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こちら、桐生探偵事務所。外伝
ドリーム・アルファ壊滅作戦
Chapter 3
澪は薄暗い路地裏でひとしきり泣いた。
しゃがみ込んで顔を両手で覆い、肩を震わせて泣いていた。
泣いた後、静かに立ち上がる。ポケットからハンカチを出し、涙を拭う。
「一体、何が?」
大和の質問に、ハンカチで目を隠した顔で振り向く。口元に作った笑いが浮かんでいた。
「何でもない… ちょっと疲れただけ。」
「そうか… 行こう。」
大和にとって、それが澪に送る最大限の言葉だった。
「あはは… 化粧、落ちちゃったよ。」
「コンビニで買えばいい。大丈夫、夜だから誰も見ちゃいないよ。」
「そうかぁ…」
「それよりどうする?帰るのか?そんな訳ないよな。どうも追われているみたいだし。」
「母の実家に帰る。おばあちゃんが待ってるから。」
「遠いのか?」
「ええ…」
「今からじゃJRも動いてないよ。」
「そうね。どこかで明かして明日にするわ。」
大和は澪の顔を覗き込む。尋常でない相手追われている筈なのに、呑気な事を言う少女は気丈に、そして健気に笑っていた。
「力になるよ。僕には頼りになる叔父がいる。」
「ありがとう。でも、巻き込む訳にはいかないの。きっと警察もダメだわ。」
「話してみないか?」
「あなたを巻き込みたくない。 …ごめん… これ以上は…」
「行こう… 今夜泊まるところを探さないとな。」
「うん。」
大和と澪は路地から出て歩き始めた。
大和は周囲に気配を探るが、追跡されている気配は無かった。
「車へは戻らないの?」
「自殺行為だよ。キーを回したとたんにドカンは嫌だろ?奴らが細工していない筈がない。」
「そうなの?なんだかスパイ映画みたい。」
「映画だったらいいけどな…」
何とか空き部屋の残ったビジネスホテルを見つけた。
前払いの宿賃を大和は現金で精算し、左手で偽名のサインをした。
フロント横のエレベーターの前。渡された部屋のキィを澪に渡す。
「206号室、送って行くよ。」
「ありがとう、ここで大丈夫。」
「そうか。じゃ、気を付けて。」
「うん。やまと、あなたも。」
「明日9時に迎えに来る。」
澪は両手に持ったシングルルームの部屋のキィを、胸の前で強く握りしめていた。
「どうした?みお。」
「何でもない… なぜ、あたしに親切なの?」
「君が可愛いから。」
うつむいた澪の肩が小刻みに揺れる。澪は両手で、紅く染まった顔を隠す様に包み込んだ。
「どうしたんだい?」
「ぷっ!あはははは!」
「可笑しいかい?」
「可笑しいも何も… あなた、一体何人の女にそのセリフを言ったの?」
「さぁ… 覚えてないや。」
「やまと、あなた最高ね。しかもこんな状況は、同じ部屋に泊まる最高の口実だった筈なのに…」
「あれ?一緒のベッドで朝を迎えたかったのかい?」
「いやよ。」
「だろ?ほらね。」
「…ありがとう、やまと。あなたの事は忘れない。」
「忘れて貰っちゃ困るよ、明日迎えに来るんだからな。朝飯、食べとけよ。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。みお。」
大和はフロントを後にしてガラスの自動ドアをくぐった。
夜の街は一夜の享楽を貪る大人達の喧騒で溢れかえっていた。
午前9時に大和がそのフロントを訪れた時、澪の姿は無かった。
嫌な胸騒ぎを覚えながらロビーのソファに身を沈め、大和は待った。
十分… 十五分…
痺れを切らした大和は遂に行動に出た。フロントに詰め寄る。
「206号室のキィをよこせ。」
「お客様… 困ります。」
「困っているのは俺だ。いいからよこせ。」
「お連れ様でしょうか?何かあったのですか?」
「何かあったから言っているんだ!」
端正な美貌の少年の必死の形相は、若いフロント係の男を退かせるに十分な迫力だった。
「分かりました。私がご一緒させて頂きます。」
「いいから早く来い!」
フロント係が付いてくるのも待たず、大和はエレベーターの2階のスイッチを押す。焦りと不安が今、物理的な圧力となって大和にのしかかって来た。
エレベーターのドアが開くと同時に飛び出した大和は2階の廊下を走る。
見つけた。206号室。
フロント係が到着するのを待って、ドアの中から死角になる位置に立つ。
マスターキィを持ったフロント係に目で合図を送る。
フロント係の男は、ドアをノックした。
「お客様、お連れ様がお見えです。」
反応は無い。
「失礼します。」
そう言ってフロント係は、ドアの鍵穴にマスターキィを差し込む。
静かに開いたドアをのぞき込みながら遠慮がちに声をかける。
「お客様…」
次の瞬間だった。フロント係が何者かに襟首を掴まれ、部屋の中に引きずり込まれた。
「ひっ!」
フロント係の悲鳴。大和はすかさず開いたドアの中に身を滑らせた。
入ってすぐのユニットバスのドアと、その奥に広がるベッド。寝る為だけに用意された簡素な部屋だった。
そのベッドの前で、青い顔をした先程のフロント係の男と、後ろから羽交い締めにしたもう一人の男が佇んでいた。
フロント係の喉に小さく凶暴なエッジが突きつけられていた。
ガーバー・サカイのSOFアタックナイフである。奇襲攻撃を前提とし、刺殺目的で設計されたこのナイフは、メインブレードの反対側にも鋭いエッジが刻みつけられている。少し力を加えただけでスッと肉に滑り込むように作られたそれは、その刃の構造を知れば誰もが被害者になりたいとは思わないだろう。
「待っていたぜ、坊主。」
フロント係を羽交い締めにした男が静かに大和を挑発する。
「あんたかい、みおを狙っていたのは?みおをどこへやった?」
男を睨み付けて大和は言った。怒りに声が震えている。
「さてね。知らねえよ。」
三十歳を少し過ぎたくらいに見える男は、遊び人風のヤクザっぽい雰囲気を持った男だった。まともな商売で食っているタイプではないのは見た目で判る。
「隠すとタメにならんぜ。」
「お前… 坊主、自分の立場が分かっているのか?」
大和の言葉に呆れて崩れた男の顔は、荒削りだがどこか親しみさえ持てそうな感じのする顔だった。
「うるせぇ!そいつは関係ねえだろ。放しやがれ!」
「いいだろう… 腕ずくで来るかい?」
「当たり前だ!てめえをノして、みおの居場所を吐かせてやる。」
「やれやれ… 鼻息の荒い坊主だ。おいボーイ!そこを動くなよ、命が惜しければな。」
フロント係を解放した男は、右手のSOFアタックナイフのロックを親指で押さえながら刃をグリップに畳み込み、ズボンのポケットに仕舞った。
「来な、坊主。俺は手強いぜ。」
「へっ!そいつぁ俺のセリフだよ。」
狭い室内の格闘だ。大和は得意の伸びやかな蹴りを相手に見舞う事が出来ない。
相手は… 空手だ。十分に訓練された精密な動き。
接近戦ゆえに、お互い短く鋭い技の応酬となる。
大和の正拳突きを男の手刀が遮る。次の瞬間、体勢を入れ替えた男の肘が大和の脇腹を襲う。
すんでのところでガードした大和は、裏拳を男の顔面に見舞った。
男は首をすくめてかわし、足のバネで大和の射程距離から飛び退く。
「坊主、少しは出来るな。」
「へっ、待ってろ。喋れる程度には手加減してやるからな。」
男はそっと笑った。大和をなだめるように聞く。
「お前はあの娘とどういう仲だ?」
「昨日知り合った。」
「それだけか?」
「あんたにゃ関係ない。」
「惚れたのか?」
「当たり前だ。」
「相手はそうは思っていないかも知れないぞ。」
「だからどうした?余計な事だ。」
「なぜだ?自分の身が危険に曝されてもか?」
男は構えを解いた。真っ直ぐに大和を見つめる。
「世界中の女は俺のものだ。だから守り抜く。」
「呆れたヤツだな。お前程のバカは見たことがない。」
「抜かせ〜っ!構えろ!」
男の高笑いが部屋に響いた。
「なにが可笑しい?」
男の高笑いが小さくくぐもったものに変わって来た。苦しそうに腹を抱えている。
「だから、なにが可笑しいっ!?いい加減もう笑うなよ。」
「いや… すまない… 珍しく骨のあるヤツだと思ったら、本物のスケコマシだった。」
「失礼だぞ、それは。」
「俺にとっては最高の褒め言葉さ。分かった、もう止めよう。少なくとも、俺はお前の敵じゃない。」
「あんた、何者だ?」
男は目に溜まった涙を指先で拭いながら顔を上げた。
「おい、ボーイ。もう帰っていいぞ。お前は何も見なかった。ここに泊まった客は先程チェックアウトをした。いいな?」
「は、はい…」
フロント係の男がそそくさと部屋を出て行く。
「坊主、名前は?」
「桐生大和。」
「桐生…? まさか…」
「あんたが知ってるその名前は、たぶん俺の叔父さんだろう。あんたは一体?」
「だったら話は早いぜ。俺は西條。警視庁の特別捜査官だ。」
「あんた、とてもポリ公には見えないぜ。」
「お前こそ失礼だな。このルックスが俺の商売道具なんだよ。詳しい事は言えないが、俺は荒事専門の雇われ者さ。」
「西條さん。あんたが来たときはもう、みおは居なかったのか?」
「そう、俺は大下澪の身柄を保護する為に来たんだ。悔しいが、奴らに先を越された。」
「そうだったのか…」
静かな公園には殆ど人の姿は無かった。遠くにある砂場と滑り台の遊戯施設に、小さな子供を連れた母親の姿が見えるだけであった。
公園の中央にぽつんと置かれたベンチに座る大和と西條の姿があった。
広い場所は密談には適しているものだ。盗み聞きされる心配が無く、視界を広く取れるので周囲の動きを即座に察知出来る。だがこの場合、狙撃やガンマイクによる盗聴、口の動きで言葉を読む視覚盗聴などに気を付けておく必要がある。
「益田製薬?」
大和は西條から聞かされた社名を反芻した。
西條は淡々と大和に成り行きを説明する。
「そう、益田製薬。戦前からの大手の製薬会社だがな、一部のセクションで妙な物を研究開発していると噂が流れていた。」
「そいつが?」
「確証はない。だがな、その開発セクションを仕切っていた大下博士と言う人物が一年前、自動車事故で死んでいる。遺体の血液からは大量のアルコールが検出された。大下博士は一滴も酒を飲まない人だったそうだがな。」
「みおの…」
「そう、親父さんだ。その開発部門では変わって玉井満之と言うヤツが仕切る事になる、息子の玉井徳芳と一緒にだ。こいつらの狙いは、大下博士が南米のジャングルから持ち帰ったキノコ。今まで発見される事が無かったそれからは、新種のアルカロイドを精製する事が出来るんだ。幻覚剤さ。それも、LSDなど足下にも及ばない強力無比の麻薬。軍事関連でどこかの国に売りつけるのが目的だろう。当然支援する組織が影で動いている筈だ。おそらく、大下博士を事故死に見せかけて殺害したのも奴らの仕業だ。」
「それで、みおは軟禁されていたのか?」
「そうだ。だが、それだけではない。彼女は父親にそのアルカロイドの精製過程での重大な行程を教えられていたらしいんだな。」
「つまりその親子がセクションごと乗っ取って、大下博士の研究をてめえらのいいように使う腹だった訳だ。」
「もう一つ、いい話しを聞かせてやろう。玉井のバカ息子は、大下澪にご執心だそうだぜ。」
「へへ… 面白くなって来やがった。」
「大和。後は俺達が始末をつける。彼女も救い出すから安心しろ。」
「そうだね。任せたよ、西條さん。」
素直に西條の言葉に応じる台詞とは裏腹に、大和の目には凶暴な光りが灯り始めていた。
「なめた真似しやがって… タダじゃおかねえ。」
「何か言ったか?大和。」
「いや、何でもないよ。」
To be
continued …
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