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春の香り
あれは、三学期の期末試験が終わった頃だった。
今年の冬は寒かったけど、春の足音が聞こえてきた。僕は春休みは何して過ごそうかって考えてた。
学校は三時限で終わり。帰りに友達とバーガー食べて、それからゲーセンでちょっと遊んだ。高校生活もあと一年。進学の事とか考えながら、いや、いよいよ大詰めに入ったプレステのRPGの事で頭が一杯だった。
駅から降りて、いつも通り慣れた家への道。他の事考えながらでも、不思議と足だけは同じ道をたどってるんだ。こうして、働くようになっても同じ道をたどって、家に帰るんだろうな。当たり前のことが、よく考えると不思議な事ってあるね。
今はそんな事より、帰ってのゲーム三昧の予定で頭一杯だ。今日は母さんがいない。実家のおじさんが入院して、2〜3日高知へ行くって、今朝言ってた。父さんは仕事で出張。誰も邪魔しない最高の日だ。ほら、コンビニで買ってきた、弁当とコーラとポテトだってここに有る。
僕の家が見えてきた。あの、白い壁の屋根の茶色い家さ。周りは似たような家が建ち並んでいて、住宅街って人が住む場所を押し込めた様な所だね。僕の家の門の前で小さい人影が、玩具の車にまたがって遊んでた。隣の裕也君だ。まだ4歳だけど小さな僕の親友さ。彼の愛車は黒塗りのベンツで、あちこちぶつけてプラスチックのボディがささくれ立ってた。
「ユウ君、ただいま。」
「あっ。お兄ちゃんだ。」
僕は子供が好きだった。以前はそれほどでもなかったと思うが、隣の西山さんが越してきて、ユウ君と遊ぶようになってからだろう。子供が羨ましいのかもかも知れない。煩わしい日常の事も、受験勉強も、人間関係も別の世界の出来事だからね。
その時、隣の西山さんちの玄関が開いた。西山さんとこのおばさんが出てきた。おばさんって呼ぶには抵抗あるな。すっごく可愛い人で、子持ちとは思えないんだ。僕の高校の女子の制服着せても、そのまま通るんじゃないか。そんな人だった。
肩すれすれまで伸びた髪に、ジーンズがとても似合っていた。
「あら。貴史君、お帰り。」
「ただいま。」僕は彼女をどう呼んでいいか分からない。おばちゃんじゃ気の毒だし、奥さんはちょっと… 第三者には西山さんだけど、本人にはあえて呼び名を言わないようにしていた。
西山さんは、僕が下げているコンビニの袋を見たようだ。
「夕飯買って来たのね。聞いたわよ、お母さんお留守ですって。ねえ、うちでご馳走してげるわよ。父さん、今日もいないし、裕也も喜ぶから。」
「うん。これは明日の朝食にするから。ゴチになりま〜す。」
よくあることだった。ウチで作ったものをお裾分けしたり、僕はユウ君の誕生パーティーに招待されたり。隣の西山さんちとは、家族ぐるみで、アットホームな付き合いをしてる。
西山さんちに上がるのは、何故か心がときめいた。玄関からの匂いが違う。よそんちには、新鮮なカルチャーショックみたいなものがある。西山さんちのリビングとキッチンは、明るく、いつもきれいに片づけられていて、上品な調度品が並んでいた。旦那さんも優しそうな人で、家族でこうしての団らんはいいんだろうな、と思えてくる。
夕方5時から隣に上がり込んで、ユウ君とビデオ見たりして遊んでいた。
振り向くと、エプロンした西山さんが夕飯の仕度。
今日はもう、ゲームなんてどうでもいいや。のんびり、違う家庭の団らんを楽しもう。夕飯はオムライスだった。僕の大好物。食べ盛りの僕の為に、おかわりまで作ってくれた。ユウ君とお風呂に入って遊んでたら、長く入りすぎてちょっとノボせてしまった。
お風呂から出て、ドライヤー借りて髪を乾かしてたら、西山さんが、
「ごめんね、貴史君。お風呂入ってくるから、裕也見ててね。」
「うん。いいよ。」その時、胸の中を何かがかすめた様な気がした。
もう9時になった。そろそろ帰らないと。ユウ君はうとうとし始めている。
「あの、そろそろ…」
「いいじゃない。帰っても一人でしょ。勉強があるの?」
「いや、そうじゃないけど…」
「今日、いいビデオ借りてきたの。ちょっと見てて。裕也、寝かせてくるから。」
それは、ちょっと前劇場でヒットした、外国のコミカルな恋愛ものだった。
西山さんは、30分足らずで二階から降りてきた。ワインの瓶とワイングラスを二つ、リビングのテーブルに置いた。
「どう、いけるんでしょ?」
「うん。ちょっとだけなら。」
手作りのクッキーとか、トッピングしたクラッカーとか食べて、ワインをちびちび飲みながら、僕たちは並んでビデオを見ていた。
可笑しいシーンで、クスクス笑っている西山さんが楽しそうだった。
「ねえ、貴史君。彼女はいるの?」
突然、聞かれた。痛いとこを。
「いたんだけど。ちょっと前に喧嘩別れしたんだ。」
僕は正直に答えた。
「そうだったの。ご免なさい。」
長い沈黙。
「キスしてみない?」
「?」
僕は訳が分からなかった。どうして?
突然、西山さんは僕の頬に触れると、包み込むようにして、そっと自分の方に僕を向かせた。西山さんの顔が近寄ってくる。
暖かい唇が触れた。いい匂いがした。
西山さんはそれから、僕の首筋に腕を廻して強く続けた。ディープキスってやつかな。舌が僕の口に入ってくる。舌と舌が触れあう感触が、何か別の次元に飛んで行くような、日常から離れて二人だけの世界にいってしまうような、そんな不思議な感覚だった。
ソファーに倒れ込んだ、僕の首筋に唇が這っている。堪らず、彼女の頭を抱きかかえた。髪からもいい匂いがした。こんなになると、がまん出来ないよ。
僕は、彼女の着ているロングTシャツの裾から手を入れた。柔らかい肌の手触り。背中から脇にかけて、そっとなぞっていった。滑らかな繊維の手触りがあった。
ええっと、ブラのホックってどうなってるんだ?両方から真っ直ぐに引っ張り寄せて…外れた。そろそろと、外れたブラの隙間に手を差し入れた。
あの西山さんが僕の手の中にいる!
そう思うことが嬉しかった。いつも見ていた西山さんが…
僕は、子供が羨ましいんじゃない。ユウ君が羨ましかったんだ。きっと、子供が好きなんじゃなくて、隣の奥さん、西山さんが好きだったんだ。
こんな時、コンドームしなきゃ。でも、持っていないし。
もう、いいや。そんなこと。どうでもいい…
服を着てからも、ずっと彼女は僕に甘えていた。何かを満たすように、僕に何かを求めるように。拾ってきた子猫だって、こんなには甘えないよ。年齢の差に関係なく、立場が逆転したような気がした。
僕は彼女の髪を撫でた。そのまま、うなじを引き寄せてキスをした。
高い場所にあって、手が届かない。欲しくてたまらない物が、突然、自分の手の中に落ちて来たときって、こんな感じだろうか。
本当に、現実の、夢の様な夜だった。
次の朝、学校に行く仕度をして、僕は玄関の鍵をかけ、門を出た。
隣の二階のベランダを見上げる。いつもの僕の日課だった。
西山さんはいつもの通り、洗濯物を干していた。
「お早うございます。」
「お早う。貴史君。気を付けていってらっしゃい。」
「はーい。」
いつもと変わらない、いつもの挨拶。
それから毎日、西山さんとは顔を合わすけど、いつもの僕たちに戻っていた。相変わらずユウ君は元気だし、西山さんの笑顔はいつも素敵だった。
あの夜のことを考えると、実際、夢だったんではないかって、思えてくる。
彼女もそんな事があったそぶりさえ見せないし、僕も意識しないようにしていた。
たまに夜、あの日の事を思い出すと、堪らなくなってくることがある。
もう一度、せめてもう一度。
でも、またできるチャンスを伺う、なんて事はしたくなかった。はっきり、いけない事だと自分に言い聞かせてたし、彼女も僕と同じ気持ちでいる事を願っていた。そんな関係より、僕はユウ君の親友でいたかった。
春休みも、もうすぐ終わり。
この時ばかりはと、桜の花が咲き誇る。普段気にもしてなかった木立に、「君たち、実は桜だったんだ。」なんて気付くことがあるよね。
僕はPHSの電話帳から削除した、恵美の電話番号を再登録した。
思い切って掛けてみるつもりだ。場合によっては、みっともないけど謝ろう。
暖かい風が、優しく頬を撫でる頃だった。
END
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