ド根性電人
FX
low 一話
シビエ製のヘッドライトから放射された光が、夜の闇を切り裂く。
ダブル・オーヴァーヘッド・カムのエンジンが唸りを上げ、タコメーターの針がレッドゾーンぎりぎりまで跳ね上がった。
化け物のようなトルクを発揮して暴れようとするマシンを、梶原寅吉(かじわら とらきち)は全身の力で押さえ込む。
見事にレストアされた、黒のカワサキZ750FXをベースにした改造マシンだ。
外観上はオイルクーラーやスタビライザー以外にも、フレームやタンク、フェンダーに至るまで、数多くの用途不明な補助部品が取り付けられていた。
コーナーの立ち上がりから直線へ。
寅吉はアクセルを一気に煽る。
モリワキ製の手曲げ集合マフラーから、野太い排気音が轟く。
その時、寅吉の右前方を電気式のモーターバイクのテールランプがかすめた。
この十年程前から出回ったモーター式のバイクは、既に旧式のガソリンエンジンを載せたバイクの性能を上回っていた。
音も静かで、安定した出力を発揮し、ガソリンエンジンには真似の出来ない超高回転でブン回せる利点があった。
だが、このモーター式バイクは下品な改造車だった。
フロントフォークに取り付けた旗棒には、紫色の地に白字で『紫魔連合』というチームのロゴがプリントされている。
アップハンドルを握る男は、白い特攻服に長いハチマキをはためかせ、ぎらりと寅吉のマシンを睨んだ。
再び、寅吉の目前にコーナーの入り口が迫る。
タイミングを合わせてブレーキング。ギアを落として肩に力を込める。
「でやあぁぁぁっ!」
気合いを込めて寅吉はリーンアウトの体勢で、全体重を乗せマシンを押さえ込む。
左コーナー。寅吉はインを取った。
コーナーの内側からすり抜けようとする寅吉のFXに、改造モーターバイクに跨った男の左足が伸びる。
がん!と衝撃。
エンジンを覆った空冷のヒダに男の蹴りが入る。
FXの車体バランスが崩れ、寅吉は一瞬ひやりとするが反射的に車体を立て直す。
「おらぁ!地面に這いつくばって死ねよ!」
男のだみ声が響き、容赦ない蹴りが続く。
寅吉の腕と背中の筋肉が、黒い革ジャンの中で膨れ上がった。
握ったセパハンに渾身の力を込め、強引に車体を持ち上げリーンインへと体勢を変える。
その時、FXのタイヤがサイドスリップを起こした。
コーナーのアウト側に向けて横滑りをしたタイヤは、すぐ側にいた改造モーターバイクのタイヤを弾き飛ばす。
バランスを失った改造モーターバイクは、ぐるんと向きを変えながら回転し、乗っていた男を振り落とした。
コーナリング時の遠心力によって、モーターバイクは男と共に路面の上を転がりガードレールに叩き付けられる。
寅吉はサイドスリップの状態から、再びFXの車体を立て直しコーナーを難なくクリアする。
「おっと!」
ナポレオンのバックミラーで相手の惨状を一瞬のうちに見た寅吉は、ブレーキペダルを踏みターンさせながらFXを停車させる。
「やれやれ… やっちまいやがった。」
“自業自得ってモンだぜ。ま、奴さんが生きてる事を祈ろうや。”
寅吉の独り言に、フルフェイスのヘルメットに内蔵されたヘッドフォンの音声が反応した。
寅吉は向きを変えたFXを、このタイマンレースがスタートした地点に向けて走らせる。
「てめえ、汚ねえ手を使いやがったなぁ!」
幾多のヘッドライトの光芒の中から怒号が響く。
「汚い手を使ったのはあいつだぜ。それより、早く病院に担ぎ込んでやんな。」
寅吉はFXに跨ったまま、ため息混じりにヘルメットを脱ぐ。
「くそったれがぁ。スカしやがって…」
ヘッドライトに浮かび上がった特攻服の集団から、一触即発の殺気が弾け寅吉の顔を打つ。
寅吉は夜風でも受けるような涼しい顔で、集団の殺気を受け流す。
「何にせよ俺の勝ちだ。今日の所は早く帰んな。」
「野郎!」
集団が一斉に一歩、前に出た。
手にチェーンや木刀を提げている。粗悪な模造拳銃を持っている者もいた。
寅吉はタンクの上にヘルメットを置き、その上に片腕を乗せてその状況を楽しそうに眺めていた。
「おっと、動くなよ。」
その時、FXのフロントフォークに添うようにして収納されていた、二門の7.62ミリ反動制御式機関砲の銃身が集団に向けて起きあがる。
「なんだそりゃ?そんなオモチャに、俺らがビビるとでも思うか?!」
集団の中から一人が叫んだ。
「試してみるかい?」
寅吉の落ち着き払った声の後、回転数を上げた2サイクルエンジンの音に似た発射音が轟く。
一分間に九百発の弾頭を吐き出す車載式小型機関砲の先端から迸るフラッシュが、一瞬だけ集団の驚いた表情を照らし出す。
駐車場のアスファルトが火花を散らし、同時に二台のモーターバイクが着弾の衝撃で跳ね飛んだ。
「う、あ…」
先程まで威勢の良かった集団は、たじたじと後ずさりを始める。
「俺のマシンはな、重戦車とタメを張れる程の武器を搭載しているんだ。命が惜しかったらこの町から出て行け。」
「わあぁぁぁぁぁっ!」
男達の集団は一斉に叫び声を上げ、モーターバイクに分乗して夜の闇に消えていった。
「さてと、帰って寝るか…」
寅吉はタンクの上に預けていたヘルメットを被り直す。
クラッチを握り、ギアペダルを踏んで一速に入れる。
アクセルを開けると、ひゅーんという四気筒のサウンドが静けさを取り戻した峠の駐車場に響き渡った。
光を放つタコメーターがエンジンの鼓動を刻み、人気のない夜の峠道を寅吉を乗せたFXは静かに滑り出した。
“ちったぁ腕を上げたな、トラ。俺に言わせりゃ、まだまだだけどな。”
再びヘルメットに内蔵されたヘッドフォンから音声が響く。
「うるせえ、フェックス!てめえが無駄に重いから苦労すんだよ。」
寅吉は、フルフェイスのあごの部分に内蔵されたマイクに向けて怒鳴り返す。
“おっと、また午前様だ。かーちゃんに叱られるぞ。”
「いいって事よ。それよっか、ゴキゲンなびーじーえむは無いのか?」
寅吉はヘッドフォンから響く声に答える。
しばらくの沈黙の後、ヘッドフォンから『黒く塗りつぶせ』が流れて来た。
「またエーちゃんかよ。じーちゃんの趣味だな。」
“黙って聴けよ。俺のプログラムを作ったのも寅壱じじいなんだから、ディスクの中はエーちゃんとキャロルでいっぱいだぜ。”
「へっ、上等だぁ。」
寅吉は流れてくるサウンドに口笛を合わせ、右手のアクセルを開いた。
革ジャンの襟元から流れ込む夜気が、汗で濡れたTシャツをきゅっと冷やす。
20XX年。
好戦的な大国とテロを支援する小国との小競り合いはエスカレートの一途を辿り、世界の秩序は崩壊した。
資源の豊かな国は温々と恵みを享受し、やせ細った小国は深刻な経済破綻と飢餓により瀕死の状態だった。
このアジアの片隅の島国では、前世紀から続いた不況はどん底にまで達し、やる気のない政府機関はこれといった対策を打ち出さないまま、失業者を増やし続け治安の悪化を増大させる。
各地で暴動や略奪が起こり、既に警察の手に負える状態ではなくなっていた。
そんな中、悪どい企業は生活に困った庶民を安い賃金で飼い殺しにして肥大し、暴徒と化した市民から自らの資産を守る為に自衛組織と称した軍隊を持つまでに至り、各地で勝手放題に振る舞っていた。
全ての秩序は崩壊した。
少年達は獲物を求め暴走を繰り返し、市民は自衛団同士で抗争を繰り広げる。
武力と権力が全てを支配するという、愉快な時代となっていた。
寅吉は寂れた街角の小さな路地へとFXを乗り入れる。
既に閉じられているシャッターの前でFXを停めた。シャッターの上には『梶原モータース』と書かれた、古ぼけた看板が掲げられている。
寅吉はFXから降り、シャッターを開けた。
ぼんやりと裸電球の明かりで照らされているガレージの中へ、寅吉はFXの車体を突いて入れる。
オイルの臭いが充満したガレージの中には、小型のビジネスバイクや電動スクーターの他に、GS650GやCBXを始めとする旧式のガソリンエンジンのバイクが分解され、復活の時を待っていた。
片隅で聞こえた寝イビキに、寅吉は振り返る。
所々のカバーが破れ、中身のスポンジが露出した古びたソファーの上で、オイルのシミで汚れたツナギを来た老人が、すやすやと寝息を立てている。
毛布一枚掛けただけで、手前のテーブルには焼酎のパックとコップが置かれていた。
この老人こそが、世界のロボット工学の草分け的存在だったという、梶原寅壱(かじわら とらいち)博士だった。
長年、民間企業の研究チームのリーダーを勤め、世界中にその功績を認められたらしいが、企業方針が軍需産業へと移行した時に辞めて一人でバイク屋を始めたと聞いている。
寅吉はそれ以上の詳しい事を知らない。
寅吉はガレージのシャッターを閉め、ソファーで寝ている老人の毛布を掛け直してやる。
ガレージの奥にある既にガタの来た木製のドアを開け、寅吉は中に入る。
そこは六畳程の茶の間になっていた。
部屋の中央には使い込まれた卓袱台が置かれ、今となっては珍しいブラウン管式のテレビが据えられている。
茶の間の隣は台所になっていて、その奥にある便所から激しく水を流す音が聞こえた。
「かーちゃん、起きてるのか?」
寅吉は便所のドアに声をかけてみる。
ばたんとドアが開き、一人の女が姿を現した。
長い髪と見事なプロポーションは、とても四十手前の中年女には見えなかった。
女はへなへなと便所のドアの前に崩れ落ちる。
胸元が大きく開いたカットソーから胸の谷間を露わにし、形の良い腰を覆うレザーのミニスカートから伸びた長い足が艶めかしい。
「ぐはぁ〜… おや?寅吉、今帰ったんかい?」
女はしゃがみ込んだ姿勢から寅吉の顔を見上げる。
美しい筈の女の顔はげっそりと青ざめていた。
「かーちゃんこそ何やってんだよ。また飲み過ぎたな。」
「あはははは!いやもう、楽しいのなんのって。寅吉、水くれ。」
寅吉は台所の流しに向かい、蛇口をひねってガラスコップになみなみと水を注ぐ。
「いーかげんにしろよなぁ。」
女は寅吉の手からもぎ取るようにしてコップを受け取ると、中身の水を息もつかずに一気に飲み下した。
「ぷはぁ。てめーに言われたかねーよ… うっ…」
女は口元を押さえ、再び便所に駆け込む。
「たく… こんなだから、とーちゃんに三行半を貰うんだよ。よく俺がグレないで育ったモンだぜ。…かーちゃん!生きてるか?!」
寅吉は便所のドアをノックする。
水を流した音の後、ドアが開き女がゆらりと出てきた。
「あたしゃ寝る…」
女は肩を落とし、だらんと両腕を垂らして茶の間に向かう。
「寝るって?おい、かーちゃん!」
「明日がっこに遅刻すんなよ。おやすみ、寅吉…」
女は茶の間の畳の上にばたりと倒れ込み、そのまますやすやと寝息を立て始めた。
寅吉は押入から布団を引っ張り出し、母親の体にかけてやる。
自分も便所で用を済ませ、階段を上って二階の自室に消えた。
To
be continued …
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