籠の鳥 3

 
 祐子は深呼吸をした。
 ライフルのセレクタースイッチをフルオートのポジションにする。
 無数の排気音が迫って来ていた。
 瓦礫の壁に隠れて様子を伺う。有効射程距離に敵は入ってきた。
 轟音を響かせて迫る改造車の群は、二輪や四輪を合わせて30台以上。
 祐子は引き金を絞った。軽快な発射音と、肩に食い込む反動。
 腕の中で暴れようとするライフルを強引に押さえ込む。
 祐子の発射を皮切りに、周囲からも一斉に発射音が始まる。
 急襲を受けた改造車の群はパニックを起こし、次々に横転、ハンドルを取られ接触、スピンを起こし他車を巻き込んだ。爆発が起こった。燃料タンクに被弾したのだ。逃げまどう人影にも次々と銃弾を浴びせる。小口径の弾頭は、動く者を屍と変えていった。
 祐子は空になったマガジンを捨て、フル装填されたマガジンを新たにセット。再び容赦ない殺戮のビートを奏でる。
 マガジン3本分を撃ち切った時、敵の部隊のパニックは収まっていた。
 祐子はホイッスルを吹いた。周囲からもホイッスルの音がわき上がる。撤収の合図だ。初めにダメージを与えておいて、敵が体勢を立て直すまでに次のポイントに向かう。
 祐子たちは車を置いている場所に走った。トラックやオープンカーが数台待っている。
 祐子はオープンカーの助手席に乗り込む。ドライバーは既にエンジンをかけて待っていた。祐子たち遊撃隊は本隊と合流し、残った敵を迎え撃つ。敵の後方にも第二部隊が回り込んでいる頃だ、敵の逃げ道はどこにも無かった。
 祐子の乗ったオープンカーの、ハンドルを握る大柄な少女が聞く。
 「どうでした?」
 「首尾は上々、戦力は半減したわ。」
 「これで一気に叩きつぶせますね。」
 「これからよ。」
 祐子は抱えたライフルにセフティをかけた。作戦行動に集中していた為、忘れていたのだ。樹脂で出来たストックに頬を寄せると、まだ熱い銃身からの温もりが伝わってきた。

 「“ネビロス”か。他愛もなかったわ。」
 理沙は勝ち誇った様につぶやいた。
 カーテンを閉めた薄暗い部屋で、理沙の愛撫は続く。
 「これで、敵対する大きな勢力は消えた訳ね?」
 祐子は理沙の腕に唇を這わせながら尋ねた。
 「私の目的まで、あと一歩…」
 理沙の長い髪が、祐子の顔を撫でてゆく。
 髪の端を口にくわえると、理沙の匂いがした。
 理沙とは久しぶりだった。出会った頃を思い出す。
 だが、祐子は理沙の愛撫に乗れなかった。
 何かが違っていた。
 胸の敏感な部分を噛まれて、ふっと吐息を漏らす。
 心とは裏腹に体だけが反応していた。
 今までの習慣による感覚だった。
 理沙の頭を両手に抱え、天井を眺めていた。
 理沙は顔を上げ、祐子の目を覗き込んだ。
 この強烈な目線が、彼女のカリスマ性を作り出した。
 祐子は目をそらすことさえ出来なかった。
 「男ね。男が出来たのね。」
 「……」
 「祐子。あなたにも、来る時が来たみたいね。」
 「どういう事?」
 「“卒業”してしまうの。」
 あの少年が言った言葉だ。
 「祐子。なぜ、この街には十代の人間ばかりいると思う?なぜ、この街から私たちは外に出れないのか?なぜ、強奪し尽くした場所から、また食料や武器が出てくるのか?」
 祐子は考えていた。確かにそうだが、それが当たり前にだった。
 常識が常識で無かった。何かに麻痺していた。
 「昨日までいた人が突然いなくなり、また新しい人がどこからかやって来る。そしてこの街で生きて行く。」
 「何の為に?」
 祐子は重い口を開いた。
 理沙は坦々と語り始めた。
 「私は考えたわ。調べる為に組織が必要だったの。あなたも利用していたわ。ごめんなさい… 平和な頃を覚えている?親の顔を覚えている?」
 「覚えているわ。子供の頃、お父さんによく空手を習っていた。」
 確かだがどこか曖昧な記憶、夢のようにリアリティに欠けている。
 「それは埋め込まれた記憶。みんなが、それぞれプログラムされた記憶を持ってこの街に来た。私たちに親はいない。戦争なんて最初から無かった。いい、祐子。この街は瓦礫で絶妙にカモフラージュされた外壁で覆われている。外には出られない仕組みになっているの。どこかに外に通じる道が在る筈だけど…」
 祐子は視界が白く霞んでゆくのを覚えた。理沙の言葉だけが耳に響く。
 「祐子。私たちは試験管の中で生まれたの。そして、この街は大きな飼育場、いや選別所と言ってもいい。私たちは生きているのではない、生かされているの。奪っているのではなく、与えられているの。そして何かの条件を満たしたとき、きっと外の世界に出て行く。目的は何かは知らないけど…」
 「何かの条件?」
 「さあ?まだ私にも判らない。でも祐子、あなたは条件を満たした気がするの。私たちは常に監視されているわ。こうして話している事も筒抜けかも知れない。全ては私の推測なんだけど…」

 祐子は街をさまよった。
 十代ばかりの顔、顔、顔。
 受け入れて来た境遇は、全て造られたもの。
 どうしてみんな、この街を信じて生きているの?
 この街が世界の全てと錯覚して。
 会いたい。
 あの少年にもう一度。
 少年の住まいは、もぬけの殻だった。
 古ぼけたギターだけが残っていた。
 名前さえ聞いていなかった少年が、他人に思えなかった。
 逢いたい。
 もう一度、確かめたかった。
 少年の腕の中で、心に芽生えた気持ちを確信に変えるために。
 合いたい。
 何処へ行ったの?
 祐子を頬を初めての涙が伝った。

 一人の少女が理沙の部屋のドアを叩いた。祐子を慕っていた優美だった。
 「どうぞ。」
 返事が部屋から帰ってきた。ドアを開くと、長い髪の背中が、窓から入る光で輝いていた。
 「祐子さん、やっぱり居なくなっちゃった。どこ探しても。」
 優美は理沙の背中に、そっとつぶやいた。
 「優美。祐子はね、“卒業”したの。もうこの街には居ないわ。」
 窓に広がる街を見下ろし、理沙は独り言の様に話す。
 「何処に行ったの?」
 「私には解らない…」
 理沙はふっと唇を歪めて笑った。
 自分をあざ笑うかのように。
 街をあざ笑うかのように。
 「“卒業”の為に必要な最後の条件。今、はっきりしたわ。やはり《あれ》だった… 祐子が見つけた物。そして、私は未だ手に入れる事が出来ない物。」

 

END