こちら、桐生探偵事務所。外伝

女豹の紋章
perfect cybernation


 Chapter 7

 開いた門に沙織はカリーナを突っ込ませ、広い庭の中でステアリングを切りサイドブレーキを引き、強引なスピンターンで車体を停めた。
 今、幌をかけた二台のトラックが、まさに出発するところだった。
 沙織は脇のホルスターからグロック26を抜き出す。
 コンシールドキャリー・ピストルと呼ばれる、私服警官や民間人のバックアップ及びセルフ・ディフェンスの為の小型拳銃だ。その中でもこのグロック26は、シークレットサーヴィスや麻薬捜査官達の為に開発された傑作で、コンパクトな設計の中でプラスチックを多用した軽量性を備え、煩わしさの無いシンプルでなおかつ高い安全機構が装備されている。そして強力な9ミリ・パラベラム弾を使用し、短いマガジンに10発の装弾数を誇る。
 手前のトラックの幌が開き、二挺のミニ・ウージーの銃口が突き出された。
 沙織は反射的に運転席のドアを開き、飛び出したカリーナの車体の影に身を伏せる。
 咳き込むようなウージーの発射音。
 被弾したカリーナは一瞬でスクラップと化す。
 屈んだ姿勢の沙織の目の前で、カリーナのドアを貫通した9ミリパラベラム弾のフルメタル・ジャケットの弾頭が、潰れた頭を覗かせた。
 下手に応戦は出来ない。もしかしたら、あの幌の中に…
 二台のトラックは、ディーゼル・エンジンの響きを立てて走り出した。
 エンジン音は門を通り抜け、沙織から遠ざかってゆく。
 沙織はカリーナの影から立ち上がる。
 怒りにグロック26を握った手が震えた。
 「ちきしょーっ!」
 トラックが走り去った方向に向け、グロックのトリガーを引く。
 届くはずもない沙織の怒りを乗せた弾頭は彼方の宙に消え、発射音だけが空しく響いた。
 既に開け放たれていた玄関に、ブーツを履いたまま飛び込む。

 詩織… 詩織っ!

 声にならない叫びを上げて、沙織は居間へと走る。
 そこには、ソファーの背後に、べったりとした血溜まりだけが残っていた。
 邸宅には誰もいなかった。
 沙織はグロックをホルスターに仕舞いながら、ガレージに向けて走る。
 ガレージの中では、メガクルーザーが静かに沙織を待っていた。
 沙織はメガクルーザーに乗り込み、エンジンを始動する。
 マップが映し出されたナビのモニターの中で、点滅する光が遠ざかっている。
 これは詩織の腕時計から発信されているものだ。
 ガレージの電動シャッターが開く。沙織は運転席横に隠されたボックスから、H&K・VP70を収納したストックが取り付けられ更にスペアマガジンと手榴弾が二つ付いた弾帯ベルトを取り出し、腰に巻く。このVP70で使用する9ミリパラベラム弾は、沙織の脇の下のグロッグ26と共有出来るのだ。

 …まってろよ、詩織… お前をいじめるヤツは、この沙織おねーちゃんがタダじゃおかねーからな…

 がぅんというビッグ・ディーゼルの咆吼がガレージの中で響く。
 メガクルーザーはその巨体を震わせて、ガレージから飛び出した。

 静まり返った地下室の中で、鉄格子の外に据えられた薄型テレヴィジョンだけが空しく喋っていた。
 「わはははは…」
 独り空しい笑い声が地下室に響く。
 数日前から地下室で監禁されている迫田は、鉄パイプで出来た簡易ベッドの毛布の上で寝転がりテレビ番組を見ていた。液晶ブラウン管の中ではお笑い系の芸能人達が、体力勝負のチャレンジ番組を披露している。
 完全防音とは厄介なもので、中で起こった音が外部に漏れないのとは逆に、外部からの音もこの中に居てはまるで聞こえない。
 迫田はふと地下室の天井を見上げ、ベッドの上で身を起こした。
 先程から胃袋が空腹を訴えている。
 いつもなら、あの可愛らしい少女が夕食を運んで来る時間だ。
 「今晩は何だろう?…」
 この邸宅の地上で起こった騒動も、迫田の耳に届いてはいなかった。

 路上での先行車両を次々とゴボウ抜きにする。
 赤信号を無視して交差点を突っ走り、驚いた他の車が派手に抗議のクラクションを沙織のメガクルーザーに浴びせかける。
 「やかましい!チンタラ走ってんじゃねえや、踏み潰すぞ!あたしゃ急いでるんだぜっ!」
 見据えたフロントガラス越しの前方から、視線を離さずに沙織は叫ぶ。
 ナビに表示されている点滅が近い。
 眼前に先程の二台のトラックを見つけた。
 「逃がさねーぞ…」
 その時、先を行くトラックの荷台の幌が開かれた。
 その開かれた幌からずんぐりとした発射装置が沙織に向けられているのが、メガクルーザーのハイビームの中で見えた。
 口径40ミリのグレネード・ランチャー。三脚に乗せられ、後方で射手が構えている。
 南アフリカ製のAGLだ。
 左横からベルト給弾式の40ミリ対軽装甲車用榴弾が、発射の瞬間を待って並んでいる。これは、厚さ50ミリの装甲板をブチ抜く威力を持つ。
 「…… ウソだろっ!」
 沙織は急ブレーキを踏み、ステアリングを力任せに切り込む。
 トラックの荷台に据えられたAGLが火を吐いた。
 メガクルーザーが先程までいたアスファルトの路上で、次々と閃光が迸り爆発音が轟く。
 AGLの発射速度は一分間に四百発以上と、極めて速い。
 急なハンドル操作で不安定な姿勢になったメガクルーザーを、爆発の衝撃と榴弾の破片が襲う。
 直撃は免れたものの、ボディはへこみ防弾ガラスはひび割れ、道路脇の草むらに横倒しになりながら突っ込む。
 土手の斜面の土をえぐって飛ばしながら、メガクルーザーは完全に停止した。
 倒れてもなお地面を蹴ろうとしている四輪駆動のタイヤが、空しく宙を掻きむしっている。
 再び幌を降ろし、二台のトラックは悠々と走り去る。
 潰れたトップとへこんだドアの間のガラスの割れたウインドウから、沙織はそのしなやかな体を這い出させる。
 メガクルーザーの頑丈なボディのお陰で、大きな外傷は見当たらない。
 それでもレザーのミニスカート下の右膝に小さな切り傷と、ステアリングかどこかでぶつけた跡か右の頬に小さなアザが出来ていた。
 「くそったれぇ…」
 呟いてみるが、万事休すだ。
 沙織は横倒しになったメガクルーザーを忌々しげに睨み、がっくりと地面に膝を落とした。

 香織… こんな時、お前だったらどうするよ?

 “あら、お姉さまらしくないわね。もしも詩織に万一の事があったら、この私が許さないから…”

 腹違いのもう一人の妹の嘲笑う顔が脳裏に浮かぶ。

 「そうか… そうだよな。」
 沙織は呟いて立ち上がる。
 「あたしだって、許しちゃおかねーんだよ。」

 くぉん…
 背後で聞き覚えのある排気音がした。
 くぉんくぉん。
 振り返った沙織の目に、ヘッドライトの光芒が飛び込んで来た。
 一台の大型バイク。あの埠頭で見た、スズキ・GSX1300Rハヤブサだ。
 補助輪を突き出し、自ら直立している勇姿がそこにあった。
 威勢のいい空ぶかしは、あたかも沙織を呼んでいるようだった。
 「あんた… あの時の…」
 引かれるようにして、沙織はハヤブサに近寄る。
 「あたしに乗れって言うの?」
 シートの跨ってみる。身長170センチ近い女の中では長身な沙織であるが、それでもこの大型バイクは持て余し気味だ。
 タコメーターの表面ガラスの透過光の中で、液晶のプログラム言語が流れている。
 スピードメーターの表面には、同じく透過光でマップが映し出される。
 「これは… GPSか?」
 その時、タコメーターの表面に沙織にも判読可能な文字が現れた。

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Hello!
My name is called "cyclone".
It is very well if you please.

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 「へぇ。あんた、サイクロンって言うの?」
 沙織は答える筈もない相手に話しかけてみる。

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I will control this machine.
You say only by sitting down.

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 「自動操縦?そうだったのか… 彼の居場所が分かるんだね?」
 答えるどころか、沙織の言葉に見事に応対している。
 相当なAIだ。
 沙織は賭けてみる事にした。メガクルーザーが使えない今となっては、このバイクに頼るしか他に方法がない。
 ハンドルに手を掛け、ステップに足を乗せる。
 するすると静かにハヤブサは走り出した。
 車体を直立させていた左右の補助輪が、カウルの下に収納される。
 前輪の操舵は電気感応式の一種のパワーステアリングとなっており、ライダーはハンドルに手を添えているだけでいい。
 ダミータンク内部のリーン・バランサーの働きで、コーナリング時には車体に的確な傾きを作り出せるようになっている。
 「一体、誰がこんなもん…」
 疑問を呟いた沙織の耳に、ハヤブサからの警告音が届く。
 メーターの下に据えられたワーニング・ランプが点滅している。

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Warning!
The enemy is approaching.

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 「なにっ?敵か?!」
 覗いたバックミラーの中で、アウディとベンツが猛スピードで追跡して来るのが見えた。
 「奴らの片割れか?」
 沙織の呟きに答えるように、背後から衝撃が襲う。
 二台の助手席から突き出されたミニ・ウージーが火を吐き、フルオートで発射された9ミリ弾が沙織とハヤブサを襲う。
 ハヤブサに装備された超電磁振動装置R-H-Vから発生した防御シールドが、9ミリ弾頭の群を難なく弾き飛ばす。
 「サイクロン!後ろを取られていては不利だ。減速して奴らをやり過ごせ!」

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Comprehension.

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 ハヤブサの車体がスムーズな減速を開始する。
 既に速度の乗ったベンツがハヤブサの左脇をすり抜け、背後から沙織を跳ね飛ばそうとしたアウディのバンパーがハヤブサのテールに迫る。
 ばちりと青白い火花を発し、防御シールドの反発作用でアウディの車体が逆に跳ね飛ばされた。
 フロントを弾き飛ばされた衝撃で、アウディがコントロールを失う。
 後方でスピンしたままガードレールに突き刺さるアウディを、沙織はバックミラーで一瞥する。
 「ざまぁみろ。人を呪えば穴二つってな。」
 沙織はハヤブサのハンドルから両手を放し、腰の弾帯からH&K・VP70のプラスチック製ストックを外す。
 ストックから取りだしたVP70をストックに装備し、親指でセレクターレバーを押し上げ、“3”と書かれたスリー・バースト・ショットのポジションにする。
 「バリヤーを解除しろ!反撃だ!」

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I understand.
It is performed.

Good luck!

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 すっと不可視の壁が消える感覚がした。
 沙織はVP70のストックを肩付けにし、前方のベンツの左後輪をフロントサイトに合わせる。
 フルオート仕様とはいえ、所詮は拳銃の発射機構だ。連射のサイクルは通常のサブマシンガンに比べて圧倒的に早い。
 沙織はダブルアクションのトリガーを二度引き絞った。
 殆ど同時に、六発の9ミリ弾がベンツの左後輪を襲う。
 瞬時にバーストした後輪から火花を発し、ベンツの車体が左側に傾ぐ。
 沙織は右手にVP70のグリップを握ったまま、左手でハヤブサのハンドルグリップを掴み前傾姿勢を取る。
 スピンを始めたベンツの軌道を計算したかのように、ハヤブサは難なくその横をすり抜けた。
 ベンツはそのまま中央分離帯に乗り上げ、ガードレールをひん曲げて停まった。開いたボンネットの隙間から、壊れたラジエーターの湯気が噴き出ている。

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Congratulation!
All enemies destroyed completely.
It was able to improve very much.

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 沙織はタコメーターに偽装された液晶パネルに映し出された文字を読み、くすりと笑う。
 余裕でハンドルから手を放し、VP70をホルスターを兼ねたショルダー・ストックに収納し腰のベルトに固定した。
 既に市街地を抜け、目の前には郊外の一本道路が延々と伸びている。
 再びハヤブサからの警告音。

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Be careful.
It accelerates.

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 「加速します。って… ちょ、ちょっと待て!」
 沙織は慌てて叫ぶ。
 既に車体の速度は時速160キロを超えていた。

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An acceleration booster is lit.
Countdown is started.

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 5

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 4

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 3

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 2

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 1

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 GO!

 突然、全身の血が片寄りそうな程の衝撃に似た加速感が沙織を襲う。
 沙織の股の下あたりで爆発的なトルクが発生し、正確に後輪の接地面に伝達されている。
 ふっと意識が遠のきそうになり、ダミータンクに覆い被さりハンドルにしがみつき、歯を食いしばって耐える。
 先に見える視界の幅が見る見る狭まってゆく。
 スピードメーターは…
 覗き込む気にもなれない。
 ゆうに時速300キロは越えている筈。スピードメーターが果たして役に立っているかどうかというのも疑問だ。
 基本的に自分でハンドルを握る者は、絶叫マシーン関係は苦手なものである。
 
 「んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! こえぇよおぉぉ〜〜〜〜〜っ!………」

 沙織も決してその例外ではなかった。

 

To be continued …