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こちら、桐生探偵事務所。(潜伏編)
鉄壁の守りを誇る地下金庫に、閃光と轟音が響いた。
スティール製の壁に開いた無惨な四角い穴から差し込む光の中で、撒き上げられた無数の埃が踊っている。
このノイマン効果を利用した成型爆薬は、爆発時にV型の金属製ライナーの中で高温高圧のジェットを発生させ金属を切断する。
人が一人やっと通れる穴から、黒いアタック・ザックが投げ込まれ、続いてほっそりとした小柄な影が這い出して来た。
続いてもう一人、同じく小柄な影が現れる。
二人ともナイロンストッキング製の覆面をかぶり、手には手術用のラテックスゴムの手袋をはめている。だが、だぼついたジャケットと戦闘用ズボンから浮き出すスタイルは、明らかに女のものだった。
騒ぎ立てる筈の防犯システムは作動しない。警備センターの監視システムは、既に大元からハッキング済みだ。
「さて。手っ取り早く済ませるよ、詩織。」
背の高い方の影が囁く。右手に持ったマグ・ライトから放たれた光が、金庫の中の闇を切り裂く。
アルミ合金製で緊急時には警棒として使える、耐久性の高いこのマグ・ライトは、フラッシュライトのヘッドを回すだけで、ワイドからスポットへと光線の調整が可能だ。
「もー… 二時間も予定より遅れてるよ。」
背の低い方の影が、左腕のジャケットの袖の上から巻いたタイメックスを覗き、ストキング越しにくぐもった声を出す。まだ幼さの残る舌足らずな喋り方だった。
「あんたが、ぐーぐー寝てるからでしょ!着いたのに起きないのは誰よ?」
「出かけに化粧のノリが悪いだの、髪型が決まらないだのって、時間をかけてたのは沙織おねーちゃんよ。」
「大事な仕事なんだからビシッと決めるのっ!」
「はぁ… こんな時、香織おねーちゃんが居てくれたらなぁ…」
「その名前は出すなっ!」
ずらりと並んだ貸し金庫の中で、すかさず目的の番号を探し当てた。
沙織と呼ばれた背の高い方の影が、ジャケットからキィを取り出す。これは『新興阿カンツリー・クラブ』の実質的オーナー、小野田俊郎の妾をくわえ込んで複製を取らせたものだ。
政界への献金や脱税、ゴルフクラブの会員権乱発で蓄えた汚い金の一部、四十億円分が割引金融債券に替えられ、この金庫の中で眠っている。
かちんと音を立て貸し金庫の鍵が開いた時、沙織という背の高い影のストッキングに覆われた顔が、にやりと笑った。
クリスマス一色に塗り替えられた街。
ライトアップした街路樹が並び、家路を急ぐ車の群が毎度の渋滞を巻き起こし、道路いっぱいに赤いテールランプの帯を彩っていた。
「おぉぉ… いてーなぁ…」
髪を金髪に染めた男が、大袈裟に呻いてしゃがみ込む。
周囲を取り囲む三人の男達も、どう見てもまともな社会人ではない。
「あ〜ぁ、どうしてくれるんだい? 骨でも折れてるんじゃねえの?」
しゃがみ込んだ男の側に立つ男が、ニヤニヤ笑いながら言う。
「だから… ごめんなさいって…」
男達と対峙しているのは、四人程の女子高生グループだった。
友人と騒いでいて男の足を踏みつけてしまった少女は、今にも泣き出しそうな顔で詫びている。
繁華街の通りを人の群が通り過ぎてゆく。
誰もが無関心を装って、自分の身の安全だけを考えて通り過ぎてゆく。
「こりゃ重傷だな。立てるか?」
側の男がしゃがみ込んだ男に肩を貸す。演技がかった仕草で男はゆっくりと立ち上がった。
「いててて… いいってことさ。それよっか、俺らにつき合えよ。だったらチャラにしてやってもいいんだぜ。」
結局、目的はそれだ。
「謝っているでしょ…」
男の足を踏みつけた少女の目には、既に涙が溜まっている。
「泣いた顔もかわいいね。いいよ、一緒にぱぁっと騒いで忘れようや。」
男達は一斉に下品な笑い声を立てる。だが、その笑い声が途中で途切れた。
背後にいた一人の少女が、ずいと男達の前に出て来た。
学校の制服の上に羽織った白いコートに、首に巻いたチェックのマフラー。
北の国から来た妖精とは、この少女のような感じかも知れない。
他の少女達とは比べ物にならない程の清楚な美貌、奥に知性の光りを湛えた瞳、そして隙の無い身のこなし。何より少女の内部から発散する強烈な凄みが、男達を一瞬にして黙らせてしまった。
「ごめんなさい。私が謝るわ。」
少女の形の良い口元から、鈴を転がすような声が静かに流れた。
少女の気迫に押された男は一瞬引き、改めてその美貌に目を奪われる。
男の口元は助平な笑いに歪んだ。
「こりゃ、とびっきりのカワイコチャンだぜ… どうだい? 俺とつき合えよ。」
「だめだよ、香織… 相手にしちゃ…」
少女達の不安が、小さな声となって流れる。
「いいよ、つき合っても。でも、その前に…」
少女は言い終わるが早いか、その右膝を高く上げる。右足の踵に全体重を乗せ、男の足を踏み下ろした。
ぐしゃと嫌な音がする。少女は構わず、踏み下ろした踵を左右にグラインドさせた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
男の絶叫が夜の繁華街に木霊した。
今度こそ、本当に折れた。
少女に踏みつけられた左足の親指は、男の靴の中で悲鳴を上げている。男は今度こそ演技ではなく、本物の苦痛に顔を歪めてしゃがみ込んだ。
「大丈夫よ、オロナインでも塗ってなさい。これは私からの、おごり…」
少女は男の足を踏みつけた右足を後方に振る。十分に反動をつけたつま先が、しゃがみ込んだ男の顔面に炸裂した。
ばきっ!
鼻から血を吹き出して後ろ向けに倒れる男を、少女はコートのポケットに両手を突っ込んだまま冷ややかに見下ろしていた。今までの一連の動作の中で、少女はポケットから手を出していない。
「さっきから黙って聞いていたら… どうやら、痛い目見ないと分からないようね。」
少女の内面から吹き出す凄みが、益々凄絶さを帯びてきた。
倒れた男の側に立っていた男は一瞬たじろぐが、半ばやけくそになり少女に掴みかかった。
「何しやがんだよ!てめえ!」
少女の細い肩を掴んで来た男の右手の上を、少女はポケットから出した右拳でそっと押さえつける。
「ぐぅっ!」
男は堪らず悲鳴を上げた。
苦痛にひるんで離した手は、一瞬にして逆手にねじ上げられる。
膝をついた男は顔面を蒼白にして苦痛に耐えていた。もう抵抗も出来ない程の状態で、完全にねじ伏せられている。
少女の右拳は男の首筋にあてがわれている。如何なる方法を使ったか、その拳から大の男をねじ伏せる程の苦痛を与える技とは?
少女の右手に握られていたものは、何の変哲もない一本のボールペンだった。
『クボタン』とも『ヤワラー』とも呼ばれる護身武器の応用である。
通常これは長さ15〜20センチメートル程度の固く細い円筒形の木片を使う。これを用い、目、耳、喉、股間等の急所を突く。また経穴などを押さえつける事によって相手に激痛を与え、大の男をねじ伏せる事も可能だ。
先程の肩を掴まれた時は、手の甲の人差し指と中指の付け根の間を。そして今は男の頸動脈をボールペンの先で押さえつけているのだ。
「てめえ、この…」
背後の一人が唸った。
仲間が次々と一人の少女に倒されている様子を、黙って見ている訳には行かなかった。残りの男達にも歪んでいるとはいえ、プライドというものが残っている。
一人がポケットの中から手を出し、ぱちんと小気味よい音を立てて銀色の光りを開く。大型のフォールディング・ナイフだ。
少女は男を押さえつけたまま、ナイフを握った男を油断なく睨み付ける。
「あぶないぃぃぃぃ〜っ! 伏せろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
突然沸き上がった声は、声の主と同時に一つの砲弾となって飛来した。
ばきっ!
男の握ったナイフが宙に舞う。黒いセーラー服をまとった砲弾は、空中で両足を揃えた捨て身とも言えるドロップキックでナイフ男の顔面を吹き飛ばした。
スローモーションのように倒れる男をバックに、その砲弾はスカートの裾を翻してひらりと着地した。
着地すると同時にアスファルトを蹴る。
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!」
立ち尽くしたまま、まだ何もしていなかった残りの男に迫る砲弾。
ぼくっ!
見事な回し蹴りが男の側頭部を捉える。均整の取れた動きと、十分に腰とスピードの乗った一撃だ。
武術に精通した少女も、流石にこれには目を丸くする。少女はふと、自分の中で無性に意識をしている、同い年の琉球空手使いの少女を思い出していた。
本当にまだ何もしていなかった男は、意識を失って地べたに倒れた。
「ふぅ… 危なかったね♪」
その砲弾は少女に向き直り、にぱっと笑った。サイドポニーにした黒髪の下で笑う、あどけなく可愛い顔の少女だ。
黒いセーラー服を着た身長は少女より若干低いが、その底知れぬパワーと瞬発力はその道に通じる者なら少なからずも圧倒されることであろう。
「危ないって… あなたの方が危ないよ…」
少女は畏敬の念と同時に心底呆れていた。
「あ〜っ!もうこんな時間っ!今日は二倍ポイントセールなんだよぅ。スーパー閉まっちゃうよっ!」
少女は始めて、そのセーラー服の少女が片手に買い物カゴを持っている事に気が付いた。
「じゃ!またね。」
明るい笑顔で走りだそうとする黒いセーラー服の少女に、白いコートの少女は慌てて声をかける。
「あなた、名前は?」
「ひーこ!白木姫子!」
ぶんぶんと腕を振り、砂塵を巻き上げていきそうな勢いで走り去る少女の後ろ姿を、少女はじっと目で追っていた。
「香織、大丈夫だった? 何なの、あの子?…」
少女達は心配そうに白いコートの少女を取り巻く。
少女の顔に小さく冷たいものが一つ落ちた。
「雪?…」
外灯やショーウインドウの灯りの中で、無数の白い妖精が舞っている。
「白木姫子…」
望月香織は、始めて出会った少女の名前をそっと呟いた。
見上げた黒い空に、沢山の白い雪の粒が舞い降りていた。
次回、通謀編へ続く
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