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こちら、桐生探偵事務所。外伝
COLTの女豹
夕暮れが、小高い丘にも迫って来ていた。
暗くなってしまっては、もう今日の仕事は出来ない。
…あと少しだ。
男は自分に言い聞かせる。
…この丘に間違いない。あとは長年培ってきた自分のカンだけが頼り。
周囲を畑に囲まれたこの丘は、実は古墳跡だったのだ。
小型の前方後円墳だ。
だが、これが古墳である事を知っているのは男だけだった。
不粋な奴らに掘り起こされては困る。
俺の仕事が終わってからなら、いくらでも教育委員会とやらにくれてやる。
それまでは…
男の後ろで鼻を鳴らす音がした。
「レオ、もう少しの辛抱だ。見つかった暁には特上ステーキ、ご馳走してやるからな。」
男の後ろでしゃがみ込んでいる小さな影は、まだ若い柴犬だった。
毛並みも艶も良く、元気な尻尾が誇らしげにくるんと巻かれていた。
純真無垢な黒い瞳が男の作業を見つめている。
犬の散歩こそ、最高のカモフラージュだ。仮に妙な場所に入っても怪しまれる事は無いし、言い訳も立つ。
男は今、詳細な等高線で構成された地図と磁石を片手に、ここ数百年、手入れがまるでされていない雑草が伸び放題の荒れ地の地面を眺めていた。
雑草が更に生い茂る夏場は無理だ。幸い雪の少ない地方なので、この冬の時期が最も調査には適している。
男はある一点を見つめる。
その先には、子供がしゃがみ込んだ程の大きさの岩があった。
男は岩に肩と両手を添えて、渾身の力を込める。
…動くか? 地面に埋まっている部分は無いようだ。
岩はゆっくりと倒れる。
悠久の年月、岩が座っていた地面が剥き出しになった。長岡は犬の糞を拾うという名目である小さなスコップで掘り起こし始めた。
男の名は長岡と云った。
普段は地元の大学で教鞭を持つ。専攻は歴史学。
しかし、今彼の行っている地面を掘り起こす作業こそ、本当の彼の生涯を賭けた仕事だったのだ。
掘り進んだスコップの先に手応えがあった。石ではないことを長岡の経験が訴えている。
遂に見つけた。
数百年前、この地方で栄華を極めた竹下氏の埋蔵金。
「長岡教授。だね?」
声をかけられた。陽もすっかり暮れて暗くなった一本道。
嫌な予感がしていた。
大きな黒いワゴン車と、二台のバイクを停めて道端でたむろするチンピラ集団。
「そうだが…」
長岡は静かに答えた。
「ちょっと話があるんだ。あんたが探してるモノの事だけど…」
「何の事だ?」
長岡は勤めて冷静にしらを切った。相手は四人、まともにやり合っても勝ち目は無い。どう逃げるか?
「しらばっくれても無駄だぜ。知ってるんだよ。」
リーダー格らしい男が言った。年齢は三十歳あたりだろう、胸の『剣咲会』のバッジが薄闇の中で光った。
ぐぅぅぅぅぅぅ…
長岡がレオと呼んでいる愛犬が、精一杯の威嚇を込めて唸っていた。
直感的な嫌悪感。人を見る目は十分に肥えている小さな柴犬だ。
「俺らは手荒な真似はしたくねえ。悪い話じゃないと思うんだけどなぁ。」
「あんたらの言っている意味が解らないよ。」
長岡は涼しい顔で言い放った。このような事態は、過去において幾度も経験済みだ。特に利権が絡む一攫千金稼業、トラブルは常に付きまとうものだ。
「痛い目に遭いたいんだなぁ…」
若いチンピラの一人が、右手から一条の光りを閃かした。いわゆるドスと呼ばれる、伝統的な短刀。相手の腹を突いたところで、下手に捻ると折れそうな量産品だ。
「へぇ、脅迫かい?だったら出るところに出て話をつけようか?」
「長岡さん… あんただって表沙汰は困るんじゃないかねぇ?」
「だから、何の事だ?」
「いい加減にしねえかぁ!」
バッジの男が長岡の胸ぐらを掴む。
反射的に長岡は男の右手を両手で掴み、間接逆方向に捻り上げた。
「いてててて…」
男の悲鳴をよそに、長岡は男の懐に体を入れる。捻り上げた手を更に掲げ一気に身を縮めた。
男の体が、面白いほど簡単に空中で一回転をした。
地面に叩きつけられた男は、一瞬自分の身に何が起こったのか理解出来ていない。
「てめえっ!」
殺気立ったチンピラ達に、長岡は正面から構える。
長岡は大学で合気道部の顧問を受け持っている。学生時代には大会優勝の経験がある程の自慢の腕前だった。
「畜生…」
長岡に投げ飛ばされた男が起き上がった。苦悶と屈辱に顔を歪めている。
若いチンピラ達が心配そうに駆け寄って来た。
「金道さん… 大丈夫っスか?」
「タダじゃおかねえ…」
金道と呼ばれた男は、脇に差し入れた手をゆっくりと抜いた。
その手にはコルト・ガヴァメントM1911A1をベースにした大型拳銃、スペイン製のラーマ・モデルIX-A.45が握られていた。
…拳銃?玩具ではなさそうだ。どうする?…
長岡の中で一瞬、躊躇がよぎる。強引に懐に飛び込むか?このまま逃げるか?
ナイフや短刀程度の相手なら十分に倒す自信があった。だが、拳銃が相手では…
.45口径の死の穴が、真っ直ぐに長岡を睨んでいる。
…どうする?…
銃声が響いた。
反射的に身を縮めた長岡だったが、火を噴いたのは目の前の.45口径でない事が相手の動揺で判った。
空冷Vツインのアイドリング音が流れてくる。
道の向こうに赤いバイクに跨った影。
黒いフルフェイスのライダーは両手に構えたリボルバー、2.5インチ銃身のコルト・パイソン・マット・ステンレスを、革製ボマージャケットの中の脇のホルスターに納めた。
ライダーはハンドルを握り、アクセルを吹かす。904cc、4サイクル空冷90度V型2気筒のエンジンの咆吼は、静かな夜の田園風景に響く野獣の雄叫。
チンピラ達との間に割って入るように、ドカティ900SSが長岡の前に現れた。跨っているライダーは、華奢な体つきとフルフェイスから流れる長い髪。
「乗って。」
フィルムが貼られたヘルメットのシールドで遮断された顔を向けて、ライダーが短く言った。
鈴を転がす様な声だった。
長岡に迷っている暇は無かった。犬を小脇に抱えライダーの後ろに跨る。
「しっかり掴まっててよ。」
ライダーが言うが早いか、マシンの加速が始まった。
タンデムステップを踏ん張り、犬を抱えていない方の右手だけでライダーの革ジャケットを掴んで加速に耐える。
フルフェイスからなびく髪が、長岡の鼻孔をくすぐる。
いい香りがした。
「長岡さん!長岡一義さんね?」
フルフェイス越しに声をかけられた。
「そうだけど!君は?」
「香織。望月香織!」
「どうして俺をっ!?」
「詳しい話はあとでっ!」
背後から爆音が接近して来る。奴らが追って来た。
二台分のヘッドライトの明かりに、ドカティに乗った二人が捉えられる。
ワゴン車では追いつかないと踏んだか、二台のバイクが追跡に回っていたのだ。
左コーナー。アクセルと抜重、ブレーキリリースでタイミングを取る。
高い重心はリーンさせやすいが、不安定な上に、現在マシンに乗っているのは一人ではない。
出口が見えた。アクセルオン。トルクを頼りにコーナー脱出。
後方の二台は、香織のドカティにきっちりと付いてくる。
「一人だったら振り切れるんだけどな…」
香織の呟きをよそに、二台のバイクは左右に並んで来た。
ビッグシングル特有の排気音と共に、左に接近してきたバイク。
獲物を追いつめた優越感に浸っているのか、若いチンピラのノーヘルの下品な顔が妙ににやついている。
左右に挟んで誘導するつもりか?香織がバイク操縦の為に銃が使えない事も承知の上だ。既に横の距離は30センチと離れていない。
「ごめんね…」
香織は小さく言うと、マシンのペダルに乗せた左足を上げた。
すっと伸ばした左足の踵が次の瞬間、左に並んだライダーの右足のつま先を勢いよく踏みつけたのだ。
ブレーキペダルにかかった足を踏みつけた為に、相手のマシンの後輪がフルロック。
金属の滑る音と火花を散らして、左のバイクは視界から消えた。
その時、長岡は妙案を思いついた。
「じっとしてろよ。」
愛犬にそう言うと左手で犬を抱え込む様に抱き、香織の革ジャンバー背中の右端へと持ち替えた。
自由になった右手で、腰に引っ掛けていたスコップを抜く。
タイミングを計り、右で併走しているバイクの前輪に目がけてスコップを放り込んだ。
前輪のスポークとフロントフォークがスコップを噛む。
がっ!ががぁん!
轟音と共に二台目も視界から消えた。
周囲を山に囲まれた平野は星の瞬きを妨害する工場の光などは無く、冬の空のパノラマは無限の広がりを見せていた。
長岡は河の土手で腰を降ろし、隣に座った少女の手元を見ていた。
手にしたリボルバーはステンレス製であるが、目立たないように光沢を押さえたマット仕上げ。短い銃身と、その上に取り付けられたベンチレーテッド・リブが美しく印象的な銃だった。
少女の細い指は、スイングアウトしたシリンダーからエンプティケースを抜き出し、新しい弾を込めていた。
かちん!
勢いよくシリンダーを元の状態に戻すと、少女は脇のホルスターに仕舞う。
少女が銃を仕舞った瞬間、不思議な緊張が解けた。長岡は香織と云う少女に話しかける。
「君、まだ高校生だろ?」
「そうよ。驚いた?」
「うん。凄い美人だったんで…」
「褒めても何も出ないよ。」
「君も狙ってるんだろう?」
「そんなところね。」
今まで嬉しそうに河川敷を走り回っていた犬が、突然こちらに向けて駆け寄ってきた。
「レオ!おいで。」
「レオって云うの?かぁわいいっ!」
香織は近寄って来た犬の首を撫でる。
「現在の俺の家族であり、相棒さ。こいつがいるから仕事もはかどるし…」
「寂しくない?」
「そうだな…」
香織の掌を柔らかく暖かい舌が這い回る。
「くすぐったいよぉ、レオ。ふーん… レオって名前、いいな。雄大で、強そうで…」
「フルネームは『レオパルト2A5・ナガオカ』と云うんだ。制式名称さ。」
「あら、素敵な名前。」
脂の多い硬い毛皮から、生き物の温もりが手に伝わって来た。
無邪気で純真な目は香織の目を真っ直ぐに見つめている。
香織は目線を逸らせてしまった。
恥ずかしかった。心の奥底を見透かされているようで… 何かを訴えかけて来ているようで…
「長岡さん。」
「何だい?」
「どうしてトレジャーハンターを始めたの?成功率なんて少ないでしょう。」
「古墳に埋もれた巨額の財宝、海底に眠る金塊を積んだ難破船… 魅力だったよ。子供の頃からの憧れだった。そんな関係の本ばかり読んで想像に胸を膨らませていたんだ。ほら、長い洞窟の奥に宝箱があってさ、こじ開けると眩い光の中から古代王朝の絢爛たる装飾品が… なんてお伽話。」
「現実は地味な発掘作業だったり?」
「うん。古い文献を集めて編纂する中で符合する部分をピックアップして行って… 気の遠くなるような作業の連続さ。だけどね、今は違うんだ。知りたい、突き詰めたい… やっぱり、男のロマンかな?」
「ぷっ… あははははははは!」
「可笑しいかい?」
「ごめんなさい… ぷぷぷ…」
「笑われても仕方ないか。今どき、こんな事言うヤツなんてさ…」
「…ごめんなさい。違うの… 嬉しかったの。」
「嬉しい?」
「そんなこと言い切っちゃう人がいた事。」
「そうかなぁ?」
「何だか長岡さんって、アイツに似てる。」
「あいつ?」
「あ、ごめん。私の知ってるヤツよ。アイツはバカだけど…」
「彼氏かい?」
「ジョーダン!」
「君こそ何をしてるんだい?物騒なモノ持ってたりしてるけど…」
「そうね… 女のロマン。」
「お互い様じゃない。」
「はは… そうね。」
「で… その、女のロマンとかを聞かせて貰おうか?」
「五・五でどう?身の安全は私が保証する。」
「そいつはあんまりだ。」
「あいつらにスマキにされてもいいの?」
「分かった、七・三だ。」
「四・六、譲れないわよ。」
「参ったなぁ、こんな可愛い恐喝者にかかったら…」
「ビジネスよ。」
「オッケー。交渉成立。」
「まだ手は付けてないんでしょ?」
「今日は在処を突き止めただけ。明日からレオの散歩を装って少しずつ持ち帰るんだ。だけど、あいつら剣咲会の息がかかってるんだぜ。君一人で一体どうするんだ?」
「いざとなったら、事務所に巡航ミサイルをブチ込んでやるわ。」
「えっ?」
「いや、ははは… 何でもない。まっかせなさぁいっ!」
今日も長岡は犬の散歩に付き合っていた。
いや、犬に付き合ってもらっていたのだ。やっと探し出した埋蔵金。厳重に埋められていたが、千両箱の腐食はかなり進んでいた。
だが中身の小判は本物。一日に十枚ばかり持ち帰っては台所の流しで洗い流せば、黄金の輝きが数百年の時を経て蘇ってくる。
そして夜はまた、次の目標の下調べを始める。
既に掘り起こされていたお宝を何年も探し続けていた事もあった。そんな悔しさも、また新たな発見で吹き飛んでしまう。
宝物の金額的価値ではなく、長岡の中ではそんな突き止めることへの快感が、何にも代え難い悦楽となっていたのだ。
全てを賭けた価値観。
長岡は目標の小岩に向かう。
雑草と木々が生い茂る中、多数の岩が地面から突き出たこの近辺ではよくある丘の一つだ。
歴史の中に隠された財宝は、まだまだ多く存在する。
長岡が探し出したこの場所の他にも、この近辺では竹下氏の埋蔵金は数多く点在しているのだ。
「これからだ…」
長岡は自分に言い聞かせる。
…俺の手で、未だ見ぬ謎を掘り起こしてみせる…
小高い丘に銃声が響いた。
長岡は咄嗟に大きな岩の影に身をひそめた。
レオが足下で心配そうに鼻を鳴らしていた。
「大丈夫だ。」
小さく言い放ち、長岡は人差し指を唇の前に立てる。
「長岡センセ!ここだったんだねぇ?いるのは判ってるぜ。大人しく出てきなよ!」
張り上げている声は、あの金道とか言う男の声だ。
場所を突き止められた。尾行られていたのだ。
いきなり銃を発砲、しかも姿を現さないのは、あの少女を警戒している為に他ならない。
…どうする?
この付近の山は既にイノシシ猟の解禁となっていた。銃声に関しては怪しまれる事が無い。それを奴らは承知の上だったのだ。
犬が突然走り出した。
「レオ!危ない!出ちゃダメだ!」
長岡の注意を尻目に草むらに愛犬は姿を消した。
銃声が数発響いた。
「レオ…」
愛犬の安否を気遣う長岡は見た。次の瞬間、轟いた数発の銃声は、奴らの一人が隠れた頭上の辺りの木の幹をへし折ってしまったのだ。
三人いると思われる相手は、慌てて後退を始める。
草むらが動いた。
「お待たせ。」
冬の草むらから現れた可憐な黒い花。
「君… レオ!」
その美少女の胸には、長岡の愛犬が抱かれていた。
「あたしの事、覚えててくれたんだね。あはは…くすぐったいよ。」
長岡の隠れた岩に少女は身を寄せて来た。右手に白いパイソン、左手に抱かれた柴犬は少女の顎をなめ回していた。
「レオ、無事でよかったよ。さて、どうしたものかな?」
嘆息まじりで長岡が言った。
「んんっと… 遅いわねー」
「?」
静まり返った丘に、更に数人の足音が聞こえて来た。
「金道ィーっ!いるか、金道っ!」
「あ、組長…」
「てめえ!勝手な事しやがって!どういう了見だぁ?!」
「いえ、ちょっと… 組の財政赤字を…」
「聞いてねえぞ!それにもう、ナシは付いてるんだ!おじょーちゃーん!出てきなさい。もう安心だよー!」
長岡は少女の顔を見る。
「やっと来てくれたわ。話の判るおじさんで良かったよ。」
「どうしたんだ?」
「ちょっと組織の名前を出して脅かしただけよ。小切手も添えてね。」
「君のバックは一体…?」
「行きましょ。」
「…ああ。」
少女に続いて、長岡は立ち上がる。
目線の先に数人の男を従えた白髪頭の恰幅の良い男が、こちらに向けて元気良く手を挙げている。
少女も笑って手を振っていた。
「金道っ!指詰めるだけじゃ承知しねえからな!覚悟しろ!」
白髪の男の豪快な声が丘に響き渡った。
今日も長岡は、目印の岩を押して倒した。
丁寧に被せられた土を退けてゆく。
あの一件から二日目、長岡の作業は順調にはかどっていた。
「レオ。待ってなよ。」
後ろでしゃがみ込んでいる相棒に声をかける。
純真無垢な黒い瞳が長岡の作業を見つめていた。
現れた千両箱は全部で四つある筈だった…
一つが消えていた。
「あの娘… まけてくれたのかなぁ?」
長岡は呟き、スコップの先で箱をこじ開ける。
現在搬送中の箱を開けると、昨日より格段に中身が減っていた。
正確に四割の埋蔵金が消えていた。
長岡はふと、あの香織と云う少女が言った言葉を思い出していた。
「女のロマン、か…」
END
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