もうひとりの光

あの日(1986年4月7日)以来、私はアキラさんの事をずっと口にする事はなかった。
忘れたわけでは決してない、忘れる事なんかできるはずも無い。
私は自分の心の中に封印したのだ。ダイスキなレースエントリーもクルマからカートそしてオートバイへと変えていったが、辞める事なんて出来なかった。
その間、友達にも愛する妻にもアキラさんの事は口にしなかった。
アキラさんの家から見える所に駐車場を借りていた。毎日通るアキラさんの家の前、私はずっと忘れた事などなかった。

1997年、私に初めての子供ができた。男の子らしい?いや、絶対に男のはずだ。
封印をとく時がやってきた、あれから11年間心に決めた一つの事を。5月7日、私の誕生日と同じ日に私の分身はこの世に生まれた。
彼の名は「光」、アキラ。意志をつぐんだ。
また4月7日はやってくる。アキラさんの家を訪ねる、アキラさんは写真の中から優しい笑顔でこちらを見ている。
「アキラさん、ほら俺の子供、、かっこいいでしょ。当然だよね、だって光って言うんだもん」
お線香の煙の向こうから、アキラさんは優しい笑顔でこちらを見ている。

あきらのバイクヘルメット光筑波サーキット

富士、ザウルスレースとうちゃんのパンテラとうちゃんのZ1レーサー


今回、光さんのホームページ作成にあたり協力していただいた、萩原さんをはじめ多勢の方に感謝の気持ちでいっぱいです。
本来であれば、映画のクレジットのように皆様の名前を記して、お礼を述べたい所です。
なを、このホームページは皆様に光さんの事を知っていただこうと言う主旨では残念ながらありません。
私自身の心の中を、整理し再確認しようと考え作成したホームページです。

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