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こちら、桐生探偵事務所。(烈火編)
少年達は一斉に散らばった。
それぞれの目標に対し、複数で攻撃を加える為だ。
第一攻撃目標の桐生拓也は、実戦経験を積んだ強い連中に任せる。そして他の者は二人の少女の制圧に向かった。
倫子に鉄パイプを握った二人組が迫る。
口先での威勢はいいが、たかが女。怪我をしない程度に軽く押さえつけて、桐生拓也が抵抗できないようにするための人質とするのもいいだろう。
倫子の前後を少年二人が挟み込む。
「へっ、可愛い顔して… その泣き顔ももうすぐ拝めるぜ。」
正面の少年は、倫子をなぶるように言い放つと同時に鉄パイプを振りかざす。
それには力を込めていない、威嚇以外の何者でも無かった。
その甘さが少年の命取りとなった。
少年の視界から倫子の姿が消える。次の瞬間、鳩尾に強烈な衝撃が走る。
「ぐ… あ…」
からんと音を立て、鉄パイプが地に落ちた。
倫子は少年の目前で瞬時にしゃがみ込み、十分に体重を乗せた正拳突きを鳩尾に見舞っていた。
腰から下の力が抜けてゆく。少年はもう自力では立っていられなくなり、地べたへと倒れ込んだ。
倫子の背後にいた少年は、一瞬の出来事に何が起こったか理解出来ないでいる。倒れたのは確かに仲間の少年だ。だが、まさかこの少女が倒したとでも言うのか?それも瞬きをする間に…
たかが女。そのたかが女が、少年にとって一生忘れられない恐怖となる。
倫子は少年に向き直った。
何かをすくい上げるように掌を上に向け、すっと伸びた右手の指がくいくいと小刻みに動く。
「本気で来なさい。」
優しさすら覚える程の余裕だった。
少年の脳裏には、既に周囲の状況や自分の置かれている立場も忘れ去られ、真っ白な空間の中に自分に誘いをかける少女の姿しか写されていない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
手にした鉄パイプを振りかざし、誘い込まれるように少年は倫子に迫る。
それはもう攻撃衝動ではなく、運命に導かれるような自滅行為であった。
俗に言うヤケクソだ。完全に相手側の術中にはまっている。
緊迫した間合いの中、特殊な雰囲気を作り出す事によって相手の思考を停止させ、完全に自分のペースに持ち込む心理戦法。
定石通りの動きしか出来ない少年は、振りかざした鉄パイプを当たり前のように倫子の右肩へと叩きつける。
だが攻撃する目標の地点に、倫子の姿は既に無い。
回避する訳でなく、受ける訳でなく、一瞬早く踏み込んだ倫子は少年に攻撃を見舞ったのだ。
鉄パイプを掴んだ両手に対し、交差するように倫子の拳が飛び込んで来る。
少年のガードががら空きの顔面に、クロス・カウンターの要領で拳がめり込んだ。
だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。
こめかみ、顎、首筋、鳩尾、下腹、臑。
上から下へと連続して襲いかかる衝撃を、少年は為す術もなく受け続けていた。
ふっと意識が遠のいた時、少年はあの優しささえ湛えている少女の笑顔を見た。
少女は戦いを楽しんでいる。それは暴力という下劣なものではなく、達人の域に達した者が見せる芸術と呼ぶに相応しい神髄の領域だ。
そして、少年の心に深い感銘と恐怖を植え付けて…
「ひと〜つ!人の世の生き血をすすり!」
迫ってくる金属バットを木刀で受け流し小手打ち。背中に木刀を叩き込むと、少年は数メートル吹き飛んだ。
「ふた〜つ!フラチなあくぎょ〜ぉ三昧!」
少年の折り畳み式警棒を振りかざした腕を木刀で払いのけ、踏み込むと同時に横払いに脇腹を打つ。警棒が腕から滑り落ち、少年はゆっくりと跪いてそのまま倒れ込んでしまった。
「みぃ〜っつ!みにくいハゲがあるっ!」
「違うぞ!ひーこ!」
拓也は裏拳を顔面に見舞った相手に、とどめの蹴りをかましながら姫子に向かって叫ぶ。
「よぉ〜っつ!横チョにハゲがあるっ!」
沙織は更にアクセルを踏み込んだ。
キックダウンを開始して、トヨタ・エスティマのV6三リッターエンジンが唸りを上げる。
インパネ中央に配置されたスピードメーターの針が、ぐんと跳ね上がってゆく。
「振り切れないか… 機動力が違いすぎだよね。」
せっぱ詰まったこの状況でありながら、沙織の顔には笑みが張り付いている。むしろこの危険な状況を愉しんでいるかのようだ。
後方からは香織の操るDS4。一定の安全マージンを保ち、ぴったりと張り付いて来ていた。
空いたバイパスを普通に走行する他の一般車両を、次々とごぼう抜きしてエスティマは疾走する。そしてそのスピードに合わせ、トレスするように追撃する黒いDS4。
前方に三台の車。二つの走行車線を独占し、制限速度ぴたりで流していた。
右前にランサー・エボリューションVII、その隣にホンダ・インテグラ タイプRが併走し、そしてランサーの後方にスバル・インプレッサWRX
STiが付いている。
三台のマシンに追いついた沙織のエスティマは、パッシングを浴びせかけクラクションを鳴らす。
「どけぇ〜っ!」
その時インテグラが減速し、インプレッサの後方に付いて沙織に道を譲った。
沙織のエスティマが三台を空いた左車線から抜く。
三台が後方から追跡していた香織のDS4に接近した時、突然同時に加速を始めて沙織のエスティマをあっという間に抜き去った。
そして再びエスティマの前で先程と同じ陣形を取り、沙織の進路を妨害する。
「こいつらぁ、おちょくってやがる…」
彼らはそれなりの速いマシンが仕掛けて来るのを待っていたのだ。買ったばかりのマシンの力を試したい、他人に見せつけたい。
そんなところへ、何の変哲もないミニ・ヴァンが狂ったようなスピードで迫ってきた。
走行性能の違いもあるだろうが、彼らにとってファミリーカーの類はからかう程度の対象に過ぎない。
ちょうどいい暇つぶし。そう考えていた…
再び背後からパッシングをするエスティマに道を譲る。
沙織はドアのウインドウ開閉スゥイッチを押し、運転席側のウインドウを開く。
三台を抜く時、沙織は開いた窓枠に肘をかけ、顔を出して大声で怒鳴った。
「どけっつってんだろがぁ!スカポン!」
三台のマシンのドライバーは同時に、エスティマを操縦している者の素顔を見た。
滅多にお目にかかれないような超絶美人だ。
走行するスピードによる風と窓を閉め切っている為に、何か言っているのだが彼らの耳には届かない。
顔だけ見て判断する事は非常に危険であるが、それでも彼らの心に華やかなときめきに似た感情が芽生えて来た。
気のある相手にちょっかいを出したくなるのは、人の本能的な行動だろう。
エスティマの後方に三台はぴたりと張り付く。そしてそれから距離を置き、香織のDS4が追跡している。
「厄介な事になったなぁ… これじゃ香織を巻くどころじゃ無くなったよ。」
ひび割れたハッチのウインドウ越しに、ルームミラーで後方の様子をちらりと覗く沙織のぼやきに、助手席の詩織は状況を把握していないかの如く明るく答える。
「煙幕弾でも使う?沙織おねーちゃん。」
「いや… “ガブリエル”の出番だ。用意しろ、詩織。」
「えぇ〜っ!ここで使うのぉ?」
「タイミングを合わせて道路を分断しろ。あたしらの力を香織に見せつけてやるんだよ。」
「ラジャー!久しぶりだね、ガブリエル。」
沙織は詩織の手から、モスバーグのライアット・ガンを受け取る。詩織はバッグの中からソフトケースに入ったノートパソコンを取り出し、ネットワーク接続ケーブルの端子をコンソールに取り付けられたハブの穴に差し込む。
開いたノートパソコンの液晶ディスプレイ上に、英語とドイツ語が混在した奇妙なプログラムが起動する。
「あいつらのお陰で、今の香織はあたしらに手が出せない筈さ。今度あいつらが仕掛けて来た時が勝負だ。」
フォアードグリップを引き、モスバーグに弾丸を装填した沙織はにやりと笑った。
「困った連中に巻き込まれたわ。どうしたらいいの…」
フルフェイスの中で呟く香織は、突如上方の視界の隅に起こった異変をキャッチする。
上空で何かが光った。
最初小さな点に過ぎなかったその光は、徐々に光の球体となってその姿を確かなものへと変えて行く。
その球体は正確に、四台の車と一台のバイクの上空を追うようにして飛行していた。
肉眼で十分に確認出来るほど大きく成長した光の球体から、それを形成する中心の核と周囲でスパークする光の束が見える。
「あれは!」
香織は胸にこみ上げる嫌な予感に従い、DS4を減速させる。
再びエスティマを追い越した先頭のランサーのドライバーは、何故かエンジンの吹け上がりが落ちてゆく事に驚く。
数々のラリーで実証されたハイパワー・ターボエンジンの筈だ。
一体何が起こったのだ。
それは後続のインテグラとインプレッサにも、同様の現象が起きていた。
彼らは気が付いていないが、突如上空に出現した球体から発せられる電磁波の影響で、それぞれのマシンに装備された燃料噴射装置を制御するコンピュータが一斉に停止してしまったのだ。
だが、ボディに特殊コーティングを施したエスティマに影響は無い。
横に並んだ三台が減速を始めた。
沙織のエスティマはインテグラの隣に並ぶ。沙織は左手でステアリングを保ちながら、運転席の窓枠に右腕の肘を乗せ、モスバーグを右肩で押さえつけながらトリガーを引く。
一台分前を走っていたランサーの左後輪に、12番ゲージのスラッグ弾が命中した。
バーストした後輪に引きずられるようにスピンを始めるランサーの隣を、電磁波の影響を受けていないエスティマが悠々と通過する。
車体のコントロールを失ったランサーに、インテグラが突っ込む。フル・ブレーキングをするが既に間に合わない。
続いて急ハンドルを切ったインプレッサが車体を横に滑らせ、インテグラのテールに激突した。
幸いにしてエンジンのパワーダウン現象が起きている最中の事であったので、玉突き衝突だけで大惨事は免れた。
香織は目前で起こった衝突事故に慌てる様子もなく、十分に車間を取った中でブレーキング、そしてリズミカルなシフトダウンでDS4の減速を行う。
エスティマの運転席の窓からモスバーグの銃身が覗いた時、既に予測のついた事態だったからだ。沙織の性格を知り尽くした香織だからこそ出来る、沈着冷静な行動と言えるだろう。
その時、走り去るエスティマの背後で、空中に浮かぶ球体がバイパスのアスファルト上に落下した。
轟音が響き、バイパスは眩い光に覆われた。
DS4を停車させた香織は、その光を直視しないように目を逸らす。
数秒間の光の炸裂は終わり、香織はサイドスタンドを立てて跨ったDS4から道路に降り立つ。
アスファルトを熱して溶けた時の匂いが鼻腔に侵入して来る。
土台の土砂ごと削り取ったような大穴は、直径20メートル近くに渡りバイパスを遮断していた。
途切れた先のバイパスにエスティマの姿を探すが、とっくに走り去ってしまった後だった。
香織は頭に被っていたフルフェイスを取る。長い髪が爆発の後の焦げ臭い風の中で翻る。
「あれは… プラズマ兵器…」
衝突を起こしてグシャグシャになった三台のマシンから、三人のドライバーが這い出して来た。
「うぁぁ… 何なんだよぉ…」
「ママに買ってもらったクルマぁぁぁ… ボロボロだよお…」
まだ免許を取り立ての若いドライバー達は、黒いバイクの側に佇む、先程のショットガンをぶっ放した美女に匹敵する可憐な美少女に目をやる。
美少女はきっとこちらを見た。そして、静かに歩み寄って来る。
不思議な光景だった。スクラップと化したマシンの群と、道路を分断した大穴。そして黒いバイクから降り、髪をなびかせて歩み寄って来る戦闘服に身を包んだ可憐な美少女。
「怪我は無い?」
少女の整った形の口元から、鈴を転がすような声が流れた。
「は、はいっ!」
若いドライバー達は一斉に返事をする。それは地獄のような現実の中で見た女神だったのかも知れない。
だが、次の瞬間だった。
「あんたらが調子に乗るからよっ!ばかぁっ!」
突然の少女の怒号に、若いドライバー達の脳細胞は一瞬にして灰と化した。
香織はスタンドを立てたDS4に戻る。シートに跨りフルフェイスを被る。
ハンドル中央に配置された専用ホルダーのロックを解除し、取り外したFN-P90の回転式セレクター・スゥイッチのセフティをかけ、ツーリングバッグへと仕舞う。
クラッチを握り、ギアペダルをローポジションに踏み込む。爆音と共に香織を乗せたDS4が路面を滑るように発進した。
「間違いないわ。どうして、お父様の研究が?…」
「とおで、とーとーつるっパゲぇぇぇぇぇっ!」
「おい、ひーこ。もう終わったって…」
姫子は木刀を腰に戻す真似をして、ふーっと息を吐きポーズを決める。
「もう少しは楽しませてくれると思ったけど。案外呆気なかったなぁ。」
倫子は腕を組み、不満げな表情で仁王立ちをしている。
静かな公園の中は、拓也たちに倒された不良高校生があちらこちらに散乱していた。
「おい、おめーらどこの高校だよ?」
拓也はしゃがみ込み、鼻血を流して仰向けに倒れている少年の顔を覗き込みながら聞いた。
「中洋高校…」
「誰かに頼まれたんじゃないか?」
「総番の命令だ。立花君…」
「やれやれ… 有名人は辛いね。」
拓也はゆっくりと立ち上がった。
短い冬の日の夕暮れが、平和な公園にも押し迫っていた。
次回、謬見編へ続く
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