こちら、桐生探偵事務所。外伝

ドリーム・アルファ壊滅作戦

 Chapter 4

 

 「どうした?大和。帰っていたのか?」
 「あ、叔父さん。久しぶりぃ。」
 「お前が電話をしてくる時は、必ず何かトラブっている時だからな。」
 「あはは、ご名答。あのさ、相談なんだけど。」
 「聞くだけなら聞いてやるよ。」
 「そう言わずにさ。警視庁に恩を売るチャンスだぜ。」
 「また派手な事に首を突っ込んだな。」
 「“ドリーム・アルファ”って聞いたことある?」
 「モノは見たことは無いが、欧米で噂だけならな。新種の幻覚剤だろ?」
 「そいつが日本で開発されているとしたら?」
 「…ほう… 聞き捨てならないな。」
 「詳しい事は暗号メールで送るよ。ドイツ語の暗号コードGU-7で。」
 「分かった、俺も丁度暇だったしな。少し遊んでやるか。」
 「頼りにしてるよ、叔父さん。」
 受話器を置いた大和の顔に、不敵な笑いが広がっていた。
 続けて益田製薬の医薬第5研究所の番号を押し始めた。
 数度コールした後、事務的な女の声が受話器に現れた。
 「お待たせしました。益田製薬医薬第5研究所です。」
 「玉井所長はいらっしゃいますか?」
 「どちら様でしょう?ご用件は?」
 「僕は桐生という者ですが、新開発された薬の体内動態と毒性について少々お話を伺いたいと思いまして、連絡させて頂いた次第です。」
 「少々お待ち下さい。」
 事務の女の声が、安っぽく耳障りなだけの保留音楽へと切り替わる。

 西條は静かに研究棟の壁に近寄った。
 警備は意外と手薄だ。まさか白昼堂々と忍び込む者がいるとは、思いもよらない事だろう。どこか遊び人風のヤクザっぽい顔は、緊迫した場面で余裕すら見せている。西條の踏んだ場数の多さを物語っていた。
 西條に二人の男が続く。充分に訓練された動きだった。
 西條の任務を手伝う為に、警視庁から派遣された工作員だ。西條同様、迷彩服に身を包んでいる。
 西條は着ている服と同じ迷彩色の肩から下げた雑嚢のホックを開き、右手を差し込んだ。
 雑嚢の内部で、無骨な金属の塊を固定したベルトのマジックテープを外す。西條の右手に握られて雑嚢から姿を現したものは、マイクロ・ウージー・サブマシンガン。イスラエルのウジエル・ガルによって設計され、イスラエルの陸戦兵器メーカーIMI(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ)で製造されているウージー・サブマシンガンを極限まで小型化した、携帯性重視のサブマシンガンだ。
 セミ・オートマチックの射撃に限定して設計されたウージー・ピストルと同じ外観であるが、唯一の違いは後部に付いた金属製の折り畳み式ショルダー・ストックだ。このショルダー・ストックを折り畳んでしまうと、大型の自動拳銃と変わらない大きさになり、更に接近戦で強力な火力を発揮する為、特殊部隊などでは絶好の武器となり得る。
 だがこの小型化により、ボルトの後退距離が短くなった為に、フル・オートマチックでの射撃時の発射速度が圧倒的に速くなり、連射時のコントロールが難しくなった事は否めない。
 西條は折り畳まれたストックを掴み、少し下方向に押さえた。銃後部に付いたストックの付け根のロックが外れ、右側に折り込まれたストックが開く。開ききった所でストックは再びロックされる。
 雑嚢の中から9ミリ・パラベラム弾が32発詰まったマガジンを取り出した。グリップ下に開いたマガジン・ポートに叩き込む。
 かちんと音を立てて、グリップ下のマガジン・キャッチがマガジンを噛む。
 銃上部のコッキングレバーを引く。排莢口から見えるボルトが、オープンの状態で止まった。このウージーはオープン・ボルト方式であるが、近年では命中精度を向上させるために、クローズド・ボルトで射撃が可能な製品も供給されている。
 「さて、と。行くぜ。」
 西條は自分に言い聞かすように呟くと、そっと壁伝いに歩き始めた。二人の男も西條に続く。
 研究施設の構造は既に頭に叩き込んでいた。目標の進入路は目の前だ。

 きれいに剪定された植え込みが並ぶ駐車場に、一台のオープンカーが停まった。
 オペル・スピードスターだ。年産3000台のうちの1/3、イギリス仕様のヴォクルホースVX220。当然、右ハンドルだ。その徹底的に軽量化されたボディは、あのロータス・エリーゼの設計思想がふんだんに盛り込まれている。
 今、アルミの地肌むき出しのコクピットから降り立ったスラリとした長身は、桐生大和のものであった。
 周囲の雰囲気さえ変えてしまいそうな程の優雅な足取りで、益田製薬医薬第5研究所の正面受付に向かう。
 ガラスの自動ドアをくぐり、正面に座っている受付嬢に軽く笑いかけて近づく。
 若い受付嬢は引力に吸い寄せられるように、正面から接近して来る端正な美貌に見入っていた。
 「あの、先程アポの電話をした桐生と言う者です。」
 「え… あ… 失礼しました。伺っています…」
 顔を赤らめた受付嬢は、既にいつもの事務的な冷静さを失っていた。
 「所長室はどこ?」
 「えっと… この先の… あ!ご、ご案内しますっ!」
 がたんと立ち上がった勢いで椅子を倒してしまった受付嬢は、慌てて椅子を元の位置に戻す。
 「大丈夫ですか?教えて下されば一人で行けますよ。」
 そっと微笑んで優しく言う大和に、受付嬢は案内カウンターから飛び出して大和の横に並んだ。
 「い、いえ… 私の仕事ですから。」
 「そう?じゃ、宜しくね。」
 「はい!」
 廊下を歩きエレベーターに乗った。受付嬢は三階のボタンを押す。
 「桐生様はどの様なご用件で?」
 「僕はパリでサイクロトロンの研究をしている。学会での用があって日本に帰っているんだけど、新開発の抗ガン剤の噂を聞いてね。それでちょっと後学のためにお話を伺おうと思って。」
 「…そうでしたか、ごゆっくりどうぞ。」
 大和の話をまるで聞いていない。受付嬢はただ憑かれたように、大和の顔を見入っているだけだ。
 エレベーターを降り廊下を歩く。研究棟から隔離された静かな建物だった。
 「こちらです。」
 受付嬢の指す先に、“所長室”とプレートの張られた重厚なドアがあった。
 「失礼します。桐生様をお連れしました。」
 受付嬢はドアをノックしてノブを廻した。
 「どうぞ。」
 「ありがとう。」
 爽やかな笑顔で礼を言い、ドアの中に消えて行く大和の後ろ姿を目で追っていた受付嬢は、ふと我に帰ったようにきびすを返し、鼻歌まじりで廊下をスキップしそうな勢いで走り去って行った。

 広い研究棟だった。温室特有のむっとした湿った空気に包み込まれる。
 警備にあたっていた男が二人、ガムテープで縛り上げられるのを西條は冷ややかな視線で見つめていた。
 中央のガラス張りの栽培室の中に息づく無数のキノコ。それは“ドリーム・アルファ”と名付けるには毒々しくも忌まわしい狂気の産物だった。
 こいつのお陰で、一体何人の人間が廃人になるのか?人生を失うのか?
 「西條さん、これを。」
 警視庁から派遣された男の一人が持ってきたものは、一個のポリタンクだった。中身は言わずもがな想像がつく。
 「へへ。おあつらえ向きのいいモノがあったな。どれ、派手にやろうぜ。」
 西條のマイクロ・ウージーが火を噴いた。一分間に1400発の発射速度を誇るマイクロ・ウージーの発射音は、まさにダーーーーーッ!と連続して耳に響く。
 栽培室のガラスが次々と音を立てて崩れてゆく。
 ポリタンクの中身が栽培室にぶちまけられる。ガソリン特有の揮発性の匂いが西條の鼻を突いた。
 「何をしているんだ?!」
  慌てふためいた声が響いた。初老の男が西條に駆け寄って来る。
 「お、お前達は誰だ?! 何の権利があってこのような事を!」
 「玉井満之博士だね?」
 胸ぐらを掴みそうな勢いで西條に迫る男に静かに言った。
 「そうだ!お前は誰だ?」
 「俺か?そうだな、俺は正義の味方さ。悪い薬で儲けようとたくらんでいるヤツをやっつけに来たんだ。」
 「何だと!」
 玉井満之の顔が怒りで赤くなる。禿げ上がったすだれ頭も、同じように赤く染まって来た。
 「ついでにもう一人、正義の味方気取りのキザ野郎が来てると思うのだが、会わなかったかい?」
 そう言うと西條は、胸ポケットからタバコを一本取り出した。
 ジッポ・ライターでタバコの先端に火を付けると、フタを締めずにそのまま手首のスナップを利かせて栽培室に放り込んだ。
 ぼん!と音を立て、一気に灼熱の炎が栽培室の中身を舐めて行った。
 「わあぁぁぁぁ!何て事を!」
 玉井満之は頭を抱えて蹲った。
 突然立ち上がり、再び西條に食ってかかる。
 「火を消せ!今すぐ消すんだ!私の研究が!」
 西條は玉井の胸ぐらを掴んだ。横ぐわえにしたタバコが喋ると同時にぴょんぴょんと跳ねる。
 「勘違いするなよ、これのどこがてめえの研究だ?他人のふんどしで相撲を取っているだけだろうが。」
 玉井の額にマイクロ・ウージーの銃口が当てられた。
 燃えさかる炎の明かりで赤く照らされた西條の顔に、皮肉な笑みが浮かんだ。
 「おしまいだよ、あんた。しばらく臭いメシでも食うんだな。それともここで、そのクサレた脳みそをぶちまけて死ぬかい?」
 「あ…」
 玉井の顔は失意の中で、急速に力を失っていった。

 「初めまして。電話でお話しした桐生大和と言います。」
 「そう、君が桐生君。初めまして。」
 所長室の応接間に現れた玉井徳芳は、20代中頃の巨漢だった。巨漢と言うよりは脂肪の塊のデブだ。親の溺愛によるエサの与え過ぎが原因だろう。分厚いメガネの底から、爬虫類を思わせるようなどんよりと濁った瞳が動いていた。
 「パリに留学?若いのに大したものだ。」
 「何かと苦労が多いものです。」
 「そうだろうか?君からはそんな感じは見受けられないけど。」
 大和を年下と見たか、言葉とは裏腹にどこか人を食った物の言い方だった。
 「サイクロトロンの研究をしているのだね?何か進展はあったのかい?」
 完全に人を見下した言い方だった。この玉井徳芳という青年は、常にそういった環境の中で育てられて来たのだろう。
 「ええ。ガンの画期的な治療法として注目されています。ときにこちらでは、新種の薬を開発中と聞いたのですが…」
 「はて、どの話しかな?」
 「“夢”が見れるそうですね。そいつを使うと。」
 「何の事かな?」
 メガネが顔に埋まる程の肥満顔が太々しい笑みを浮かべた。
 「単刀直入に聞こう。みおをどこにやった?」
 「何?…」
 「聞こえなかったのかい?」
 「大下澪か… 今、行方不明なんだ。うちも困っている。」
 「ふーん、そうかい。一ついいことを教えてやろう。あんたにゃ耳より情報だぜ。」
 「何だ?!」
 態度が豹変した大和に怒りを覚えたか、玉井徳芳の白い顔が赤く変わり始めた。
 「俺は昨日の晩、彼女を頂いた。」
 「何ィ!」
 がたんとソファから立ち上がった玉井徳芳は、テーブル越しに大和に詰め寄る。
 「何だと… 貴様…」
 大和の胸ぐらをソーセージのような指が掴む。
 「そうカッカしなさんなって。俺にとっては軽い遊びさ。彼女言ってたぜ、てめえのようなブタは嫌いだとよ。」
 玉井の右手が大きくスイングされた。大和の顔に向けて振り下ろされる。
 ばきっ!
 鼻の軟骨の折れる音に続いて、人体が床に崩れ落ちる音が応接室に響いた。
 「あああ…」
 鼻血が吹き出す顔を押さえて、床に尻餅をついた玉井徳芳はぶざまな悲鳴を上げていた。玉井の拳より数段速く、大和の拳が玉井の顔面に炸裂していたのだ。
 ごつっ!
 駆け寄った大和のつま先が玉井の顎に命中する。玉井はそのまま仰向けに倒れ込んだ。
 応接室を仕切っていたカーテンが突如開く。そこには二人の男が、抱えた銃の銃口を大和に向けていた。
 カーテンが開くより早く大和の右手が左脇から現れる。
 その手には機能をコンパクトにまとめられた、ステンレス製の自動拳銃が握られている。
 スミス&ウエッソン・M659。洗練された都会的ハンサムとも言える美しいそのスタイルは、凶暴な破壊力を秘めた9ミリの銃口で玉井の顔を睨み付けていた。
 調整可能なアジャスタブル・サイトは、正確に玉井の額を捉えている。
 「余計な事はやめとけよ。坊ちゃんの頭に風穴が空くぜ。」
 「やめてくれ… 頼む。」
 玉井徳芳の哀願が小さく響く。男達は銃を構えたまま躊躇してした。
 「M16!マガジンを抜け!レミントン!シェルを全部出せ!」
 大和の言葉に従う事を選んだM16A2を構えた男は、20連マガジンを銃本体から抜き足下に放る。レミントンM31ライアット・ショットガンを持つ男は、前方のフォワード・グリップを連続して引き、マガジンチューブに詰まった12ゲージのショットシェルを次々と排莢してゆく。
 「もう一度聞く。みおをどこへやった?」
 銃声が応接室に響いた。ダブルアクション機構を持つ大和のS&W・M659は、ハンマーが起こされて無くともトリガーを引き抜けばハンマーがコックされ、即射撃が可能だ。
 9ミリ弾頭は玉井の左頬10センチ隣に着弾した。
 「本気だぜ。」
 玉井徳芳は既に顔面蒼白となっていた。
 「し、知らない… ほんとうだ…」
 「隠すとタメにならんぜ。変態野郎。」
 玉井のズボンの股間にじっとりとシミが広がってきた。恐怖のあまり失禁していたのだ。
 「どうせそいつは、てめーじゃ役に立たねえだろ?」
 大和はM659の照準を玉井の股間に向ける。
 「やめてくれ!」
 玉井の哀願が空しく響く。
 「オッケー!そこまでだ。銃を仕舞え、大和。」
 不意にかけられた声に振り向く。
 「西條さん…」
 そこには迷彩服に身を包んだ西條と、同じ迷彩服を着た二人の男が、先程までM16とライアットを抱えていた男二人を壁に手を付かせて油断無く監視していた。
 「来ると思ったけど、ここまで派手にやるとはな。」
 「西條さん、みおは?」
 「どこにもいない。こいつらも本当に知らないようだ。」
 「何だって?」

 のぞみの指定席の番号を探し当てた澪は、その席に座るとほっと溜息をついた。
 まだ尾行されているかも知れない。そんな不安を残したまま、指定席に身を沈める。
 ともかく出来るだけ遠くへ逃げたかった。嫌な思い出を振り切りたかった。
 “捕まったら、連れ戻されるだろうか?”
 言い知れぬ不安と同時に、ふと昨日始めて会ったばかりの少年の顔が澪の脳裏をかすめる。
 「やまと…」
 不思議だった。今まで出会った男達の、どのタイプにも適合する要素が無い少年だった。
 ルックスのいい男ならいくらでもいる。女を口説くのが上手い男なら掃いて捨てるほどいる。だが、あの少年は決定的に違った。
 女を目の前にした雄特有の、ギラギラした欲望が感じられないのだ。
 彼にあるのは優雅と言える紳士的な態度と、本心から来る誠意と優しさ。ふと見せるどこか寂しそうな翳り。そして、凶暴な暴力衝動。
 いつしか澪の顔から硬い表情を作っていた不安が消え、楽しかった回想を反芻する一人の少女の顔に戻っていた。
 アナウンスが流れ、のぞみの車体は滑り出す様にゆっくりと動き始めた。
 「失礼しますよ。」
 隣の席に座ってきた中年の男が一人。澪の隣の指定席を取った者だろう。
 上品な身なり。そしてその洗練された紳士的な物腰は、どこか大和に似ていた。
 「大下澪さん、だね?」
 その男の急な発言に、澪はびくりと肩を強ばらせる。
 「大丈夫、心配しないで。俺の名は桐生恭介。一応、興信所をやっている者だ。」
 「やまとの?」
 「そう。叔父キさ。あいつに頼まれてね。」
 「あたしを連れ戻しに来たのですか?」
 「君の身柄を安全にする為さ。君は尾けられている。斜め後ろの新聞を広げている男。それから、五つ前の席の茶色のスーツを着た女性。あ、振り向かないで…」
 「どうすればいいの?」
 「次で一緒に降りる。後は俺に任せていてくれればいい。どうしてホテルを抜け出したんだい?」
 「やまとを巻き込みたくなかったの。」
 「あの女たらしは、そんなことでは諦めないよ。」
 「やまとは… やまとは、女たらしなんかじゃない。」
 きっと睨んだ澪の顔を見て、恭介はふっと嬉しそうに笑う。
 「ごめんなさい… とても怖い事を考えている奴らがいるの。だから…」
 「その話は聞いている、“ドリーム・アルファ”だね? 君は研究を強制的に手伝わされていた。お父さんが亡くなった後で…」
 「父は決してこれを公表してはいけないと言っていました。もし作られたなら、たくさんの人が不幸になると…」
 「もういい。今頃はきっと、その研究も資料も燃やし尽くされていることだろう。あいつが大人しくしている訳がない。」
 「やまとが…?」
 「警視庁も動いているという話だ。お父さんのせっかくの研究は水泡に帰すことになるけど。」
 「いいのです。そのほうが父も喜びます。」
 「“夢”とは所詮、夢のままでいいんだと思うよ。次で降りた後、しっかり俺に付いて来てくれ。奴らを撒くからね。」
 「はい。」

 
 駅前正面、人々が行き交う雑踏の中、恭介のBMW740iが停まった。
 後部座席のドアが開き、大和のすらりとした長身が現れた。
 優雅な足取りで車体を回り込み、反対側のドアを開く。
 開かれたドアから大下澪が姿を現した。
 「おじさん、何から何まで本当にありがとうございました。」
 開いたドアに首を突っ込み挨拶をする澪に、運転席の恭介は首だけを後ろに向け優しく微笑んだ。
 「元気でね。また何か困ったことがあれば、桐生探偵事務所に連絡してくれるといい。」
 「はい。」
 大和はドアを静かに閉じる。
 澪は向かい合った大和の瞳を真っ直ぐに見据えていた。
 昨日までの事が夢のような、そんな安らぎを澪は感じていた。
 もう、この少年と会うこともないだろう。別れの瞬間の筈だが寂しさは無かった。
 むしろこの少年と出会えたことは、澪にとって最高の夢だったのかも知れない。
 「行こうか、みお。改札まで送るよ。」
 「ここでいい… ありがとう、やまと。」
 「うん。じゃぁな、みお。」
 大和は人混みの中に消えて行く澪の背中を、見えなくなるまで見守っていた。
 ふと、自嘲したような笑いを見せる。
 スマートな身のこなしできびすを返すと、恭介のBMWの助手席のドアに手をかけた。

 倫子に似ていた。
 ただ、それだけだったのだ。

 
 

END