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パート1サンパチ君の憂鬱

僕の名前は鈴木三八、昭和48年生まれ。最初の御主人様は、ナナハンが親に買ってもらえず僕をバイトで作ったお金で、新車で買ってくれた。いろんな所に僕を連れて行ってくれた。とても大切にしてくれたっけ、クルマの免許をとると、ベレGの購入資金の為に僕は売りに出された。それから僕はしごかれた。あー、思い出したくも無い。
中免とかいうヤツが出来て以来、僕は何故か人気者になった。何人かの高校生のご主人に仕えた。が、なんなんだ今の主人のヒロシって男は、買ったその日に缶スプレーで僕を紫色に塗りたくり、スガヤの集合チャンバーとかいうやつを付けられ、ハンドルを絞り、3連ホーンをつけやがった。同級生の川崎惠一君や本田士井四君も聞くところによると同じ環境にあるようだ。まじめなご主人にかわいがられている山葉有出君が羨ましい。そんな僕は今、警察署の車両置き場にいる、ヒロシのせいでおまわりさんに没収されたのだ。これから僕はどうなるのだろうか?

ヒロシが来る時は、1分前にわかった、とてつもなくでかい音がするのだ集チャン直管ってやつは。
・・・・ヤツは18になると RX-3 に乗出した。もちろん直管である。今度は3分前からやつのくるのが解る用になった。


パート2白バイ恐怖症

足首まであるロンタイに、ペチャンコのカバン。16の時のオイラの彼女だ。彼女を送っていった朝、オイラはいつものように Z2 をとばしていた。何か背中に妙な気配を感じ、ショートミラーに目をやると、ガー−ン白い CB 750・・・白バイである。
ケツにはりつき赤灯にサイレン、「おい、コラ、停まれ」と叫んでやがる。ど、どうしよう、小心者のおいらはビビッタ。が、、もう遅い「プア−−−−ン」アクセル全開、集合管を鳴かしながら逃げる、逃げる。これでオイラは犯罪者、心臓バクバク、やるっきゃない。
信号、一通、一停、速度、全部バックレ。気がつくと家にたどり着いた。セブンスターに火をつけようとした時に、鳴る電話・・・
「○○警察です。」・・ガ、ビー−ン。や、やばい。1時間後、声のでかいおまわりさんに、こってりしぼられキップをきられたのは言うまでも無い。オイラは「紫のハイウェイ」を悲しげに口ずさみながら家に帰った。


それから、現在までオイラは白バイを見ると氷つきます。ちなみにそんなオイラは16から18まで免停続き、ある時より、無いと時の方が多かったです。当然、免許は18にして取り消しになりました。チャンチャン。


パート3燃える部屋

オイラの部屋

寒い冬の夜だった。オイラはいつものように部屋の中で?単車をいじっていた。部屋の中にはガソリンが、、電気式のリュ−ターを使っていた。結末はご想像のとうりです。見事に燃えました。バカなオイラの最後の出来事です。29歳の時です。

ナナハン
50CCの単車の事をさす、この言葉。
当時の少年は皆バイクに乗っていたような気がする。工業・商業高校にいたっては免許を持ってない奴なんていなかった。
しかしオイラは、皆と同じじゃ気が済まなかった。どーしてもどーしても、ナナハンに乗りたかった。
現在では1000CCを越えるバイクが当たり前だが、あの頃ナナハンっていやーバイク乗りの憧れ、最大排気量のマシンだった。
今でも初めてナナハンに乗った日の事はしっかりと脳裏に焼き付いている。
あの加速、あの音まで・・。

人間なんて環境に合わせ進歩するもので、きっと今、昔のナナハンに乗ってみるとスンゲー「遅いんだろうな」と思う。
だから昔のナナハンには乗らない。
オイラの記憶にあるのは、16の頃のあの加速、あの音だから・・・。

昔の暴走アルバムです。

過去に救急車のお世話になる事、10うん回、しかし元気一杯生きてます。さすがに現在は社会に馴染み、親も泣かすことなく生きてます。
(いつのまに自分が親になりました)


まだまだ続きます。

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