SCARLET DRAGON 緋龍

 

RED SCORPION 冥府への弾道 旧

 

 「行くぞ、こっちだ。」
 麗華は頷き、李が指し示す方向へ付いて行く。
 地下室の階段に差しかかった時、突然階上から影が湧いた。
 短機関銃を構えた男が二人。
 だが、彼らが引き金を引く前に、床に伏せた麗華のルーガーが二度吠えた。
 麗華の正確な射撃の餌食になった男達は、一人は背後に倒れ込み、もう一人は階段を転げ落ちて麗華達の前で意識を失う。
 ルーガーの9ミリ弾頭に貫かれた胸から、大量の血が吹き出していた。
 李が階上からの死角になる場所に、男の体を引きずり込む。
 ごきり。
 李は男の顔を踏み、力を込めて捻り上げ頸椎を外す。
 男が持っていたベレッタM1938A短機関銃を取り上げ、麗華に渡す。
 銃床は木製で、たくさんの通気孔が開いた銃身覆いを特徴とした短機関銃だ。
 動作は遊底が開いた状態から発射するオープン・ボルト方式で、操作中の事故を避けるため、遊底が後退する際に撃針が遊底の内部に引き込まれる安全機構を持つ。
 この短機関銃のもう一つの大きな特徴は、引き金が二本あり、前方が半自動(セミ・オートマチック)で後方が完全自動(フル・オートマチック)と使い分けられている事だ。
 ルーガーを腰の紐に差し込み、弾丸が二十発入る箱形弾倉が三本入ったポウチも奪いながら麗華は李に訊ねた。
 「あなたは?」
 「いや、俺はいい。こいつはあまり得意じゃないから、あんたに任せる。」
 階段の方へ進もうとした麗華の肩を、李の手が引き止める。
 李は上着の中から手榴弾を取り出し、安全ピンを引き抜いて階段の上に向け放り投げた。
 爆発音が階上で轟く。
 隠れていた階下の角から身を出した麗華達は、用心深く階段を登る。
 階上は手榴弾によって破壊の限りを尽くされていた。
 異変に気が付いて駆け付けた秦播団の用心棒達。約五人はいただろう。全員が肉片と化して無惨に散らばっていた。
 「ここは黄の邸宅の離れだ。この外に車庫がある。」
 李は広いフロアになった先の出口を指し示す。
 その時、どんという音と共に出口が開かれた。手に拳銃を持った三人の男が飛び込んで来る。
 麗華は迷わず、腰だめに構えたベレッタ短機関銃の後方の引き金を引き絞り、銃身を右から左になぎ払う。一分間六百発の発射サイクルによる反動は、銃自体が大きく重い設計のせいでコントロールしやすい。更に、銃身覆い先端の開口部からガスが吹き抜け、発射時の銃身の跳ね上がりを押さえるブレーキの役目を果たす。
 飛び込んで来た男達は、ベレッタ短機関銃の咆吼の中で血しぶきに変わる。
 外ではわめき声や泣き声が交錯していた。銃声や手榴弾の爆発で、騒ぎを知った披露宴の客達が慌てて逃げ出そうとしていた。
 ベレッタ短機関銃の弾倉を取り替えた麗華は出口に向かう。
 外は既に披露宴の客と秦播団の者が入り乱れて、収集の付かない状態になっていた。
 「おあつらえ向きだ。ちょっと車を失敬して来る。」
 言うが早いか李は出口から飛び出し、逃げまどう客の中を縫って車庫に向かう。
 待つほどもなく、一台の珍しい流線型のボディをした、クライスラー・エアフローが麗華の前に現れる。
 李がエンジンのかかっていたクライスラーを見つけ、乗っていた運転手を殴り倒して奪ったものだ。
 出口から飛び出した麗華の前で急停車をする。
 助手席のドアを開くと同時に、麗華はベレッタ短機関銃の銃口を空に向けて威嚇射撃をした。
 騒いでいる客達が、クライスラーの前の道を空けた。
 麗華はクライスラーの助手席に乗り込む。
 李がアクセルペダルを踏み込み、クライスラー・エアフローが加速した。
 邸宅の門の前で男が数人立ちふさがっている。手に拳銃を持って、クライスラーを停止させようとしてた。
 「掴まってろ!」
 李は構わずアクセルを踏み込む。
 一人の男をフロントグリルではじき飛ばし、もう一人を車輪の下に巻き込んだ。
 がくんと車体が揺れる。
 車輪の下敷きになった男は、潰れたヒキガエルのように背骨が砕け、内臓を破壊させていた。
 門は既に逃げまどう客の為に開かれていた。
 門をすり抜けたクライスラーの後から、拳銃の発射音が空しく響く。
 麗華はふっと溜息をつき、ベレッタ短機関銃を助手席の足下に置く。
 腰からルーガー拳銃を抜いた。
 麗華の横顔をちらりと盗み見た李は、麗華に話しかける。
 「その銃… 気を付けろよ、ひでえ邪気だ。」
 「そう? 私には涙しか見えない…」
 麗華は右手にルーガーの銃把を握り、左手で銃身をそっと包み込む。
 李はステアリングを操作しながら、沈みきっている麗華に静かに優しく囁く。
 「……あんたの名前、聞いてなかった。」
 「緋龍。そう呼ばれているわ。」
 「なあ、緋龍。頼みがあるんだ。」
 「なあに?」
 「一発やらせてくれ。」
 「馬鹿じゃないの、あんた。こんな時に…」
 「やっぱりそうか…」
 「それに今は、そんな気分じゃないわ。」
 「だろうな…」
 「よくもまあ、そんな事が言えるわね。」
 「へ。男の思考回路なんざ、多かれ少なかれこんなもんさ。」
 クライスラーは民家が建ち並ぶ通りを抜けた。
 助手席の麗華は小さく呟く。
 「礼を言っておくわ、李箔石。」
 「ああ…」

 
 静かな夜だった。月明かりの中に、田園風景が広がっている。見渡す限りの畑と、ぽつりぽつりと民家の灯りが見える。
 麗華は闇の中で、黄の邸宅から盗み出したクライスラー・エアフローを停め、静かに納屋に向かった。
 動きやすく目だ立たない作業服に身を包み、長い黒髪を首の後ろで束ねている。
 農家の母屋から離れた納屋は、人の気配はなく静まり返っている。
 納屋の扉の閂に南京錠が掛けられていた。
 麗華は髪の毛に手を伸ばし、ヘアピンを一本抜く。
 南京錠の鍵穴にヘアピンを差し込み、鍵穴内部の爪を押さえる。
 ぱちんと音を立て、南京錠のアーチが弾かれるように開いた。
 月明かりを頼りに、麗華は肥料の入った袋を次々に運び出す。
 肥料をクライスラーに運び込み、納屋の隅にあった灯油の入った缶も盗み出した。
 閂を戻し、南京錠を元通りに掛ける。
 静かにクライスラーを発進させ、麗華は潜伏先のアジトへと向かった。

 戴郁堂の豪邸は、その豪華な外見とは裏腹に緊張の空気に包まれていた。
 秦播団の残党の連中が約三十人、警備をする中で戴郁堂は本邸から一歩も出ないで毎日を過ごしていた。
 秦播団のボス、黄軒功が殺された。
 三日前の話だ。
 よりによって息子の結婚式の日に。
 そして、秦播団に援助をしていたオルシア連邦の使者も殺られた。
 不安が、堪えきれない恐怖が戴郁堂を襲う。
 “紅蠍”
 一体、何者?
 儂は秦播団とは関係ない。そう、関係ないのだ。
 『気を付けろ。俺達は一蓮托生だ。』
 黄はそう言った。
 儂は関係ない。そうだ、きっと…

 夜のとばりが降りた時、戴郁堂の邸宅の塀を乗り越え、庭の芝生の上に音もなく着地した麗華の姿があった。
 先日と同様に目立たない作業服を着て、長い髪を首の後ろで束ねている。白い顔にも泥を塗り、完全に庭の景色と同化していた。
 麗華は植えられた庭木の中を音もなく移動する。
 革紐をたすきがけにして、M1ガーランド・半自動小銃を背中に背負っている。腰には八発の30-06スプリングフィールド弾が詰まった挿弾子が入った布製のポーチが並び、作業服の左脇には革ホルスターが吊られている。
 脇下の革ホルスターに納められたルーガー自動拳銃の銃把が、月明かりを浴びて鈍く光った。
 麗華は立ち止まり、木の陰に身を潜める。
 目の前に、警備に当たっていた秦播団の男の姿が見えた。
 木の陰に座り込み、連日の警備による疲労から来る睡魔と必死に戦っている。
 麗華はそっと作業ズボンの腰に手を廻す。
 麗華の手に、長さ一尺程度の二本の棒が握られていた。
 正確に言えばこれは一本であり、中央を三寸ほどの紐で、二本の堅い樫の棒が繋がれている。
 通称ヌンチャクと呼ばれる、双節棍だ。
 そもそも農機具を元にして作られた携行性を重視した武具であるが、熟練した者の手にかかれば高い殺傷力と攻撃力を発揮する。
 中央を鎖で繋がれているものもあるが、この麗華が手にしているもののように、丈夫な紐で繋がれているほうが余計な音を立てなくて済む。
 麗華は男の背後に音もなく忍び寄り、双節棍の片方を握り、静かに男の首に目がけて片方の棒を振る。
 男の首に紐がかかり、振った片方の棒が麗華の手に返って来る。
 麗華は素早くその棒を片方の手で受け止め、二本の棒で男の首を挟み込む。
 双節棍は打撃武器として有名だが、絞殺具としても相当に有効だ。
 テコの力が棒に働き、強力な力で相手の首を締めつける事が可能である。
 男は喉からうめき声を上げ、双節棍の棒を掻きむしる。
 が、それは一瞬の抵抗だった。頸動脈を圧迫され、気を失うまでに10秒とかからなかった。
 麗華は更に力を込め、男の首を完全に挟み潰す。
 片方の手を放し、手首のスナップを今度は逆に効かせる。しゅっと空気を切る音と共に、双節棍が麗華の手に戻る。間に指を挟んでいるので、棒どうしがぶつかる音は立てない。
 麗華は男の死体の両脇に手を廻して引きずってゆき、植木の茂みに隠した。
 再び移動を開始する。
 以前貴美子と一緒にこの邸宅を訪れ、貴美子が戴のチェスの相手をしている最中に「外の空気が吸いたくなった」と言って、散歩をする風にうろつきながら、庭の構造は頭に叩き込んでいる。
 塀に沿うようにして移動する麗華は、庭に置かれた岩の影に人影を見つける。
 岩に寄り添うようにしている男は、山鳩の鳴き真似をしていた。
 同じように周囲から山鳩の声がする。この山鳩の声が、戴の屋敷を警備する連中の連絡手段となっていた。
 麗華は双節棍の端を両手で持ち、八の字型に広げて男の背後から忍び寄る。
 男の頭上から素早く双節棍を下ろして、紐の部分を首にかけて力一杯ねじ上げる。
 男の最後のもがきも一瞬で終わった。男が失禁した異臭に顔をしかめ、麗華は男の死体を岩の影に横たえる。
 植木の間を縫うようにして、本邸の裏に回り込む。
 本邸の裏に、二人の用心棒がいた。
 相手は二人いて、本邸の窓から漏れる灯りもあり、背後から絞殺するのは不可能と判断した麗華は、男達から死角になる本邸の壁に静かに貼り付いた。
 壁越しに様子をうかがう。
 二人は麗華に背を向けて、煙草を吹かしていた。
 麗華は音もなく男達の背後に忍び寄り、振りかぶった双節棍に十分な勢いをつけて右側の男の後頭部に振り下ろす。
 ぼくっ。
 麗華は双節棍の先が男の頭部を捕らえた瞬間、反射的に手首をひねる。そうする事によって、目標物に当たった棒の先が自分の手首に跳ね返って来るのを避けられる。
 突然隣で倒れた相棒に驚いた左側の男は、慌てて振り向く。
 背後を振り向いた男の顔面に、双節棍の棒がめり込む。
 麗華は手にした双節棍の連続動作で、一瞬の間に続けて二人の男を昏倒させた。
 油断無く周囲を見回し、双節棍を左手に持ち替え、右手を左袖に差し込む。
 鞘のロックが解かれた錐刀が、麗華の右手の中に滑り落ちた。
 麗華は昏倒した男達の延髄を錐刀で抉り、二度と目を覚まさないようにした。
 死体と化した男の服の背中で錐刀を拭い、左手首の鞘に納める。
 本邸の窓の下の壁に寄せて、死体を目立たないようにする。
 麗華は本邸から離れ、庭の茂みに身を隠す。
 麗華の周囲に誰もいない事は、用心棒達の山鳩の鳴き真似で明かだ。
 麗華は待った。
 程なくして、正門の脇で火柱が上がる。
 正門近くに乗り捨てた、クライスラーのガソリンタンクに仕掛けた時限発火装置が作動したのだ。
 塀越しに見える火柱に、戴の邸宅は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。
 異変に気が付いた用心棒達が、火柱の見える塀近くに殺到する。
 麗華は茂みの中で地面に身を伏せる。
 その時、夜空を切り裂くような大音響が轟いた。
 塀が粉々に砕け、爆発に巻き込まれた用心棒達が一斉に吹き飛ぶ。
 クライスラーのガソリンタンクに仕掛けた時限発火装置とは別に、車内に満載した肥料に差し込まれたダイナマイトの導火線に引火して爆発を起こした。
 先日農家の納屋から盗み出した、硝酸アンモニウムの肥料に灯油をぶちまけた、即製の硝安油爆薬だ。
 硝酸アンモニウム94%と灯油6%の混合物で、鈍感な為に通常の雷管では爆発せず、導爆ブースターとしてのダイナマイトが必要になる。
 麗華はガソリンタンクによる火災を利用して、二重のトラップを仕掛けたのだ。
 窓から外の様子を覗く用心棒達に向け、麗華は次々とM1ガーランド・ライフルの30-06弾を叩き込む。
 空になった挿弾子が、開いた排莢口から飛び出す。
 麗華は腰のポウチから新しい挿弾子を取り出し、排莢口に差し込む。
 身を伏せて移動する。爆発に巻き込まれていない無傷の用心棒達の影が、炎を背景に浮かび上がっていた。
 狙いを定めたM1ライフルの銃口が火を吐く。
 戴の邸宅の警備に当たっていた用心棒の部隊は、その殆どを一人の女に壊滅させられた。

 本邸の裏口から忍び込んだ麗華は、既にパニックを起こしている残った用心棒を、確実にM1ライフルの餌食にする。
 至近距離でのライフルの威力は絶大だ。
 所持していた弾薬を撃ち尽くし、麗華はM1ライフルを捨てる。
 麗華は脇のルーガーに手を伸ばす。
 麗華の手に、邪悪な殺意を発散するルーガー自動拳銃が握られた。
 遊底から銃身にかけての艶めかしいラインから、ふと魂を吸い寄せられるような磁気を帯びた光が、蛍光灯の光を反射させて煌めく。
 麗華は遊底の丸いリングを摘み上げた。
 ルーガーの遊底が、がちっと音を立てる。弾倉上端の初弾が開いた排莢口から覗く。
 遊底のリングを摘んでいた指を放すと、ばしっという軽快な音と共に実包が薬室に滑り込む。
 「見てなさい。“紅蠍”は死んではいない… ここにいるのよ。」
 麗華は己の感情を押し殺した声で呟いた。

 …殺して…
 …殺して、殺して、殺して…
 言葉にならない呪詛の旋律が、ルーガーから響き続ける。

 客間のドアの前に、二人の用心棒がいた。
 麗華は廊下の影から手前の男に狙いを付け、ルーガーの引き金を絞る。
 ぱきーんと突き抜けるような発射音の中で、側面から頭部を撃ち抜かれた男が血をぶちまけて倒れる。
 即座に応戦しようとした隣の男は、拳銃を麗華の方に向ける前に、胸に9ミリパラベラムの弾頭を受け崩れ落ちた。
 走り寄った麗華は客間の扉に向け、ルーガーの弾倉に残った弾を全て叩き込む。
 弾倉止めを押して、空になった弾倉を落とす。床に弾倉がぶつかり、乾いた音を立てた。
 ポケットから取り出した予備の弾倉を、銃把の下から叩き込む。
 突き上がっていた遊底は、弾倉上端の新たな実包をくわえ込み薬室に送り込んで閉鎖した。
 着弾の衝撃で開かれた扉の向こうに、一人の用心棒が倒れていた。
 扉を貫通した9ミリ弾を食らい、男の体は赤いボロ雑巾のようになっていた。
 麗華は伏せて客間の様子を伺う。
 もう既に反撃の気配は無い。
 客間に踏み込んだ麗華は、ソファーの上で哀れに震えている戴郁堂を見つけた。
 麗華は戴にルーガーの銃口を向け、作業服の袖で頬をぬぐう。
 髪を束ねた紐を解くと、長い黒髪がばさりと背中に広がった。
 「お、お前は!あの時の…」
 戴は驚きのあまり、恐怖に震えていたのを忘れて叫ぶ。
 麗華は静かに戴に向けて言い放つ。
 「約束通り参上しました。連れの妹は、遠い国に旅立ってしまいましたけど。」
 「“紅蠍”。そうだな?…」
 「はい。二十年前に、あなた達が惨殺した一家の事を覚えていらっしゃいますか?」
 「覚えている。覚えているとも… 黄や周の奴らは平気だったようだが、気の小さい私は悪夢にうなされる毎日だった… 後悔している。本当に済まなかったと思っている。」
 「そうでしたか。でも、悪夢は今日で終わります。」
 「え?」
 「妹からの伝言をお持ちしました。」
 麗華はゆっくりとルーガーの銃身を、戴の額に目がけて突き出す。
 「ま、待ってくれ!私は!私は、黄たちに脅されて… ほ、本当だ。殺さないでくれ。許してく…」

 ルーガーの銃口からほとばしった銃声は、戴の言葉を途中で中断させた。
 気のせいか、戴の額に開いた穴から一瞬、後ろのソファーの背もたれが見えたような気がした。

 
 『自由が欲しいか?大道寺麗華。』

 …自由? それは幻想。うたかたの生と死の狭間と同じ…