SCARLET DRAGON 緋龍

 

RED SCORPION 冥府への弾道 銃

 

 海から吹き抜ける風が、麗華の髪をなびかせ、チャイナドレスの上に纏った薄手の外套の裾を揺らせた。
 小高い岬の先に海原が広がっている。
 この海の先に八洲がある。
 麗華は歩みを止め、背後を振り返った。
 「もういいわ。ここなら誰もいない。」
 麗華の言葉に誘われるように、背後から影が湧いた。
 「尾けられるのは、あまり好きじゃないの。」
 「女のケツを追っかけ回すのが、俺の十八番なんでね。」
 麗華の背後に佇む李箔石は、口の端を吊り上げて皮肉に笑った。
 麗華は外套の大きなポケットに突っ込んでいた右手を抜き出す。
 麗華の右手に握られたルーガー自動拳銃が、凶暴な光を湛えて李に向けられていた。
 「よせやい。そいつに睨まれると、ぞっとするぜ。」
 李は両手を挙げて降参のポーズを取る。
 麗華はゆっくりとルーガーの銃口を下げた。
 「派手に暴れたようだな。新聞も戴の家の話題で持ちきりだぞ。」
 李の言葉に麗華は表情を曇らせてうつむく。
 再び顔を上げ、李に視線を戻して静かに口を開いた。
 「あなたの雇い主は誰?アルヴィオン?それとも、士名国?」
 「聞いて驚けよ。何を隠そう、D機関さ。」
 「…そうだったの… それで私を助けたのね。」
 「俺が引き受けた事は、シーロフの野郎をバラす事だけだ。それ以外の事は一切関係ない。あんたの事は只の私情だ。」
 麗華はくるりと身を翻し、李に背を向けた。
 ほっそりとした背中を長い髪が踊る。
 麗華は右手に握ったルーガーの安全弁に親指を伸ばす。
 かちゃりと音を立てて安全装置が解除された。
 海と空の狭間に銃口を向け、静かに引き金を引き絞る。
 乾いた銃声が岬に木霊し、後退した遊底に弾き出された空薬莢が宙に舞い地に落ちた。
 麗華は右手に握ったルーガーを見つめる。
 陽光を受け、深いブルーのクロームの被膜が寂しく光った。
 突然左足を前方に踏み込み、ルーガーを握った腕に充分な反動を付け、海に向かってルーガーを放り投げた。
 くるくると回転しながら弧を描き、ルーガー自動拳銃は穏やかな波間の中に消える。

 「なあ、緋龍。あんたの本当の名前を教えてくれよ。」
 麗華の隣に並んだ李がそっと囁く。
 「教えない… 私の名前を知って、生きていた者は誰もいないから。」
 「へ、そういうことかい… 気持ちだけは有り難く受け取っておくぜ。」
 「勘違いしないで。」
 麗華は李に振り向き、笑った。
 見る者の魂さえも引き込むような艶麗な笑顔だった。
 「やっと笑ってくれたな、緋龍。俺は、その笑顔が欲しかったんだ。」
 「大層な口説き文句だこと…」
 麗華は笑顔のまま呆れた口調で呟く。
 海に再び視線を戻した。
 李は麗華の視線を追いながら小さく言い放つ。
 「今度会う時は、たぶん敵同士だろうな。」
 「そうね。その時までお互い、生きていましょうね。」
 「ああ、じゃぁな。緋龍。」
 麗華の横でざっと走り去る足音がした。
 麗華が振り向いた時。
 そこには、誰もいなかった。確かに今しがたまでそこにいた筈の李は、気配さえも消して去っていた。
 海から吹き上げる風が、麗華の髪をなびかせる。
 麗華は顔にかかった髪の毛を、指先でそっとかき上げた。
 穏やかな海面は昼下がりの陽光を受け、波をきらきらと輝かせていた。