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SCARLET DRAGON 緋龍
RED SCORPION 冥府への弾道 質
そこは壊れかけた安普請な里弄(リーロン)住宅だった。
古びた必要最低限の家具と、長年の使用で変色した壁。
その部屋の中に、考えてみれば如何にも場違いな、それでいてその場にピッタリと溶け込んだ、黒いドレスの妖艶な美女が佇んでいた。
大道寺麗華。
今彼女は、戦いに備えて静かに爪を研ぐ雌豹のような殺気を放っていた。
この住宅は数ある麗華専用の、潜伏用アジトの一つだ。
部屋の壁に掛けられた姿見に向かって、麗華は髪をアップに結った。
黒いドレスの大きく開いた背中から、うなじにかけての白いラインが艶めかしく揺れる。
口にくわえていた髪留めでアップにした髪を留め、隣の鏡台に手を伸ばす。
手を伸ばした先には、錐刀(スティレット)があった。
金属製の鞘にはクリップが取り付けられていて、どこにでも差し込んで隠す事が出来るようになっている。
麗華は結い上げた髪の束に、鞘に収まった錐刀を差し込んだ。
髪から覗く金属製の鞘も木製の握りも、髪留めと同化して気の効いたアクセサリーの様に見える。
椅子に左足を乗せドレスの裾をまくり上げ、ワルサーPPKを収納したホルスターをガードルで内腿に固定する。
同様に右内腿にも、予備弾倉が二本入ったサックを固定する。
鏡の中の麗華は、以前までのチャイナドレスを着た麗華とは別人に見える。
敵に面が割れている。
変装をした所で、あのシーロフには見破られてしまう可能性は大だ。だが少しの時間稼ぎにでもなればよい。
今日は秦播団のボスである黄軒功の息子、黄従勲の結婚披露宴の日だった。
既に“D機関”の手筈は整っていた。黄軒功の表向きの商売での取り引き先の実業家、郭栄陽の替え玉と共に麗華と貴美子は披露宴会場に潜入。その後、会場の外で爆発が起こるという陽動作戦で、どさくさに紛れて黄軒功を暗殺、速やかに脱出する計画だった。
姿見に写った麗華の顔の後ろに、貴美子の姿が現れた。
麗華と同じ黒のドレスを纏っている。
「どう?到底この程度で、奴らの目を誤魔化せるとは思えないけど…」
振り向いた麗華の笑顔に一瞬だけぼうっと見とれた貴美子は、ゆっくりと首を振って答える。
「いいえ。とても素敵です。」
貴美子は顔を赤らめてうつむく。
麗華は鏡台に置いてあったバッグの口に手を突っ込み、掴み出した物を両手で貴美子の前に示した。
麗華の手の上には、金属製の細いチューブ状の物が二本乗っている。
「どちらか好きな方を選びなさい。これが餞別になるかも知れないわ。自決に使おうが反撃に使おうが、それはあなた次第よ。」
そのチューブ状の物は似てはいるが、先端に付いたつまみらしき物など、若干構造が異なっている様子だった。
貴美子は無言で、チューブ状の物を一本を取り上げる。
「じゃぁ、行きましょう。」
不吉な女が二人。黒いドレスに死の影をまとい、里弄住宅のドアから昼前の陽光の中へ消えて行った。
黄軒功の邸宅の別館を使った、披露宴の会場は賑わっていた。
政治家や黄軒功と癒着を持つ警察幹部などと並んで、地元の名士や実業家が席を連ねている。
麗華と貴美子が座ったテーブルには、黄軒功の表向きの商売での取り引き先の実業家、郭栄陽の替え玉が座っていた。
郭栄陽とよく似たD機関の工作員に変装をさせ、完全に本人になりすましている。
本物の郭栄陽は、朝にこの披露宴会場に向かう所を、数名のD機関の工作員によって拉致されており、今頃は機械によって粉砕されて養鶏場の飼料になっている筈だ。
新郎と新婦が会場に入場した。
会場は一斉に拍手の音に飲み込まれる。
続いて、秦播団のボスである黄軒功が姿を現した。
黄軒功の左右には、鋭い目線を周囲に張り巡らせる用心棒が二人。
郭栄陽の替え玉であるD機関の工作員の男は、そっと麗華に目配せをする。
麗華は静かに頷いた。
男が席を立つ。
麗華達が行動を起こす引き金となる、破壊工作の準備に男は向かった。
何食わぬ顔で、麗華は披露宴のステージに目を戻す。
主催者であり新郎の父である、黄軒功のスピーチが終わった。
時間は確実に過ぎている。
「遅い。何かあったのかしら?」
麗華は小さく呟く。
郭栄陽になりすましたD機関の工作員は、もう既に陽動作戦を始めている筈だった。
突然の停電と爆発音が、披露宴会場を襲う予定だった。
「まさか… 捕まった?」
麗華の顔に不安が走る。
テーブルの横に座った貴美子に目線を走らせるが、貴美子は新郎新婦のいるステージをぼんやりと眺めているだけだった。
…きれい…
…きれいな花嫁、幸せそうな花嫁…
憧れと羨望の表情の中、貴美子はゆっくりと唇を噛む。
…どうしてなの?
…同じ人でも、人は違うの?
…何不自由なく生きて来た者が、当然のように幸せを掴んで、
地獄を見た者は、いつまで経ってもその地獄から這い出せなくて…
貴美子の脳裏に、あの日の、幸せだった筈の我が家が浮かぶ。
優しく迎えてくれる筈の母も、笑って抱きしめてくれる筈も父も。
血の海の中にいて、もう誰が誰だか分からない程メチャクチャに壊されていて。
…不公平…
…そう、不公平よ…
…誰がこんな不公平を作ったの?…
「ゆるさない…」
静かに、誰にも聞き取れない声で貴美子は呻いた。
…ゆるさない。何もかも…
…私の不幸をみんなに分けてあげる。
…私の味わった地獄を少しだけ見せてあげる。
「やめなさい!貴美子!」
貴美子がドレスの裾から取り出したルーガーを構えるのと、麗華が発する制止の声が同時だった。
麗華はルーガーの銃身を掴みながら、周囲の気配を察知する。
短機関銃や拳銃を構えた五人の男が、麗華と貴美子を包囲していた。
男達の間を割って極寒の平原を思わせるような、冷徹な笑顔を顔に張り付けた男が姿を現す。
「残念だったな、D機関。奴が全部吐いちまったよ。」
奴とは、郭栄陽の替え玉の工作員。そう直感した時、麗華の唇から目の前の男の名前が低く響く。
「クラスノ・シーロフ…」
じっとりと湿気を含んだ地下室だった。
壁を覆う剥き出しのレンガと鉄製の扉、そして壁に取り付けられた棚に並んだ多数の拷問道具が、過去にこの部屋で行われ続けた数々の陰惨な歴史を物語っている。
麗華は後ろ手に手首を縛られ、椅子に座らされていた。
目の前にクラスノ・シーロフと黄軒功がいた。それ以外にこの部屋には誰もいない。
「ここは私のちょっとした趣味の部屋でね。いくら泣こうが叫こうが誰にも聞こえないんだよ。よく見ると、とびっきりの別嬪さんじゃないか。くく… これは楽しそうだねぇ。」
黄軒功は麗華に猫なで声で囁く。既に涎を垂らしそうな表情だ。
「あの子はどうしたの?」
麗華は黄軒功を睨みつけながら、貴美子の居場所を聞く。
「おや、怒った顔も可愛い事。あの娘なら別の部屋で、今頃はうちの若い連中の慰めものになっているよ。あの子もとても可愛い子だった、あいつらに与えるには勿体ない気もするが…」
「糞ったれ…」
「おやおや、奇麗な顔して下品な言葉を… まあいずれは、泣いて命乞いをする顔を見せて貰う事になるんだがね。」
かちっと背後で音がした。シーロフが麗華のワルサーPPKの弾倉を抜き、残弾を確認して弾倉を弾倉室に戻した音だった。
「用心して下さい、黄大人。こいつは只の女じゃない。」
ワルサーを頑丈な木製のテーブルの上に置き、シーロフは麗華に歩み寄る。
突然麗華の髪を掴み、髪の中に隠してあった錐刀を引き抜いた。
髪留めも同時に外れて落ち、麗華の顔から肩にかけてアップに結っていた髪がばさりと広がる。
シーロフは錐刀の鞘に付いたロックを外し、刃を抜き放った。
銀色に光るその細身の両刃をしげしげと見つめる。
「ほう。これは上等なものだ。」
シーロフは麗華のドレスの広く開いた胸元、胸の谷間に錐刀の先を滑り込ませる。
一気に刃を引き下ろした。ドレスは裾の先まで裂ける。
シーロフはテーブルの上、ワルサーPPKの隣に錐刀を置き、右手をズボンのポケットに突っ込む。
抜き出した右手には、細長いパイプ状の物が握られていた。
「それ程上等なものではないがね。俺の得物もまんざら捨てたものではないぞ。」
シーロフの手に握られているものは、細い鉄パイプを斜めに切断して先端を研ぎ上げ、握りの部分にテープを巻いた即製のナイフだった。
これはニードル・ナイフと呼ばれる、主に拷問道具として使われるもので、直径八分の五インチ程度の導管を切断し、グラインダーをかけて先端と細長い断面を作る。このナイフの特徴は、人体に突き刺した時にパイプ状の本体が漏斗の役目を果たし、血液が凝固せずにいつまでも流れ出るといった性質を持つ。また、抜いた後も円形の傷跡を残して、傷口が塞がらない。
シーロフはニードル・ナイフの先端で、切り裂いた麗華のドレスを広げる。
見事な裸体が露わになった。
「先程の奴もこれで素直に吐いた。放っておいたが、もう死んでいる頃だろうな。貴様の口からも、じっくりと“D機関”の事を聞かせて貰うぞ。」
麗華の白い右胸に、ニードル・ナイフの先端が押し当てられる。
乳房の弾力が、ニードル・ナイフの切っ先を押し戻そうと抵抗する。
「待て!待ってくれ、シーロフ。」
突然、黄がシーロフの右手を押さえる。
「その前に、少しだけでいい。俺を楽しませてくれ。これ程の女、このまま殺すのは勿体ない。」
黄の目には、ぎらぎらとした欲情の光が宿っていた。
「なんという素晴らしい体だ。何十年ぶりだろう… 頼む、シーロフ。」
黄は椅子に座らされた麗華の体を、頭の天辺からつま先まで舐めるように見つめている。
「分かりました。早く済ませて下さい。」
シーロフは静かに舌打ちをして、ニードル・ナイフをテーブルの上に置く。
「ありがとう。ありがとう、シーロフ。ああ、こんないい体を抱けるとは…」
乳飲み子が母親の乳房にむしゃぶりつくように、麗華の胸に飛び込んだ黄は無我夢中で舌を這わせる。
麗華はこみ上げてくる苦痛と屈辱に顔を歪めた。
麗華が囚われている部屋と、同じ様な作りの地下室だった。
黄の邸宅に作られた地下室の同じ並びなのだろう。
手首と足首を縛られた貴美子が、床に据えられた木製の台に横たわっている。
それを取り囲むように三人の若い男がいた。
「さて、俺が一番乗りといくぜ。」
リーダ格の男が呻くように言い、貴美子のドレスに手をかける。
絹を切り裂く甲高い音と共に、貴美子のドレスが引き裂かれた。
ほっそりとした白い体が露わになる。
貴美子は秘部を隠そうと動けない体でもがき、その仕草が男達の欲情を一層高揚させる。
「ちぇ、分かったよ。だったら俺は前から行くよ。後でそっちも頼むぜ。」
貴美子の前にいる男が残念そうに呟いた。既にズボンの前を膨らませている。
一番若い、まだ年の頃は十代のようなあどけない顔をした男は、二人の背後で貴美子のルーガーをいじりまわしていた。
若い男の欲情の対象は、部屋の中央に横たわった貴美子の裸体より、手に握ったルーガーに移っている。
不思議だった。
この銃を手にした途端、得体の知れない太々しいほどの高揚感が漲って来る。
…殺せ…
…殺せ。殺せ。殺せ…
そんな言葉にならない呪詛が、ルーガーを握った手を伝って脳内に響いて来る。
ルーガーに宿った悪霊が、殺された者の怨念が、男の中で何かを変えていた。
「勿体ぶらずに、早くやっちまえよ。この俺がトドメを刺してやる。」
若い男の言葉に、二人の男は驚いて振り向く。
普段、下っ端のチンピラで小間使い役の男が、兄貴分の二人に対して言う台詞ではない。
若い男は右手でルーガーの銃把を握り、そのスマートな銃身を左手の平にぽんぽんと叩きつけていた。
若い男の態度にむっとした男達は、その若い男が発する狂気に似た凄みに圧倒されて咎める言葉を飲み込む。
若い男の手の中で、ルーガーは呼吸をしているようだった。
鼓動さえ聞こえるようだった。
「焦るなよ。後でてめえにも、ゆっくりと楽しませてやるからな。」
リーダー格の男は吐き捨てるように言い、貴美子に覆い被さる。
柔らかい乳房を手の中で弄びながら、もう片方の手を下腹部に這わせる。
貴美子は嫌悪感と苦痛に耐えかねて唇を噛む。口の端に血が滲んだ。
「畜生…」
呟いてみるが、意思とは裏腹に体が反応して来る。
麗華と体を重ねた夜が、走馬燈のように脳裏を走り去る。
…麗華さん…
…お願い、もっと…
「ああ、もう堪んねえよ…」
目の前の男が慌ただしくズボンを脱いだ。
貴美子の髪を掴み上げ、顔の側で跪く。
「その可愛いお口で頼むよ。いいか、歯を立てるんじゃねえぞ。」
貴美子の眼前に醜い肉棒が屹立していた。既に先端が、透明な液体でぬらぬらと濡れ光っている。
貴美子の胸から嘔吐感が突き上げて来た。
…麗華さん…
…お願い…
「じゃあ、俺も行くか。」
リーダー格の男もズボンをずり下げる。
貴美子は抵抗して身じろぎする様にして体を捻り、両手を尻に持ってゆく。
肛門に隠していた金属製の細いチューブ状の物が、貴美子の手に移った。
續
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