こちら、桐生探偵事務所。(驀進編)

 
 「あっ!それ、限定モデル。すげーな!」
 配膳に来た青年の左腕にはめられたGショックを見て、拓也が叫ぶ。
 「へえ?知ってるのか。」
 「ね、ね!見せてよ!」
 「高かったんだぜ。」
 拓也は青年の左腕を覗き込む。迂闊な青年は新人で、時計を外すのを忘れていた様だ。それが彼の命取りとなった。
 「へえ〜っ!」
 良く見ると思わせるよう、更に青年の懐に回り込んだ。
 バンドを手に持つ。
 今だ!
 体の伸縮を加えた左アッパーが、青年のアゴに炸裂した。
 倒れ込む青年に見向きもせず、戸口に立ったもう一人の見張り役に襲いかかるのは瞬時の行動だ。
 戸口に立った青年が身構える前に、拓也の正拳が鳩尾を捕らえていた。
 青年が持っていた鍵の束を引ったくる。
 廊下に出た。ここは、どこかのビルか?
 無数の足音が響く。
 気付かれた。部屋の上部に、監視カメラが幾つか据えられていたのは知っている。モニターで常時監視されていたのだから当然だろう。
 拓也は手近な部屋の鍵を開ける。どうやらこのフロア全体を、武郷一味は借り切っている様子だ。この部屋には果たして窓があるだろうか?それが、僅かな脱出への希望。
 駆け寄ってきた足音に混じって、銃声が響いた。
 「うわ!撃つなよ…」
 拓也は部屋に飛び込んだ。
 中から鍵を掛ける。
 倉庫の様だった。明かりの点けた部屋には窓は無く、幾つもの箱が山積みされているだけだ。
 箱とはいえ、モスグリーンのスチール製の箱や、何やら英語で殴り書きされた木製の箱が目に付く。一つの木製の大きな箱。『この箱だ!開けろ!』拓也のカンがそうささやく。
 置いてあったバールをねじ込んで、釘で打ち込まれた板を外した。
 箱の中に横たわった物を見た時。
 拓也の顔が驚きから、凄絶な笑いへと変わる。
 M60機関銃。
 そいつは、ふてぶてしいまでの嬌態に、凶悪な光を放って拓也を迎えた。

 銀のレガシィ・ツーリングワゴンGT-Bは、静かに町の中を駆け抜けていた。
 様々なチューニングと武装が施されたレガシィは、その内面の猛々しさとは裏腹に、恭介のドライビング・テクニックを得て優雅な走行を見せている。
 暮れかけた夜景が、窓の外に流れている。
 助手席に座った倫子は、頬に手をやった。
 叩かれた頬が熱を持って痛む。
 ハンカチを探ろうと、ポケットに手をやった。忘れていた。
 横からハンカチが差し出された。
 「おじさん…」
 渡されたヴァレンチノのハンカチは冷たく濡らされていた。
 恭介がどこかで水道を使い、濡らして絞っていたのだろう。
 「ありがとう。」
 ハンカチの冷たさが心地よかった。
 グリーンのハンカチは、拓也と同じ匂いがした。
 「倫子、お前のおっかない顔、初めてみたぞ。」
 恭介は、前に迫る夜景を見ながら言う。
 「拓也を、取り返したかったの…」
 「あんなバカが、いいのか?」
 「拓也は!…拓也は、私といなきゃいけないの…」
 五年前、アイツは私のファーストキスを奪ったんだから…
 私は、拓也のお嫁さんになるって決めたんだから…
 あのバカは、覚えてないかも知れない。
 でも私、忘れない。
 拓也とずっと一緒にいるんだから…
 離れちゃいけないから…
 恭介はちらりと、助手席の倫子の顔を盗み見る。
 倫子の心を見透かした様に、嬉しそうに笑った。

 弾薬庫に籠城した拓也は、木製の箱からM60機関銃を取り上げる。
 こいつは確か、カバーを開いて… そうだ。
 横にあったモスグリーンの箱を開く。ベルト・リンクで並んだ、7.62mmNATO弾を引き出す。
 銃の右側のハンドルを引き、ボルトをオープンポジションにする。ベルト・リンク先端の第一弾目をフィードプレートの溝にはめ込み、カバーを閉じる。
 発射準備完了。
 「さて。」
 扉の外で、室内を伺う気配がしていた。

 「おじさん。」
 「何だい?」
 「あのおじいさん、何を欲しがってるの?」
 「こいつさ。」
 恭介は、小さなプラスチックの容器を取り出した。
 「開発暗号名“デルタ”。どこの国も垂涎ものの一品さ。」
 「“デルタ”? 一体、なあに?」
 「知りたいか?」
 「勿体ぶらずに教えてよ。」
 「反重力エンジン。」
 「? …はんじゅうりょく?」
 「そう、反重力エンジン。正式には、イオン反応浮揚推進システム。」
 「そんなものがあるの?」
 「昔、ドイツで理論上は完成してたんだ。そしてベルリン陥落の前夜、開発者であるゲオルグ・ボーリンガー博士はUボートで南米に逃れる。そこで更に研究が進められた訳だ。南米の某国の山中では、既に量産がされていたという話だ。」
 「UFOじゃない?」
 「そうとも言うのかな?で、そのゲオルグ・ボーリンガー博士とは、家のじいさんがお友達だった訳だ。」
 倫子は呆気にとられていた。
 私もよく可愛がってくれた、拓也のおじいさん。
 あの武郷のおじいさんといい、何を考え出すのか…
 突然、倫子はひらめいた。
 「おじさん!拓也を取り返したらそれ、後で売っちゃいましょうよ。」
 そのお金で私、アルプスの裾野にログハウスのスイートホームを建てるの。ゴールデンレトリバーを飼って… そうね、子供はお姉さんと弟がいいわね。
 ムフフ… 拓也、待っててね。
 「でもな、ちょっと訳ありなんだ…」
 恭介は、眉間を摘んでつぶやいた。
 頭上に、取引の埠頭へと案内する看板が見えた。
 時間は刻々と迫っていた。

 突然部屋の中から湧いた発射音に、武郷の警備部隊は度肝を抜かれた。
 毎分600発の発射速度に打ち抜かれたドアは、壊れかけた蝶番でぶら下がっている状態だった。
 再び発射音。
 ドアは完全に破壊され、壁は無数の穴が穿たれていた。
 覗き込む警備部隊は、7.62mmNATO弾のシャワーに慌てて首を引っ込める。
 発射の度にカートリッジとベルト・リンクの金具がぶつかり、チリン、チリン、と小気味よい音を立てる。
 「ムズかしーな… これじゃ当たんねーよ。」
 拓也は昔見た映画の真似をして、M60機関銃を腰だめで撃っていた。当然、慣れていない者が撃ったところでコントロール出来る筈が無い。
 ハナから当てるつもりは無かったが、敵をビビらせて制圧するには最高の相棒だ。
 弾薬は十分にある。来やがれ!
 突如、こもった様な小さな炸裂音が幾つか聞こえた。
 廊下に流れる白い霧。
 たまらず逃げ出す警備部隊。何が起こった?
 拓也の目に壊れたドアから、黒い円筒形の容器が転がり込むのが見えた。
 これは? 催涙ガス!
 袖で口と鼻を覆い、目を堅くつぶる。
 何でだよ… 何者だよ?これからだったのに…
 拓也の背後に足音が近づいて来た。
 誰だ?
 「拓也… 拓也じゃねえか? 何やってんだ?お前。」
 見上げた男は顔を覆うガスマスクこそしていたが、鍛え抜かれたがっしりとした体躯が黒い戦闘服越しに判る。
 下垣内将馬だ。防衛庁の荒事専門のセクションが、既に突入していたのだ。
 「おっちゃん…」
 倫子のとーちゃんだ。
 「ふえーん!怖かったよぉ、おっちゃーん。」
 しがみついた体は、逞しく頼もしかった。
 「嘘をつくな。さっきまで、それを撃ちまくっていたのはお前だろう? 心配した俺がバカだったぜ。人質なら、人質らしくしてろ。」
 拓也の誤算は、演技がバレた事だけでは無かった。
 「ゲッ!グホ、ゲホッ…」
 安心して気を抜いた拍子に、催涙ガスを思い切り吸い込んでしまった。

 取引の指定された埠頭は、既に夜のとばりが降り始めていた。
 恭介は静かにレガシィを停める。
 辺りに人影は無く、埠頭は静かな夜を迎えようとしていた。
 「倫子、ちょっと足を上げてくれ。」
 「?」
 倫子は言われるままに、制服のミニスカートから伸びる足を助手席に乗せた。
 恭介は運転席から身を乗り出して、倫子の足下に手を伸ばした。助手席の下の取っ手を掴む。
 助手席の下は、小さな引き出しになっていた。
 倫子の膝の下から現れたものは、スポンジをくり抜いた中できちんと収まっている。
 イングラムMAC10。
 毎分1,000発の弾を吐き出す小さな暴れん坊が、倫子の膝を下から眺めていた。
 「ここに居ろよ。倫子。」
 「おじさん、大丈夫?」
 「大丈夫さ。拓也も今頃は救出されている頃だ。」
 恭介はマガジンを一本掴むと、グリップの下から装填した。ボルトを引いて、セフティをかける。
 残ったマガジンを二本、ズボンの尻のポケットに差し、レガシィのドアを開け降り立った。
 埠頭を渡る夜風が、恭介の髪をなびかせた。

 「武郷の使いの者か?」
 「そうだ。」
 恭介と対峙した男は3人。
 リーダーらしい真ん中の一人を除いて、他の二人はウージー・サブマシンガンを構えている。
 恭介は右手にイングラムを構え、左手で小さなプラスチックの容器を男達の足下に放った。
 「拓也は?」
 「すぐに解放する。」
 「大鵬ビル、5階。」
 「!」
 男達が殺気立つ。
 「そいつを持って、早く武郷のもとに帰れ。今頃お前達のアジトは、後始末で大忙しだろう。」

 高林哲男は、建物の影に隠れる二人の背後に忍び寄った。
 「動くな。両手を上げろ、ゆっくりとだ。」
 びくりと反応した男達に、グロッグ17の銃口を向けたまま言う。
 「何処の者だ?ここは、我々モサドが包囲している。貴様らの出る幕は無い。」
 ハッタリだった。恭介を尾行している哲男は一人きりだ。挙動から見て、日本の警察組織では無い。この件をどこかで嗅ぎつけた、アジアの某国のエージェントであろう。
 「失せろ!キリウに手出しは許さん。」
 俺達は世界最強と云われた、誇り高き組織。貴様らとは格が違うのだ。
 哲男は去って行く男達を見送り、取り引きを最後まで見守っていた。
 俺の挑戦、暫くはお預けだ。
 クラウンのドアを開き、スマートな体を運転席に滑り込ませる。
 またいつか会おう!俺のターゲット、そして俺の強敵。
 この件に、これ以上振り回されるのはご免だ。
 キョウスケ・キリウがあの後教えてくれた、俺達の求めていた“デルタ”の正体…

 広い駐車場には、官庁関連のリムジンや覆面パトがひしめいて並んでいる。
 拓也は、銀のレガシィが駐車場に入って来るのを見た。
 「来たぞ。」
 隣で下垣内将馬の低い声が響く。
 レガシィの助手席から少女が降りた。
 「倫子…」
 少女は走ってこちらに向かってくる。
 「拓也! 拓也ぁーッ!」
 倫子、会いたかった。もう離れないよ。
 さあ、俺の胸に飛び込んでおいで…
 ぱんっ!
 平手を打つ音が駐車場に響いた。
 目の前に迫った倫子の顔が、白と赤の光でかすれて見えなくなった。
 「拓也の… バカーッ!」

 

次回、濫觴編へ続く…