こちら、桐生探偵事務所。(牙城編)

 
 江里佳の操縦するランドクルーザーは、ある目的地に向かってその4.7リッターV8ガソリンエンジンを唸らせて疾走していた。
 そのパワフルなエンジンは、市街地の通常走行ではアクセルを開けないでも済むほどのトルクを発揮する。
 山を越える峠道だった。ともすればカーブのたびに高い車体が振られそうになる筈だが、江里佳の手慣れたハンドルさばきとアクセル操作は車体にロールも発生させず、つづら折りに続くコーナーをスムーズにクリアしていた。
 フルタイム4WDのハイレンジモードは、センターデフロックスイッチをフリーにする事で、前後輪に対し均等に駆動力を配分させ安定した四駆走行を物にしている。
 朝日の照射が眩しい。江里佳の無表情な女の横顔にかけたサングラスの中に、ウインドウ越しの景色が写って流れていた。
 「“ガイア”か… 武郷は何をするつもりなの…?」
 呟いてみてふと、フロントコンソールパネルにはめ込まれたDVDナビゲーションのラジオのスイッチをオンにする。
 朝の快適な放送が流れてきた。江里佳は音楽に耳を傾けながらハンドルを操作する。
 スピーカーから突然ノイズが発生し、放送中の音楽が途絶えた。山間の道であるから電波の状態も悪い所があるのだろう。
 だが、それは電波障害ではなかった。
 放送は再会されたが、今まで喋っていたアナウンサーとは、別人の声が割り込んで来ていたのだ。
 その新参のアナウンサーの声と喋る内容に、無表情だった江里佳の口元が歪む。

 
 目を覚ました倫子は、見覚えの無い天井を見つめる。
 …ここは?… そうか…
 思い出した。
 横に顔を向けると、拓也の安らかな寝顔。
 あれから自分も眠ってしまった。
 拓也の背中を抱きしめて眠った夜。
 洗って乾いたスプーンを重ねるようにして眠った夜。
 下着姿の倫子は布団から半身を起こす。
 右肩のずれたブラの肩紐を左手で直した。
 拓也の寝顔を見つめていた。
 「何もなかったけど、よかったのかなぁ…」
 そう言ってクスと笑い、親指と人差し指で拓也の鼻を摘んでみた。
 「んぐ…」
 無意識に頭を振って倫子の手を払いのけ、寝返りをうつ拓也。
 昨夜の自分の決心を見事に踏みにじってくれたこの悪たれに、倫子は一矢報いてみたかったのだ。
 「ばーか…」
 倫子は両手で拓也の顔を包み込むように押さえ、眠っている相手と口づけを交わす。
 胸の鼓動を確かめられた夜。それだけで、十分だった。

 ソファーに畳んでいた制服に袖を通しながら、倫子はテレビのスイッチを入れる。馴染みの朝の番組が流れていた。
 ホテルに備え付けの茶を入れようとティーバッグの袋を開いた時、突然テレビの放送が中断された。ブラウン管に広がるノイズの中、スピーカーから聞き覚えのある老人の声が流れて来た。
 電波ジャック。
 これは犯行声明だ。あの、武郷玄蔵からの…
 「ちょっと!拓也、起きて!」
 「んだよ… もう少し…」
 「大変!大変だってばっ!」
 「何が?… “ジャベリン”がまたネズミを捕まえて来たのか?」
 対戦車ミサイルの名前だが、実は拓也の家で飼っている猫の名前だ。
 「そうじゃないよっ!起きなさい!」
 倫子は振り返り、既にノイズしか映し出さないテレビを睨む。
 …大変、こんなこと… 日本中がパニックになる…
 「起きてよ、拓也…」
 再びベッドの方に顔を向けた倫子の見たものは、ベッドに座り立てた片膝に腕を乗せ不敵に笑う拓也の姿だった。
 「じいさん… 待ってたぜ。」
 拓也の挑戦的な笑みに、寝癖だらけの頭がアンバランスだ。
 倫子はソファーにかけていた拓也の制服のブレザーを、拓也の顔に目がけて投げつけた。
 「カッコつけない!早くする!」
 覆い被さったブレザーの下から、拓也のくぐもった声。
 「おはようのキスは?」
 「おあずけ!」

 各部屋専属に付いた階段を下りる。それぞれ個別の部屋の下は、車が置けるガレージになっていた。
 丁度、拓也達の隣部屋からカップルが出てきた。拓也たちの部屋のガレージに窮屈そうに収まった、青いロータス・エスプリに目線が釘付けとなる。
 こんな片田舎では浮き上がる程、珍し過ぎるスポーツカーだ。
 拓也はカップルのOLらしき女性と目が合った。
 「あ、朝帰りだ。」
 ごつっ!
 拓也の頭を倫子の拳固が跳ねる。
 「いて!」
 「他人の事はいいから!行くわよ。」
 「お、そうだ!一刻を争う事態だぜ。」

 日本の何処かで大地震を起こす。
 武郷はそう警告して来た。今までの世界各地の海底地震は、ほんのリハーサルに過ぎないと。
 要求は一つ。
 「ひざまづけ」
 深い意味の要求だった。それは武郷玄蔵の日本掌握を意味する。

 だが、地震兵器“ガイア”は武郷がどこかに設置している筈だった。
 開発者である蘇徳桂の言によると、龍脈の流れに沿い大地の気が旺盛に働く場所が理想とされている。山は険しく谷間の川の水の流れは絶えず、そんな自然の力が満ち溢れた場所が良いと。
 その場所こそ、今、拓也と江里佳が向かっている地点だった。

 江里佳のランドクルーザーは断崖絶壁に沿って作られた道を進み、ナビゲーションで指示された地点にぎりぎりまで接近をした。
 車で接近できるのはここまでだ。既に木々の間から、蘇徳桂が教えてくれた施設のコンクリート製の屋根が見える。
 道端にランドクルーザーを停め、バックシートから黒いナップザックを取り出す。
 ナップザックの中から、銃本体の後方から銃口に向けて重ねられるフォールディングストックの付いたコンパクトなサブマシンガンを取り出す。
 Vz61スコーピオン。旧チェコスロバキアの軍用短機関銃だ。現在では民営化されたチェスカー・ゾブロヨフカ・ウヘルスキー・ブロドa.s.社で生産が継続されており、.380ACP弾を使用するVz83といったバリエーションも健在だ。
 江里佳はバナナ型の20連マガジンを銃本体下から叩き込む。右側に付いたコッキングレバーを引き、戻す。マガジン最上部の一発をシリンダーがくわえ込んで閉じた。
 サブマシンガンは大きく分類して、オープン・ボルト方式とクローズド・ボルト方式の二つの種類があり、通称『グリースガン』と呼ばれるM3サブマシンガンなどは前者、H&KのMP5シリーズなどは後者の代表的なものだ。要は撃発前にボルトが閉じているか開いているかの差であるが、シンプルな構造で(撃針が固定されていて、ボルトの前進で同時にプライマーを撃針が叩く)耐久性、生産コスト共に軍用としては都合が良かったオープン・ボルト方式も、今では発射時の精度が高く信頼性、また軍用としてでは無く警察に支給される状況(サイレンサーの使用時に密閉度が高い為)そしてフルオート・セミオートの切り替え、さらにスリーバーストへの需要が考慮され、クローズド・ボルト方式が多くを占めるようになって来た。このVz61はクローズド・ボルト方式。内蔵ハンマーにより撃発され、更に発射時のボルトの前後運動の速度を抑えるレート・レデューサーが組み込まれている。昔からサブマシンガンは発射速度を抑える為に、シリンダーは大きく重いものが使われて銃本体も大きく重いものになっていたが、この機構は格段に銃本体の小型化が可能だ。
 江里佳は左側面のセレクター・スイッチが兼用されたセフティをかける。
 Vz61をセレクトした理由は、一発一発の威力こそ小さいが連射時のコントロールの容易さ。そして愛銃モーゼルHScと同じ.32ACP弾を使用する、弾薬の共通性によるものだ。
 短機関銃と拳銃を併用する場合、この弾薬の互換性は大きなポイントとなる。これは個人兵器として、また軍や警察で支給されるに至っても言える要素だ。

 
 細い登山道で、江里佳は向こうから近づいて来る人影を認めた。
 驚いた事に目の前数メートルに接近するまで、江里佳はその人影に気が付かなかった。
 小柄な老人だった。特に登山用の装備をしている訳ではない。普段着のままぶらりと散歩に出た、そんな風情の老人だった。だが不思議な事は、その老人が辺りを取り囲む自然とまるで一体化している事だ。山と、木々と、草花と、山の自然にとけ込んで違和感も無く、むしろ自然の方から彼を受け入れている。そんな感じだった。江里佳が彼の接近に気が付かなかった理由だ。
 「こんにちは。」
 軽く会釈をして挨拶をする。何気ない登山者を江里佳は装った。
 「山菜狩りなら、この先がよろしいですぞ。お綺麗な方。」
 すれ違いざまの老人からの声に、江里佳は振り向いた。
 胸まで伸びた白い髭。そして、何とも言えぬ温厚な笑顔が江里佳を包み込む。
 「あ、そうですか? 後で行ってみます。」
 江里佳は作った笑顔でそう返した。
 「いや… “風の精霊の国”には、それはそれは美しい“蛇姫様”がおられてな。時折現世をお忍びで散歩されると聞いた事があるのじゃが… こんな良い場所でお会いできるとは、夢のようですわい。」
 「?… !!」
 江里佳は反射的に後方へ飛んだ。私の正体を知っているこの老人… 何者?
 超高速で脳内にある人物ファイルの検索を始める。
 まさか…
 「私こそ… “伝説の白虎”に逢えるなんて。」
 李箔石。中国国家保安部の怪物だ。目的は、間違いなく“ガイア”の件。
 江里佳は脇のモーゼルのグリップを握りしめる。
 「待ちなさい。目的は同じだと思うのだが、どうかね?」
 老人は両手の掌を広げて前に掲げている。話には聞いたことがある。この老人の前では、銃器は何の役にも立たないと…
 「近寄らないで。」
 江里佳は油断なく老人を睨む。思わず親しみさえ感じそうになるこの老人に、江里佳は気力を振り絞って応対した。
 「心配しなさんな、儂はなにもせんよ。子供と別嬪さんは世界の宝じゃからな…」
 李箔石は江里佳に歩み寄って来た。江里佳の全身に緊張が走る。
 老人との距離を目算していた江里佳は、かつて無い驚きを体験する事となった。
 老人はついと一歩を踏み出した。いや、踏み出したように見えた。しかし次の瞬間には、170センチはあるすらりとした長身の江里佳の肩先に老人の顔があった。老人の右手が伸びる…
 !…
 江里佳は後ろ手で老人の手首を掴んだ。知っている、李箔石の有名な悪い癖…
 だが江里佳の抵抗も空しく、尻を撫でてゆく掌の感触。
 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 森の中で江里佳の悲鳴が轟いた。

 「これ… 大きな声を出してはいかん。」
 「な、何するのよ!」
 江里佳は老人を睨み返す。心の内から吹き出す屈辱感で涙目になっていた。
 「あ、いや。儂の国ではな、いつもこうして挨拶をするのだよ。」
 「…嘘よっ!」
 老人は右手だけしか動かさず、左手は腰の後ろに預けたままだ。
 悔しかった…
 確かに手首を掴んだ筈。老人の皮膚の感触もはっきりと覚えている。だが老人の右手首を掴んだ江里佳の左手は、実は何も握ってはいなかったのだ。
 フェイントと言うには違いすぎる。『狐に包まれた』そんな感じだ。
 改めてこの老人の底知れぬ恐ろしさを江里佳は実感した。
 …この私でさえ、赤子の手を捻るのに等しいというの?… 
 「さて… 肝心の主役が来る前に、儂らの手で少し掃除をしといてやるとするか。」
 江里佳に微笑みかけた李箔石は静かに呟いた。

 
 「拓也ぁ〜っ… もうダメ…」
 助手席でぐったりとした倫子が青い顔で呻く。
 つづら折りの峠道はタイトコーナーの連続で、ロータス・エスプリのパワーを持て余すどころか拓也の運転技術にも無理が来ていた。
 倫子が酔うのも無理はない。
 マシンに振り回される。ガードや岩肌にぶつけないようにするだけで精一杯だ。
 「もう少しだ、ガマンしろ!倫子っ!」
 過酷なラリーのナビゲーターの気分だ。
 アクセルを開けすぎた。ミッドシップのテールは簡単に振られ車体を揺さぶる。
 「あっ… ああ…」
 「ヤラシイ声を立てるなっ!」
 「……」
 「吐くなよ〜っ!」
 拓也の駆る青いロータス・エスプリV8-SEは今、日本全土の運命を賭けて驀進していた。

 
 「妙に警備が手薄じゃな…」
 鬱蒼と繁る森の中から、問題の施設が見下ろせるようになっていた。李箔石の言うとおり、外に人の気配はない。
 高位の河川敷を利用して作られた建物だ。武郷の息がかかった企業の水質調査研究所と看板が掲げられていた。
 江里佳は施設を取り囲むようにして点在する奇妙な台座に目を奪われた。土を掘り45度の角度で木を組み合わせて作った台座から突き出た鉄筒。
 江里佳は聞いた。
 「あれは?」
 「似たものを昔、シンガポールで見たことがある。九八式臼砲、だったかな?『ム弾』とか呼ばれていたやつだ。」
 砲身が飛ぶ大砲。それは旧日本軍が開発した、逆転の発想から生まれた秘密兵器だった。太い鉄筒に直径33センチ、約4キロの炸薬が詰まった尾翼の付いた砲弾を被せる。つまり、砲身と弾丸の関係が逆転しているアイデアの大砲だ。当然命中率も悪く貫通性なども望めないが、最大のメリットは発射台を30人、砲弾を8人程度で担ぐ事が出来た事だ。威力も抜群で、1200メートル程の射程距離を持っていたと言う。移動が容易で即製可能な台座、これがマレー半島でイギリス軍を驚かせた兵器だったのだ。
 「武郷の趣味ね。もしもの際の迎撃に使用する為かしら?」
 「ふむ。だが、肝心の砲弾が撤去された後だな。元々は土を被せて隠してあったのだろうが…」
 迎撃に使う武器を撤去している。つまり、この施設はもう用済みと言う事だ。
 江里佳の脳裏を嫌な憶測が走る。
 「急がないと…」
 「ああ、そうじゃな。」
 李箔石はふと黙り込んだ。目を閉じて思索を巡らせているようであった。
 「表には誰もおらんぞ。中には… ざっと十人程度か。」
 「あなた… 分かるの?」
 江里佳は隣にいる不思議な老人に聞いた。
 「ああ。あれ程気を発散していたのでは、ここにいるぞと大声を発しているのと同じだ。」
 「どうする?」
 「なーに、策を弄しても仕方がない。正面から乗り込むぞ。」
 「あ、待って。」
 まるで友人の家を訪ねるような足取りで、施設の入り口に向かう小径を下りる老人の背を江里佳は慌てて追った。この余裕は一体何処から来るのか?
 李箔石は立ち止まる。振り向いて江里佳を見た。
 その目は笑っていた。深い慈悲を湛えた優しい目だった。
 待って、と言った江里佳を待っていてくれている。
 幼い頃に見た父の笑顔だった。「お父さん、待って…」そう言った江里佳を優しい目で待っていてくれた父の笑顔。
 …お父さん…
 そう口を滑らせそうになるのを江里佳は堪えた。
 この人物像こそ、“伝説の白虎”の本当の力だったのかも知れない。

 忍び込んだ施設内は静寂に包まれていた。
 足音を殺して歩く江里佳に較べ、李箔石は平然としてすたすたと歩を進める。
 李箔石は廊下の角に差しかかる所で立ち止まった。
 無言で角の向こうを指さす李箔石。
 江里佳は黙って頷いた。
 李箔石と江里佳は同時に角から飛び出す。アサルトライフルを抱えて警備に当たっていた一人の男がいた。
 サイレンサーを装備したモーゼルを構える江里佳に、男は慌ててAKMの銃口を向けようとする。背後から李箔石によって羽交い締めにされた。江里佳はすかさず男の鳩尾に突きを喰らわそうとしたが、必要ないと踏んで中止した。
 男は白目を剥いて崩れ落ちる。李箔石が男の首の付け根あたりを指先で突いていたのを、瞬時に江里佳は見逃さなかったのだ。
 倒れた男の体を廊下の隅に寝かせ、更に進むと右手に分岐した道が現れた。
 「ふむ。こちらかな… おっと、少々厄介だぞ。」
 右方向へ進もうとする江里佳を、李箔石は右手を伸ばして制した。
 李箔石は廊下の横にあった機材を運ぶ為に使用されていたと思われる、コロ付きの小さなワゴンを引き寄せる。
 勢いをつけて、右手廊下にワゴンを突き転がせた。
 廊下に響く連続した発射音。
 江里佳たちの目の前に転がってきたワゴンは、轟音の中で変形を繰り返して床を踊る。
 「機銃か… 厄介だな。」
 言葉とは裏腹に李箔石の顔は、面白い物を見つけた少年の様に輝いていた。

 
 咳き込む様な機銃の発射音が拓也の耳に届いた。
 「拓也!銃声!」
 先程までへろへろになって山道を歩いていた倫子が突然叫んだ。
 「お前、気分直ったのか?」
 「おばさんの車があったでしょ?大変よ!」
 まるで生き返ったような倫子の挙動。
 「おっしゃぁ!行くぜぇぇぇぇぇぇっ!」
 武郷の奸計が潜む館を目指して、二人は一気に山道を駆け下りた。

 開け放たれたドア。拓也と倫子は飛び込んで、銃声が聞こえる方向へ向けて廊下を走った。
 だが、二人の行く手に二つの黒い影が見えた。
 黒いソフト帽に黒いトレンチコートを着た二人組だ。
 「てめえら!」
 「桐生拓也、また会えたな。」
 一人の男が、たん!と床を蹴る。
 優雅な助走をつけた跳び蹴りが拓也を襲う。
 拓也は瞬時に身を捻って男の蹴りをかわした。
 着地と同時に男の黒い革手袋に包まれた裏拳が、弧を描いて拓也の顔面に迫る。
 両腕で男の裏拳の攻撃をガードし、前蹴りを放った。
 上半身を仰け反らせて拓也の蹴りをかわし、身を翻した男の正拳が再び拓也の顔面に迫る。
 両手をクロスさせ挟み込む様に正拳突きを押さえ、内側にあった右手の甲を鞭の様に男の顔に放った。
 すんでのところで男は片手でガードした。
 「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 倫子の裂帛の気合い。もう一人の男と戦っているのだ。
 拓也は飛び退く。間合いを再びとった。
 拓也の横に倫子が並ぶ。同じタイミングだ。
 …こいつら、できる…
 不意に拓也の後方から声がした。
 「ヤッパり、私がいないとダメかしラ?」
 相変わらずの下手な日本語。
 背後から現れた少女の美しさは、この場面に相応しくない神の悪戯。
 再びのトラブルメーカーの出現に、じりっと一歩後退した拓也の叫びが響く。
 「宝蘭… てめえは… 出てくんなぁぁぁぁっ!」

 

 

次回、仁愛編へ続く