ド根性電人
FX

top 四話
 

 
 タコメーターの回転数とギアの比率に呼応して、スピードメーターの針がぐんと跳ね上がった。
 DOHC(ダブル・オーヴァーヘッド・カム)サウンドを巻き上げながら、黒のカワサキZ750FXが町はずれの河川沿い道路を驀進する。
 いつも開けている学ランの襟元から流れ込む風は、胸にへばり付く焦りを伴った汗をきゅっと冷やしてゆく。
 
 “おや?おいでなすったぜ。早速のお出迎えだ。”
 
 フルフェイスに内蔵されたヘッドフォンから、馴染みの相棒である人工知能の音声が響き渡る。
 前方の廃墟となった工場跡から、モーター・バイクや今や旧式となったハイブリッドカーの改造車に分乗した一団が現れ、寅吉の行く手を阻むように広がって走行を始めた。
 「後ろからもだ。」
 寅吉は、ナポレオンのバックミラーに映る背後の情景をちらりと睨む。
 その数、前後合わせて10台近くの二輪・四輪の集団だった。
 
 “囲まれちまったな。おっと!”
 
 発射音が響き、弾道が不安定な密造銃の、何処に飛ぶか定かでない弾頭が寅吉の足下をかすめ、アスファルトに火花を散らせた。
 「へんっ!そんなへっぽこ弾が当たるかよ。」
 寅吉は強がってみせるが、内心は冷や汗モノだ。
 粗悪な密造銃は実銃より危険だ。これは撃つ側にも撃たれる側にも言える事である。
 更に数発の弾頭が、衝撃波を伴いFXの周囲をかすめた。
 
 “ウゼぇなぁ、こいつら。まとめて蹴散らすぜ。”
 
 通常の常識で考えれば非常に危険極まりない状況下にありながら、妙に呑気で事も無げな音声がフルフェイスの中で響いた。
 「ああ、ザコどもに構っちゃいられねぇよ。」
 
 “合点だ。”
 
 人工知能の言うが早いか、黒いFXの後輪、左右の側面に取り付けられたボックスがぱかりと開く。
 ボックスの開いた部分には、直径5センチ程度の穴が五つ、ずらりと並んでいた。
 それが左右だから、合わせて10個の穴が見える。
 次の瞬間、並んだ穴が立て続けに火を吐く。
 後輪側面に装備された小型ミサイルポッドから射出された、擲弾並みの大きさの小型ホーミングミサイルが一旦空中に飛び上がり、続けてそれぞれが目標物目がけて落下する。
 これは標的のエンジンやモーターの熱源を感知する、赤外線誘導システムを搭載した小型ミサイルだ。
 戦車に対し、一番厚い装甲を持つ正面からではなく、装甲の弱い上部からの攻撃、つまりトップアタックを狙った破壊兵器である。
 このカワサキZ750FXの改造車は、そもそも高機動型対戦車兵器の試作機として開発された軍用特殊車両だった。
 計画は中断されたのだが、軍需産業に方向替えした民間企業で、研究チームのリーダーを勤めていた寅吉の祖父、梶原寅壱博士は社会の秩序が崩壊したどさくさに紛れ、この危険な怪物マシンを研究施設から持ち出した。
 自分が作り上げた生命への思い入れだったのか。更にこれを凶暴極まりない不良少年である孫に与えた理由は、一体何だったのだろう。
 前後で爆音が轟き、改造車が次々と吹き飛ばされる。
 前方を走行していた一団がクラッシュし、折り重なって潰れる。
 寅吉は目の前で横倒しになったモーター・バイクの車体に、タイミング良くFXの前輪を乗せてアクセルを開く。
 FXの車体がジャンプし、クラッシュした一団の車体を飛び越える。
 空中では後輪が接地していないので、エンジンへの抵抗が無い。寅吉はオーバーレブを防ぐ為に、右手のアクセルを戻してやる。
 着地のショックを和らげる為に、スタンディングの状態から膝のクッションを利用する。
 着地したFXは、再びエンジンの咆吼を上げて疾走を開始した。
 
 “おっしゃぁ!行くぜぃ、トラ!しっかり転がせよ!”
 
 「フェックス!てめーこそ、俺のテクに悲鳴を上げるんじゃねえぞ!」
 
 広い河川敷の広場に、下品な色で塗装した車やバイクの集団が見える。
 それぞれの車体に取り付けられた旗棒に、紫色の地に白字で『紫魔連合』とペイントされている。
 寅吉はFXのギアを落とし、河川敷に下りる坂を下ってゆく。
 総勢50人はいるだろう。近づいてみて、初めてこの数に寅吉も驚く。
 先頭にチームのリーダーらしき男。そして、その隣に京子の姿が見えた。
 「京子!」
 思わず寅吉が叫んだ瞬間、その声は機関銃の発射音にかき消された。
 12.7ミリ重機関銃から発射された弾頭が、FXの前輪の前で次々に火花を散らし、横倒しになったFXから寅吉の体が投げ出される。
 「ははは!ざまーねぇな!てめえが梶原寅吉か?待ってたぜ!」
 リーダーらしき男が側の京子の肩を抱き、一歩踏み出した。
 京子はあからさまにイヤそうな顔で、男に引きずられるようにして歩く。
 転倒の衝撃により、頭に被ったフルフェイスが転がっていた。
 全身の痛みに顔をしかめながら、寅吉はゆっくりと上体を起こす。
 改造車の集団の中に、ひときわ目立つ巨大な車体がそびえていた。
 他の一般車両とは一線を画す、大きなタイヤにぶ厚い装甲。
 軍用装甲車だ。一昔前に開発された、太陽電池とバッテリーを併用する電気装甲車で、砂漠地帯の町での暴徒鎮圧によく使われるタイプだ。
 先程の機銃掃射は、この装甲車から発射されたものだった。
 「大丈夫か、フェックス?」
 寅吉は絞り出すような声で、横倒しになったFXの車体に聞く。
 
 “やれやれ、いきなりご大層な歓迎だぜ。”
 
 タンク下に取り付けられた外部スピーカーから、相変わらずガラの悪い相棒の声が響いて来た。
 肩が、背中が、足が悲鳴を上げている。
 寅吉は渾身の力を振り絞って、よろよろと立ち上がった。
 「寅吉!」
 叫んで走り出そうとする京子の肩を、強靱な腕が押さえつけた。
 「ザマぁねえよな、あんたの彼氏。もう手も足も出ねえみてぇだね。武器を積んだナナハンって聞いていたが、コイツの前じゃアリんこ同然だ。どうだい、彼氏?これから彼女が目の前で、裸にひん剥かれて俺らにマワされる光景を楽しんでみたいと思わないか?」
 「い、いや!」
 京子の顔がさっと青ざめる。
 「てめえ… やってみやがれ… そんときぁ、てめえを地獄の果てまで追い詰めてちんぽを引き抜いてやる。」
 寅吉は怒りに顔を歪め、体を引きずるようにして一歩一歩男に近づいてゆく。
 「ははははは!面白い!やってみな。もっとも、生きてここから帰れるかなぁ?」
 リーダーの男は青ざめた京子のあごを掴み、勝ち誇ったように高笑いを続けていた。
 
 “おい、トラ… その役、俺が引き受けた。コイツら見てると虫酸が走るぜ。”
 
 「フェックス…」
 寅吉は声のした方向を振り返り、横倒しになったFXの車体を見た。
 
 “今日はてめえの出番はねえ。早く、寅壱じじいに教えられたキーワードを言え。”
 
 「しかしなぁ… アレは…」
 
 “なにガラにもなく考えてやがる?非常事態だぞ。それに、てめえの声紋でしか俺の真価を発揮する為のスイッチはねえんだ。”
 
 寅吉はためらいを吹っ切ったように、静かに顔を上げた。
 「わかったよ… 頼んだぜ。チェンジ・フェ〜ックスッ!」
 
 “うおぉぉぉぉぉぉぉっ!”
 
 横倒しになっていたFXの黒い車体が、巻き起こった電流火花にバチバチと包まれる。
 眩い閃光の中、前輪と後輪がフレームの中に収納され、フロントフォークに沿って折り畳まれていた腕が伸び、リアサス横に収納されていたミサイルポッドを兼ねた脚部が伸びる。
 ヘッドライトがぐるんと回転し、裏面から頭部と思しき各種センサーの塊が現れた。
 放電効果で起こったつむじ風により砂塵が巻き上がる。
 その砂塵の中から、ゆっくりと黒い影が立ち上がるのが見えた。
 飛び去ってゆく砂塵から、その黒いマシンの全貌が姿を現す。
 ずんと音を立て、その黒いマシンが一歩踏み出した。
 「な、なんだありゃ?」
 「ぶははははっ!ロボットだぁ〜っ!」
 「人型だ!人型だ!ぎゃははははははは!」
 「あはははは!うっそだろ〜!」
 突然目の前に現れた異形のメカニズムに、暴走族の集団は腹を抱えて笑い転げる。
 それは、空想の中でこそ馴染み深いが、現実に目の前に現れると誰もが戸惑うものである。
 「だからイヤだったんだよな…」
 寅吉は額に手を当てうつむく。
 
 “おい、トラ。コイツら笑ってやがるぞ。”
 
 頭部センサーが寅吉のほうを向き、外部スピーカーが語りかける。
 「フェックス、てめえがブサイクだからだろ?」
 
 “やかましい!まとめてブチのめしてやるから、覚悟しやがれ!”
 
 どんと巨大な発射音が響いた。
 白兵戦用戦闘形態に変形したFXの右腕、肘から先の部分が火薬の爆発力で飛び出し、それは凶悪な破壊力を蓄えた拳となって、暴走族の装甲車に直撃する。
 腕の発射に使用する火薬を詰めていた空薬莢が、FXの上腕にある排莢口から射出され、凄まじい反動を受け止めたボディは1メートル近く後退した。
 ぼんという大音響を立て、装甲車の車体が大きく凹み、あまりに凄まじい衝撃で車体が横転する。
 この瞬間、暴走族の自慢の装甲車は使用不能となった。
 「う…わ…」
 先程までメンバーと一緒に笑い転げていたリーダーの男が、顔色を変えてか細いうめき声を上げる。
 思わず放した腕の中から、京子がするりと逃げ出した。
 装甲車を一発で破壊した腕の後に付いていた鎖が、じゃらじゃらと音を立てて巻き上げられ、飛び出した腕がFXの肘へと戻ってゆく。
 
 “いま笑ったのは… どいつだぁぁぁぁぁっ!”
 
 FXの外部スピーカーから、人工知能の怒りの絶叫が河川敷に響き渡った。
 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 「助けてくれぇぇぇぇっ!」
 「ご、ごめんなさいっ!」
 
 この日、この町で悪事の限りを尽くしていた、暴走集団『紫魔連合』は壊滅した。
 
 河川沿いの道路に、軽快なひゅーんという四気筒のサウンドが心地よく響く。
 「だから言ったじゃないのさ。もう不良なんかとは付き合わないんだからね。」
 「俺が悪かったよ。だから機嫌直してくれよ。」
 後方のタンデムシートですねている京子をなだめようとして、寅吉は焦る。
 ノーヘルでFXに乗る二人の顔を、川を渡る風がそっと撫でて行った。
 「もうケンカしないって、約束だぞ。」
 「それは…」
 「もう!ケンカとあたしとどっちが大事なの?」
 「ケンカなんて成り行きなんだぞ。それに俺は、京子の弁当と、このマシンが大好きなんだよ。」
 「ばかぁ…」
 京子は腕をまわした寅吉の腰をぐっと引き寄せ、背中に顔を埋める。
 ふくよかな胸の感触が背中に伝わって来て、寅吉は思わず口元が緩む。
 
 “いい気なもんだぜ。ちんぽこおっ立ててんじゃねえぞ。”
 
 肘に通したフルフェイスから、相変わらず下品な音声が響いて来る。
 「うっせえな、フェックス。」
 「え?なぁに?」
 背後から京子が聞き返す。
 「何でもねえよ。」
 
 “おっと、俺とした事が野暮だったぜ。アツアツのおふたりさんに、俺からのプレゼントだ。”
 
 寅吉が肘にかけたフルフェイスから、『時間よ止まれ』のスローバラードが流れて来る。
 町を流れる川が夕焼け色に染まり、四気筒ダブル・オーヴァーヘッド・カムのサウンドが、ゆっくりとした時間の流れに響き渡っていた。
 

 

 

END