SCARLET DRAGON 緋龍

 

RED SCORPION 冥府への弾道 鉢

 

 「はぁぁ… いくぞ、女…」
 麗華の顔に、黄軒功のドブ臭い息が吹きかけられる。
 悪臭にむせかえりそうになるのを堪えながら、麗華は椅子から腰を浮かせ、後ろ手に縛られた両手を尻の下に忍ばせた。
 麗華が腰を浮かせた事は、黄から見れば誘いのポーズだと錯覚する。
 黄はもがくようにズボンを脱ぎ捨て、完全に勃起出来ない物を掴んで麗華の下腹部に押し当てる。
 黄の舌が麗華の首筋を這い回る。白く滑らかな麗華の首筋が、黄の唾液に濡れて妖しく光った。
 「これからがお楽しみだ。くく…」
 黄の含み笑いが終わらぬうちに、突如麗華の足が閃いた。
 どん!
 肉を叩き付ける大きな音と同時に、睾丸の潰れる小さな音が響く。
 麗華の膝が、黄の下半身を一尺ほど持ち上げた。
 「うぐおわっ!」
 悲鳴にならない絶叫を発して、黄は床に転がる。
 「貴様!」
 背後にいたシーロフが慌てて麗華に掴みかかろうとする。
 その時、シーロフは見た。
 椅子で両足を開いた麗華の秘部、その下に光る金属製の筒。
 その筒の先端が、シーロフの額に向けられていた。
 麗華は腰を浮かせて肛門から取り出した、金属製のチューブを左手で握り、右手で後方の端のツマミを捻って引き、放した。
 隠った銃声が響く。
 チューブ内部の銃身を通過し、先端の薄い金属を突き破って飛来した.22口径の弾頭が、シーロフの額にめり込む。
 シーロフは額を仰け反らせて数歩後退し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
 先端に穴を開けたホーロー・ポイントと呼ばれる弾頭は、シーロフの頭蓋骨を貫通し内部でキノコ状に開いて止まる。
 .22口径の弾丸を発射したものは、肛門に隠す事が出来る単発式拳銃だった。内蔵したバネに繋がった撃鉄のツマミは、捻れば安全弁が外れる。それをそのまま引き出し、手を放すと.22口径のリム・ファイヤー弾の雷管を叩く単純な仕組みだ。銃口先端は本体の金属で薄く覆われており、銃身への侵入物を防ぎ、弾丸の発射で破れるようになっていた。
 麗華は電光石火の素早さで椅子から立ち上がり、シーロフがテーブルに置いた錐刀に迫る。
 後ろ手に縛られた両手を伸ばし、錐刀を掴もうとしたその時、倒れていたシーロフの体がむっくりと起き上がった。
 額からのおびただしい出血で赤く染まったシーロフの顔の中に、ぱっくりと見開かれた両目に、憎悪と狂気の光を宿した瞳が輝いていた。
 「きさま…」
 両手を開いたシーロフの巨躯が迫る。
 麗華の指先が錐刀の柄に触れた。
 ゆっくりと麗華の首にシーロフの両手がかかる。
 麗華は身を沈めて、シーロフの手から逃れた。
 シーロフの脇をすり抜け床を転がって、掴んだ錐刀で両手を縛り上げている縄を切る為の時間稼ぎをする。
 だが、狭い部屋の中で逃れるのは難しく、既にシーロフの両足が目の前に迫っていた。
 麗華は床に転がった姿勢から足払いをかける。破れてまとわりついたドレスが邪魔になり、思うように動きが取れない。そのうえ両手が背後で縛られているために、蹴りを繰り出す為の体の支えが不十分だ。
 麗華の足払いを受けても、シーロフの体はびくともしなかった。
 シーロフの体が、床を転がる麗華の上に覆い被さって来る。
 「ば… 化け物ぉ…」
 麗華の罵倒も空しく、シーロフの両手が麗華に首に巻き付く。
 両手で握った錐刀で必死に縄を切断しようとするが、間に合わない。
 強靱な力で首を締めつけられ、目の前に迫ったシーロフの顔が白くぼやけてゆく。
 麗華の指の間から錐刀が床に落ちた。

 

 『自由が欲しいか?大道寺麗華。』

 …シーロフ… きっと、あんたも同じなのね…
 
 その時、突然鉄製のドアが突き破られるように開いた。

 「へえ、これはきれいなもんだ。まだ男を知らないのかね。」
 背後から男の舌が貴美子の秘部をなめ回していた。
 貴美子は口元に押し付けられた肉棒に、口を閉ざして抵抗を続けている。
 指が、男の指が貴美子の秘部に入り込む。
 「ん… ううん…」
 貴美子は反射的に吐息を漏らした。
 「そのわりには感じてやがる。どれ、本番といくか。」
 背後の男が貴美子の尻を抱え上げた。
 異物が押し当てられている。
 ゆっくりと、暖かいものが貴美子の中に入り込んできた。
 違和感に驚いて開いた口にも、醜悪な肉棒が滑り込む。

 …いや… いやだ…

 貴美子の目に涙が浮かぶ。

 …麗華さん…
 …お願い… 麗華さん…

 貴美子は、両手の中に握った金属製のチューブの端のツマミを捻り、一気に引き抜いた。

 麗華に覆い被さったシーロフの体が吹き飛んだ。
 ごろごろと床を転がって、壁に叩き付けられる。
 「探したぜ、シーロフ!てめえの相手はこの俺だ!」
 シーロフを蹴り飛ばした主らしき声がする。
 麗華は失いかけた意識の中で、自分とシーロフの間に立ちふさがっている背中を見た。
 広い背中だった。生気に溢れた頼もしい背中だった。
 シーロフが立ち上がる。強靱な肉体をも凌駕する、執念のようなものが彼を動かしているようだった。
 「でゃあぁぁぁぁぁっ!」
 裂帛の気合いとともに、立ちふさがった男がシーロフに飛びかかる。
 シーロフの顔面を掴み、踏み込んだ足をシーロフの踵に掛けて、そのまま後頭部を壁に叩きつける。
 ごしゃりと玉子を割るような音がした。
 シーロフの頭を壁に叩きつけた手を放し、続けて五指を伸ばした貫手に変えて、シーロフの喉に勢いよく突き刺す。
 ごぼごぼとシーロフの口から血の混じった泡が吹き出し、男の貫手で押さえつけられ、壁に吊られたようになって手足を痙攣させた。
 意識が戻った麗華は頭を振り、素早く錐刀を探る。
 柄を逆手に握り、手首を拘束していた縄を切断した。
 「くたばりぞこないをバラしたところで、ちっとも自慢になんねえや。でも、間に合ったぜ。」
 振り向いた男は、その見事な格闘術にまるで似つかわしくない、むしろ親しみを覚えるような遊び人風の男だった。
 麗華は立ち上がり、男に向け素早く錐刀を構える。
 「おっと、ご挨拶だな。俺はあんたを助けに来たんだぜ。」
 「信用できないわ。」
 「信用してくれ、なんて言う方が無理か。」
 「私も殺す気なら、シーロフを蹴り飛ばさずに一緒に撃っていた筈。信用はしないけど、どうやら目的は同じね。」
 麗華は睾丸を潰されて呻いている黄に歩み寄った。
 苦痛の為に顔が紫色に変色した黄の髪を掴み上げ、開いた喉に錐刀を一閃させる。
 床に小豆をばらまいたような音を立て、黄の喉に開いた切り口から血がほとばしる。
 その様子を見ていた男は、小さく口笛を吹く。
 「ひゅぅ。お見事。」
 「あなた、李箔石ね?」
 「ご存知とは光栄だ。」

 貴美子の口にペニスを押し込んだ男は、貴美子の縛った両手の隙間から火花が出ているのに気が付いた。
 「?」
 それが爆発物である事に気が付くより早く、信管が内部の爆薬本体を点火させた。
 貴美子が握っていたものは、肛門に隠すことが出来る小型手榴弾だったのだ。

 麗華は壁の棚にあった縄を適当な長さに錐刀で切断して、開いたドレスの前を閉じてその縄を腰に巻く。テーブルの上にあるワルサーPPKを取り、腰の縄に差し込んだ。錐刀を鞘に納め、鞘に付いたクリップでドレスの胸元に差す。
 その時、地下室全体を爆発音が揺るがせた。
 はっと麗華は振り返る。嫌な胸騒ぎがする。
 麗華は開かれた鉄製のドアを飛び出し、ワルサーPPKを構える。
 地下室の廊下には人の気配は無かった。
 麗華の目線の先に、爆発の衝撃で開いた鉄の扉が見える。
 「貴美子!」
 その扉に走り寄って部屋に飛び込もうとした麗華は、走ってきた勢いを扉の枠を掴んで強引に止める。
 部屋の内部の惨状が、正視に耐えられない状況が、麗華に目に飛び込んで来る。
 「きみ… ぐぅ!」
 麗華は扉の前でへたり込み、口に手を当て、こみ上げてきた吐き気を必死で堪える。

 麗華はゆっくりと立ち上がった。
 部屋の中に飛び散った肉片や手足は、もう既に誰の物なのかも分からない。
 「あんたの連れのあの子か… すまねぇ、俺が手間取ってさえなかったら…」
 背後から呟く李箔石の声も、ひどく遠くから響いて来るように聞こえる。
 うめき声が聞こえた。
 ただ一人生き残っていた若い男が、血に染まった床の上をのたうち回っている。
 部屋の中に立った麗華は、周囲を見渡し、ある一点に目を留めた。

 ルーガーが床に横たわっている。
 麗華はそっと、そのルーガーを拾い上げた。
 悲しみが…
 握った銃把を伝って、悲しみが麗華の胸に流れ込んで来る。
 銃身部の丁寧な焼き入れの深いブルーの波紋が、寂しく光った。

 …泣いているの?…

 麗華は両手の中のルーガーを見つめる。
 爆発に巻き込まれながら奇跡的に、損傷どころか傷一つ付いてはいない。
 親指で安全弁を外し、左手で遊底上部のリングを勢いよく引っぱり上げた。
 がしっと音を立てて遊底が後退し、薬室に入っていた実包が勢い良く飛び出す。
 新たに弾倉上端の9ミリ実包をくわえ込み、遊底は閉鎖した。

 …もう、泣かないで…

 まだ息のある若い男が、呻きながら床を這いずっていた。
 爆発の勢いで腹部が破裂し、腸をはみ出させて、それでも気を失う事が出来ずに、迫り来る死神の羽音に空しい抵抗を続けていた。
 「わぁぁぁ… 痛てぇよぉ… 助けてくれよぉ、母ちゃん…」

 麗華は床を這いながら呻いている若い男の後頭部に、ルーガーの銃口を向ける。
 そっと静かに引き金を絞った。
 引き金は想像以上に軽く、そして反動と銃声は、.32口径のワルサーPPKとは比べものにならない程大きかった。
 発射の衝撃で、一瞬目が眩む。
 至近距離から9ミリの弾頭を後頭部に受けた若い男の体は一瞬大きく跳ね、そしてびくんと一度、痙攣をしたまま動かなくなる。

 

 『自由が欲しいか?大道寺麗華。』

 …自由? それは死にゆく者だけに与えられる特権…