未来都市 下

 
 「私は区外の野蛮人でした。」
 そうスミ子が言った事に、光一少年は後ろ頭を金槌でたたかれたような気がした。
 「私たちが住んでいたのはずっと西のほう、まだ山に緑があって暮らしやすいところでした。」
 スミ子の語る区外の野蛮人の生活は、この町で聞いたようなそれこそ野蛮で原始的で恐ろしいものではなく、町にように便利なものこそ無いけれども、想像以 上に文化的な社会だった。
 部族の中には他の村を襲って食料を強奪する者や、山奥で原始生活をする者もいるそうだが、スミ子がいた村はそのような事もなく、平和でやさしい生活を 送っていたらしい。
 ところがある日、政府機関の旗を立てた大きな車が何台も村に入って来て、たくさんの村人を捕まえて、逃げたり抵抗した村人はみんな銃で撃ち殺されてし まった。スミ子のお父さんもお母さんも、スミ子の目の前で射殺された。
 捕まえられた村人と一緒に町に連れて来られたスミ子は、病院のようなところで何日も検査をされていくうちに、だんだんと村に帰りたいという気持ちがなく なってきたと言う。
 たくさんの村人は工場に連れて行かれたが、スミ子はエビハマ教授に気に入られ、今では教授の身の回りの世話をしていると言っていた。
 展望台のガラス越しに町を見下ろしながら、光一少年はスミ子の話にじっと耳を傾けていた。
 もう何がなんだかわからなくなった。サツキ女史たちの言う事が正しいのか、スミ子の言う事が正しいのか。
 長いすに腰を下ろした光一に、となりにいたスミ子がついと寄り添って来る。
 「どうしました、光一さん?怖い顔をなさって…」
 考えを巡らせていた光一少年は、きっと難しい顔をしていたのだろうか。そんな光一少年を心配してスミ子は顔を覗き込む。
 白い可憐な顔が目の前にあった。
 隣に住んでいたルミ子の顔と、いま目の前にあるスミ子の顔が重なって、光一少年は思わずぎゅっとスミ子の体を抱きしめた。
 わずかに発達した胸の感触が心地よく、その細い肩は今にも壊れそうだった。
 光一少年はスミ子の両肩を握り、ぐっと体を引き離した。
 「すみません、つい… 君があまりに…」
 光一少年は、君があまりにルミ子さんににていたから、という言葉を飲み込んだ。
 その時突然、光一少年の口がスミ子の口で塞がれた。口の中をはい回るスミ子の舌の感触に頭がぼうっとなった。
 光一少年が気がついた時、スミ子は光一少年のズボンのチャックを下ろしていた。
 「うわっ、何をするんだ!君ッ!」
 光一少年はスミ子の手を慌てて払いのける。
 「すみません、今はいやでしたか?」
 スミ子は光一少年の剣幕に驚いて、ぱっと長いすに下ろした腰をずらして光一少年から離れる。
 「ああ、おどろいた。これはおしっこが出るきたないところですよ。」
 光一少年は口から心臓が飛び出るのではないかと思った。
 「いつもエビハマ教授にさせていただいている事なんですが…」
 そうスミ子が言った。その時、光一少年の背中に電気が走ってきて、頭の上で火花を散らした。
 「スミ子さん… もう何もしなくていいから、じっとしていて下さい。」
 そう言うと、光一少年はスミ子の肩を引き寄せて抱く。空いた手でスミ子の白い細い手を握る。
 「光一さん?なぜ泣いておられるのですか?」
 光一少年はスミ子の質問に答えず、うつむいてはらはらと大粒の涙をこぼした。
 
 その晩、光一少年はサツキ女史のアパートメントに呼ばれた。
 サツキ女史の亭主であるハマダ技師と、サツキ女史の友人であるという学者の夫妻が一緒だった。
 サツキ女史のアパートメントは、とても広くてはなやかだった。五人で豪華な食事を食べ、皆は光一少年の戦時中と戦後の話に夢中で聞き入っていた。
 光一少年は得意になって、食料の配給が遅れていた事や、進駐軍が来た時の話をした。
 「いや、そんな事があったんですか。私たちは古い物には何のねうちもないと教えられていまして… たくさんあった昔の資料でさえ政府と一部の推進派が 作った、温新知新協議会によって焼き捨てられてしまっているというありさまで、歴史学者としては手がかりになるものがなくて困っています。」
 サツキ女史の友人であるという、夫婦の亭主が言った。
 「そうですね。先日も野蛮人の巣になっていたという理由で、東大寺と厳島神社を遠距離ロケット弾で破壊したとニュースにありました。」
 サツキ女史は溜息まじりに言った。
 続けてハマダ技師が喋る。
 「いくら新しいものがいいからと言って、やりすぎじゃないかと批判の声も上がっているが… そんな事を言えば官憲に連れて行かれるので誰も言えないん だ。これはもう何かの理由で、過去の文明を抹消しようとしているとしか思えない。」
 「しっ!どこに隠しマイクが仕込んであるか分かりませんよ。」
 客人の亭主が声をひそめて言う。
 どれくらい眠っただろうか、光一少年は広間の長いすから身を起こす。光一少年の体には、誰かが毛布をかけてくれていた。
 開け放たれた寝室のドアから人の声がする。
 「サツキさん…?」
 光一少年は眠い目をこすりこすり、寝室に向かって歩いた。
 人の声は、何か苦しそうなうめき声だった。
 広い寝室には大きくて豪華なベッドが据えられ、絨毯張りの床は足が埋まるようだ。
 寝室を見た光一少年は、ぽかんと開いた口がふさがらなかった。
 ベッドの上では裸になったサツキ女史が、同じく裸の客人の旦那の上に乗り、長い髪を振り乱してあんあんと声を上げていた。
 ハマダ技師と客人の奥さんと言えば、同じく裸になって壁ぎわの長いすに座り、ベッドの上のサツキ女史と客人の旦那を笑いながら眺めていた。
 「ど、どうしたことですか?これは?」
 光一少年はやっとの事で声を出した。
 「おや、お目覚めかね?光一君の時代ではこんな事は無かったんだろうなぁ。これは夫婦交際と言って、まあ社交の一部だよ。」
 そう答えたハマダ技師は、客人の奥さんの体を抱きうなじに接吻をした。
 「そうね、私たちは子供がいないからですけど、子供がいる家庭は親子間でもやっているんですよ。みんなにとって、これが一番楽しい娯楽ですわ。さあ、私 たちも…」
 そう言って客人の奥さんは床に仰向けになり、ハマダ技師を両手で抱え込む。
 光一少年はめまいを覚えた。
 ベッドの上のサツキ女史が光一少年を振り向き、汗に濡れた長い髪をかき上げて笑った。
 「光一さん、いっしょにどうですか?」
 サツキ女史のきれいな体が、部屋の明かりにくっきりと照らされていた。
 「し、失礼します!」
 光一少年は寝室を飛び出すと、後を振り返らずに一目散に走った。
 みんな狂っている。この町の人はみんな気違いだ。
 光一少年は走った。走りながら、急にスミ子に逢いたくなった。
 スミ子こそ、光一少年が暮らした昭和に何かつながっているもののように思えてしかたなかった。
 エビハマ教授の研究棟は、サツキ女史のアパートメントの隣にある。
 光一少年にとって気味の悪いエレベーターは使わず、階段を駆け上がってエビハマ教授の書斎がある階に来た。
 書斎のドアをノックする。
 どうぞと中から声がして、光一少年はドアノブを回す。
 「あッ!」
 光一少年はたまらず声を上げた。
 エビハマ教授の書斎で光一少年が見たものは、床に四つんばいになった少女の姿だった。
 身につけているものと言えば、犬に使う首輪がその細い首に巻かれているだけで、あとは本当にまるはだかだ。
 少女はその白くて細い体を四つんばいにして、床に置かれたボウルに直接口を突っ込んで何か食べている。
 「おや、光一君じゃないか。ちょうどいい、いまスミ子が食事中だったんだ。ごらん、おもしろいだろう?」
 エビハマ教授はにこにこと笑って言った。
 「スミ子さん… これは、これはどういう事ですか?」
 光一少年はわなわなと肩を震わせる。
 「私のしつけが良いものでな。さあさ、スミ子。食事が済んだら運動の時間だ。」
 エビハマ教授は白衣の下のズボンを下ろし、床に四つんばいにさせたままのスミ子の背中にのしかかった。
 「うん… そうだ、いいぞ。いいあんばいになってきたな、ああスミ子… いやぁ、極楽、極楽。」
 エビハマ教授はスミ子の尻を抱え、うんうんと言いながら腰を振っている。
 光一少年は頭がまっ白になった。
 気がついた時には、机の上にあった大きな大理石で出来た灰皿を両手でかかえ、エビハマ教授の頭に何度も何度も振り下ろしていた。
 エビハマ教授は頭蓋骨が割れたのだろうか、白髪の隙間からたくさんの血と白いものが噴き出していた。
 光一少年は血で真っ赤に染まった灰皿を床に落とす。しんと静まりかえった書斎に、ごとりと音が響いた。
 まるはだかのスミ子は書斎の隅っこで震えていた。
 「服を着るんだ、スミ子さん。いっしょにここを出よう。」
 光一少年は言った。
 「光一さん、いったいどこへ行くのです?」
 「ともかく出るんだ!もうこんな世界はいやだ!」
 何もあてはなかった。スミ子の手を引いて、ただやみくもに走った。
 ああ、昭和に戻れたら。ぼくはいったい何を求めて、あの冷凍装置に入ったんだろう。
 光一少年の頭に、もう一つの球体が浮かんだ。
 そうだ、あの航時機。まだ完成していないとサツキ女史は言っていたが、動かせない事もないはずだ。
 光一少年と少女スミ子の二人が地下の研究施設に来た時には、研究所全体に警報が鳴り響き、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
 研究施設の廊下を走る二人の足下に、じっじっと赤い光線が走り、床に高熱で溶けた穴が開く。
 背後から警らロボットの群れが追いかけて来ていた。
 彼らの放つレーザー光線が、今にも二人の体をつらぬきそうだった。
 その時、光一少年は気づいた。警らロボットのレーザー光線は、自分ではなくスミ子を狙っている。そう、それはこの額に貼られている名札の代わりをすると いう基盤のせいだ。この小さな電子回路のおかげで光一少年はこの町の市民として認められていて、これを持たないスミ子は外敵として警らロボットの的にされ ているのだ。
 目の前に、二人の警らロボットが立ちふさがる。
 光一少年はその時に一計を案じた。
 二人の警らロボットを指さし、強い口調で命令をしたのだ。
 「おいッ!君たち!彼らをやっつけてくれ!」
 二人の警らロボットは、ドングリの実のような形をした頭を光一少年に向ける。顔に取り付けられたカメラのレンズの中で、幾重もの円が動きピントを調節し ているようだった。
 レンズの上に付いたランプの赤色が青色に変わった。
 二人の警らロボットは、無言で光一少年たちの側を通り過ぎる。
 廊下の向こうから追いかけて来ていた、なん十体もの警らロボットに向き、金属棒の束のような細い両腕を向ける。
 二体の警らロボットの腕の先から、赤い光線が続けざまに走った。
 光一少年たちを追いかけて来ていた警らロボットたちは、先頭からつぎつぎと床に倒れて転がる。
 「よし!うまくいったぞ。さあ、ここだ、スミ子さん?…」
 手を握っていたスミ子の息が荒い。お腹を押さえていた手のあいだから血が流れ出していて、白いエプロンを真っ赤に染めていた。
 「スミ子さん!撃たれたの!?」
 スミ子は、光一少年に蒼白になった顔で笑い返した。
 「よし、ぼくが帰って手当をしてあげる。これをどうするんだろうか?」
 研究室の中央の一段低いところに巨大な球体が据えてあり、床に立って球体の内部がのぞけた。中は白い幕のようなものが敷き詰めてあり、それ以外には何も ない。
 光一少年はスミ子を抱きかかえるようにして、球体のそばの大きな装置の前に立った。
 中央に五桁の番号が並んでいる。その横には大きな操作桿があった。
 下のスイッチを押すと番号の胴輪が回転して、五桁の番号がくるくると変わった。光一少年はその番号を1950に合わせる。
 「そうか、それでこの桿を下ろせばいいんだ。」
 その時、廊下の向こうから、どやどやと警らロボットの群れがあらわれた。さっき光一少年が命令した警らロボットを踏み倒して進んで来た、まだこわれてい ない元気な連中だった。
 「よし!この操作桿を倒して、いちにのさんで、いっしょにこの機械に飛び込むんだ!… あっ!何をするんだ!」
 ふいに背中を突き飛ばされ、光一少年は球体の中にばたりと倒れた。
 痛む肩を押さえながら振り向くと、最後の力をふりしぼって操作桿を押し下げたスミ子の姿が見えた。
 球体の扉が閉じてゆく。
 「待ってくれ!スミ子さん!ぼくは君といっしょに、ぼくは!…」
 閉じゆく扉のすきまから見えたものは、スミ子の弱々しい笑顔だった。
 「いってください…こういちさん… そして、もうこんなせかいにならないよう…」
 レーザー光線の束の中で、スミ子の声がとぎれた。
 光一少年は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、完全に閉じた扉を装置内部から力の限り叩く。
 その時、地震のような地鳴りが聞こえた。
 光一少年の乗った球体はまばゆい光に包まれる。
 研究室の床にひびが入り、それは次々に広がり大きくなってゆく。出来た地面の裂け目に、警らロボットたちや大がかりな装置がつぎつぎに飲み込まれていっ た。
 まばゆい光に包まれていた球体は、地面の裂け目の上に浮かび上がり、さらにまぶしく輝いたと思った瞬間、その姿が消えた。
 まだ未完成だったタイムマシーンは、むりに作動させた事でその不安定な次元空間制御装置が暴発を起こし、とてつもない力となって地表に噛みついたのだ。
 エビハマ教授の研究棟が粉々になって崩れ落ちる。
 トーキョーを大地震が襲った。関東大震災とは比べものにならないほどのこの規模の大きい地震は、地殻変動を起こし地磁気をも狂わせた。
 日本海溝からミンダナオ海溝まで一気に亀裂が入る。
 関東平野を縦につらぬいた巨大な地割れから、マントルの上にあった海水のなん倍という膨大な量の地下水が吹き上げ、やがて大雨となって全世界の地上に降 り注いだ。
 
 大規模な研究施設の中に、一つの巨大な金属球が据えられていた。
 その金属球の調査データを取る為に、数々の機器とが無数のケーブルによって接続されている。
 そしてその球体を前にして、二人の技師がモニターを覗き込みながら喋っていた。
 「内部に生命反応があります、教授。これは明らかに体温です。昨日から上昇を続けていまして、今現在は我々の体温と同じ数値で安定しています。」
 「人間… かも知れんな。これはもしかすると、歴史の教科書を全て書き直す用意が必要だ。」
 「ええ、実はこの球体を構成する金属ですが、2年前にレムリアで発見された、機械の部品と推測されるオーパーツの分子構造と酷似していたとの事でし た。」
 「いよいよ信憑性が高まって来たな。今まで伝説でしかなかったトーキョー王国が実在したことになる。」
 「公式の歴史によると当時の人類は石器時代。このような技術を持った高度な文明は存在しなかったとされていました。伝説ではこのトーキョー王国は、一夜 で海底に沈んだと言われています。それは、人々の傲慢さや贅沢が神の怒りに触れたとも、乱用しすぎたエネルギーの暴走が原因で、地殻変動を起こしたとも言 われていますが…」
 「聖書の大洪水以前の神話だ。私たちはまだ確固たる証拠は掴んでいない。」
 「この球体が真実を教えてくれますわ、教授。」

おわり