・・・それから10余年。
今では私の数少ない友達(先輩)の中に白い930ターボの氏はいる。
何故かって?やはり氏が本物だったからだ。
初めて逢ったファミレスで、氏は「萩原さんって凄かったよね、あの神業的なヒールアンドトゥーの早さ、レイトンのテスタロッサを赤子のように操るフルカウンター、2度はど萩原さんとバトルしたけど俺なんか完敗・・・。あの尋常ではない速さと巧さは今でも忘れられないよ」
・・・と私に話してくれたからだ。
私は何故か自分が誉められたと錯覚を起こした。凄く嬉しかった。白い930ターボ氏は2児の父となり今でも箱根を・・・萩原さんを・・・愛している。
4月7日・・・この日を私達は忘れる事は出来ない。私達は一つの光り輝く大きな星を失った・・・
亡星の名は「萩原光」。箱根最速伝説の男だ。私達は萩原さんの遺影の前でそれぞれの思いで涙を流した。
早朝の大観山パーキング、朝霧の中の一服。白い930ターボも・・・そして萩原さんももういないのか?
あの頃と変わっていないのは、今、火をつけたセブンスターだけなのか?
煙を吐く度に930ターボのバックファイヤーの音と富士のストレートを走るF2マシンの音が聞こえたような気がした。
今日もまた箱根を目指し、コーナーに魅せられたアウトローがやってくる。
箱根伝説・・・もう誰も知らないかな?私はセブンスターを揉み消した・・・。
99年11月「オートワークス」タイムトンネル掲載
初めて光さんと話をしたのは、私が19歳の時でした。笑顔がとても印象的でした。
富士に行く度に、私は光さんを追いかけていました。
ハタチの頃、私がホームコースの箱根を走っていると、ルームミラーに一台のZ31が迫ってきた。2つコーナーを曲がったところでパスされた。
離れるもんかと思いっきりアクセルを踏み、追撃。
Zはどんどん小さくなった。 パーキングで追いつく。
「今度のZはいいぞ・・」気さくにいつも話をしてくれる光さんだった。
それから・・・・・
光さんはその夢の全てを手にたずさえて私の前から逝ってしまった。
光さんの事を、忘れた事は一時も無いが、あれからいつのまに、私は光さんの歳を追いぬいた。
あの日は、南からのとても強い風が吹く日でした・・・・・。