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五月の風に
僕はドアに付いたパワーウインドウのスイッチを押す。
開いたガラスの隙間から、車内に流れ込む五月の風。
暖かく優しい風に髪をなぶられながら、今となっては半年ぶりの道をひた走る。
君と逢えたのは去年のちょうどこの頃。
爽やかな季節だった。
「僕と付き合ってくれ。」
そんな一言に勇気を込めて言った。
「ありがとう。」
君はちょっとはにかんで答えてくれた。
週末にはいろんな所へ一緒に行った。
背中とシートが汗ばむ夏。
エアコンの嫌いな君の為に、ウインドウを全開で海岸線を走った。
僕らはいろんな話をした。
昨日観た映画のこと、会社の嫌な上司のこと。
僕らはよく肩を寄せ合って海を眺めていた。
涼しい風に髪をなびかせていた君が好きだった。
「来年の夏もきっと、よ…」
「約束する。」
ゆび切りをした君の小指は細く柔らかかった。
自然消滅。
そんな感じだったのかな。
最後に会ったのはクリスマスの夜。
お互いが忙しかったから…
いいわけ。
自然と会わなくなって、それっきり。
だからといって、君のいなくなった助手席に他の誰かが座ることもなかった。
ルームミラーの中に君の面影を探しても、溜息だけが車内に充満する。
「今日はどこに行く?」
誰もいない助手席に聞いてみる。
突然の君からの電話。
「会いたいの。」
「いいよ。」
どうして無愛想に答えてしまったんだろう。
嬉しい筈なのに。
独りの冬を過ごしたわだかまりが溶けないままで…
君もきっと勇気を振り絞ったんだろうと思う。
僕は笑顔で君に会うことができるだろうか。
最初に君にどんな顔を見せたらいいか分からない。
恨み言の一つも投げ掛けてみたかった。
冷たく突き放してみたかった。
だけど…
僕の負け。
僕はどうしようもなく君が好きで、いつまでたっても君が好きで…
僕たちの約束だった。
来年の夏もきっと。
同じ海の、同じ景色に会いに行こうと思う。
過ぎ去った時間は取り戻せないかも知れない。
だけど、想いは取り戻せる筈。
あの日の君の笑顔に逢いたい。
この交差点を曲がれば、もうすぐ君の家が見える。
君の家の目印、茶色い屋根。
僕はウインカーを出し、ゆっくりと車を減速させる。
門から飛んで出てきた君の姿。
嬉しそうに手を振っている。
僕は格好を付けて、開いたウインドウから右手を挙げた。
きっと、あの夏を取り戻せる。
君がそばにいた夏を取り戻せる。
あの日の約束、果たせるような気がする。
END
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