未来都市 中

 
 光一少年はサツキ女史とレストランでオムライスを食べた後、トーキョーの中で一番高い建物であるトーキョー倶楽部ビルの最上階に行く事になった。
 エレベーターというものは、過去浅草の凌雲閣にあったとは聞いていたが、光一少年にとって乗るのは初めてだ。
 エレベーターは地上56階、260メートルの高さまで登っていく。そのエレベーターといったら、床以外の全てがガラス張りで、表の景色が見えるように出 来ていた。足下の景色がどんどん小さくなって遠くなる。
 光一少年は思わず背筋がゾーッとして、サツキ女史の腕にしがみつく。
 「どうしました、光一さん?おや、怖いのですか?」
 サツキ女史の少し楽しそうな顔。
 「いや、怖くなんかありませんとも!どうだい、道路の自動車なんか豆粒のようになったぞ!」
 光一少年はわざと勇気を出していばって見せた。
 最上階はとても高い展望台になっていた。
 「わァ!これはすごい!」
 光一少年は大喜びでガラス窓の手すりに飛びつく。
 そこは360度ガラス張りの展望施設で、トーキョーの町がすべて見渡せる。五重塔を丸くしたような建物や、かまぼこのような建物、そんなたくさんの様々 なかたちをした建物が、光一少年の目の前に遠くかすみの彼方まで広がっていた。
 空中を走る道路が幾重にも交差し、それらはすべて透明なアーチで覆われてる。
 「道路も公園も、ぜんぶ屋根がこしらえてあるのですね。これなら雨が降って来ても、傘なんかささなくても濡れなくて平気だなァ。」
 光一少年は感心した。
 「あれは酸の腐食に強い特別なガラスで出来ています。ついでに有害な紫外線からも守ってくれるのですよ。」
 サツキ女史は光一少年に説明する。
 「え、酸?酸がばらまかれるのですか?」
 光一少年は目を丸くしてサツキ女史に尋ねる。
 「時々雨の中に酸性の物質や、その他の毒性の強いものが混じって降って来ます。それをかぶったりしたら大変。元気な光一さんでも、あっという間に病気に なってしまうでしょう。」
 「ええッ?そんなに雨が危ないのですか?不思議だな、どうしてそんなことになったんだろう…」
 光一少年は小さい頃、雨の中を走り回って転んだところに水たまりがあって、泥だらけで家に帰った事を思い出した。
 「すっかり空気が汚れてしまって、空気中の化学物質が雨に混じって降って来るのです。オゾン層も壊れていて、体に悪い紫外線が太陽から容赦なく降ってき ています。これをのぞいてごらんなさい。」
 そういってサツキ女史は展望台の手すりにそなえつけてあった、大きな双眼鏡を指し示す。
 光一少年が双眼鏡に両目をあて、ぐるっと周囲の町を見渡した。
 「皇居はどこにあるのですか?品川台場は?あッ!…」
 光一少年は言葉を失ってしまった。
 町のずっとはずれ、建物の群れが尽きた所に城壁のような高い壁が建ち並び、その先に茶色一色の砂漠が広がっていた。
 山々は全てはげ上がり、そこはまさに死の世界だった。
 「ええッ!これはどうしたことだろう?あ、城壁に大砲が据えてありますよ、サツキさん。」
 「この町から外、私たちは区外と呼んでいますが、ごらんのとおりもう砂漠になっています。酸の雨が原因で、山の木が枯れてしまったのです。あの砂漠の先 にはまた緑の山々が続いていて、その先にナゴヤ、オーサカ、ニイガタといった町があります。」
 「山のほうには人は住めないのですか?」
 光一少年の質問に、サツキ女史はちょっとためらってから話し始めた。
 「区外には、野蛮人が住んでいます。野草や山の動物をころして食べてたり、ほらあなや木で作った巣で寝たりして生活しています。」
 「ええッ?そんな人たちがいるんですか?」
 「もともと彼らは町で一緒に暮らしていた人たちでした。また地方で暮らしていた人もいます。それは今の町の制度が作られた時、ある一定の税金の金額まで を納めていなくて、町に住むことを許されなかった人たちでした。今ではすっかり知能が退化して原始人のようになってしまって、読み書きを忘れている者や、 石器を使って生活している者もいるそうです。」
 「どうしてそんなことになったんでしょう?」
 「税金をたくさん納められない者は、つまり国の、世界のお荷物に過ぎません。文明が発展してゆくうえで、そんな人たちは政府に助けてもらう事しか考え ず、大した働きもしないくせに繁殖だけを繰り返し、科学の進歩のじゃまをしているのです。」
 「そうなんですか?」
 「ごらんなさい、あの城壁を。あれは何のためにあるか分かりますか?」
 光一少年が双眼鏡で見た城壁はとてもぶ厚くて堅牢で、所々にトーチカのようなものや、大砲や機銃がそなえ付けてあった。
 「戦争はなくなったのでしょう?だったらあの城壁は?」
 「そうです。区外の野蛮人たちは猟銃やオノで武装して、時々町を襲うおそれがあるのです。あれは野蛮人から町を守るものです。彼らに捕まったら最後、頭 の皮をはがされてしまうそうですよ。おお、なんておそろしいことでしょう。」
 サツキ女史は両腕を組み、おおきく身震いをした。
 トーキョー倶楽部ビルを出て都電に乗り、光一少年とサツキ女史は繁華街から離れた工場地帯にやってきた。
 「この町には田んぼや畑がありませんね。お米や大根なんかはどうやって作っているんでしょう?」
 光一少年は不思議でたまらなかった。よほどのせまい所でないかぎりは家の裏にはあたりまえのように畑があって、ちょっと遠くに足を運べば広々とした田ん ぼに稲穂の緑の絨毯がどこまでも続いている景色が、光一少年にとっての常識だったからだ。
 「今から行くところを見れば、きっと光一さんは驚きますよ。」
 サツキ女史は、ちょっといたずらっぽく笑う。
 「今日はもう、じゅうぶんに驚いたから、これいじょうはもう驚きませんよ。」
 光一少年は口をとがらせて言う。
 「ほほ。それはどうでしょうか?さあ、まいりましょう。」
 サツキ女史に連れてこられたところは、大きな工場の中だった。
 そこで光一少年は、またまたびっくり。あんぐりと開いた口をとじる事ができなかった。
 工場の中にはいくつもの棚が作られていて、その上に土が敷き詰めてあり、さまざまな野菜が栽培されている。
 その中のひとつに、栽培されているナスが見えた。ああ、ナスだなと思ってとなりの棚に目をやると、そこにはトマトがあった。赤く熟れておいしそうだと 思って先程のナスに目をやると。
 なにかへんだ。なんだかナスが大きくなっているような気がする。
 光一少年は先程通ってきた、キュウリのところに駆けて行った。やっぱりそうだ。さっき見た時は、キュウリの黄色い花が咲いていた。
 ところが今はどうだ。その花はみごとなキュウリに変わっているではないか。
 これには光一少年もああッと声を上げてしまった。
 「ははは、驚きましたか?これは人工灯と特殊な肥料によるよい環境に、成長ホルモンと品種改良のたまものです。」
 光一少年の後ろで一人の紳士が説明してくれた。工場長のハマダ技師であった。
 サツキ女史はハマダ技師の腕を抱き、ぴったりと寄り添うようにして歩いている。それもそのはず、ハマダ技師はサツキ女史の亭主だったからだ。
 「ああ、これなら不作の心配もないなぁ。」
 光一少年は感心してつぶやいた。何よりも今の季節は春先なのに、キュウリ、トマトといった野菜がどんどん大きくなっていて、隣の棚ではほうれん草やカボ チャ、大根が育っている。
 この工場の畑に季節は関係ないのだ。
 その後、光一少年は洋服の化学繊維を作る工場を見学した。
 そこではおおぜいの人が働いていた。
 工場の中で天井に近い高い部屋で、ガラス越しに工場のすべてが見渡せる。
 そこで働いている人たちは、薄汚れたぼろぼろの作業服を着て黙々と仕事をしている。
 その時突然、光一少年と一緒にいたハマダ技師が、壁にかけてあったマイクロフォンを取りスイッチを押さえながら言った。
 「ホ列の34番、さっきから動いてないぞ。様子がおかしいんじゃないのか?」
 即座にスピーカーから応答がある。
 「34番ですが、三日前から高熱を出しています。どうも肺に悪性の病気があるようすです。」
 スピーカーからの応答に、ハマダ技師は声を荒げてマイクロフォンに怒鳴った。
 「ばかもん!どうして早く処置をしないんだ!他の労働人に感染しては困るではないか。すぐに隔離して、区外に廃棄するんだ。」
 ハマダ技師が言ってからすぐに、ロボットが二体現れて工場の片隅で働いていた、もうおじいさんと思えるような元気のない人を捕まえて、工場から出ていっ てしまった。
 「いや、お見苦しいところを見せてしまいました。」
 ハマダ技師は光一少年に向き直り頭をかく。
 「どうしたんですか?あれはおじいさんだったでしょう?病院に連れて行かれたんでしょうか?」
 光一少年は何が起こったのかわからずに、ハマダ技師に聞く。
 「いえ、区外に捨てます。もともとあれは区外から連れてこられたものですから。」
 「町の外ですか?たいへん危険なはずなのにどうして?」
 「区外に帰すだけですよ。政府は区外の野蛮人をたくさん捕まえて来て、工場の労働人として働かせています。捕まえて来た野蛮人の頭に電極を当て、びりっ と電気を流してしまえば、何ひとつ不平やわがままを言わない労働人ができあがり、その人たちを政府はいろいろな物を作っている会社に売るのです。会社とし ては、ロボットを使うより安くて修理いらず、使えなくなってしまえば捨てて新しい労働人を買えばすむ事ですし、みんなが大助かりしているんですよ。」
 サツキ女史が口をはさんできた。光一少年は疑問に思う。
 「そんなことをしたらかわいそうではありませんか?」
 「これは区外の野蛮人への、政府の救済措置の一環です。決まった時間に食事が与えられ、砂嵐や酸性雨から逃げなくてもちゃんと屋根のあるところで寝られ る。野蛮人にしてみても、たいそう幸せなことではないでしょうか。」
 「そうなんですか。」
 「健康面でも問題ありません。一日に2回、パンと処分前の肉や野菜を煮たスープと栄養補助カプセルを与えておけば、休みなしで働いてくれます。」
 ハマダ技師は満足そうに言う。
 「さっきのおじいさんは?」
 「ああ、まれに不良品もあります。そんな時は捨てて、新しいものに取り替えればいいのです。」
 ハマダ技師はそう言った後、仕事があるからとその場を去った。
 別れ際にサツキ女史と抱き合い、激しく唇を重ねているのを見て光一少年は赤面してしまった。
 それから光一少年たちは、国鉄の中心地である上野駅に行った。
 そこはトーキョー倶楽部ビル以上に、おおぜいの人であふれかえっていた。建物も上野駅の駅舎とは思えないような変わりようだった。大きなかまぼこのよう な形をして、駅の上には百貨店がまるまる入っていて、世界中のおみやげが買えるのだそうだ。
 改札前の広間はとても大きく、スピーカーからは光一少年が聞いたこともないどこかの国の言葉で案内が流れてくる。
 子供たちの集団がいた。どうも修学旅行に行くらしい。
 「あの子たちはどこに行くんでしょう?京都でしょうか、九州でしょうか?」
 光一少年は同じ年頃の子供たちが、21世紀でどんな生活をしているのか興味がわいて来た。
 「あそこに並んでいるという事は、行き先はサンフランシスコですね。」
 サツキ女史の言った事に、光一少年は驚いて聞き返す。
 「ええッ?サンフランシスコという事は、上野駅から船が出るんですか?それとも飛行機が飛んでくるのでしょうか?」
 「列車で行きます。区外を航行する事になる船や飛行機はたいへん危険で、それよりもうんと安全で快適な、海底トンネルを通る弾丸列車があります。サンフ ランシスコまででしたら15時間で到着します。寝ていたらもうアメリカ国ですよ。」
 「トンネルの中をそんなに長い時間列車が走っていたら、すすで顔がまっくろけになりませんか?」
 「石炭を燃やすボイラーで作った蒸気で走る汽車なんて、もうどこにもありませんよ。ほら、ちょうど磁石の同極どうしが反発しあう原理を応用したしくみで 走る、速くて快適な列車が発明されました。今では世界中の町をこの磁気弾丸列車が結んでいます。」
 サツキ女史の指し示す先、改札前の大広間の天井から吊された大きな電光式掲示板に、様々な町の行き先とそのプラットホームの番号が書いてある。
 シャンハイ、ハバロフスクを経由して、その先にデリー、モスクワ、イスタンブール、ベルリン、アムステルダム、パリなどなど、世界の都市の名前が読め た。
 修学旅行の子供達の前には、ワシントン、トロント、メキシコシティ、サンティアゴ、サンパウロなどの都市名があった。
 「ニューヨーク行きの列車は、全て欠航になっていますよ。事故か何かあったんですか?」
 光一少年の質問に、サツキ女史は表情を固くして答えた。
 「およそ半月前の事です。ニューヨークの工場の労働人たちが反乱を起こして大騒ぎになり、さらに結託した区外の野蛮人が混乱に乗じて、過去にアメリカ国 が土の奥に埋めていた水素爆弾を掘り起こして町の中で爆発させてしまいました。」
 「すると、ニューヨークは…」
 「世界で最大の町だったニューヨークは、いまはもうありません。」
 サツキ女史は悲しそうに言った。
 その夜光一少年は、動物の毛皮を着てこんぼうやオノや猟銃を持ったおおぜいの野蛮人に追いかけられる夢を見た。そのあまりのおそろしさに、夢だった事に 気付くまでしばらく時間がかかった。
 
 「今日は山根博士の研究の成果を見てもらいましょうか。」
 次の日、サツキ女史がそう言った時、光一少年は手をたたいて喜んだ。
 光一少年にとって親代わりでもあり、科学の恩師でもあるひとだ。この21世紀ではもう死んでしまっているが、確かに研究は生きていて、エビハマ教授たち の手で受け継がれている。
 地下の実験施設には厳重な警戒がされていて、何体もの警備ロボットの前を通らねばならなかった。
 そこは大仕掛けな機械が並んだ広間で、中央には大きな穴が掘ってあり、その中に大きな金属でできた球体が、上の部分だけをのぞかせて据え付けられてあっ た。
 「これは、僕が眠っていた冷凍人間の装置ですか?」
 そう聞く光一少年に、サツキ女史は答えた。
 「ちょっと違いますね。そう、光一さんの装置は人間を氷づけにしてなん年も保存でき、遠い未来に行けるもの。これは、もっともっと遠い未来にも、遠い過 去の世界にも行けるものです。」
 「ええッ!するとこれは、あの航時機というものではありませんかッ!」
 「そう、タイムマシーンは人類の夢でした。山根博士は光一さんを未来に送り出した後、この研究に全てを捧げていたのです。きっと、未来で光一さんが 1950年に帰りたくなった時、これを使って帰れるようにしてあげたかったのじゃないでしょうか。」
 光一少年の目に涙が光った。
 山根博士はぼくのために。そう思うと、ぎゅっと胸がしめつけられるような気がした。
 「でも、残念ながらまだこれは完成していないのです。あと少しというところまで来ているのですけど… ごめんなさい、光一さん。」
 サツキ女史は、光一少年に済まなそうに言った。
 「いえ、そんな事はありません。あと何年もしたらきっと完成して、逆に僕がサツキさんに、昭和25年の世界を案内できるかも知れませんよ。その時が来た らまっさきに、山根博士をびっくりさせてあげましょう。」
 光一少年は力強く言った。
 「おや、本当に心強いことだね。今日から光一君を、この研究所の主任技師に迎えるとしよう。」
 その声に振り返った先に、エビハマ教授の姿があった。
 「あ、エビハマ教授。」
 光一少年は今の事を聞かれたと思い、顔を真っ赤にしてしまう。
 「いや、恥ずかしがる事はない。君のような若いその情熱が、どれだけ科学の進歩に貢献してきたことか。いや、天晴れ天晴れ。」
 エビハマ教授は拍手をしながら歩み寄って来る。
 教授の側に光一少年とさほど歳の変わらない、かわいらしい少女がいた。西洋の女中のエプロンドレスを着た、色の白いあどけない感じの女の子だった。
 その少女の顔を見たとたん、光一少年はあっと声を上げた。
 「ルミ子さん!ルミ子さんじゃありませんか?!」
 光一少年が声を張り上げたので、その少女は怯えた顔をしてエビハマ教授の後ろに隠れてしまう。
 「おや、どうしたのかね?光一君。スミ子が何か?」
 エビハマ教授は不思議そうな顔で聞く。
 「あっ、申し訳ありません。人違いです。」
 光一少年は慌てて訂正した。そうだ、ルミ子さんがこの21世紀にいるはずがない。
 光一少年は隣の家に住んでいた、仲良しだったルミ子さんの事を思い出した。ルミ子さんに別れを告げないままに、冷凍保存球に入ってそのまま姿を消したの だ。
 「私のおばあさまがルミ子という名前でした… こういちさん… と仰られましたか、おばあさまから聞いた事があります…」
 その少女は教授の側でおずおずと言った。
 「えっ?おばあさまは今どこに?」
 光一少年はびっくりして聞く。
 「ちょっと前、病気で死にました…」
 「おや?これは面白い展開になったぞ。このスミ子の祖母が、光一君の知り合いだったのか?」
 二人のやりとりを聞いていたエビハマ教授は、たいへん興味深そうに言った。
 光一少年は少女スミ子に近寄る。見れば見るほど昭和25年のルミ子にうり二つだ。
 「ああ、まちがいなくルミ子さんだ。本当にルミ子さんでなくても、あなたはルミ子さんだ。」
 光一少年は少女の手を握る。
 スミ子という少女は光一少年の顔を見て、小さく弱々しく笑った。
 「おお、すばらしいではないか!若い二人の再会だ。さあ、私たちは仕事があるので失敬するが、君たちはつもる話もあるだろう。ささ、この研究所の最上階 はラウンジになっているから、君たちはそこへ行って来なさい。」
 エビハマ教授は拍手をして、光一少年と少女を送り出した。