を言おうとして、僕は言葉を飲み込んだ。
苦しめ合うのは終わりにしよう。
彼女を壊してしまわないうちに
僕が壊れてしまう前に
「ごめん、帰るよ」
僕はテーブルを後にした。
「帰るの?…」
「もう… 来ない…」
僕は今までの人生の中で、これほど冷徹になった事は無かった。
だけど、僕の心を苛み続けた彼女への憎しみも怒りも、既にそんな感情はどこにも無かった。
あったのは、彼女に対しての悲しみ。
今、鏡を覗いたらきっと、僕は悲しい目をしているんだろうな
玄関に向かう僕を、彼女は追おうともしなかった。
僕と同じように、泣いていた。
きっと
ドアの外へ出ると、冷たい風が首筋から入り込んで来る。
居間に座り込んだ彼女の背中が玄関から見えた。
「おやすみ」
僕はドアを静かに閉じた。
そして
さよなら
END
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