籠の鳥 1

 
 祐子は距離を詰めた。
 相手は男3人。二人は鉄パイプ、一人はチェーンで武装している。
 ポジションから計算して、最も屈強なチェーンの男からやることにした。
 腰に下げた革袋からヌンチャクを引き出す。最適の握り具合を確かめた。
 樫で出来た二本の八角の棒は、主人と認めた祐子の手で生命を与えられる。
 祐子は一旦右に飛び、真っ直ぐに疾走した。後ろにいたチェーンの男は度肝を抜かれる。後方支援を目的としていた筈の男は、まさか最初のターゲットが自分とは思わなかった。
 バイク用のチェーンは破壊力こそ絶大だが、敏速に振り回せるものではなく、とっさの奇襲攻撃には反撃は困難であった。
 祐子は振りかぶるチェーンの延長線上から身をかわし、手首のひねりだけでヌンチャクを回した。
 男は側頭部にヌンチャクの一撃を受け、一瞬に意識を失う。彼にとってはその方が幸運だったのかも知れない。次に起こった事態を考えると…
 祐子はさらに正面からヌンチャクを振りかぶり、倒れる寸前の男の脳天にとどめの一撃を見舞った。当たる瞬間に手首を返す、これでヌンチャクは跳ね返って自分の腕に当たることは無い。
 頭蓋骨が陥没し、即死の男に目もくれず、次のターゲットに祐子は移動した。
 すでに作戦が崩されていた男たちは、パニックの中で反撃を試みるが、既に祐子のペースに呑まれていた。
 横殴りに迫ってきた鉄パイプを身を屈めて避け、立ち上がる前に男の左足の臑にヌンチャクを打ち込む。男の横をすり抜け、へし折られた足を抱えようとする男の後頭部に八角の棒がのめり込んだ。
 「いえぇぇぇ〜っ!」
 残った男が絶望的な気迫を込めて、鉄パイプの端を斜めに切断し尖らせた先端を突き出して来た。
 体をひねって避け、懐に入り込んだ祐子は、男の顔面にヌンチャクを叩き込んだ。目玉が飛び出すのが見えた。

 祐子は腰に使い慣れた得物を差し、屍と化した男たちの物色を始める。
 うつ伏せに倒れた男を、ブーツのつま先で蹴り上げ仰向かせる。耳から血が流れ出した。構わずにジャケットのジッパーを開く。
 探る祐子の手が止まった。ジャケットの中から出てきた祐子の手に、一挺の拳銃が握られていた。ハンマー部を丸くカバーされた、スナッブノーズのリボルバーだ。マガジンラッチを引いて蓮根型弾倉を開く。2発の実包のリムが見え、残りは空洞だった。
 マガジンロッドを押して実包を引き出す。祐子は脇のホルスターから自分の銃を取り出した。祐子の手には余る大型のリボルバーだ。2.5インチ銃身のベンチレーテッドリブから曲線を描くグリップまで、凶悪で美しいフォルムを見せていた。同様にマガジンラッチを引き、マガジンを開くと残った穴に奪ったばかり実包を合わせて見た。奪った2発の弾は38スペシャル弾で、祐子の銃の弾倉にすんなり入る。
 祐子の拳銃には、既に2発の38スペシャル弾と1発の357マグナム弾が入っていた。これで5発装填された事になる。
 屍から奪った銃のマガジンロッドを廻して、シリンダーと銃本体を分解すると別々の方向に放り投げる。

 男たちは、これといった物は持っていなかった。今日は祐子にとって略奪が目的の戦闘ではなく、テリトリー拡大の為の行動だった。
 祐子はバイクに跨り、セルスターターを廻した。空冷式400ccのエンジンは、4気筒特有の音を立てて静かに息を吹き返す。
 瓦礫が散乱した道に、集合マフラーの音だけを残して祐子は消えた。

 秩序が崩壊したのはいつだったか。
 少年少女達は破壊と略奪の中で生命を維持し、チーム同士の勢力抗争に奔走していた。残った食料や武器弾薬、車両やガソリンは探せば出てくる。勢力の強いチームが生き残れる方式の社会だった。
 祐子はアジトに使っている建物の中を進んだ。
 「本部」と呼ばれるこのアジトは、外部からの進入を許さない鉄壁の要塞だった。
 すれ違う少女達は祐子に頭を下げる。全員がまだ10代の少女だった。
 目的の部屋に入る。以前は多数の企業が入っていた、オフィスビルだったのだろう。使い勝手は上々だった。
 部屋の中央のソファーに、腰まで届く髪の少女が座っていた。驚くほどの美人だった。
 《カリスマ》という言葉は彼女の為にあるのか?そう感じさせる少女だった。
 「お帰り。首尾は?」
 「いいカンジよ。」
 「これでやつらも黙っていないでしょうね。」
 「いよいよ全面戦争って訳?」
 「みみっちいイザコザに嫌気がさしたの。そろそろケリ付けましょ。」
 「相変わらずね。理沙。」
 「十分にシュミレーションしているわ。勝算は98%ってとこ。」
 この理沙と組んでから、どれ程経つだろうか。ソロでやっていた祐子に、「いっしょに組まないか?」と声をかけて来た理沙は、狡猾な恐るべき戦略家だった。二人で始めたチームは、破竹の勢いで勢力を拡大したレディスチームにのしあげてしまった。
 ヘッドの理沙と親衛隊長の祐子は、他のチームの誰もが震え上がるコンビとしてその名が知れ渡った。
 「いい物が手に入ったのよ。ほら。」
 理沙がソファーの下から引き出し、抱えている物は一挺の自動小銃だった。
 大半がプラスチックで出来た、ライフルと呼ぶには少々奇妙なデザインの銃だが、軽く振り回し易そうで、なおかつ流れる様なフォルムが印象的だった。
 祐子は初めて見る妙なライフルを受け取り、細部を点検した。取っ手を兼ねたスコープサイトに加え、排莢口が左右どちらでも開く様になっており、ボルトを入れ替えるだけで右利きの者も左利きの者も使えるシステムになっている。徹底的に合理化されたアサルトライフルだ。全体的に銃長を短く出来る設計のブルパップ銃床で、ストックから突き出た半透明のマガジンは残弾の確認も容易だ。
 「どうしたの?これ。」
 「セクター23の倉庫で見つけたのよ。30挺は有るわ… 弾も込みでね。」
 「勝算98%の最大要因ね。」
 「そんなところかしら。これを使う者達の訓練は始めてるわ。」
 「手回しがいいのね。ちょっと外をブラついてくるわ。」
 「お疲れさま。ゆっくり休んでね。」
 火器は数が少なく、貴重な代物だ。滅多に使わないが、有れば絶大な戦力となるし、何よりも威圧の道具として有効だ。この社会に生きる彼らにとっては、腕力以上に自分のステータスシンボルともなっている。

 頬を撫でてゆく風が心地よい。
 通りを歩く祐子は、あの戦闘時の目ではなかった。
 この街は祐子達の支配下である。理沙に統治された、ある意味平和なエリアだった。
 公園には晩秋の木漏れ日の中、多数の若者達のくつろぐ姿があった。
 あちこちでストリート・ミュージシャン達の、歌声や楽器の音色が交錯する。
 公園の隅で大きな罵声が湧いた。騒ぎの方へ祐子は足が向いた。
 数人の男と、ストリート・ミュージシャンらしき男が何か言い合っている。言い合いで済みそうにない雰囲気だった。
 「こいつ、やっちまえよ!」
 囲った男の中で一人が叫んだ。殺気立つ空気。
 祐子は、男達の中に割って入った。
 男達は祐子の顔を見たとたんに顔色を変えた。何も言わず、黙って立ち去っていった。
 「ありがとう。助かったよ。」
 ストリート・ミュージシャンらしき男は、祐子に礼を言った。長い睫毛の下でまだ幼さを留めた、澄んだ瞳をした少年だった。ギターの裏に、一挺の自動拳銃を握っていた。
 「妙な輩が増えたものね。」
 「君、凄いんだね。有名なんだ…」
 こいつ、新入りか?最近来たばっかりのヤツか?
 「お陰でこいつを使わなくて済んだよ。」
 少年は黒光りする大型の拳銃を懐に仕舞う。
 近年某国の軍で、正式採用となったオートマチックハンドガンだ。各メーカーの候補の中からトライアルを重ね、選ばれたこの銃は従来の正式銃よりコスト・耐久性に優れる。大口径のパンチ力より、装弾数とダブルアクションに軍配が上がった訳だ。命に関わる事態を想定するなら、当然の決断と言えなくもない。何よりラテン系の、軍用銃らしからぬ美しいデザインが目を引く。
 祐子は妙な感情を覚え、しゃがみ込んで少年に優しく尋ねる。
 「最近来たの?」
 「うん。何かお礼しなくちゃ…」
 「聞かせて。」
 少年は、自信と歓喜に満ちた顔でうなずいた。
 「良かったら…」

 祐子は洗面器の水でタオルを絞った。革ジャンをベッドに放り出し、Tシャツを脱いだ。白い肌が露わになる。カーテンの隙間から漏れる夕日に、上半身裸の祐子は金色の縁取りに染まった。
 タオルで体を拭きながら、少年の歌を口ずさんでいた。歌詞はサビの部分しか思い出せないが、ギターのもの悲しい響きだけが耳に残っていた。

  僕らは自由だ。
  だけど、一体何が自由なの?
  箱庭の中で自由なだけさ。
  生きる自由、死ぬ自由。
  自由と思わされているだけさ。

 祐子は洗面器の水にタオルを浸し、再び絞った。
 水は貴重だ。祐子達は屋上の貯水槽に雨水を溜めて、濾過器を通して使っている。幹部といえど使用する量には制限があった。
 昔のように、暖かい浴槽に肩まで浸かってみたかった。
 ドアの開く音に目を上げ、壁の鏡を見る。少女が一人、祐子の部屋に入ってきた。
 「優美。どうしたの?」
 祐子は振り向かずに尋ねる。
 「また、祐子さん。つれないんだから…」
 優美という少女は、祐子の両肩に手をかけ、背中に顔を埋めた。
 「判ってるくせに…」
 祐子の背中を熱い吐息が這う。
 「何度も言ってるでしょ。その気はないのよ、出ていって。」
 「私がこんなに想っていても?」
 祐子は振り向いた。優美の顔が、祐子の目の少し下にあった。
 「また、理沙に叱られるわよ。」
 「いいの、叱れても。いいの…」
 背伸びした優美は、祐子の首に両腕を廻して唇を重ねてくる。
 舌を絡められながら、祐子は来るべき全面戦争の時の、自分の役割分担を考えていた。

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