SCARLET DRAGON 緋龍

 

暁の緋龍 弐

 

 麗華の右手に握られたワルサーPPKの発射音が、騒然となったナイトクラブの店内に響く。
 PPD40短機関銃を持つ男が、体をくの字に折り曲げて倒れ込んだ。
 重なり合って一発分に聞こえた発射音は実は二発、男の腹部を貫いていた。
 ダブルアクション機構を持つワルサーPPKは、発射前に撃鉄を親指で起こさなくとも引き金を引き続ける事によって撃鉄が上がり撃針を叩く。
 射出口となった男の背中にすり鉢大の穴が開き、背後の壁に血と臓物をぶちまけていた。
 これは通常の7.65ミリの弾頭による破壊力ではない。麗華はワルサーPPKの初弾、つまり薬室に装填した弾丸の弾頭部を斜めに切り落としていた。
 ダムダム弾だ。体の通りやすい部分を縫うようにして進む通常の被甲弾と違い、弾頭が対象物に着弾した際に炸裂し、対象物を引っ掻き回しながら進む。つまり、貫通に持って行かれるエネルギーを破壊目的に変えるのだ。
 当然これでは弾頭の形状が違うため、自動拳銃の弾倉に装填したならば回転不良の原因となりやすい。だから麗華は初弾の薬室にのみに装填していた。
 倒れる男に目もくれず、麗華はソファーの背もたれに左手をかけて飛び越える。
 チャイナドレスの裾と長い髪が尾を引いて、ソファーの影に消えた。
 今倒れた男の隣でトカレフ自動拳銃を構えた男が二人、絶叫しながら引き金のガク引きを始めた。
 パニックの中で狙いも定めず撃っているのだ。一番危険な状態である。
 金切り声を上げていた若いホステスの頭部を、目標を外れた7.62ミリの弾頭が貫く。
 ソファーの影で蹲った麗華は立てた右膝に右腕を乗せ、ワルサーPPKを握った右手に左手を添えて射撃体制をとる。これは安定した射撃姿勢であり、なおかつ低い姿勢の為に相手が発射した銃弾に当たる確立がぐんと低くなるのだ。
 左の男に二発、左の男に三発、正確に弾頭を叩き込んだ。
 麗華は頭と胸を狙って撃ち、一瞬にして二人分のトカレフを黙らせた。引き金の後方にある弾倉止めを親指で押して、空になった弾倉を床に落とす。
 人間が撃たれた場合、死に際に筋肉が収縮する。もし相手が連射の利く短機関銃や自動小銃を持っていた場合、撃たれた相手はその筋肉の収縮によって反射的に引き金を引き続ける事になる。ところが胸部を撃った場合、相手は仰け反って倒れようとするために、偶然放たれた銃弾にこちらが襲われる結果となるのだ。だから通常、撃つ目標は腹とされている。腹部ならば撃たれた相手は前のめりになって倒れるからだ。
 今度の相手は拳銃なので、その危険性は少ない。
 立てた右足の内腿から一本の予備弾倉を抜き、ワルサーPPKの銃把の下から叩き込む。
 素早く倒れた男達に近づいた麗華は、既に即死していた男のPPD40短機関銃を奪う。71連発の円型弾倉が装着されていた。
 更に男の腰のベルトに同じ円型弾倉と卵型手榴弾がぶら下げられていた。
 店の用心棒にしては重装備である。このところ続いている組織抗争による“でいり”のせいで、どこの組織も神経質になっているのが分かる。
 麗華は床にワルサーPPKを置き、男の腰の手榴弾を奪い、底に付いたリングに指を引っかけてPPD40短機関銃を点検した。
 遊底は既に後退して発射準備は整っていた。用心鉄の先にある切り替えスゥイッチが連射に入っているのを確かめて、麗華は木製銃床を肩に当てカウンターの棚に向けて引き金を絞った。
 発射速度は毎分800発と、かなり速い。機関部から排出された空薬莢が床に当たって音を立てる。店内に轟いた連続発射音に従業員や客は更に身を縮めて蹲っていた。
 次々と酒の瓶が割れ、中身の様々な種類の酒がぶちまけられてゆく。
 麗華はワルサーPPKを左内腿のホルスターに仕舞い、PPD40短機関銃を握って立ち上がった。
 店のドアに向けて走る。観音開きのドアに体当たりするようにして外に出ると、手榴弾の信管部のツマミを時計方向に回して引っ張った。
 信管に着火される。麗華はドアの隙間から店の中に手榴弾を放り込み、ドアから飛び退いた。耳を押さえて伏せる。
 建物を揺るがす轟音がした。立ち上がった麗華の視界を粉塵が遮る。
 ドアは吹き飛び、ガラス窓は残らず砕け散っていた。
 店内を伺うまでもない。
 麗華は建物の玄関に向けて走る。
 玄関前、建物の前で番をしていた男達が立ちふさがっていた。
 手にした拳銃を赤いチャイナドレスに向けたのが、男達の最後の行動となってしまった。
 麗華はPPD40短機関銃の銃床を右脇に挟み、引き金を絞りながら銃口を左から右になぎ払う。
 PPD40が奏でる高い発射音に踊らされる様に、男四人がまとめて吹き飛ばされた。
 足を止めた麗華はゆっくりと男達に近づく。
 玄関を血に染めた男達の中で、うめき声を上げている者がいた。
 まだ息のある男が一人、頭を上げて麗華を見上げる。
 「畜生… このアマ…」
 最後の力を振り絞り、手に握りしめたコルト・ディテクチブ・スペシャルのスナッブ・ノーズと言われる短い銃身を麗華に向けた男は、まだ少年と言える程の若い男だった。
 PPD40短機関銃の発射音が響き、ディテクチブ・スペシャルを握っていた男の手の手首から先が消失していた。
 骨が露出した手首を信じられないと言った表情で見ていた男の顔に、7.62ミリの銃弾の雨が襲ったのは次の瞬間だった。
 「私はこんな女… 舐めないで欲しいわ。」
 嘲笑った麗華の顔に、一瞬走った孤独の影。
 だが、そんな麗華の表情を見た者はいない。
 既に倒れて動かない男達に更に連射を加えとどめを刺した麗華は、銃口を玄関のドアに向け引き金を絞る。
 木製のドアは留められている蝶番もはじき飛ばされ、あっさりと倒れ落ちた。
 外の路地から悲鳴が飛び交う。
 更に向かいのビルに弾倉に残った7.62ミリ弾を打ち込み、弾倉が空になったPPD40短機関銃を血だるまと化した男達の死体の中に放り込み、玄関の横、二階に通じる階段の影に身をひそめる。
 爆発音と騒ぎを聞きつけた客や従業員達の足音が階上から響いて来た。

 想海の海を見下ろす小高い丘の上に、幾つかの大邸宅が点在する。
 ほとんどが霧郷(アルヴィオン)人の金持ちのものであった。
 その中のひとつ、高いレンガ塀に囲まれた三千坪ほどの敷地を所有する家の広い応接間に大道寺麗華の姿があった。
 応接室から張り出したヴェランダの向こうに広がる青い海に、行き交う船の帆が陽光を受けて幾つも輝いていた。
 動きやすいゆったりとしたチャイナ服姿の麗華の手から、テーブルの上に黒い紐状のものが投げ出される。
 “紫衣団”の資金係、沈の弁髪だ。
 「派手に暴れたものだな。姐さん。」
 ベッドと見まがう程の大きなソファーに身を沈めた、スーツを着た男が言った。
 “洪氾団”の団長、王(ワン)だ。年の頃は50代前半の、精力的な雰囲気を感じさせる男だった。
 昨晩、ナイトクラブを爆破して“紫衣団”の沈とその手下を皆殺しにした麗華は、派手な騒ぎに集まった野次馬に紛れて悠々と現場から逃走した。そしてこの近くの王が宛ってくれたアジトに戻り、睡眠を取って翌朝にこの王の邸宅に来たのだ。
 “洪氾団”は想海の暗黒街の中では新勢力と言える。しかし、現在では一・二位を争う程の力を有する組織だ。古くからの強大組織“紫衣団”にその力を迫らせている。ボスである王は敵対する組織の中で、特に紫衣団にターゲットを絞り、吸収する、もしくは潰す事を狙っていた。
 「やり方は私に任せると言った筈。約束通りよ。」
 麗華は冷たく言い放った。
 「お陰で、あの店に忍び込ませていた俺の女も逝っちまったよ… まあいい、これで奴らの資金源を絶った訳だ。この沈が扱っていた密輸の金が、紫衣団を潤していたのだからな。」
 「この勢いで、一気に奴らを叩くつもり?」
 「さてね… どうしようかな?まあ、考えはあるけど今は喋らねえよ。」
 「勿論。私の知った事ではないわ。くれる物さえくれたら文句は無いのよ。」
 「お利口だ。あんたの働きには感謝している、また宜しく頼むぜ。今日はゆっくり休んでくれ。」
 「そうさせて貰うわ。」
 くるりときびすを返す麗華の背中で、長い黒髪が波打った。麗華の髪の香りが応接室の中にほのかに漂う。
 「姐さん。ちょっと!」
 王は思い出したように麗華を呼び止めた。
 「?…」
 振り向いた麗華の目に疑問の色が浮かぶ。小首を傾げたあどけない表情に、少女の様な可憐さが見え隠れする。
 「どうだい、俺の女にならないか?いずれ俺はこの街を手に入れる。あんたとなら上手くやって行けそうだ。」
 「大した自信ね。」
 「俺には強大なバックが付いている。いい夢、一緒に見ないか?」
 「遠慮しとくわ。あなたに利用されて棄てられるのはまっぴら。」
 「あんたは特別だよ。最高の女だ。」
 「褒めてくれるのは嬉しいけど… 悪いわね。」
 「そうかい、残念だ。だけど一晩くらいつき合えよ。」
 麗華の顔に凄絶な笑みが浮かんだ。先程の可憐な少女の表情に変わって、妖艶な悪女が深奥の闇から現れた。
 麗華の唇がゆっくりと動く。
 「私を抱きたかったら、命がけで来ることね。」
 呪詛とも言える静かで怨念に満ちた言葉だった。
 立ち去る麗華の後ろ姿を、王は薄笑いを浮かべながら見守っていた。
 応接室の横、隣の部屋に通じるドアが静かに開く。
 「見事に振られたようですな、王大人。」
 ドアから現れた男はアルヴィオン系の白人だった。スーツをぴっちりと着こなした年齢は四十二・三の痩身で、海賊のように色が浅黒く精悍な男だった。
 「ああ、見事にね。あれが本当に八洲(やしま)の犬なのか?ロジャー。」
 「“D機関”という名をご存知ですか?王大人。」
 「何だい、それは?」
 「八洲陸軍特務機関。“ドイ”という男が率いる破壊工作部隊です。」
 「数日前にふらりと現れた別嬪は、棘を隠した殺人機械。と、言う訳だ。」
 「なんにせよ奴らの狙いはあなただ、王大人。用心する事ですね。」
 「ありがとうよ。あんたらには世話になりっぱなしだな。」
 「あなたにこの街を支配して貰わないと困る。我々の目的は、この街での八洲の侵攻をくい止める事です。」
 「分かっているよ、ロジャー。だけど、つくづくいい女だな…勿体ない。」
 王は再び麗華の去ったドアに目線を送る。
 既に応接室には麗華の残り香は消えていた。

 王の邸宅のある丘を下ると、そこに街を覆い尽くすように似たような住宅が広がる。
 里弄(リーロン)住宅と呼ばれる様式の建物で、元々難民の為に霧郷(アルヴィオン)人が伝統的住居を改造して作った住宅だ。今では近代住宅のモデルとして大陸全土に広がりつつある。
 “洪氾団”の息のかかった一郭に、麗華が宛われたアジトがある。
 下品な笑い声が路地に響く。洪氾団の手下のチンピラ達が路地の片隅で、床几に腰を降ろしてサイコロ博打に興じていた。
 麗華は住宅の玄関に入った。ここは幾つかの部屋で仕切られ、洪氾団がらみの踊り子やホステス、用心棒たちが同居する家だ。
 広く取られた客間を通過し、自分の部屋に向かう麗華の耳に女の悲鳴が届く。
 麗華の部屋の斜め前、若い踊り子が住む部屋から発せられていた。女の悲鳴はすすり泣きに変わり、下衆な男の笑い声がドア越しに聞こえる。
 麗華はそっとドアを開けて覗き込んだ。
 部屋の中央の床の上で、未だ十五・六歳と見られる若い踊り子が仰向けにされ、一人の男に両腕を押さえつけられていた。ドア側に背を向けたもう一人の男が、踊り子のスカートを脱がせている。
 男達もまだ若かった。二十歳を越えるか越えていない程度だ。
 脱がせたスカートを男は床に放る。踊り子は白い足をばたつかせて必死の抵抗を続けていた。
 「じたばたするなよ、愛蓮(アイリン)。てめえが俺の言うことを聞かねえからだろうが… 泣けよ。もうすぐ可愛いよがり声にしてやるぜ。」
 背中を向けた男は立ち上がり、自分のズボンを下ろした。掴んだ愛蓮という踊り子の両足を両手で開き、その汚い尻を股に割り込まそうとする。
 音もなく忍び込んだ麗華の姿に、男達は気が付いていない。
 「しっかり押さえていろよ。ほーら、行くぞ、愛連…」
 麗華はいきなり背後から男の背中を蹴り飛ばした。
 前のめりに吹き飛んだ男は、目の前で愛蓮の両手を押さえつけている男の頭に顔面を直撃させる。
 愛蓮の体の上に崩れ落ちるようにして倒れた男は、鼻から大量の血を吹き出して昏倒する。
 愛蓮の両手を押さえていた男は頭を抱えて蹲っていた。

 
 『自由が欲しいか?大道寺麗華。』

 …自由?きっと、ヒロポンでラリっている奴だけに見える幻想ね…

 …私はもう、何も信じない。誰も許さない。…