ド根性電人
FX

second 二話
 

 
 降り注ぐ朝日の中を、860ccにボアアップされた四気筒ダブル・オーヴァーヘッド・カムのサウンドが響き渡る。
 ブロックを積み上げた塀の上で戯れていた三匹のスズメが、野太い音に驚いて一斉に飛び立つ。
 制服姿の学生達が、ぞろぞろと歩道を流れている通学路。
 ダブルクラッチの爆音を轟かせる黒いZ750FXに、何人かの生徒が振り向いた。
 
 “へっ、カッコ付けやがって。ハクいスケでもいたか?”
 
 ノーヘルでFXを操る寅吉の、右肘に通したフルフェイス・ヘルメットに内蔵されたヘッドフォンから音声が響く。寅吉に聞こえるように、意識的にボリュームを上げているようだ。
 「うるせえ。俺はこの瞬間が好きなんだよ。」
 寅吉は気心の知れた相棒の揶揄を軽く受け流し、さも楽しそうに右手のアクセルを煽る。
 
 “それにしても、絶好調の高気圧だぜ。お陰で俺の心臓の吹けも最高だ。”
 
 「ああ、今日は調子がいいな。おっと!」
 強化されたブレーキが軋む。タイヤがぎぎっと音を立て、FXの車体が止まった。
 「よぉ!乗ってかないか?」
 寅吉は道路脇の歩道に向かって叫ぶ。その先には四人の女子高生の集団がいた。
 「なによぅ!寅吉じゃないの。もう、バイク通学は禁止の筈でしょっ!」
 振り返った女子高生集団の中から、髪をセミロングにした少女が寅吉に向かって言った。
 色の白い、目のぱっちりとした美少女だった。
 「かてぇこと言うなよ。コイツは俺の子分なんだから。さ、乗った乗った。」
 寅吉は左手の親指で、自分が跨っている後ろのタンデム・シートを指す。
 
 “誰が子分だとぉ…”
 
 ヘルメットのヘッドフォンから聞こえる声を、寅吉はまるっきり無視する。
 「いやよ!不良と一緒にされたら困るんだから。」
 少女はそのふっくらとした唇から小さく舌を出す。
 「ちぇ、つれねえなぁ…」
 寅吉はふくれっ面でアクセルを煽る。
 ぶおんとけたたましい排気音を立て、後輪が軋む音とホイルスピンの跡を残して黒いFXは走り去る。
 
 “へへっ、フラれてやがらぁ。ザマぁねえぜ。”
 
 「てめぇ、フェックス!今日は便所の裏に停めるぞっ!」
 
 「ねー。今の、一年三組の梶原じゃない?京子と仲いいの?」
 「あー知ってる、知ってる。なんかさー、ちょっと前に三年と大ゲンカして、何人か病院送りにしたって話。でもさ、ちょっとイケてるんじゃない?」
 少女達は走り去る黒いFXの後ろ姿を眺めながら、好き勝手な噂話を始めていた。
 「くくく… 京子はさー、アイツと幼なじみなんだよね〜。ね、京子?白状しなさい。」
 隣を歩いていた少女が、先程の髪をセミロングにした京子と呼ばれた少女の顔を覗き込んで言う。
 「そうなんだ…」
 京子と呼ばれた少女は、心なしか頬を赤らめて小さく呟く。
 「ええぇぇぇ〜〜っ!」
 他の二人が、オーバーリアクションでわざとらしく驚く。
 「そんなんじゃないよ。ウチのお母さんとアイツのお母さんが友達でね。だから、昔からよく知ってるんだ。」
 京子という少女は、恥ずかしげにぽつりぽつりと自白する。
 「よくあるパターン的に付き合ってるとか?」
 「ううん… 全然。」
 京子は小さく首を振った。
 「へー。よし、あたしがアタックしてみるか〜!」
 「止めなさいよ。アイツは札付きの不良だよ。」
 「だからいいんじゃない。バイク乗ってて、ワイルドで。」
 「あんたにゃ無理無理。それよっか、テニス部の高槻さんはどうなったの?」
 「あ、忘れてた。実はね、返事が返って来ないのよ…」
 「いい加減にしなさいよ!」
 少女達のケラケラと笑う声を聞き流しながら、京子は手に提げたバッグに視線を落とす。
 朝作った二人分の弁当箱が、バッグの中で京子の歩みに合わせてかたかたと揺れていた。
 
 屋上を渡る風が寅吉の頬を撫でて通り過ぎ、口にくわえたタバコの煙を吹き飛ばしてゆく。
 四時限目の授業をエスケイプした寅吉は、校舎の屋上でコンクリートの上に寝そべって、ぽかぽかとした陽光の中をまどろんでいた。
 ぐぅと腹が鳴る。
 「腹、減ったなぁ…」
 ごろんと寝返りをうち、口にくわえていたタバコの火をコンクリートの上で揉み消した時、視界にボンタンやドカンと呼ばれるだぼっとしたデザインの学生ズボンが幾つか現れた。
 「探したぞ、梶原。」
 掛けて来た声には、ドスの利いた警戒が込められている。とても親しい仲の挨拶には思えない。
 寅吉は集団の黒ズボンを辿って目線を上げる。
 四人ほどの集団が寅吉を取り囲む。その中には、幾つか知った顔もあった。
 額にガーゼを当て絆創膏で固定している少年と、マスクをした少年がそれだ。
 一週間前に寅吉に難癖をつけてきた三年のうちの二人だ。マスクをしているのは折れた前歯を隠す為だろう。
 「へえ、お前が一年の梶原か?俺は三年の堂元ってモンだ。」
 集団の中でも一段と体格の良い少年が前に出る。
 ぴっちりと撫で付けたオールバックは嫌味のない上品なもので、一層この少年の凄味を物語っている。
 「何だい?今腹減ってんだ。リターンマッチなら後にしてくんないか。」
 寅吉は呑気にあくびをしながら立ち上がる。
 寅吉を取り囲んだ集団に、ざわりと電気のような殺気が走った。
 堂元という少年だけが、その様を楽しそうに眺めながら言った。
 「この前はコイツらが世話になったそうだ。一度挨拶をして置こうと思ってな。」
 「またにしてくれ。今からメシだ。」
 堂元の顔を見上げて寅吉は答える。
 「はは、面白いヤツだな。俺はコイツらの仇を取ろうっていうつもりじゃない。お前さんと仲良くしようと思ってるんだぜ。」
 「何の事だ?」
 寅吉は堂元の顔を睨み返す。
 「単刀直入に言う。俺と一緒にこの学校を仕切ってくれないか?お前が陰の総番になってくれるといい。お前を見込んでの頼みだ。」
 「断る。」
 寅吉の即答に、堂元は一瞬驚愕の表情を見せ、続いてこぼれそうな笑顔で高笑いを始めた。
 「ははは。そう来ると思ったよ。お前と雌雄を決するつもりでもいるが、そうなったらお互いがタダでは済まないだろ。意味のない小競り合いよりも手を組もうと考えたんだが、一筋縄ではいかないなぁ。」
 「悪りい。俺、興味ねーんだ。」
 堂元はズボンのポケットに両手を突っ込み、思案している様子だった。
 その時、昼休みのチャイムが学校内に響き渡る。
 堂元が顔を上げ、寅吉に笑顔を向けた。
 「いいって事さ。それより昨日『紫魔連合』の連中を追い払ったのはお前さんだろう?… 黒いナナハン。この辺りじゃ有名だぜ。気を付けろよ、この学校にも奴らの組織に通じているバカがいる。どんな汚い手を使って来るか分からないからな。」
 「ああ、そうするよ。さんきゅー。」
 寅吉にくるりと背を向け、堂元は歩き去る。
 取り巻きの三人が慌てて後を追う。
 
 京子は階段の踊り場で四人の三年生とすれ違った。
 嫌な予感が胸を打ち、手にしていた弁当箱を抱きしめて駆け足で階段を登る。
 鉄製のドアを開け、息を切らしながら屋上を見渡した。
 その先に見慣れた姿を発見したとき、京子は安堵で抱えていた弁当箱を落としそうになる。
 「寅吉!」
 駆け寄った京子に呑気な顔が振り向いた。
 「ああ、京子か。どーしたんだ?慌てたツラして。」
 「ばかぁ!心配したじゃない!三年の番長グループがいたから、何かあったんじゃないかって…」
 「よくわかんねーけど、仲間になれって言われたんで断った。」
 寅吉は学生服の胸ポケットからベッコウの櫛を抜き出し、柳屋のポマードで固めた頭のリーゼントを撫で付ける。
 「そうだったの… もう喧嘩はやめてよ。」
 京子は屋上のコンクリートの上にぺたんと腰を下ろし、弁当箱を包んだバンダナの結び目を解く。
 「お、メシだ、メシだ。」
 「へへ〜。今日の出汁巻きは上出来だぞ。あ、そだ。はい。」
 京子はコーヒー牛乳のブリックパックを、寅吉の手に押しつける。
 京子自身はストロベリーラテのブリックパックを手にしていた。
 「俺もイチゴがいい…」
 「ダメだよっ。イチゴはあたしのっ!」
 「これってわざわざ買って来たのか?俺が言って誰かパシらせるのに。」
 「そんな事するから、三年に目を付けられるんでしょ!」
 
 屋上階段の入り口の陰で、そんな寅吉と京子のやりとりをこっそりと伺う二人の少年の姿あった。
 派手な色に染めパーマを当てた頭で、二人は顔を見合わせて頷く。
 その口元は嫌らしい笑いで歪んでいた。

 
 

 

To be continued …