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こちら、桐生探偵事務所。(鶏肋編)
大和の視界が回る。
天と地が逆転する様な感覚に襲われた。
冷たいコンクリートの床は、力尽きた大和を優しく迎える。
大和の意思とは裏腹に、体はもう立ち上がる事を許さない。
大の字になって駐車場の天井を仰ぐ。
道場の稽古を思い出した様で懐かしかった。
手嶋も座り込む。肩で息をしていた。
「あんた… 強いな…」
大和は天井を睨んだまま言った。
「お前こそ…」
手嶋はそこまで言うのがやっとだった。
テクニックでは数段勝っていた手嶋だったが、体力の消耗は顕著に現れている。
トレーニングは怠ってはいない。だが、酒が、煙草が、デスクワークが… 手嶋のスタミナを確実に削っていた。
「俺の負けだ。あんた、えっと…」
少年の問いかけに、手嶋は大きく深呼吸をして答えた。
「手嶋…」
「手嶋さん、か… 畑田炭坑…」
「そこは?」
「廃坑だよ。やつらのアジトさ。」
「そうか。分かった。」
「手嶋さん… 頼みがあるんだ。」
「何だ?」
「沖本博士を… 沖本博士だけは、無事に助け出してくれないか?」
「あの、武郷組織に拉致されたという科学者だな?」
「俺、博士から連絡を受けていた。奴らの中にダブルがいてね。その人が沖本博士の身の回りの世話をしていた。パリにいる時から定期的に… だけど、余所に連れ去れてから連絡が途絶えてしまって… で、一週間前に居場所の連絡が入って…」
「その話は聞いている。だから、お前をマークしていた。」
「俺一人じゃ、どうしようもなかったんだ。叔父キに頼んだところで、公安警察や防衛庁が乗り出して来たら大騒動になるしな。それに… あんなもの、いくらでもくれてやるよ。」
「お前、ヤマトと云ったな?」
「ああ…」
「約束しよう、ヤマト。立てるか?」
「大丈夫だよ!」
大和は手嶋の差し出した手を払いのける。口元に滲んだ血を手の甲で拭いながら、悲鳴を上げる体を意思の力で強引にコンクリートの床から引き剥がした。そんな大和の姿を見て、手嶋は嬉しそうに笑った。
駐車場を支える柱の影。そこに居た筈の可憐な花は…
望月香織の姿はいつしか消えていた。
ポルシェ911ターボは、そのメタリック・シルバーのボディを輝かせて高速道路を疾走していた。120km/hを越えるとせり上がってくる可動式リヤウイングが、朝日の照射を受けて光る。
車体後部に積み込まれた3600ccの排気量に9.4の圧縮比を吹き込む1.8barの最大ブースト圧に設定されたツインターボのエンジンから発揮される420psの大パワーは、フルタイム4WDのシャーシで完全に制御されていた。
重心高の低さと剛性の高いボディは空力特性の良さと相まって、200km/hを越える速度域に至っても路面に吸い付くような安定感を見せる。
右コーナー。軽いロールを伴いながらオン・ザ・レールで駆け抜けるそれは、クルマと呼ぶより走る芸術の域に近い。
「大和、どうしたんだよ? 昨日のゴキブリみてーな低い車。」
ポルシェ911ターボの、柔らかく体を包み込む助手席のシートに身を委ねていた拓也が聞いた。
「イタ車は故障が多くてな。」
「てめえの運転がまずいんだろ?」
「うるせえ。気に入らなきゃ、降りろ。」
「降りれるかよ。」
「だったら、黙って乗ってろ。」
「黙ってたら酔うんだよ、俺。」
拓也は膝に挟んでいた物を引き上げた。
その姿はあまりにふてぶてしく、凶暴な破壊力を吐き出す威圧感を発散し、銃口を向けられた者の戦意を消失せしめるに足る銃だった。
M4スーパー90。イタリアのベネリ社が、総合戦闘ショットガンの需要に応え作り上げたショットガンシステムの新製品だ。アメリカではサブマシンガンのMP5とのコンビネーションを狙い、H&K社が販売の取り扱いをしている。
18.5インチ銃身のこれは、12ゲージの3インチシェルを6発収納するマガジンをバレルの下に持ち、従来からのM1・M3同様のローラーロッキングシステムによるオートマチック機構、更にARGOツイン・システムという、内蔵された二本のガスポートが発射時のガスを調整し反動を押さえる機構が追加されている。そして収縮するだけではなく、横にも回転可能なテレスコピックストック。軍用ならではのマットブラック仕上げ。特殊部隊、シークレットサーヴィス、司法機関、沿岸警備隊などでの要求に応えるべく造られた実戦型ショットガンだ。
助手席のシートの下から黒いナイロン製のベルトを取り出す。それには赤いウンチェスター製のスラッグ弾、OOバックといった12ゲージのシェルが並んでいた。
拓也はM4を返し、銃下部からマガジンに弾を込めようとした時、背後から覆い被さる様に回ってきた二本の腕に首を絞められた。
「ぐっ!ぐぇっ…」
「嬉しそうね、拓也。」
バックシートから身を乗り出した倫子が、シート越しに拓也を羽交い締めにして耳元に囁いた。
「何するんだよ!倫子!」
「拓也、あんたのそんな時が一番楽しそう。」
「そうか?」
「どうして男って、そんなの好きなのかなぁ?」
「さてね、なんでだろ?」
「本能的なモノかな?」
隣の二人のイチャつきを横目で見ていた大和が、ふっと笑って言った。その類い希な美貌を誇る顔の頬には、赤と紫のアザが大きく残っていた。
「どうでもいいよ、そんなこと。それより、飛ばせ大和。先越されるな。」
「分かってるよ。余計なお荷物を積んでいるから、手加減してやってるんだぜ。」
「余計とは何だよ!」
「そうよ!あたしこう見えても、拓也より軽いんだから!」
二人の罵声も涼しい顔で受け流す大和。
「拓也、倫子、お前らが勝手に付いて来たんだぞ。」
「大和、お前一人じゃ危なっかしくてな。」
「抜かせ!」
「拓也、自分の事を棚に上げるのは止めなさい。」
倫子の鋭い突っ込み。
「知らねーよ、そんなこたー!万事結果オーライさ。行くぜぇぇぇぇぇぇっ!」
「おう!」
大和は更にアクセルを踏み込んだ。911ターボのリアにマウントされた高過気圧タービンが歓喜の雄叫びを上げる。
ブレーキパッドはブレーキディスクを噛み、手嶋の操るステージアは静かに停車した。
辺りに人影は無し。手嶋は助手席をフルリクライニングし、リヤシートを倒した。
ラゲッジスペースの床板を外すと、そこには兵士二人、充分に武装が出来る武器弾薬が並んでいた。
手嶋は一挺のM16A2を取り上げる。M16A1の改良型のこれは、従来の5.56×45口径弾からより貫通性の高いM855弾を使用するものに移行されたもので、銃身の変更や弾薬の消費を防ぎ命中率を上げる為のスリーバーストの採用等の改修が施された米陸軍の制式採用小銃だ。
30連のマガジンが収まった弾帯を腰に巻き、ハンドグレネードを二つ弾帯に下げる。必要以上の装備は動きを妨げるものだ。手嶋は常に最小限の武装を心がけている。
寂れた炭坑の町に人の気配は無く、木造の商店の壁には古いコカ・コーラの看板が錆を吹いて傾いていた。大衆食堂と大きく書かれた建物は、木枠にはめ込まれたガラスは割れ、触れば崩れそうなほど壁の板は腐食している。
その昔、『黒いダイヤ』と持てはやされ大勢の労働者達で栄えた山間の町は、当時の賑わいを留めた建物も風化の一途を辿り、歴史の流れの中に静かに埋没しようとしていた。
手嶋は山道を見上げた。既に何度も地図で確認している、この先の山腹にある炭坑へ裏から回り込む道を手嶋は登り始めた。
「手嶋さん…」
呼び止められた。聞き覚えのある鈴を転がすような声。
手嶋は反射的にM16A2を構える。
紅葉の始まった木々と群生する雑草の林から出てきたのは、カモフラージュの戦闘服に身を包んだ少女だった。
「撃たないで。」
「君?カオリ! 判らなかったよ。化粧が濃いから…」
「からかわないで。」
迷彩のクリームを塗った顔が笑った。
「手嶋さんこそ、どうしたの?その怪我。」
「知ってるんだろ?」
「バレてるか…」
「白々しいな。君が見てたのは分かっていたさ。だからここが判ったんだろ?」
「動かないで。」
香織は迷彩ズボンのポケットに手を突っ込むと、中から掌に収まる程の大きさのファーストエイド・キットを取り出した。モスグリーンの缶の蓋を開くと、中には抗生物質や鎮痛剤等の薬品、またそれらとは対照的な可愛い色をしたソーイングセット等が入っていた。淡い色彩のキャラクターがプリントされた絆創膏を取り出す。
「えっ?それ…」
手嶋は一瞬慌てたが、少女の指先が額に触れたとき、その柔らかさと心地よい冷たさに不思議な安らぎを覚えた。あの屋上で、手嶋に向けてナイフを構えた筈の同じ指だ。
拒否出来なかった手嶋の切れて血が滲んでいた左眉の上に貼られた、可愛い人気キャラクターの絆創膏。
「ふふ… お似合い。」
「大人をからかうのは…」
「目立った方がいいわ。呉越同舟だからね。」
「よし。突入するその前に、所有権を決めないとな。」
「辛いわね。」
「俺も譲れないよ。悪いけど。」
「やはり、決着つけないとダメ?」
「君は殺すには惜しい。」
「私に勝つつもりかしら?」
「勿論。それが俺の仕事だ。」
「それはそれでいいんですけど… あれ、問題有りよ。」
「問題?」
「未完成なの、あの試作機。」
「しかし、あのスクランブル騒動は?」
「デモは上手くいったらしいけど、飛行安定性とか航続距離とか…」
「バリヤーシステムは?」
「そっちも問題だらけ。でも、強引にどこかに売ろうと考えたのかしら? 持ち出した脳天気がいたもんだから大騒ぎよ。あれじゃリコール問題どころの騒ぎじゃないわ。『武郷ブランド』の威信に関わるわよ。」
「武器輸出は禁止だぞ!」
「そうだったね。そんな訳で協力、よろしくね。」
「はは… 楽しいな、君。」
「そう? ガッコじゃいつもこの調子だよ。」
山の斜面で戦闘服にアサルトライフルを肩から吊り… そんなシチュエーションと物騒な話題でなければ、普通の社会人と女子高生の会話だったかも知れない。
遠くで鳥が鳴いた。
手嶋は煙草に火を付けようとしてやめた。作戦中は煙草は吸わない。
何故、そんな日常生活の癖が出たのか?
緊張が無かった。この少女との時間が楽しかった。
あの少年との殴り合いも、この瞬間も…
…自分を取り戻せた…
そんな気がした手嶋だった。
二人の暖かい沈黙を破るようなエンジン音。
広い坑道への入り口に、テールを振って止まった一台の銀のポルシェ。
出てきた顔ぶれを見た瞬間、香織は頭を抱えて呟いた。
「あの… バカ!」
敵に発見されないようにと、わざわざ後方から回り込んで登ってきた香織と手嶋の気配りが一瞬にして無駄となった。
敵地に正面から挑むこの無謀さ。そこには武力制圧による、緻密な戦略や駆け引きのかけらも無い行動だ。
…正面突破。あいつらしいわ…
感心している場合では無い。
「カオリ!行くぞ!」
「了解!」
手嶋の声に香織は頭の中で作戦を変える。用意したシュミレーションの中で別の手を… このパターンは想定していない。
…ええい!もう成るようにしか成らないわっ!…
香織は右手を挙げる。
次の瞬間、手嶋の顔色が変わった。今まで数々の修羅場をくぐって来た手嶋であるが、ぞっとする感覚は久しぶりだった。
草むらから一斉に立ち上がった無数の影。20人はいるだろう。手嶋と香織の周囲から現れた武郷組織の突撃部隊で林が揺れた。
手嶋はまるで気付かずにいたのだ。
…もし、これが俺の敵だったら…
恐ろしい想像を振り切るかのように、手嶋は斜面を駆け下りた。
坑道から銃声がこだました。
拓也は拳銃を構えた影に向かって引き金を絞る。
反動と共にM4のエジェクションポートから、空になったシェルの空薬莢が飛ぶ。
未だ闇に目が慣れていない為、カンに頼った射撃だったが見事命中。拓也の放ったゴムスタン弾を受けて相手は大きく後方へ吹っ飛んだ。
「悪く思うなよ。殺しゃしねえからな。」
「拓也、暗くてよく見えないぜ。」
拓也の横に並んだ大和が言った。
しかし次の瞬間、拓也の得意顔が闇を裂いた光りに照らし出された。
入り口近くの広い坑道の中が一気に明るくなる。
敵!…が見えた。
「えっ!」
拓也は硬直した。目の前15メートル程の位置に見えた敵は、三脚架に載った機関銃を構えた敵だったのである。
連続した発射音。7.62ミリの弾頭を次々と吐き出すそれは、ベルギーのFN社が開発したMAG。プレス加工の多用や遊底閉鎖機構などシンプルで信頼性を重視した設計で、現在採用国が増えている汎用機関銃だ。
ベルト給弾方式による、一分間650発の発射速度を誇るその弾幕に包まれたら一溜まりもない。
拓也は何者かに襟首を引っ張られ、そのまま坑道の脇道に放り込まれた。
自分と一緒に倒れ込んだ男の顔を見た時。
「あーっ!てめえ!」
「気を付けろ。油断し過ぎだ。」
「あん時のっ!放しやがれ!」
「三回は死んでいたぞ。」
「何を基準に言ってやがる!倫子!」
目を上げた先には、対面の脇道に隠れている倫子と大和の姿が見えた。
手嶋は拓也から離れ、壁越しに様子を伺う。
グレネードの発射音が響いた。
拓也達が隠れた側道に、戦闘服姿の香織が転がり込んで来る。
「ほら、これ!シャレになんないわよ。」
「あはははは!望月か?何だその顔!」
「いいから早く!今、催涙ガスを使用したわ!」
香織に手渡されたガスマスクを拓也と手嶋は被った。
「これ、息がしづらいからイヤだな。」
「文句言わない!」
拓也がゴネるのを押さえつけ、同じくガスマスクを被る香織。
「ここで待っていろ!」
ガスマスクを被った手嶋のくぐもった声。
M16A2を構えた手嶋は脇道から飛び出して行った。
「あっ!あいつ、美味しいところを…」
「しっ!桐生、音しない?」
「してるよ…」
トンネル状の広い坑道が揺れた。その震動源が徐々に近づいて来る。
轟音と共に目の前を横切ったものは…
「逃げる気ね!」
「うわ!でっけー!」
拓也と香織は口々に叫びながら後を追う。
拓也たちが坑道から抜けた時、そいつは巨大なボディの動きを止めて、坑道入り口の広場に蹲っていた。
陸自の90式戦車に近いフォルムのそれは、更に一回り大きな車体と120mm滑腔砲と思われるが若干短めな砲身、何より内側に引っ込んだキャタピラとそれに覆い被さるように突き出したジェット排出孔が目を引く。
そしてF-14の可変後退翼に似た収納式の翼を広げた姿は、奇妙に均整の取れた美しさがあった。
自動小銃の連続した発射音。武郷突撃部隊の後方支援隊の一斉射撃を持って、その怪物に対してのダメージを期待する方が無理な話である。
砂塵が舞い上がった。謎の怪物戦車は離陸を始めたのだ。
耳を覆わずにはいられない様な爆音。その車体が空に向け、徐々に持ち上がってゆく。
「ああっ!飛んだ飛んだっ!かぁーっこいいっ!」
ガスマスク越しの倫子の嬉しそうな悲鳴。
「畜生!ドラゴン・ロケット持ってくれば良かったわ!」
香織の悔しそうな叫びも共に、轟音の中にかき消されてゆく。
高度を十分に取り、その怪物は水平飛行に移った。
突如、車体が青い稲妻の様な光りに覆われる。
消えた。
文字通り、空の彼方に消えたのだ。
「先生!」
大和の叫び声が響く。
坑道から出てきた10人程の武郷の突撃部隊と、手嶋に支えられるようにして歩いて来る50がらみの小太りの男がいた。
「おお、大和か!」
男はガスマスクを脱いだ。ぼさぼさの頭に伸び放題の髭、皺と黄ばみだらけの白衣だけを見て、誰がこの男を世界で著名な科学者と認識するであろうか。
「心配したんだぞ、こん畜生!」
「ふん。ガキに心配されるとは、俺もおしめーだ。」
これが新理論で世界的に有名な科学者と、エリート留学生の教え子との会話だ。
「先生。あんた、太ったんじゃねえか?」
「ああ。いいものを食わせてくれるし、女房はおらん。余計な気を使うことの無い上に散歩もできん。太って当たり前だ。」
「がはははは!」と豪快に笑う沖本博士に、拉致された挙げ句長い監禁生活を強いられた科学者の面影は無かった。
「いいから帰るんだ。てめえのこわーい女房も待ってるぜ。」
「むー。未練はあるが、女生徒がおらんで困っておったところだわい。」
「それがいけねーんだよ。あんた、歳はなんぼだ?」
暫く見ない間に更に体脂肪率の上がった恩師の肩を、大和はいたわる様にそっと抱いた。言葉と裏腹、故に師弟の信頼関係は深いものがあった。
「無茶しおって、馬鹿どもが。飛べる事さえ奇跡に近いと言うのに…」
沖本博士の呟きに、そこに居合わせた全員が振り返った。
「だったら、あれは…」
手嶋の問いに沖本博士は答えた。
「無事に脱出できるといいがの…」
夕暮れが窓を支配していた。
遠くのビルの貯水タンクがシルエットとなり、汚れた窓ガラスに写っている。
赤く染まった窓の片隅に、『桐生探偵事務所』の文字が夕日に映えていた。
ガラスの内側に見える黒い髪が振り返る。
まだ子供の様なあどけなさをその均整のとれた顔に留めた少女は、窓の外をぼんやり眺めている。その目に夕焼けが広がった。
「へー。あれ、海上で墜落したんだってよ。乗組員は3人、海上保安庁の巡視船に救助されたらしいな。また改めて逮捕に移るんだそうだぜ。」
古ぼけたソファーにふんぞり返り、夕刊を広げた拓也が言った。
「あの戦車は?」
倫子は窓ガラスにそっと指を滑らせる。
「バラバラになって海の底。引き上げてはもらえないだろうな。なにせ“見えない兵器”だから、どこに落ちたかも判らないそうだぜ。」
「何だか、かわいそう…」
「戦車がか?」
「利用されてただけだもんね。」
「そんなもんかな?」
「大和、どこ行ったのかしら?」
「さてね。帰ったのかな?」
「挨拶もなかったね。」
「あいつらしいや。」
「拓也、こっち来て。夕焼け、きれいだよ。」
「こっからでも見えてるよ。」
「いいから来て。」
拓也はテーブルに夕刊を放り出し、立ち上がった。
「拓也… これからも一緒にいようね…」
「何だよ?急に…」
「ふふ… 何でも無いっ!」
抱きすくめられた時のふくよかな感触は、秋の夕焼けの優しさと同じだった。
成田発ロサンジェルス行きは、16時50分のフライトだ。
空港のロビーを歩く手嶋は日本での出来事を思い出していた。
任務は半分成功、半分失敗に終わった。果たして、これでよかったのか?
不思議な子供達に出会った。俺にとっては最大の収穫だったのかも知れない。
明日からまた、退屈なデスクワークが待っている。さて、報告書にはどこまで書こうか?
思い巡らせながら、ふと前を見た時。
一人の少女が歩いて来る。日本のハイスクールの制服を着ていた。
「カオリ?」
手嶋を気にした風もなく、悠々と歩いて来る少女。
すれ違う瞬間、少女は手嶋を見た。
笑った。
手嶋は立ち止まり、去って行く少女の後ろ姿を目で追っていた。
笑っていた。久しぶりの優しい笑顔が手嶋の顔に溢れていた。
人混みにかき消される様に少女の姿は消えた。
ライバルに別れを告げに来たのか?
それとも、手嶋の白昼夢だったのか?
手嶋は歩き始めた。
一つ、自分の中で確信が生まれた。
…これでよかったのだ…
END
次回、不沈編へ続く
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