悪い子向け読書感想文の書き方
序文
このコンテンツは、プロの児童文学作家が伝授する、悪い子向け読書感想文の書き方です。
当然、わたしは、あまのじゃくなので、このコンテンツの中にも毒を含ませています。さて、読み取れるかな?
では、まず引用からはじめます。
「秘伝 中学入試国語読解法」 石原千秋著 新潮選書 174ページから抜粋。
僕たちはゲームをするときには、はじめにルールを教えてもらう。どういうことをすればよいのか、何をしてはいけないのか、あるいはどうすれば高い得点が得られるのか、そういうことを学ぶ。ところが、「国語」という教科では、ルールがあるにもかかわらず、それを教えてくれない。いや、ルールを学ぶことが「国語」という教科の目的だと考えられているのだ。
「自由に書きなさい」といわれても、それはまやかしでしかない。ルールに違反すればバツがつけられる。
(中略)
最初にルールを一言で言ってしまおう。「国語」という教科の目的は、道徳教育にある。それが学校という空間のルールだからだ。
身もふたもない論ですが、事実は事実です。
ですから、読書感想文なるものも、しょせんは道徳教育の一つです。みなさんも、そう割り切ってください。
感想文のルール
本来はルールなんてありません。
でも、先生やコンクールに提出する際は、必ず序文に書いてあったことを意識してください。
まかりまちがっても、「つまんない」とか「うぜー」とか「キモい」とかの本音を書いてはいけません。
ついでに、そんな感想を出版社に送りつけてもいけません。作家の次の仕事がなくなりますから(泣)。
じゃあ、ほめればいいのか?
これも違います。
子どもの上に立つ人間は、感想文を書いた人間の道徳的成長を読みたいだけだからです。
要するに、本の内容なんてどうでもいい。本を最後まで読んだという事実がチェックできれば、本の内容をとびこえたことが書かれているほうが、むしろよろこぶくらいです。
ですから、ある種のクソガキがやるように、本のうしろについている「解説」とか「あとがき」を丸写ししたところで、そんな感想文はまったく評価されないと思っていいでしょう。
オトナが感想文に求めているのは、本の解説ではなく、あなたの態度なのです。
これで、よい感想文とはなにかわかりましたね。
ズバリ言いましょう。
よい感想文とは、よいあなたが書かれてある文です。
対策
このコンテンツは、悪い子向けのものなので、ズルくて、てっとりばやい方法だけ記します。
そう。あくまで、「感想文なんて書きたくないや」と思う悪い子向けです。
ほんとうの意味で本がすきな「いい子」は、まねすることなく、自分の書きたいことを書いてください。
そういうタイプのものは、先生に評価はされませんが、わたしは評価します。
むしろ、そういう人のほうが、文学者になれる素養があるぐらいだと、わたしは思っています。
これから書く対策は、文学者になんか決してなる気はないけど、いい点数だけはほしい子がマネしてください。
では、いきます。
その一 できるだけ自分自身のエピソードを書け。ほとんどそれで占められてもかまわない。
その二 ただし、そのエピソードは、本を読んだことで思い出した、もしくは考えついたことにすること。
その三 最後にまとめとして、もう一度だけ本に触れて、この本のおかげで、自分が成長したということをほのめかすこと。
以上です。ね? 意外に簡単でしょう。
例題
課題図書のあらすじ。
ドラネコのゴンは、サカナ屋のぼくのうちからサカナをかっぱらってばかりいる。
ぼくは、ある日、とうとうその現場をつかまえ、こっぴどくなぐりつけたうえ、サカナをとりかえしてやった。
その夜、草むらから、こんな声が聞こえてきた。
「ひもじいよぉー、おかあちゃん」
「ごめんね、兵十。おかあちゃんがサカナをとりそこねたばっかりに」
ぼくは、はじめて、ゴンがおかあさんだったことに気づく。
ゴンは、次の日も、ぼくのうちにサカナをかっぱらいにきた。ぼくは言ってやった。
「おまえ、子どものために、サカナをとってるんだろ。だったら、そう言えよ」
「でも、言ったところで、おっぱらうだけでしょ?」
「そんなことねえよ。ほら」
ぼくは、サカナを刺身などにさばく際にどうしてもできる余りものを、ゴンに投げてやった。
「客には出せないものでも、ネコには出せるものなら、あるのさ。物事には、口で言いさえすれば解決できることなんて、いくらでもあるのよ。それぐれえ、おぼえときな」
ゴンは、頭をさげさげ、帰っていった。
その夜、屋外でゴトリと音がしたのが気になり、見にいったら、戸口のところにネズミが置かれてあった。
「ゴンの恩返しだな」
でも、店先にこれを置かれるのは迷惑なんだけど。
ぼくは、これもゴンに口で説明しなければと思った。
感想文例
このおはなしは、ぼくとゴンの心の交流を描いたものです。
ふたりは、おたがいがおたがいの事情を知らないため、最初はいがみあっていました。
でも、最後には、こういう形で仲よしになります。
「物事には、口で言いさえすれば解決できることなんて、いくらでもあるのよ」
わたしは、この言葉に感動しました。
というのは、わたしもおなじような経験をしたからです。
わたしのおうちは、いわゆる母子家庭です。
おかあさんは、ずっと働きずめで、夜もおそく、わたしの相手なんか、まともにしてくれません。
食事だって、いつもコンビニ弁当ばかりです。
わたしは、ずっとがまんしていました。
でも、さすがに遠足の日まで「コンビニ弁当でいいでしょう?」と言われたときは、わたしも腹が立ちました。
「クラスの子は、みんな、おかあさんお手製のお弁当を持ってくるのよ。里奈ちゃんだって、瑞穂ちゃんだって。龍之介くんなんか、ママはいないけど、パパが作ってくれるのよ」
おかあさんは、それでも、つかれているのか、ゴロゴロしながら、
「他人は他人」
としか言いませんでした。
わたしは、思わず、
「おかあさんなんて死んじゃえ」
と言ってしまいました。
次の日、わたしは、やっぱり、せっかくの遠足なのにコンビニ弁当を持たされました。
お弁当は、みんなにばれないようにと、風呂敷でつつまれていました。
「わたしより世間体ばかり気にして」
わたしは、よけいに、腹が立ちました。
わたしは、お昼の時間、みんなからかくすようにして、お弁当をひらきました。
すると、お弁当の白ごはんの上に、ふりかけで、こんな字が書いてありました。
「ごめんね」
風呂敷は、これを見つからないようにするためだったのです。
おかあさんは、朝もあわただしく、こんなことをしているヒマなんて、ないくせに。
わたしは、その夜、おかあさんにこう言いました。
「おかあさん、ぜったい死なないでね。わたし、『死んじゃえ』なんて、ぜったい思ってないからね」
おかあさんは、
「ありがとう。そう言ってくれて」
と言いながら、わたしの頭をなでてくれました。
やっぱり、世の中には、口で言いさえすれば解決できることなんて、いくらでもあるんです。
わたしは「ゴンとぼく」を読んで、はっきりそれがわかりました。
わたしは、これからも口で言わなくてはいけないことは言える人間になりたいと思います。
どうでしょうか? あきらかに本より、感想文を書いた子の物語のほうがおもしろいでしょう。
しかも、この感想文には、本の登場人物の心情がどうだとかこうだとかの分析なんて、一切書かれていません。
わたしから言わせれば、単なる手抜きなんだけど、そこまで感じ取れるオトナはまずいないと見ていいでしょう。
これが、悪い子の、よい感想文のキモです。
悪い子のみなさんは、感想文だからといって、決してかまえることなく、本にかこつけて自分自身を語ってください。
以上で、悪い子向け感想文講座を終わります。