未 希

 
 朝からの雨は、昼前に止んだ。
 土曜日。
 会社が休みの筈の圭一は、朝から「仕事がある。」と言って家を出ていた。
 昼までパチンコで時間を潰し、約束の時間までにショッピングセンターの駐車場に入っていた。
 目立たない影になった辺りの駐車スペースを選び、頭から車を入れた。後部ガラスにはフイルムを貼っていて、後ろからは車内が見えない。
 タバコを3本灰にしたとき、携帯電話が鳴った。
 液晶盤に『荒木』とだけ表示されている。
 「ごめん、待った?今、どこ?」
 携帯電話からは、鼻にかかった妙に幼く聞こえる女の声が流れた。
 「4階の駐車場。東口の近く。」
 短く場所を伝え、圭一は携帯電話を切った。
 リクライニングしたシートに、腕を枕に再び寝ころんだ。ポロシャツに厚手のセーターを着込んだ圭一には、はっきりと目尻の辺りにしわが刻まれ、40歳に手が届いた男の風貌が滲んでいた。
 助手席のガラスをノックする音に起きあがる。
 ガラス越しに微笑んでいる女は、軽く脱色した髪と丸い顔をした、まだあどけなさの残る少女だった。
 「危うく補習させられるとこだったのよ。大変…」
 助手席に乗り込んできた少女は、鞄を足下に置きシートベルトを引っぱり出していた。
 「それで、どうした?」
 圭一はシートを直して、いつもの運転ポジションに戻しながら聞いた。
 「バッくれてきたわよ。冗談じゃないわ!」
 「やれやれ…」
 「どこ、連れていってくれる?」
 「昼間っから、ステーキハウスってのは嫌?」
 「やった!ステーキ、ステーキ!」
 助手席ではしゃぐ姿は、普通の高校生だった。制服のスカートから覗く足をばたばたさせている。
 上に着ているセーターは、以前圭一が買ってやったものだった。

 「補習、サボっていいのか?」
 ステーキのコースを頼んだ圭一は、料理が来るまでの時間少女のおしゃべりに付き合う。いつもの事だ。
 「物理の福永ってセンコーなの。あいつ、大っキライ。」
 「どうして?」
 「変な目してじろじろ見てるし、この前香織なんか、足触られたのよ。」
 『香織』は少女の友人の名だ。
 「勉強はしとけよ。」
 「お父さんみたいな事、言わないで。」
 「お父さんだよ。」
 「ちがいますよ〜だ。」
 「そうだね。」
 圭一には中2になる息子がいた。会話の端にいつしか父親が出てくる。

 「美味しかったね。また来たい…」
 「ああ、ミディアムにすれば良かったのに。」
 「血が出るの、気持ち悪いの。」
 昼食の後の車の中で、二人は再び取り留めのない会話を続けていた。
 合えばせきを切ったように喋る少女に、圭一は聞き役にまわっていた。この関係が一年近く続く。
 しばらく走った後、ホテルの手前で圭一はウインカーを出した。

 長い濃厚なキス。
 圭一の鼻に、薄くファンデーションの匂いが残った。
 セーター越しに柔らかくしなやかな体は、抱きしめて細く小さく感じる。
 圭一は更に強く少女を抱きしめた。
 髪の匂いをいっぱいに吸い込む。 
 体を離し腰を抱いたまま目を合わせると、笑顔を浮かべた少女の顔があった。

 ふとした事から始まった関係だった。最初の頃は金を払っていたが、少女は金を要求しなくなり、色々な所に連れて行く事をせがんだ。
 昼間に堂々と二人で歩く事は出来ないながら、圭一は人目に付かないそっと楽しめる所を選んでは、少女を連れていった。月に二回程のペースで合っていたが、少女が金を要求しなくなったと同様、圭一の中でも何かが変わってきていた。

 セーターの下から手を差し入れると、制服のブラウスの柔らかい繊維が掌に滑った。セーターを裾から、そっとまくり上げる。
 セーターの襟から髪が広がる。
 後ろを向いて袖から手を抜いている少女を、今度は後ろから抱きしめた。
 気にした風もなく、少女はブラウスのボタンを外していた。
 スカートのホックを外し、ブラウスを脱いだ少女は下着姿のままで、ベッドに腰掛け靴下を脱いでいる。
 衣服を脱いだ圭一は、少女に向き直る。
 再び抱き合って、長いキスを交わした。
 事前の長い戯れの時間が楽しかった。お互いを焦らすような演技が、不思議と二人に定着していた。
 圭一は背中に手を廻し、ブラのホックを外した。
 そっとベッドに倒れ込み、長い愛撫に入る。
 きめの細かい白い肌の柔らかい弾力を確かめるように、圭一は舌を這わせた。
 軽く歯で噛んだとき、少女の呻きが聞こえた。
 お互いが舌を絡めて感触を楽しんだ後、圭一は少女の髪を撫でていた。
 「今日のこの部屋、いいね。なんだか、落ち着いてて。」
 ベージュ系で統一された部屋を、少女は見回しながら言った。
 「他に比べて割高だけど。」
 「でしょうね… けど、この前の鏡張りみたいのはカンベンよ。」
 「いいと思ったんだけど…」
 「ヤダよ!スケベ…」
 圭一は、少女が身にまとった最後の一枚に手をかけた。

 余韻を楽しめるのは、女の特権だ。情事の後に抱き合っていても、男は早々に冷めてゆくものだ。
 圭一はタバコを枕元の灰皿でもみ消すと、言い出すタイミングを悟った。
 「あのさ…」
 「なぁに?」
 「今日で終わりにしよう…」
 「えっ?」
 「別れよう。」
 「どうして?」
 「いつまでも続けられないよ、こんな関係。」
 圭一は今日こそは言うつもりでいた。それがお互いの為だ。
 お互いの為?いや、自分の為なのか…
 だが、少女と過ごした時を思い出すと、何か身を切られる痛みさえ感じた。
 「うん… いいよ。」
 あっけらかんとした答えだった。むしろ圭一にとって辛かった。別なものを求め初めていた圭一にとって…
 「ごめん。」
 「謝ることないよ。」
 「どうして、あんな事始めたんだ?」
 「どうして、あたしを買ったのよ?」
 「お互い様だね。」
 圭一は笑う。少女もつられてクスりと笑った。
 「こんなオジサンと居て、良かったかい?」
 「楽しかった… 本当だよ。今までの中で一番…」
 
 「家にいるのは嫌なの。友達もつまらない… 親を、学校を、社会を馬鹿にしてやるつもりで始めた事。でも、何か違ってきた…」
 「違ってきた?」
 「そう、あんたに逢ってから…」
 「俺に?」
 「ねえ、なんて呼んだらいい?あんたの事… 圭一さん、って…」
 「いいよ…」
 ベッドに腰掛けた圭一は、少女と指を絡めたまま時間が過ぎ去るのさえ忘れていた。

 駅裏の端に圭一は車を停めた。
 駅裏とはいえ、夕方の通りは多くの人が行き交う。
 少女はドアに手をかけ、開くのを一瞬ためらった。
 「またね… じゃないよね…」
 車から降りた少女の顔を、圭一は助手席側のウインドウを開け、シートに肘をついて覗き込んだ。
 「さようなら、未希。」
 「うん!」
 少女の明るい笑顔は、果たして造ったものだったのか?
 圭一は全てを振りきるように、アクセルを踏み込んだ。

 

END