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こちら、桐生探偵事務所。(相克編)
「そうだよ、俺が桐生拓也だ。」
倫子にねじ上げられた手から離れ、ゆっくりと高校生達に向き直る拓也。
その不敵な笑みに一瞬、頭数だけを頼りにしていた高校生達の脳裏に不安がよぎる。
『桐生拓也を潰せ』
そう言われ、人数を揃えて探し出した。
見た目は噂ほど強そうではない。小柄で華奢ともいえる体躯。
しかも相手は一人。一緒にいる二人の女子高生は論外。
よく見ると、二人とも希に見る美少女だ。
高校生達の中に嫉妬と羨望の感情が入り乱れる。
「昼間っからこんな可愛い子、しかも二人とイチャつきやがって…」そんな劣等感が、彼らのめらめらと燃える攻撃衝動を更に煽る。
「どこの高校だ?誰に頼まれた?」
拓也の自信に満ちた質問に、高校生達の複雑な不安が疑惑へと変わった。
これ程の人数を目の前にしてまるで臆する風がなく、むしろ状況を愉しんでいるようだ。
更に不思議なのは…
一緒にいる女の子二人。
当の桐生拓也以上に嬉しそうな… そう、今から得意のカラオケを披露する女子高生といった風情だ。
喧嘩に巻き込まれた女の子の取る態度ではない。更にサイド・ポニーの黒いセーラー服を着た少女は、あろうことか柔軟体操を始めている。
先頭に立った一人が、いつもの馴れた口調を拓也に浴びせかける。
「言わねえよ。謝るなら今のうちだぜ、手加減してやっからさ…」
「そっちこそ止めたほうがいいぜ。怪我しねーうちに帰んな。」
「何ぬかしてやがる!てめえをボコにして、そのコ達を頂くってのもいいか。」
「俺を倒してからのお楽しみかい?よせよ。」
「泣いて詫びたらどうだ?」
「あんたらがかい?」
「バカ言うな!」
「このコ達は関係ないとカッコ付けたいんだけどなぁ… どーも俺よりやる気らしいぜ。」
「どういう事だ?」
「欲しけりゃ、本気でモノにしてみろ。ただし、後は知らねーぞ。」
「てめぇは女も守れねぇのか?」
「いや、そういう話ではなくてな…」
「だったら何だ?!」
その時、倫子の怒号が木霊した。
「おっとこらしくないわねっ!もう!ぐだぐだ言ってないでかかって来なさいよっ!」
両耳の穴に人差し指を突っ込んで、肩をすくめていた拓也がゆっくりと顔を上げる。
「ほら… 俺は知らないって言ったのに… そっちが来ないなら、こっちから行くぜ。」
拓也は正面の高校生に向けてダッシュした。
「うぉりゃぁぁぁぁぁっ!」
気合いもろとも放つ気を先に相手にぶつけ、相手のひるむ瞬間に体重の乗せた蹴りを鳩尾にぶち込む。
先制攻撃だ。すかさず拓也は左に移動する。人数の多い敵を相手にする場合、常に移動して敵側の陣形を崩し、一人ずつ着実に倒してゆくのが有効な策である。
そんな拓也の長年の喧嘩で培った、本能的な兵法もあまり意味は無かった。
なぜなら正面のリーダー格の少年が倒れ、敵の注意が拓也に移った瞬間に、敵の陣形の中に躍り込む黒いセーラー服の姿があったからだ。
「でやぁ〜〜〜〜っ!」
ぱぁんと軽快な音を立て、姫子の掌底打ちが見事に決まる。
背の低い姫子ならではの、伸び上がるようにして相手の顎を砕く有効な攻撃だ。
少年の持っていた木刀が手から放れ、姫子はタイミング良く空中でキャッチする。
姫子は木刀を握り直し、すっと正眼に構えた。
「へへ〜っ!実はあたし、これが得意なんだよね♪」
堂に入った構えは長年の鍛錬を証明するものだった。
「はい!手加減して欲しい人は手を挙げるよーにっ!」
警察署の裏に設けられた駐車場から銀色のミニ・ヴァン、トヨタ・エスティマが現れたのを確認し、対面の道路で黒いバイクに跨って待っていた香織は、Vツイン特有のアイドリング音を立てるDS4のギア・ペダルをそっと踏み下ろす。
他の自動車を二台隔てて尾行を開始する。
背の高いヴァンをバイクで追うのは比較的楽な仕事である。まず“ヴァルチュアー”のアジトを突き止める。香織の先制攻撃が開始された。
「へへん。所詮マッポなんざぁチョロいもんさ。上からの圧力には弱いからね。」
「けーさつの偉いおじさん達に、知り合いが多くてよかったね。沙織おねーちゃん。」
「政治家もそう、詰まるところは金、金、金さ。まぁ、あたしらを敵に廻さないほうが安全だと分かってるお利口さんが多いお陰さね。」
エスティマは市街地の道路を抜けバイパスに入った。
平日の昼間は車の数も少なく、快適なドライブを楽しめる。
緩やかなカーヴに合わせて沙織はハンドルを切る。
若干固い乗り心地であるが、車高の高いヴァン特有のロールも出ない。
このトヨタ・エスティマはユーロ・チューン仕様の足回りで、固めにセッティングされたサスペンションと16インチタイヤ、そして後輪にもディスクブレーキが採用されている。
CDチェンジャーを操作して、お気に入りのアーティストの曲を探す詩織は、ふとナビゲーション・モニターに映し出される一台のバイクに目をやった。
これはエスティマの後部にセットされた、高感度監視カメラからの映像だ。
「沙織おねーちゃん。あのオートバイ、ずっと着けてるね。」
「そうだろ、分かってたよ。識別出来るか?」
「待っててね。うーんと…」
内蔵されたプログラムは、カメラが捕らえた映像を元に性別から体型、年齢、体重、身長を割り出し、記録されたデータを元に選別し、後方のドライバーやライダーの素性を弾き出すシステムだ。
「あ!… 香織おねーちゃん…」
「何だって?」
「わーい!香織おねーちゃんだぁ!」
「野郎… あたしはどうやら、あの組織の情報網を甘く見ていたらしいぜ。」
沙織は運転席側のドアを改造して作られたスペースから、一挺のライアット・ガンを引き出す。
モスバーグ・モデル500パーシューダーだ。これはモスバーグ社が生産している警察用のポンプアクション・ショットガンで、口径は標準の12番ゲージ。このシリーズにはロングマガジンの八連発と、ショートマガジンの六連発のバリエーションがあるが、沙織が手にしているのは六連発のショートバージョンだ。
沙織は右手でハンドルを握ったまま、モスバーグのストックを膝に当てて左手でフォアードグリップを勢い良くスライドさせ、一発玉と呼ばれる12番ゲージのスラッグ弾を装填した。
「本気なの?沙織おねーちゃん… やめようよ、香織おねーちゃんが死んじゃうよ…」
「へっ!アイツが鉛玉喰らった程度でくたばるタマかよ!詩織、後ろを開けな!ちょいと脅かしてやるんだからね。」
詩織は沙織の指示に従って、エスティマのコンソールに配置されたスイッチの一つを押す。
特注の油圧シリンダーが働き、エスティマの後部ハッチが口を開ける。
「やっほ〜♪ 香織おねーちゃぁ〜ん!」
助手席から無理矢理後方を向き、脳天気に手を振る詩織。
「くらえっ!」
一瞬運転席越しに後方を向いた沙織は、開いたハッチからエスティマを追跡している香織のバイクに向かってモスバーグのトリガーを引いた。
車内に響き渡るショットガン特有の轟音。
両手で耳を塞いでいる詩織にモスバーグを投げつけるようにして渡し、沙織はすかさずハンドルを握り直す。
「ぎゃははははは!ビビってやんの〜!」
沙織は強くアクセルを踏み込む。エスティマはエンジンの唸りを上げて加速を始めた。
追跡しているエスティマの後部ハッチが開いた時、香織はアクセルを弛めて充分に車間を取った。
運転席の沙織が手にしたライアット・ガンを見た瞬間、すかさずブレーキング。そして反射的に車体を傾けて車線を変更。
だが、右肩すれすれに12番ゲージの衝撃波が通過した。
いくら防弾ジャケットに身を包んでいるとはいえ、こんな至近距離で大口径のスラッグ弾が直撃したらひとたまりも無い。
DS4のハンドルを握る香織の肩が震える。
スピードを落とした香織を嘲笑うかのように、彼方へと走り去るエスティマのテールを睨み付け、香織はゆっくりとフルフェイスの顔を上げた。
「う… 撃ったなぁ… 撃ちやがったなぁぁぁぁぁっ!」
香織はハンドルから放した左手を、シート後方に提げたツーリングバッグへ伸ばす。
マジックテープで留められたバッグのカバーは簡単に外れ、バッグの中から現れた香織の左手には異形のサブ・マシンガンが握られていた。
マシンのハンドルのマウント中央部に据え付けられたホルダーに、そのユニークな構造をしたサブ・マシンガンの、補助グリップを兼ねたトリガー・ガードを叩き込む。
かちんと音がして、専用ホルダーはトリガー・ガードをくわえ込んでロックした。だが、ホルダー自体のマウントはフリーな為に、全方向に銃口を向ける事が出来る設計だ。
香織は左手人差し指で、トリガー下に配置されたセフティを兼ねた回転式のセレクター・スゥイッチをフルオートのポジションへ回す。
再び左手をハンドルに戻した香織は、クラッチレバーを握りマシンのチェンジペダルを2速落とす。
ダブルクラッチでタイミング良くエンジンの回転数を上げたDS4は怒りの咆吼を上げ、逃げ去るエスティマの追撃を開始した。
当然手を放しても、ホルダーに繋ぎ止められたサブ・マシンガンが滑り落ちる事は無い。残弾が容易に確認できる半透明のプラスチック製のマガジンは、バレル上部に縦に装備されている。これも独創的な構造を持ち、マガジン・リップの部分に独特の工夫が施されている。マガジンの開口部分は円筒形で螺旋状の傾斜があり、弾薬はこの部分を通過することで90度回転してチャンバーに装填される仕組みだ。またダブル・カアラム方式の50発という装填容量も頼もしい。
FN-P90。それはケブラー材などを使用した防弾チョッキの前では無力化してしまう恐れのある従来のハンドガンやサブ・マシンガンに代わる、新世代の小型自衛用火器を研究・開発するプロジェクトであるPDW(パーソナル・ディフェンス・ウエポン)プロジェクトに参加したベルギーのFN社が、ユニークな設計と機構を盛り込んで開発したサブ・マシンガンである。
厳密に言えば、これをサブ・マシンガンとは呼べない。その秘密は新開発の5.7×28FN・SS90弾(現SS190弾薬)にある。ボルト・ネックと呼ばれる小口径にして大量の火薬を詰め込んだカートリッジは、軽量にして銃口初速も速く貫通性に優れ、反面リコイルも少ないと言う数々のメリットを持つ。
対テロ兵器として各国の特殊部隊で使用される為、当然小口径ゆえのストッピングパワーの弱さに不安の声も上がる筈であるが、このSS190弾は弾頭部が特殊な設計で作られており、十分な貫通性とストッピングパワー、そして跳弾の危険性さえも同時に克服されている。通常弾であるフル・メタル・ジャケット(ボール)は弾丸の弾芯が、前半分はスチール・コア、そして後ろ半分がアルミニウム・コアに分割されていて、対象物に着弾した際にこの固い弾頭は変形せずに高い貫通性能を示す一方、人体のような柔らかい物に対しては弾頭前後の重量バランスのせいで、命中した際に前後に180度回転して弾頭底部が前方を向き、貫通する事なく停弾して強力なストッピングパワーを発揮する。
また通常のピストル弾に比べ、跳弾したさいにこの弾頭は急速にエネルギーを失い、はるかに危険性が少ないと言われている。
また小口径のメリットの一つである発射時のリコイルが少ない為に、射撃時のコントロールが容易な上にクローズド・ボルトの単純なブローバックで作動する。
軽量にしてコンパクトなボディはプラスチックの部品を多用し、更に振り回しやすい上に長い銃身が確保できるブルパップ・タイプのストックが採用されている。
そしてサイトは、どんな射撃ポジションからも照準が効くコリメーター・サイトを装備。これはレンズ上に光点を投影して標準点とする照準装置であり、接眼距離を問わずに照準が可能だ。
沙織はルームミラーの中に、猛スピードで追撃して来る黒いマシンの姿を確認した。
「おや、追っかけて来たのかい?もうチビって来ないかと思ったけど、意外だったね。」
「沙織おねーちゃん…」
コンソールに据え付けられたナビゲーションのモニターを詩織は指さす。
そこには拡大された映像が映し出されていた。
更にズーム。
ハンドル中央に乗ったFN-P90を見た瞬間、沙織の顔色が変わる。
「シット!」
素早く後部ハッチの開閉スイッチを押さえる。
ハッチが完全に閉じる瞬間、凄まじい衝撃がエスティマのボディ全体を襲った。
特注の防弾装甲に、フルオートで発射された5.7ミリ弾が次々とめり込む。防弾ガラスとはいえ拳銃弾の直撃に耐えられる程度のものであるため、面白いように亀裂が入るが、内部から貼ったフィルムのせいでガラスが飛び散る事は無い。
「ひぃぃぃぃっ!香織おねーちゃんがマジギレしてるよ〜っ!こあいよぉ〜!」
「へへっ!面白くなって来やがったぜっ!」
衝撃に耐えながらハンドルをしっかりと握る沙織と、助手席で頭を抱える詩織が口々に思い思いの台詞を叫ぶ。
香織は左手に握ったFN-P90を、弾薬の節約と連射によるリコイルを押さえる為と、長年の訓練で身に付いた習慣的なもので、トリガーを引いては放し、引いては放しを繰り返している。
排莢されたエンプティ・ケースはグリップ後方を通過して、ストック下部のエジェクション・ポートに取り付けられた袋に集められ、むやみにばらまかれる心配は無い。
走行中の車をストップさせるにはタイヤを撃ち抜くのが手っ取り早い話であるが、既に頭に血が昇った香織に冷静な判断能力は残されていないのが現状だ。
次回、烈火編へ続く
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