夏 祭 り

 
 夏休み。
 陸上部を引退した弘和は、受験勉強の最中だった。
 親の期待は、必要以上にプレッシャー。暑さで解きかけの問題集は捗らず、焦りだけが募ってゆく。
 地元の高校はレベルが高く、部活で大した成績を挙げていない弘和には高い壁だった。
 今日も暑い。蝉の鳴き声と、照りつける直射日光が、これでもかと体感温度を上げている。
 縁側に寝そべって、扇風機の風を受けながらコミックスを読み耽り、真夏の昼下がりを満喫していた。
 さっきまで、耳に響いていた蝉の声が遠のいている。うたた寝とつまみ食いが、人生最高の快楽。現実逃避の中でこのまま一生が終わったら、とか考えていた。

 足音が近づいてきた。隣のおばさんか?
 「弘ちゃん。」
 足音の主は声をかけてきた。
 弘和は、顔に乗せたコミックスを持ち上げた。誰だ?この声。
 そこに立っていたのは、従姉の朋子だった。弘和より一歳年上の朋子は、福岡に住んでいる。最後に合ったのは三年前だった。今は高一の筈。
 「朋ちゃん?どうしたの?」
 「おばさんは?」
 「いないよ。親父と旅行。」
 「そう。暑かった〜。何か冷たいもの有る?」
 膨らんだスポーツバッグを縁側に乗せると、朋子は弘和に背中を向けて座った。
 寝そべっていた弘和は起き上がりながら、朋子の汗ばんだTシャツと、髪の隙間から覗く白いうなじに目を配る。
 冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎながら、縁側の朋子の後ろ姿を眺めていた。
 ショートパンツの足を組んで、何か遠くを見てる様だった。合ってなかった三年の間に、朋ちゃんすごく可愛くなってる。
 コップの麦茶を、盆に乗せずに手で渡した。
 「ありがとう。わっ!冷たい。」
 「どうして来たん?急に。」
 「おばさんと弘ちゃんの顔が見たくなったの。」

 でまかせ。
 弘和にも直感的に判るような、見え透いた言い訳だ。
 朋子はコップの麦茶を飲み干して、大きく一息。
 「今、高校受験なのよね。大変。」
 「うん。毎日こうして勉強ばかり。」
 「だぁれ?マンガ読んで、寝てたの?」
 「もしかして、俺の事?」
 「他にいないでしょ!まぁいいわ。お姉さんの前では無礼講よ。特別に許す。」
 「へへぇ〜っ。有り難き幸せ。」
 「よかろう。私のいる間、勉学は放免とする。しかと申し付けたぞ。」
 「ところで、御代官様。しばらくこちらに御滞在で?」
 「…ちょっとの間、居さしてね。」
 嬉しかった。朋子の見せた翳りとは裏腹に、弘和はパアッと何かが開けたような気分だった。

 両親が旅行に行って二日、近くに出来たコンビニの弁当ばかりだった。冷蔵庫のあり合わせで、朋子が作ってくれた野菜炒めは絶品だった。
 風呂から上がって、二人でテレビゲームをやっていた。
 夜も更けて来た。虫の声が遠くから聞こえる。
 「目が疲れちゃうね。ちょっと休もう?」負けが続いた、朋子が切り出した。
 「そうだね。朋ちゃん弱いし。」
 「なによ!見てらっしゃい。今度はぎったんぎったんに、のしてやるんだから。ねえ、トランプしない?ページワン。」
 弘和の持ってきたカードを繰りながら、朋子は嬉しそうな笑みを浮かべる。
 「懐かしいなー。ここに泊まって、よくやってたっけ。」
 「朋ちゃん、小学校の時はよく泊まりに来てたね。夏の祭りがある時。」
 「そうそう。あっ、お祭りあるんじゃないの、そろそろ。」
 「明日。」
 「ラッキー!」
 カードをただ繰るのではなく、ラスベガスのカジノばりのシャッフルを、朋子は得意げに披露していた。二つに分けた山を互い違いに組み合わせ、手のひらの中で曲げて弾力で弾き落とす。テーブルにリボン状に広げて、下から次々にひっくり返してゆく。
 「うわ!相変わらずスゲーや。」
 「紙製のカードだから出来るの。プラスチックはくっついて駄目。」
 「それ、教えてくれるって約束だったろ。」
 「へっへーん!ガキンチョには無理、無理。」
 「何だよ!ケチ!」
 5枚の手札を配って、朋子は「じゃ、私親ね。」と言って、台札から一枚場に出した。
 スペードの4。
 「ただ遊ぶだけじゃ面白くないわね。賭けない?」
 「いいけど…俺、小遣いもう無いよ。」
 「貧乏〜〜〜っ!」
 「うるさいな!だったら、負けたほうが一枚ずつ脱ぐ!」
 「面白そうね。やりましょ。」
 冗談のつもりだったのに…

 最初は弘和の負けだった。
 ぶつぶつ言いながら、Tシャツを脱ぐ弘和。
 後二枚。ちぇ、不利だよな。短パンにTシャツは一緒だけど、あっちはええっと、四枚だ。早速ピンチ!
 二回戦目。弘和は手札を見ていた。畜生。この厄介なハートの6を、なんとかしないと。相手はあと2枚。頼む、繋げてくれ!
 「ページワン!」朋子の誇らしげな声。
 ヤッベーっっ!やばいぞ!しかし、今の俺にはこれを出すしか…
 「はい!あっがりー。」
 うわわっ!もう後が無い。渋々短パンを脱ぐ弘和。
 「ケケケ…どうした、ボクちゃん?ついてないね。」
 「まだ負けちゃーないでっ。俺の底力、見せちゃるっ!」

 三回戦。遂に弘和は勝った。
 大きく溜息をついて、Tシャツを脱ぐ朋子。
 上半身ブラだけになった朋子の、艶めかしい白い肌を目に入れないよう、ゲームに集中する弘和。
 四回戦。勝ったっ!
 「ギャハハ!ざまみろ。ぬーげ!ぬーげ!」
 「うるさいわね。脱ぎゃいいんでしょ!」短パンを脱ぎ捨てる朋子。
 五回戦。二人とも背水の陣だった。
 もう負けられない。負けたら弘和は完全にアウト。
 負けられないゲームに集中しなくてはならないが、弘和はそれどころではなかった。下半身の異変を相手に感づかれないようにするという、ハンデが与えられていた。
 場の札と相手の手札より、別のほうへ視線がいってしまう。
 まずい!まずいぞ、負けられない… えっ!まてよ、この状況は勝っても負けてもまずいじゃないのか?

 「はい。あがりよ。」朋子の最後の宣告が響く。
 「タンマ!タンマ!もう俺の負けっ!」
 「そういうルールだからね。可愛そうだけど…」
 「何でもします!許して下さい。」
 「くぉらー!観念なさい。」
 弘和は立ち上がって逃げたいが、立ち上がれない理由がある。這って逃げるが、後ろからトランクスに手を掛けられた。
 既に二人とも、テンションが最高潮に達していた。ブレーキの効かない、子供の悪ふざけだった。
 「素直に脱ぎなさいって!あれ?」
 トランクスが下がらないのが何故か。バレた…
 「もう!やめろって!」
 弘和は力任せに朋子を押さえつけた。腕力では元気盛りの弘和、やはり数段上だ。
 ねじ伏せたほうも、押さえつけられたほうも、沈黙。
 柔らかい肌の感触が、妙な気分を誘い始める。
 弘和は押さえつけた朋子の胸に、そっと頬を押し当てた。
 ブラ越しに感じ取れる暖かい鼓動。
 ほんの数秒間が、長い長い時間に感じられた。
 朋子は体を起こした。
 「いいのよ…」朋子はブラを外した。弘和は既に堅く尖ったものを口に含む。
 「バカね。弘ちゃん。」
 手のひらで頬を包まれて、上を向かされた。目が合った朋子は、今まで見たことのない表情をしていた。
 長いキス。絡めた舌の感触は、頭を芯から痺れさせた。

 「弘ちゃん。あんた、初めてじゃないでしょ。」
 「朋ちゃんだって…」
 「煙草、持ってる?」
 「あるよ。」
 寝そべって煙を燻らせる朋子を眺めていた。朋子の体に月が光を落として、見事な稜線を描いている。
 初恋の人とこうしていられる事に弘和は、色々な想いがごっちゃになっていた。
 満足感?罪悪感?嬉しい?切ない?
 解らない。今はそれだけ…
 草むらから虫の声が響く。弘和の左脳は月明かりの外のように穏やかだが、右脳は暴風雨が猛威をふるっていた。
 弘和は朋子と繋いだ手を、強く握りしめる。肩を抱き寄せた。
 「もう一回、いい?」
 「スケベ…」

 「…弘ちゃん…」「…起きなさいってば…」
 「いつまで寝てるん?起きろ!起きろ!」
 うるさいな、母さん。いや、声が違う。
 あーっ!
 弘和のベッドの横で、朋子が仁王立ちで立っていた。
 そうだった。朋ちゃんがいたんだ。
 朋子は意地の悪い目線を送った。
 「パンツぐらいはいて寝ろよ。男子。」
 あーっ!
 そうだ!あれから……
 朋子は人差し指で、弘和の頬を突いた。
 「しばらく見ないうちに、立派になりやがって。バーカ!」
 朋子はしゃがみ込んで、ベッドの端に両手を重ねる。その手の上に顎を乗せて、弘和の顔を覗き込んだ。
 「朝よ。起きなさい。」
 弘和は朋子の腕を引き寄せた。
 ワンピースから覗いた腕の柔らかさは、昨晩と同じ感触。何となく、様々な想いを確かめたかった。
 「甘えん坊さんね。」
 重ねた唇も昨晩と同じ…
 「朝ごはん、冷めちゃうよ。」

 夕方になって、初めて外に出た。自転車を二人乗りして、駅の近くのスーパーに買い物に出掛けた。
 買い込んだ食材を前の籠に乗せ、自転車をこぐ弘和。背中に寄り添うようにして、荷台に腰掛けている朋子。
 「朋ちゃん。もう少ししたら祭りが始まるよ。」
 「うん。暗くなったら行きましょ。お店は今でも一緒かしら?」
 「そうだな。変わってないと思うよ。」
 「いか焼き食べて、ヨーヨー釣るの。浴衣、持ってくればよかった。」
 遠くの山々が、夕焼けに綺麗な影を見せていた。
 「この道も、前はひどいあぜ道だったわね。きれいな道になって…変わっていってるんだ。みんな…」
 「朋ちゃんさぁ…」
 「なぁに?」
 「どうしてウチに来たの?」
 「…ちょっと、家出…」
 「家出?」
 「そう。い・え・で。家に居たって、面白くなくって…フラレちゃったのよ、あたし。」
 「そう…」
 「でも、何処にも行くアテもないし、なんとなくこっちに足が向いたの。」
 無くした恋の痛手は、弘和と一緒だった。
 いつしか二人は自転車を降りて、弘和は自転車を突いて、朋子は両手を後ろで握って歩いて。
 こうして歩いている俺達を学校の誰かが目撃してくれたらと、弘和は願っていた。
 「明日、帰るわ。」
 「えっ!もっと…」
 「いいの。なんかスッキリした。弘ちゃんに会えてよかった。」
 「俺も…」
 「今度会う時は“いとこ”よ。昨日からの事は内緒だから。」
 自転車を放り出して、朋子を抱きしめたい衝動を必死に堪えた。
 泣き出したくなる気持ちを、別な方向へ換えようとする。
 手をつないで、夜店を見て廻るんだ。思いっきりはしゃいで、バカップルになってやる。
 誰かに見せつけてやるんだ。誰かに…

 いつの間にか、先を歩いていた朋子が振り返った。
 「早くお祭り、行こ。」

 

END