明 日

 
私が始めてその子に会ったのはしがないサラリーマンの一人である私が帰途しているときだった。
変わらない毎日。
生き甲斐というものはなく、ただ住む場所を維持するためと、ちょっとだけ街の女性達と遊ぶために働いていたような時であった。
勘違いしないでほしい。
街の女性とはいっても飲み屋で上司の愚痴を溢すような相手だけである。
まあ、時々夜の相手をしてもらったときもあるがそれ以上はない。
一夜付けと悪いことをしているような言葉だが、私にとってはそれが一時の安らぎとなったものだ。
まあ、中年の男となり、独り者だとそうなるかも知れない。

「はぁ…」

もうひとつの一日が終わり、ため息を出しながら、私はだれもいないアパートへ向かうため駅を出たときであった。

「おとうさん♪」

若い女性の子の声だ。
おそらく、自分の父親を迎えにきた娘だろう。
子供が親を殺し、親が子を殺すこの時代にまだこのような子がいる。
世も捨てたものではないなとふと私は思った。
ところが…。

「お父さんってば!」

声のもとは近い。
世捨て人に近い私にそんな風に呼ぶ人はいない。
そんなことを思い、すでに重い気分をさらに重くしたその時であった。

「お父さん!!」

ぐい!と腕が引っ張られた私は、勢いのせいで地面に倒れてしまった。
昼の太陽に暖められたアスファルトに私は背中をおもいっきり打つことになる。

「いちちち!!」

「あ、ごめん!!」

私は声の主に助け上げられるが、いきなり人違いで地面にたたきつけられた私が腹を立たないわけがない。
相手に怒鳴ってやろうと振りかえったとき、彼女の姿が目に入った…。
最近の女の子がするような脱色した髪の色は…なく、長く、美しい黒い髪をもち、制服に身を包んだ女性、いや、女の子がいた。
いまどきではブレザーというのだろうか?
それを着、深い緑色のスカートを履き、ブラウスの襟には赤いリボンをしている女の子であった。
私の怒りはその姿を見て一気にふっとんだ。

「お父さん、大丈夫?ご免ね」

その言葉に脳裏に浮かんだのが「?」という文字だった。
お父さん?自分が?そんなわけがないだろう…。
自分は子供を作った覚えはない。
その前に結婚した覚えはない。
そのさらに前に恋を……した覚えはあったが。
突然…。

「お父さんってば!!」

「あ?」

「もうさっきから、大丈夫?って聞いているのに…」

「あ…。す、すまん」

何かを考えていた束の間に彼女は私の思考に割りこんできた。
私はついあやまってしまった、この見ず知らずの娘に。
格好からして高校生だろうか?

「ね、カラオケいこ?」

「は?!」

「ね、行こう!」

「あ、ああ」

状況を把握できる前に私は彼女の申し出を承諾してしまった。
そして…彼女に手を引っ張られ夜の町へとつれていかれる。
援助交際の学生だろうか?
先ほど言ったとおり、私にこのような娘がいるわけがない。
ずっと一人なのだから。
過去の経歴を思い出そうと混乱し、必死に考えていた私が気が付いた時には、カラオケボックスというところに入っていた。

「3時間おねがいしまーす!」

手馴れているのか、彼女はカウンターで部屋を取り、私を強引に連れ込んだ。
それからどうなったか、想像を超えるものであった。
質問をする前に、彼女は次々と最近の歌を歌い出し、色々聞こうと思った私にデュエットもさせた。
若者のパワーというのだろうか。
それに私は流され、音痴でありながら知らない歌を歌っていた。
嵐のようにことが終わると、私達は駅についていた。

「たのしかった♪」

こういう笑顔を天使のものだというのだろうか?
そんな明るい笑顔を彼女は私に見せる。

「それじゃ、また明日ね!」

「あ、ちょっと!」

呼び止められる前に彼女は駅の中へ消えた。
また、明日だと?
どういうのだろうか?
それよりだれだ?
どこかで会ったのだろうか?
顔には見覚えは…ない。
そんなとき、体にどっと疲れが出るというものだ。
私は凝ってもいない肩をもみながら、暗いアパートへ向かった。
着いたときになにをしたのかは覚えていない。
ただ、次の朝目覚ましに起こされ、自分がちゃんと着替えて眠っていたことに気が付いた。
その前に起きたことは夢と思わい、私はさっさと仕事へ向かった。

昔、モンゴルの軍勢が日本をせめてきたとき、神風と思われた台風が二回襲い、元の艦隊を殲滅したいう。
私にとって次の日はまさしく、同じであった。
駅から出た瞬間・・・

「お父さん♪」

昨日の娘が駅で待ち構えていた。
そして前の日と同じように嵐が私を襲った。
ゲームセンターというやかましいところに向かい、肌を黒くし、髪を脱色した連中の中に私は連れ込まれた。
完全に彼女のペースである。
車を対戦でやるもの、目がいたくなるような格闘技ゲーム、失敗をすればどんどん金を入れてしまうぬいぐるみ取りゲーム。
すべてやらせられた。
そして、時計が零時を刺した時、私達は再び、駅の前にいた。
彼女は私がいくら使ったかわからない金で取ったぬいぐるみを大事そうに抱いていた。

「それじゃ、また!」

といいながら、駅の中へ消えようとした。

「ちょ、ちょっと君!!」

私は頭の中でぐるぐる回る疑問の答えを聞き出そうと彼女を呼びとめた。

「志穂・・・」

「え?」

「君じゃないよ。志穂!」

始めて彼女の名前をきいた。
い、いや、私が聞きたかったのはそれではない。

「おやすみ!これ、大事にするね!」

「あ!ちょっと」

彼女の腕を掴もうとした私であったが、手はむなしく空気しか掴まなかった。
彼女は駅の中へ走っていった。
しかし、彼女はすぐに入らず、一度立ち止まると振り向いた。
そして、私がとった熊に見えるぬいぐるみの手を取り、それを上下に振った。
明るい笑顔を見せながら。
男のシンデレラというのは聞いたことがないが、もしそんなことがあればこうなるのだろうか?
一時的な魔法で自分がもっていないものを手にする。
そんなことを考え、私は暗い部屋に戻った。
そして前日のように深い眠りについた。
次の朝は再び夢だと思うしかなかった。
しかし、悪い気分はしなかった。
こう、何というか、自分に欠けていたものが満たされるような気がした。
そして、このような日々がしばらく続くことになった。
週末はさすがに、彼女も休みであるから、会うことはなかった。
携帯がある時代、電話番号を交換もしてない。
かといって、高校生と思える彼女に電話をかけるわけがない。
だが、私は彼女と会うことが楽しみになってしまった。

「おまえ、最近明るいな?」

と同僚にも言われた。
そうだ、たしかに私は彼女に救われているというのか、彼女に会ってからかなり気分が軽くなった。
会社の者に見つかって援助交際していると思われてもいいと感じ始めた。
それだけ、彼女といるのが楽しかった。
だが、やっぱり私は彼女に色々聞きたかった。
何故、父親呼ばわりするのか・・・。
何故、これほど私にかまってくれるのか。
君はいったいだれなのか。
食事を一緒にした時でもそれについて切り出そうとしても、志穂は話題を変えて学校、部活、最近若いものの間ではやっているものに付いて話した。
私はただ、無言に頭を上下にふり、話しを聞くことしかできない。
私は気が弱いのか?と思わせるほど、私は志穂の勢いに流された。
聞くこともできずにいた。
しかし、自分の心に中には、彼女と会いたい気持ちはあった。
このまま…と思っていても運命はそう優しくない。
週末の日曜を利用して私は洗濯と掃除に専念していた。
古いものを整理していたときであった。
ごん!!
鈍い衝撃が私の頭を襲い、重そうなものが落ち、紙が散らばった。

「いつつつ」

私は頭を抱えながら、ばら撒かれたものへ視線を移した。
そこには、何年か弾いてないギターと、数枚の写真があった。
自分のとろさにため息をつきながら、私はなつかしそうにギターを拾った。
昔はよく弾いたものだった。
そして、そう、あの日も。
彼女の顔は時と共に薄れていた。
しかし…。
私はそこに散らばった写真をみて息を呑んだ。
そんな馬鹿な…。
頭がぐるぐるぐると回った。
まさか…、そんな、いや、しかし…。
色々なことが頭の中に回っていたとき…。

ぷるるるる!!

電話が鳴った。
私は重い気持ちで受話器をとった。

「もしもし?…もしもし?? もーしもーし?」

『お父さん…』

「志穂…」

『………』

「君は……」

『2時間後……○○遊園地…がちゃ…』

「おい!志穂!!もしもし!!」

電話は切られていた。
何故この番号を?
私はいてもたっていられず、すぐに着替え、部屋を飛び出していった。
一枚の写真を手にして。
そして二時間後、私は○○遊園地の入り口にいた。
志穂の姿はなかった。
私は待つことにした…。
一時間、二時間、三時間、時はすぎていった。
しかし、志穂は姿を現そうとしなかった。
そして、空が漆黒へと変わり、遊園地が閉まる、30分前…。

「お父さん…」

「おそいよ…」

「ごめんなさい…」

白いワンピースを着た志穂が現れた。
目は真っ赤になっていた。
泣いていたのだろうか?
これはまるで…。

「はいろ?」

「あ、しかし…」

「観覧車ぐらいは動いているよ」

そして私達は遊園地に入った。
周りには帰ろうとしているものがいた。
カップル、嬉しそうにはしゃぐ子供とその親。
私達は彼らと反対方向に進み、やがて大きな観覧車についた。
遊園地が閉まる何分前だったので、止めるところをなんとか無理に頼みこみ、私達は観覧車に乗りこんだ。
静かな機械音と共に私達の目の前に街の光が星のように姿を見せた。

「………」

「………」

重たい沈黙が二人を包んだ。
どう切り出せばいいのか私は迷った。
タバコを取り出そうとした時、写真がふわりと個室の床に落ちた。
私は慌てて拾い上げようとしたが、志穂が先にそれを手にとった。

「楽しそう…」

志穂がその写真をみていった。
その写真には…。
その写真には18年前の私と、一時だが、せいいっぱい愛した女性の姿があった。
突然いなくなった彼女。
その姿はいま、目の前にいる志穂とそっくりであった。
何故、いままで気がつかなったのであろう?

「ばか…、お父さんのばかぁ…」

志穂はそこで泣き崩れた。
私は…優しく彼女を抱くことしかできなかった。
泣きながら、志穂は私にすべてを打ち明けた。
母親がなぜあの時いなくなったのか。
そして、私の子をみごもりながらある権力者のところに嫁いだことを。
私は…あやまることしかできなった。
彼女の母親、あの人を探そうとしなかったことを。
あのとき……私が部屋を飛び出していたら…彼女を…。
志穂は話しを続けた。
あのあと自分を生ませ、その結婚相手の子供として育てたことを。
しかし、2ヶ月前、母親がある写真をみて泣いているところを見てしまい。
彼女の目を盗んでその写真を見たこと。
そして、その顔に何故か見覚えがあった。
毎日…同じ電車に乗っていており、ちょっと格好いいおじさんと思っていた人と同じだったことを。
母親に問い詰めたところ…私がほんとうの父親だったことを明かしたらしい。
そして、いまでも、すまないと思っていること。
私の目はいつのまにか濡れていた。

「私、ずっと見ていたの。 ほんとうのお父さんってどんな人なのかって…」

別に今の父親が悪い人ではなかったようだ。
やさしく、父親が違う兄弟と同じように扱っていたこと。

「でも、でもね、お父さん…あんまりさびしそうで…私…!」

「いい、いいんだよ」

「良くない!良くないよ!!だって私達だけが幸せになるなんてひどいよ!」

志穂の涙が私の服に染みこんでいく。
小さく肩を震わしながら…彼女は私にしがみついていた。

「だから、私、せめて…」

私はその小さな唇に指を押さえた。

「気にしなくていい…私は…志穂のおかげで元気が出た。それだけいい。 大丈夫だ」

顔をぐちゃぐちゃにしながら志穂は私を見なおすと再び抱きついた。
私はそんな可愛い自分の娘の頭をやさしくなでた。
なでつづけた。
そして、その夜私達は始めて親子として一緒に寝た。
志穂は私にしがみつき、私はお返しに彼女をしっかりと抱いた。
この一時をできるだけ自分の脳の奥へ刻みこんだ。
私はこのときだけ、父親となった。
次の朝、志穂の姿はなかった。
飛び起きた私の目に入ったのは一枚の置手紙だった。
その内容を読み、私はすぐに部屋飛び出した。
同じ過ちを犯さないために。

お父さんへ・・・・・。