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こちら、桐生探偵事務所。外伝
女豹の紋章
perfect
cybernation
Chapter10
沙織は滑らかにステアリングを切る。
沙織の意思に追従するかの如く赤いミツビシ・GTOは、その心臓部の3リッターV6DOHCツインターボの獰猛なパワーを誇示することもなく、静かに埠頭に積まれたのコンテナーの合間を縫って進む。
突堤の近くに、沙織は真紅のGTOを停めた。
海を覗けば、押し寄せる波が突堤のコンクリートを洗う。
運転席のドアを開き、地を這うような低いシートの上で腰を回転させ、ミニスカートから伸びるすらりとした脚を曲げブーツの踵を地に着ける。
立ち上がった沙織は開いたドアに左手をかけ、自分が今通って来た道を見据えていた。
埠頭を渡る風が沙織の髪をなぶる。
沙織が通って来たコンテナーの隙間から、一台の黒いクーペが姿を現した。
シボレーのカマロZ28だ。町中から自分を尾行していた車種であることを確認して、沙織は好戦的な笑顔をその美形フェイスに刻む。
GTOから約5メーターの距離を置き、黒いカマロが停車した。
カマロのドアが開き、ウールのコートを羽織った金髪の男が現れる。
男は赤いGTOの側に立つ沙織を見据え、その薄い唇に皮肉な笑みを浮かべた。
「待ってたよ、マクファーレン。」
沙織はその双眼に精悍な光を湛え、金髪の男を睨み付けて言った。
「ふふ… あんたの事が忘れられなくてな。」
ドルフ・マクファーレンは風にそよぐ金髪を額から撫でつける。
「初めて会ったのもここだったよね。さて、手っ取り早くナシを着けようか。」
沙織は当てていた腰から右手を放す。
右手の指が静かに動く。次に来る瞬間に備え、ウオーミングアップと精神統一を兼ねた沙織の手振りだった。
たん!と沙織は地を蹴る。
マクファーレンが沙織とは逆方向に飛んだのも、ほぼ同時だった。
昼間の埠頭に二発の銃声が交差して響き渡った。
沙織は長い足を曲げて屈んだ姿勢からゆっくりと立ち上がり、右手のグロック26を油断無く前方に向け歩を進める。
「そこまでだ!ドルフ・マクファーレン!」
野暮ったい男達の声が響き、どたどたと何人分かの足音が響いて来る。
コンテナーの影に隠れていた私服警官が五・六人、アスファルトの上に座り込んでいるマクファーレンを取り囲んだ。
その中には公安の刑事、滝と高橋の姿もあった。
全員が構えた両手の中には、制式採用時にマニュアル・セフティが追加されたシグ・ザウエルP230拳銃が握られている。
「ひゅぅ… こいつは物騒な代物だなぁ。」
座り込んでいるマクファーレンの側に転がっていた、7.5インチ銃身を持つルガー・スーパー・レッドホークを拾い上げた滝は小さく口笛を吹く。
「参った… 女、見事と言ってやるよ。」
ドルフ・マクファーレンは、上目遣いに沙織を睨みながら呻くように言った。被弾した右腕のコートの袖から、赤い血の筋が滴り落ちている。
沙織の放った9ミリ弾の着弾の衝撃で、脱臼した右肩を左手で押さえていた。
「デカけりゃいいってモンでもないんだぜ。でも、ちょっとだけヤバかったなぁ…」
沙織は自分が着ているレザージャケットの右肩を、たぐり寄せるようにして覗く。黒い革の表皮に白い衝撃波の痕が残っていた。
.44マグナム弾の衝撃は凄まじい。弾頭がわずか10センチ程度をかすめただけで、皮膚にミミズ腫れを残す程の代物だ。
「あ〜ぁ… お気に入りが台無しだぁ…」
衝撃に強い皮革繊維が、幸いにも沙織の肌を守っていた。
「おじょーちゃんも大した度胸だ。儂らのオトリを自分から買って出るとはねぇ…益々ホレちまったよ。」
滝はその凶悪な破壊力を秘めた光を湛えて輝く、スーパー・レッドホークを若い警官に手渡しながら言った。
「どーして僕の言うことが聞けないのっ!危ないってあれほど言ったのにぃ…」
高橋はマクファーレンの体を抱え起こしながら、沙織に向かって説教を始める。
「あのままじゃお互い、収まりが付かないんじゃないかなってね。何日も前からずっとあたしのケツを追い回してたのも知ってたし。ね、マクファーレン。」
沙織はジャケットの裾をまくり、手に馴染んだグロック26をヒップホルスターに仕舞う。
くるりと向けた背中の上で、ショートカットの髪が風に揺れる。
「俺はこの腐りきった地球の上で、36年も何とか生きて来たけどな……あんたのような女は初めてだぜ。」
手錠を掛けられたドルフ・マクファーレンは、薄い唇を皮肉に歪めて言う。
「また勝負しような、女。」
振り向いた沙織はその精悍な瞳を輝かせ、世界にその名を馳せたテロリストに向けて応えた。
「望むところだ。いつでも相手になってやるよ。」
沙織はGTOの運転席に身を沈める。
イグニション・キィを捻ると、DOHCツインターボのV6エンジンが息を吹き返した。
「これで帳消しだよ。警察のおっさん達からは何のお咎めもナシだぜ。」
沙織はGTOを静かに発進させながら呟いた。
「ほんとぅ?今回は余計な裏金をバラ撒かなくていいんだね。」
助手席に座っていた詩織が身を起こし、沙織の顔を覗き込んで聞く。
「本当だって。まぁ、あたしの人徳ってとこかな。」
「人徳ねぇ… ま、そういう事にしておきましょう。」
「引っかかる言い方だぞ、それ。」
「でも、まだまだ政府高官のおじさん達の弱味はたっくさん握ってるしね。これからどうするの?もう少し日本に居る?」
「いや、ほとぼりが冷めるまで骨休みとするか。モナコあたりでね。」
「さんせぇ〜。でも、もう少し日本に居たかったなぁ…」
「渡部さんと有紀さんかい?また帰って来た時に会えるさ。」
「うん…」
赤いGTOは埠頭を出て、港湾沿いの整備された大通りを走る。
真っ昼間の材木工場が並ぶ通りは行き交う物流トラックの数も少なく、がらんとした広い道路だけが続いていた。
「生体電磁波を感知していたんだよね?サイクロンって。」
突然、助手席の詩織は思い出したように言った。
「そうだよ。」
沙織は前方に広がる道路から目線を離さずに答える。
「でも、どうやって渡部さんの危機を知ったのかしら?居場所だけしか判らない筈なのに…」
「そうか… 言われてみるとヘンだなぁ…」
「何かエタイの知れないものが取り憑いてたとかぁ…」
詩織はぶらんと下げた両手を振ってみせる。
「やめろよ!変な話はっ!」
「ま、いっかぁ。でも冗談はさておき、“サイクロン”ってホントに凄いんだね。とぉ〜っても興味あるなぁ、私的に。」
「へっ!あたしにゃ、友達を売る真似なんて出来ねぇよ。」
詩織はくすりと笑う。
「そうだよね。まあ、これで大団円。でもね…スポンサーには平謝りだし、それに今回は大赤字だよ。ハイドランジャーだけでも2億4千万。それからポインターの修理代は知れてるけど、トータス号はチューニング代を入れてざっと5百万… あのお家はもう使えないから、5億3千万と…」
「たまにはそんな事もあるさ。」
「はぁ… こんなとき、香織おねーちゃんがいてくれたらなぁ…」
「その名前は出すなっ!」
沙織はアクセルを踏み込む。
がくんと衝撃が走り、真紅のGTOがDOHCエンジン独特の唸りを上げ、がら空きの港湾道路を加速してゆく。
助手席の詩織は思い出したかようにポケットから携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。
「へへ〜。香織おねーちゃん、今何してるなぁ… 沙織おねーちゃん、香織おねーちゃんに何か一言。」
「なーんもねぇよ… あ、そだ。知り合いのバイク屋にモトグッチの新車が入荷してるって、教えてやってくれ。」
「りょぉか〜い!」
END
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