こ ちら、桐生探偵事務所。
美 人姉妹の平和な日常

 
 

今日はお城で恒例の舞踏会の日です。
女の子大好きな王子様を巡って、今日も玉の輿を狙う庶民の娘達 の壮絶なバトルが始まります。

「さぁて。用意は出来てるか、香織?」
 “沙織@イジワルな姉その1”は、左手で引いたグロック26のスライドをぱっと離します。
 ばしっと軽快な音を立て、マガジン上部の9ミリ・パラベラム弾をくわえ込んでチャンバーに送り込み、スライドが閉鎖しました。
「とっくに用意は出来てるわよ。沙織お姉さまの厚化粧のお陰で、こんなに遅くなったんでしょ? 早くしないと舞踏会が始まるよ」
 白いドレスを纏った“香織@イジワルな姉その2”は、その白いドレスに合わせた耐熱防弾繊維製の白い手袋をはめています。
「へっ、抜かせ!お城までのドライブさ。タイムをまた縮めてやるぜ」
 “沙織@イジワルな姉その1”は自信満々です。
 “香織@イジワルな姉その2”とは対照的な黒いドレスの裾をまくり、太股に固定したホルスターに全弾装填したグロック26を納めます。
 実は“沙織@イジワルな姉その1”は、先日買ったばかりの真紅のマツダ・RX-8を飛ばしたくてウズウズしているのです。
「沙織お姉さまの悪い癖は、無駄にドリフトをかますところよ」
 “香織@イジワルな姉その2”の鋭い指摘が飛びます。
「ふふふ… あたしの華麗なドラテクに恐れをなしたかい?」
 “沙織@イジワルな姉その1”は、まるで気にしていない様子。
「今日も肝を冷やさせないでね。そうそう、お城に上る時の第3コーナーは、立ち上がりで早めにセカンドに入れる事よ」
「わーってるよ。あのヘヤピンは特にRがキツイからな。任せとけって。よぉっしゃ!行くぜ!」
 “沙織@イジワルな姉その1”は、手に黒いパンプスを提げています。今のドレスの足下はレーシング・シューズなのです。
「詩織、お留守番をお願いね。ケーキのお土産を持って帰るから」
 “香織@イジワルな姉その2”は優しく微笑みます。
「詩織、今晩中にあたしの服を洗濯してアイロンをかけておけよ。明日着て行くんだから。それから部屋の掃除も忘れるな!」
「はい、おねーちゃん。行ってらっしゃい」
 つぎはぎだらけの服を着た、“詩織@かわいそうな妹”はにっこりと笑います。
 所々にシミの浮いた白いエプロンが、彼女の笑顔とは対照的にどこか寂しそうです。
 
「はぁ…」
 “詩織@かわいそうな妹”は、誰も居なくなった部屋でひとつ溜息をつきました。
「今頃おねーちゃんたちは楽しんでいるんだろうなぁ… 詩織も一度でいいから行ってみたいなぁ、お城のぶとー会…」
 顔を上げると洗濯物の山。我が儘贅沢三昧の姉達の残骸です。
 台所を覗くと、洗い物の皿がうずたかく積み重ねられています。
「さてと、がんばらなくっちゃ」
 健気な“詩織@かわいそうな妹”は、ぺたんと座り込んでいた床から腰を上げました。
 でも、頭の中は未だ見ぬお城の舞踏会の想像でいっぱいでした。
 その時突然、ドアをノックする音がしました。
 こんな時間に誰だろう?
 新聞なら断っている筈。宗教の勧誘かしら? いや、変質者のおじさんだったらどうしよう…
 “詩織@かわいそうな妹”は、エプロンのポケットから取り出したスタンガンを携えて、ドアに近寄ります。
「どなたですか?」
 “詩織@かわいそうな妹”は警戒しながら、ドアの向こうに話しかけます。
「旅のものじゃが… ちょいと道に迷ってしまってな」
 ドアの向こうから老人の声がします。
 大変!旅の人が外で困っている!
 “詩織@かわいそうな妹”は慌ててドアのかんぬきを外します。
 開いたドアから現れたのは、上品な身なりにすらりとした長身、そして頑固な気迫を漂わせるお爺さんでした。
「詩織… 久しぶりじゃのう…」
「お爺さま… 玄蔵お爺さま!」
 それは、忘れもしない“詩織@かわいそうな妹”の祖父だったのです。
「ささ、詩織。その顔をよぉく見せておくれ」
 “詩織@かわいそうな妹”の目から溢れ出た涙が頬を伝います。
「ああ… この詩織があまりにわかいそ過ぎて、玄蔵お爺さまが天国から会いに来てくれたのですね」
「こら!儂はまだ死んではおらん!よぉし、皆の者かかれ!」
 玄蔵お爺さまの背後にいた特殊部隊の精鋭が一斉に家に入り込み、テキパキと洗い物や洗濯や掃除を片付けて行きます。
 その光景を呆然と見守る“詩織@かわいそうな妹”に、玄蔵お爺さまは優しく声をかけました。
「お城に行きたいか?詩織…」
 
 “詩織@かわいそうな妹”は、玄蔵お爺さまの優しい目を見て言いました。
「はい。行ってみたいのです。ですが、詩織はこんな服しか持っていません。これではきっと、みんなの笑い者になってしまいます」
 玄蔵お爺さまは、さっと右手を挙げました。今度は女性隊員で編成された『特殊着付け部隊』です。
「奥で着替えて来るとよい。お前に似合うと信じて儂が見立てておいたぞ」
 数分後、“詩織@かわいそうな妹”は奥の部屋から出てきました。
 淡いピンクのドレスは“詩織@かわいそうな妹”に、それはそれはとても似合っていました。
 銀色に輝くチタン合金の靴はもちろん、“詩織@かわいそうな妹”の足に合わせた特注です。
「おお、孫にも衣装とはこの事…」
 玄蔵お爺さまもとても満足そうです。
「ありがとうございます、お爺さま。ですが、詩織はぶとー会に参加できません」
 “詩織@かわいそうな妹”は寂しそうにうつむいてしまいました。
「なぜじゃ?今夜のお前は国中で一番綺麗な娘じゃぞ」
 不思議そうに玄蔵お爺さまは問いました。
「詩織は… おねーちゃん達のようにカッコ良く銃器が扱えませんし、運動オンチなので格闘技もまるでダメ… ぶとー会に出てもやっつけられてしまいます」
 “詩織@かわいそうな妹”は、『舞踏会』を『武闘会』と勘違いしているようです。もっとも、あの姉二人を見ていたのでは無理もありません。
「大丈夫じゃよ」
 玄蔵お爺さまの優しい笑顔が返って来ました。
「お前にとっておきの馬車をプレゼントしよう。そうだ、代わりにこのカボチャを貰うぞ。よし、目を閉じて」
 台所に転がっているカボチャを取り上げた玄蔵お爺さまは、“詩織@かわいそうな妹”に向かって軽くウインクをしました。
 その時、両手で顔を覆った“詩織@かわいそうな妹”の耳に、豪快なキャタピラの音が迫って来ます。
「さあ、目を開けて。表に出てみなさい」
 玄蔵お爺さまの手にしていたカボチャは手品のように消え、その代わりに家の外に出てみた“詩織@かわいそうな妹”は歓声を上げました。
「わぁ…」
 そこには、今までに見たこともない巨大な戦車が蹲り、周囲の家を揺るがす大きなアイドリング音を立てていました。
「気に入ってくれたかな? これは“モイゼ”と言ってな。彼のドイツが開発していた、百八十トンの重さを誇る幻の超重量戦車じゃよ」
「お爺さま、ありがとう!」
 “詩織@かわいそうな妹”は玄蔵お爺さまの首筋に両腕を回し、頬にキスをしました。
 玄蔵お爺さまは少し顔を赤らめ、照れ臭そうに笑って言いました。
「さあ、行っておいで。これがあればお前は無敵だ」
「はいっ!」
 “詩織@かわいそうな妹”はドレスの裾を翻し、近所迷惑な超重量戦車に向けて駆けて行きました。

 「って、詩織… 何だよ、この話?」
 「ふふ… 沙織おねーちゃん、かんどーした?」
 「感動も何も、ちっとも面白くねーぞ。だいたい、何であたしらが“@イジワルな姉”なんだよ?」
 「香織おねーちゃんには悪いけど、お約束だからしょーがないの。」
 「くっだらねー事書いてないで、とっとと寝ろ!」
 「あ、続きがあるのよ。」
 「聞きとうないわぃっ!」 

 

See you again …