こちら、桐生探偵事務所。(復活編)

 
 「知らねーよ。てめえらが売ったケンカだろうが… てめえらで何とかしろよ。」
 「拓也ぁ〜。頼むよ、この通りだ。」
 少年が一人、額をテーブルに擦りつけた。
 今しがた、平らげたばかりの重ねられたビッグマックの箱が二つ、テーブルの振動で踊る。
 「何と言われようが、やだね。」
 「こうして奢ってやってんだぜ。頼むよ。」
 「どーせカツアゲした金だろ?だったらもっと、いいモン食わせろよ。」
 少年達は拓也と同じ中学の、不良グループのメンバーだった。
 隣町の中学のグループと抗争になり、拓也に助太刀を依頼していたのだ。
 「いいモン食わせたら、来てくれるのか?」
 少年達の顔が希望に輝く。
 「いや。カツアゲした金、全部出せ。」
 「?」
 「俺が有意義に使ってやるよ。」
 「これは…」
 少年達にとっては大事な軍資金だ。今月はシケている。ゲーセンやアンパンで、湯水の如く使うわけには行かなかった。

 「助けて…」
 突然、か細い声が拓也の頭上から響いた。
 見上げると、そこに少女が一人立っていた。
 拓也の顔を覗き込む瞳は、身の危険を切実に訴えていた。
 清楚。可憐。さらりと伸びた髪は肩を被い、そして白い肌は真珠のように輝いている。
 恐怖の為か青い表情は、更に少女の魅力を増幅していた。
 「からまれているの… 助けて。」
 少女の制服はどこの学校だ?記憶をたぐる拓也だったが、鼻腔をくすぐる少女の香りに、どうでもいいという気になる。
 ざわっ、っと目前の少年達が殺気立つ。
 振り返った拓也の目に、三人の少年がバーガーショップの中に入ってくるのを捉えた。高校生か?どこの高校だ?このあたりの制服では無い。発散する雰囲気は、一目で普通の高校生で無い事を物語る。
 さすがに拓也に頼っていたとはいえ、彼らはその道のプロだ。既に戦闘態勢を整え、自分の中でテンションを高めている。
 拓也はゆっくりと立ち上がった。
 「俺、こっちのほうがいいや。」
 立ち上がった拓也は、少女に向かって微笑む。
 少女を安心させてやりたかった。俺に助けを求めたのはラッキーだったね。
 「拓也、手伝うぜ。」
 血気盛んな少年達は加勢を申し出る。
 「いや、俺一人で十分だ。」
 「へん!カッコつけやがって。」
 「カッコついでに、そのコにオレンジジュースを頼むぜ。」
 拓也は入ってきた少年達に目で合図した。
 表に出ろ。と…

 「中坊、何のつもりだ?」
 「俺らにケンカ売るのか?それも、一人で…」
 拓也を取り囲んだ高校生は、言葉で次々に脅しをかける。
 バーガーショップを出て、大通りから逸れた路地裏。寂れた飲み屋の看板だけが、この一角の唯一の光源だった。
 「ボクはとっととお家に帰りな。おかあちゃんが待ってるぜ。」
 口だけだ。次の動作への準備も出来ていない。
 「喋ってないで、来いよ。そのボケたツラ、見飽きたよ。」
 挑発した拓也は、少し失望した。あまり歯ごたえのない相手だ。
 ここは穏便に済ますとするか。一人でものしてしまえば、それでカタがつく。
 「チビが…」
 やっとやる気になったか。普段は口だけの、人数に任せた威圧のケンカしかしていないのだろう。今まで一緒にいた、拓也の同級生達の方がまだましだ。
 拓也は三人の力量を探った。正面のデカい奴、コイツは一番手。だがデカいだけ… 左隣のあばた面、コイツは論外。右のパツキン野郎… コイツだ、コイツが真打ち。格闘技などの気は無いが、何か呑んでやがる。ナイフか?
 正面のデカい奴が迫って来た。
 だが、彼らにとって拓也は意外な行動に出た。
 彼らから向かって左方向に飛んだのだ。
 目指すは、金髪に染めたツンツンヘアー。
 拓也の急襲に金髪男は、得意とする武器をポケットから取り出すのさえ忘れていた。
 飛び込んだ勢いにまかせて、金髪の右臑を力任せに蹴り降ろす。
 脳天を突き上げた痛みに耐えかねた金髪は、前にのめり込もうとする。
 瞬間、拓也の右の裏拳が金髪の鼻を捉えた。
 軟骨の折れる音。
 堪らず倒れ込んだ金髪は、押さえた鼻から大量の血が吹き出ていた。
 突然の事態に、呆気にとられていた残りの二人。だが、次の瞬間見たものは…
 あの中学生が、こっちを見て笑っている。凄絶と言える微笑みだった。
 『お前らも、こうして欲しいのか?』声が聞こえそうだった。
 本物の恐怖。
 逃げ出したい。だが、足がすくんで…
 あばた面が悲鳴を上げた。突然、呪縛が解かれたように走り出す。
 正面のデカいのが、あばた面の悲鳴に我に帰った。後を追って逃げようとする。
 「待てよ!」
 拓也の一喝に、二人は足を止めた。
 「コイツ、連れてけよ。仲間だろ?」

 「桐生… 桐生拓也さん、ですね?」
 あれから、すかさずズラかったバーガーショップを後にして、少女を送って行く道だった。
 夜の町は大人の享楽で満たされていた。賑やかなパチンコ店の前を、拓也と少女は通り過ぎる。
 「どうして、俺を?」
 「よく知っています。私たちの学校でも、桐生さんの事は有名です。あっ、申し遅れました。私、明蘭高校の一年、望月香織といいます。」
 名門のお嬢様高校だ。
 「俺、そんなに有名か?」
 「はい。密かに撮った写真とかが売られている始末。」
 拓也は鼻の下に神経を集中する。伸びるな、伸びるな…
 「でも、私… 私は以前からお慕いしてました。学校のみんなとは違います。何度かお家の前で、そっとお見受けした事もあります。」
 逆ストーキング。大歓迎だ。
 「あの不良たちにからまれて逃げていたのですが、お店の窓から桐生さんのお顔が見えた時… 嬉しかった…」
 「そうだったのか。気を付けないとな…」
 平静を装う拓也だったが、声が強ばっているのが自分で判る。告白されているのだ。同級生の告白は何度も受け流してきたが、今回は年上。そしてお嬢様。
 「好きです…」
 か細い声が、拓也の耳の奥に鋭く刺さった。
 「えっ?」
 何と答えて良いか分からない。
 強く肘を引っ張られ、立ち止まった。
 「私のものに… お願いです、拓也さん。香織のものになってください!」
 立ち止まった拓也の頭上に、“ノエル”とネオンが輝いていた。ネオンの下には“空室”という二文字が点滅していた。

 拓也にとって、全てが珍しい物だらけだった。
 旅館などとは違い、徹底的に合理化された間取り。
 脱衣所のない風呂場、煌びやかな天井の装飾、鏡張りの一面の壁。そして、部屋の中央に存在を誇示するかの如く、これでもかと大きくふんぞり返った巨大なベッド。
 拓也は自分の居場所に困った。俺は、どこに居たらいいんだ?
 重い空気。部屋をおおう静寂。
 望月香織はベッドに腰掛け、顔を伏せている。自分の大胆な行動に後悔しているのか、部屋に入った時から一言も喋ろうとしない。
 香織は顔を上げた。何かを決心した様に、制服のブレザーを脱ぐ。
 ネクタイを外すと、ブラウスのボタンを一つ一つ外し始めた。
 拓也はどうしていいのか分からない。俺も脱いだほうがいいのかな?
 取りあえず、上着のブレザーを脱いだ。イスの背もたれに引っかけると香織のほうを向いた。
 そこには、拓也の目の前には、最も刺激的な絵があった。
 ブラウスのボタンを全て外し、今ホックが外されたスカートを脱いでいる香織の姿。
 ブラウスの隙間から見える見事な肢体は、拓也の脳髄を直撃した。
 香織は歩み寄ってくる。
 「あまり見ないで、恥ずかしい…」
 そっと呟くと、拓也の背に腕を廻した。柔らかな感触が拓也の胸に飛び込んでくる。
 どうしたらいいんだ?俺、これから、どうすればいいんだ?
 先程まで物珍しさと緊張で萎えていたものが、急に元気になってくる。こら!まだ早い!彼女に悟られたくない。静まれっ!
 「拓也さん…」
 拓也より少し低い位置の香織の顔が、拓也の顔を覗き込む。
 「嬉しい… やっと、拓也さんと…」
 拓也の頭の中は、白くフェードアウトした。
 倫子…
 倫子っ、すまんっ!俺は今夜、男になるぜ…
 拓也は不覚にも、背中で起こっている事に気が付かなかった。
 香織が今まで下着のヒップに隠していた物。
 拓也の背中に廻した手に持っていたファスナー付きのビニール袋から、折り畳んだガーゼを取り出していた事。
 ガーゼからは、クロロホルムの臭いがした。

 「よくやった。上出来だぞ、香織。」
 部屋に入って来た男達は、早速ベッドに倒れ込んだ拓也に手錠を掛け縛り上げる。
 脱いでいた服を身につけ、香織はさるぐつわをかけられている桐生拓也を見下ろした。
 「馬鹿な男…」
 深い軽蔑を湛えた視線。
 『男などという生き物は、皆こうね。思考回路は全く同じ。呆れるわ。』
 冷たい蔑視が拓也への挨拶だった。

 目覚めた拓也は、座らされている椅子の堅さに心地悪そうに身をよじった。
 顔を上げると前方3メーター先、二人の屈強な青年が直立しているのが見える。
 俺、どうしたんだ?あの時、あの時…
 あ〜っ!あの時… 畜生、いいところまでいったのに…
 で、俺は今どうなっている?
 手が動かない事に気が付いた。後ろ手に椅子の背もたれに、手錠で固定されている事が感触で分かった。
 「目が覚めたか?桐生拓也。」
 誰だ?どこかで聞いた声。
 目の前の二人の青年の間に据えられた古風なスピーカー。
 「じいさん、生きてたかい?」
 拓也は声の主に答えた。
 「ははは… そう簡単には死ねんな。」
 「嬉しいね。」
 「儂もだよ。」
 「招待されて早速だが、あのコはどうした?」
 「ああ、香織か。立派に任務を遂行したのだ。褒めてやろう、儂の優秀な工作員としてな。」
 「お前らの仲間だったのか?」
 「今頃気づいたか?」
 「そうか、だったらあのコは無事か…」
 「騙した相手を気遣っているのか、お前?」
 「古くさい手、使いやがって…」
 「その古くさい手に、まんまと引っかかるお前は何だ?」
 「俺か?俺は、桐生拓也。」
 「判っている、そんな事は。色仕掛けにこうもやすやすと… 意外だった。」
 「いいじゃねえか、俺は招待されたんだから… さて、何の用かい?じいさん。リターンマッチなら今がチャンスだぜ。」
 拓也は改めて部屋を見回した。薄暗い照明の他は、白い壁と出入り口のスチール製の頑丈な扉。後ろに人の気配は無し。
 足は自由だ。これなら手錠さえなんとかすれば、体の自由は取り戻せる。関節を外すのはあまりやりたくないが、この際仕方ないようだ。
 後は手錠を抜けて、前の二人に飛びかかるタイミング。
 「手荒な真似は許してくれ。お前は大事な人質だからな。まあ、のんびりしていてくれたらいい。」
 「人質?俺と何が引き替えだ?」
 「ある設計図。と、だけ言っておこう。」
 「設計図?親父が持っているのか?」
 「お前の祖父が、長年隠し持っていたものだ。」
 「無駄だぜ、やめとけ。親父が出す訳がないよ。」
 「そうかな?儂はお前に賭けてみたい…」
 「うまくいくかね?」
 「駄目で元々だ。首尾良く行かずとも、お前達の命を頂けばよい。」
 「やれやれ、結局そうくる訳だ。」
 「ふふふ… 同衾も知らずに世を去るのは残念だな。」
 「うるせえ!立ちもしねえジジイが。」
 「儂は現役だよ。」
 「嘘だろ。バイアグラ飲んだ日にゃ、てめえはソッコーあの世行きだ!」
 「何だと!言わせておけば…」
 「くたばるのは、てめえ一人で十分だ!」
 「貴様!後で吠え面かくな。」
 「てめえと遊んでるヒマねえんだよ。変態ジジイ!」
 「黙れ、ケツの青い餓鬼が!」
 「へーんだっ!おまえのかーちゃん、デ・ベ・ソ。」
 「見たのかっ!? 青鼻垂らした小僧がっ!」
 「知るかよ!うんこたれっ!」
 拓也は興奮しているかの如く、体を強く揺すっていた。脱出のタイミングを計るためのカモフラージュだった。
 低次元な口げんかに持ち込んだのはその為だ。
 今だ!手錠を抜けるチャンス。
 だが、僅かな希望は、スピーカから流れた声に絶たれた。
 「…小僧、無駄だ。その部屋の扉は、内から開かない設計になっている。残念だな。」
 見透かされていた。

 「武郷様、あまり興奮なされては…」
 大正時代の上品な調度品で統一された部屋だった。
 唯一不釣り合いなのは、壁に並んだ数多くのモニターだった。
 様々な場所を映し出している。
 武郷玄蔵は、部屋の戸口に佇む初老の執事に顔を向ける。
 「ああ、少し疲れた… しかし、楽しかったぞ。この世で唯一、儂とタメ口を張る小僧。そう、桐生恭介に連絡は取れたか?」
 「はい。」
 「充分に警戒をしておけ。あの桐生の事だ、いかなる手で来るか…」
 「御意。」
 並んだモニターの一つを、老人は嬉しそうに眺めていた。
 「桐生拓也。儂が孫に迎え入れたい程…」

 

次回、争奪編へ続く…