警告! ジェンダーフリーという狂気が学校・行政を通じて全国に蔓延中です!





昨日、都教委の研修会行ったんです。研修会。
つまらない研修を聞いた後、休憩時間になって、まずい缶コーヒー飲んでぼぉーと座っていたんです。
で、しばらくしたら、近くからおばさん先生の話す大きな声が聞こえてきたんです。何名かのおばさん先生(もろ団塊世代)が集まってこんなこと言ってるんです。
「この間、女性部の研修会に行ったの。そしたら講師の方が『最近は゛話をきかない男、地図を読めない女゛みたいな本が売れて【似非科学】が広がっているようだけど、私たちは本当のことを生徒たちに伝えていかねばならない』って、本当よね〜」
「……」
もうね、アホかと。馬鹿かと。
「話をきかない男、地図を読めない女」が【似非科学】……
似非科学、似非科学。。。
男女には生まれつき性差があるというのを、「似非科学」とか言ってるの。もう聞いてらんない。
おばさん先生たち、あんたたちの行動どう思う?
男がそんな風に集まって、ぺちゃくちゃ喋るか、こんな所で。
都教委の研修会というのはな、もっと鬱々としてるべきなんだよ。
なんでこんなつまんねー研修聞かなきゃいけないんだ、こんなのだったら授業してた方がましだ、本当に都教委ってのはどうしようもねーな、とか思って、憤怒や諦観、不快感を抱きながら、苦い缶コーヒーなんか飲んで、たまたま出会ったかつての同僚と「元気にしてる。この研修、最悪だね」とか、愚痴をこぼすのが通ってもなんだよ。
それが、何が「話をきかない男、地図を読めない女」だ。「似非科学」だ。あんたたちの行動自体が男女の性差を如実に表してるじゃないか。
男女に性差がないなんていう教師は、すっこんでろ。
あのな、マネーやミードのトンデモ理論なんで、きょうび誰も信じてねーんだよ。
得意げな顔して何が、似非科学だ。
あんたたちは本当に男女に性差はないと信じているのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
あんたたちは、講師の言うことを「ははぁ〜」と押しいただいてるだけじゃねーのか。
多少はジェンダーについて調べたことのある自分から言わせてもらえば、どう考えても男女に性差はあるね。
アンチジェンダーフリー、これが通の考え方。
男女の性差を理解して、互いを思いやるやるのが、男女間のベストな生き方。これだね。
しかしこういう考えは、フェミ教師から目の仇にされるという危険も伴う諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあ、ジェンダー素人は、フェミ教師の言うことを笑いながらも、「黙ってなさい」ってこったな。





ジェン子再び〜悪のDV男に正義の鉄槌を!〜 匿名Bさんより
●ジェン子の近所にて。
「うっ、うっ・・・」(女性が泣いている。周りに人が集まっている)
「何!」(ジェン子近づく)
ジェン子「元職場の同僚の貞子ね。どうしたの?」
「貞子が主人に叱られて叩かれたんだって」
ジェン子「何ーーーーーー!DVよ、DV!犯罪よ!犯罪者は許さない!」
貞子「でも、大したことないから・・・」
ジェン子「そんなこと言ってても、本当は毎日毎日夫から暴力を振るわれてつらい思いをしているんでしょう。被害者は被害に遭っても泣き寝入りしたりしてなかなか言い出さないものなのよ。そうしているうちにDVの被害はどんどん深刻化していくのよ。待ってて、あなたを男の暴力支配から解放してあげるわ!今からそのDV男をこらしめに行くわ!警察も呼ぶわ!」
貞子「え、家に警察を呼ぶのは・・・」
ジェン子「大いに結構!『法は家庭に入らず』と警察が家庭内の問題に突っ込むことをタブー視する風潮もあるけど、そうして何もしないでいいの?目の前の殺人を見てみぬふりして殺人を幇助するのと同じことなのよ!」

貞子宅。玄関のチャイムを押し、貞子の夫が出てくる。そこへバットを武器にしたジェン子、すかさず押し入る。
ジェン子「くぉらーーー!女性の敵め!男女平等を妨害する犯罪者め!覚悟ー!」
ジェン子、貞子の夫に向けてバットを振り回す。貞子の夫は驚いて逃げる。
貞子の夫「待てよ、オレは何もしてないよ」
ジェン子「ウソつくのはやめなさい!毎日毎日女性に暴力を振るって、素知らぬ顔でのうのうと生きているんでしょう!こういう男は男社会の世の中に山ほどいるわ!DVを根絶し、家庭を男女平等にしていかなければならないのよ!今、『人権』の名の下、女性を虐げる悪人に正義の鉄槌を下してくれるわ!あ、子どももいるわ!(貞子の子どもに対し)ねえおじょうちゃん、すぐにこのおうちから逃げるのよ。そうしないとあなたも怖いお父さんに虐待されちゃうわよ。あなたのお父さんは悪い人なのよ。」
やがて警察がやってくる。
ジェン子「この男は家庭で貞子さんに毎日毎日暴行を加えています!逮捕して下さい!」
貞子の夫「待って、オレはそんな・・・」
貞子の夫、警察に連れられ車へ。
ジェン子「死刑になって二度と帰って来ないでねー!」(ジェン子走り去る車に手を振る)

ジェン子「さて・・・と、これにて一件落着ね。」(ジェン子、DV男を警察に突き出して満足)
貞子「あの、私これからどうしたら・・・」
ジェン子「これで結婚というのがいかに女性を抑圧する制度であるかが身にしみて分かったでしょう。あなたよく『女の幸せは結婚よ。男みたいにあくせく働くキャリアウーマンなんて気が知れないわ』なんて言ってたでしょう。(貞子は寿退社して専業主婦)だいたい「女の幸せは結婚である」というのを強調する風潮やメディアは、女性を抑圧する結婚の『影』の部分を覆い隠し、うわべの幸せなイメージだけを強調して、女性をあざむいて結婚させ、家庭に縛り付けるための男社会の陰謀なのよ。あなたはだまされていたのよ。本当に結婚して幸せになっている女性なんてほとんどいないわ。ほとんどの女性は家父長制の下で男に支配され、自分らしさを捨てさせられ、家事を押し付けられ、DVの被害に遭っているのが現実よ。自分に幸せだと言い聞かせているだけなのよ。結婚は女性を幸せどころか不幸にするのよ。それに引き換え男は当たり前のように女に家事を押し付けて、出世も遊びも好き放題しているわ。これからの女性は、そんな男の都合で押し付けられた結婚の幻想から解放されて、自立して自由にたくましく生きるべきなのよ」
貞子「は、はい・・・」
ジェン子「ところで。他にも女性に対して暴力を振るう夫・パートナーはいないの?あと、暴力を使わなくても、暴力的な『言葉』や『態度』を使う男もいない?」
貞子「え、『言葉』や『態度』っていうのは・・・」
ジェン子「『言葉』『態度』じゅーぶん暴力になるのよ!」
貞子「そうねえ・・・3丁目の和子さん、最近出産したんだけど、仕事と家庭の両立で大変なのに、夫が全然家事や育児を手伝ってくれないって言ってたわ。」
ジェン子「3丁目の和子さんね!今頃夫も家庭を平等に負担するのが当たり前でしょう。それを「男は仕事、女は家庭」だと言って女性に家事を押し付けることは女性差別よ!そうやって男性優位性を振りかざす態度は充分DVにあてはまるわ!こらしめに行きましょう!」

ジェン子「『女だから料理をしろ』というのも言葉の暴力!女性の水着姿の写真を見せるのも態度の暴力!たとえ夫婦間でも、セックスを強要するのはレイプと同罪!女性のみなさーん!夫の悪事はじゃんじゃん警察にチクりましょう!夫・パートナーのことで少しでも悩んでいたらすぐに女性センターに相談しまましょう!心優しいフェミニストさんがあなたに救いの手を差し伸べてくれます。」
「いくぞー!次のDV男も成敗してくれるわ!うぉぉーーーーー!」

おしまい。






フェミナチ板より 男女混合名簿問題のまとめ
参考リンクを貼っておきます ドライジン - 2004/12/29(Wed) 14:01:47 No.27302

男女混合名簿はジェンダーフリーに基づいています。以下の日教組のビラをどうぞ。
http://www.geocities.jp/katunan15/index14f.html
http://www.geocities.jp/katunan15/net4-250023.jpg

男女混合名簿は国立市の小学校教師が始めた運動で(参考:男女平等教育をすすめる会編『どうして、いつも男が先なの?男女混合名簿の試み』(新評論))、日教組が運動方針として採択して、急速に全国に広まったものです。
そこには、男女が同質でなければ平等ではないという思想があり、これがジェンダーフリーの根底にあります。

(参考リンク)
○国立市にみる男女混合名簿の怖さ
http://homepage2.nifty.com/antifemi/kiji5.html
*「男の子に「頑張れ」と激励すると、男の子は「男らしく」頑張つてしまふといふので、男の子に「頑張れ」といふのは禁句になつた。」という記述もあります。クリスティーナ・ホフ・ソマーズ著『少年達に仕向けられた戦争方向を間違ったフェミニズムがアメリカの青年達に与えている害毒とはいかなるものか』と同じ事態が日本でも進行しています。
http://homepage1.nifty.com/1010/somazu.htm 

○―国立市が教える―「男女混合名簿導入は学級崩壊の一里塚」
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/chiba/danjo-meibo.html

○2003/01/27 産経新聞朝刊 【解答乱麻】明星大教授 高橋史朗 “拠点”はやはり国立市http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2002/01254/contents/726.htm

○国立市立小・中学校におけるジェンダーフリー教育を取り止め、男女混合名簿の廃止を求める陳情
http://homepage2.nifty.com/ikaruga/new_page_173.htm

公明が突然反対に回ったため不採択になっています。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H15/1510/1510025kunitachi.html
http://homepage2.nifty.com/hashimoto-hisao/koumeitou.htm

○6月 8日 代表質問 〔古賀 俊昭 議員〕
「実は、男らしさ、女らしさを排除するジェンダーフリー教育の突破口が男女混合名簿なのです。昨年、国立五小での男女平等教育講演で講師を務めた大学教授は、男女混合名簿を正当化するため、日本ではトイレの男女共用は無理だと思うといいながら、外国の共用例を示しながらトイレの男女共用をあおっています。」
http://nipponsaisei.air-nifty.com/sakura/2004/week27/

男女混合名簿は性差解消が目的であるため、名簿にとどまらず男女混合体育、男女混合着替え、男女混合トイレ、男女混合宿泊などへと広がっており、過激性教育も性を唯物的なものとして扱い、性差を意識させないために幼児期から刷り込みを行うためのものです。
林先生の「ジェンダーフリーに基づかない男女混合名簿などというものはありえない」とは、上記のような名簿の発祥・推進の経緯を指し、また、フェ理屈で「ジェンダーフリーに基づかない」「現場に任せろ」と言われれば証明が難しいということを言っておられるわけです。
冒頭にあげたような各学校で配布された組合ビラが証明になるかもしれませんが、都教委がそれを行い、禁止命令を出すことなど不可能でしょうから。




男の暴力性とルール  by鈴彦姫さん
世の中のルールという物を作り出したのはきっと男なのだろうと私は思っている。昔読んだ「行動学」の本の中に面白い実験結果が載っていた。何かもめごとを起こし、男性集団と女性集団の解決過程を観察する。女性の場合は集団を小さな部屋に入れて(特に和室が効果が有ると書いてあった)問題の解決に当たらせると、うまく解決する。小さな部屋で親和的な気分になることが、解決の糸口をうむ。一方男性の方は、小さな部屋で話し合わせると、喧嘩が起きるというのである。広い部屋で(洋室に椅子が効果的)話し合わせると、うまく問題を解決した。男性には縄張り意識があり、狭い部屋では衝突がおきるらしい。お互いの縄張りは確保した上で、話し合いによる妥協線を探るということなのだろう。ルールを決めるということなのだろう。
 雄の暴力性の本質は、ライバルを押しのけ良い雌を捕まえる為にあるのではないか。強い雄はいい雌を沢山捕まえられる。でも力の強い雄ばかりがいい目をみていたら、他の雄が黙っていない。雌の奪い合いになって、あっちでもこっちでも喧嘩が絶えない。人間の場合、この奪い合い避けるため、強い男もそうでない男も相応に女が得られるようなルールを作ったのではないか。それが恋愛のルールであり、結婚形態なのではないか。
 ルールは長い年月の間に洗練され、磨きがかかり、多くの人々に納得がいき、しかもそうありたいと言う美しさを持ち得たのではないか。普通私達はそのルールを文化と呼んでいる。
 男が女を得るのは、力ずくで組み倒せば、実はいとも簡単なのだ。しかし賢い人間の男達はそうはしなかった。賢い人間の女達もそれを許さなかった。平安時代の恋愛を見てみると、一見大変開放的に見えるけれど、開放的な分わざわざルールを面倒にしてある。木と紙と布で出来た日本の家屋など、踏み込むつもりになればいくらでも侵入できるのだ。でもそんなの文化的ではない。上手な歌を送らないと女にOKはもらえない。字もきれいでないとだめ、紙も色の付いたもので自分のセンスをアピールしよう、お花も添えよう。こんな風にして当時の恋愛は成り立っていた。これを文化と呼ぶ。
 「男らしさ」や「女らしさ」もそういうルールを含んだ文化だと思う。長い間に洗練されてきた日本の文化だ。当然「男らしさ」の中には男の攻撃性・暴力性を良い方向にもっていくための仕掛けが入ってるはずだ。外的に立ち向かうためや、弱い者を守ろうとする攻撃は良いけれど、弱い者に向けられたときは悪。洗練された文化は美を伴うから、「かっこいい」「かっこわるい」と言う評価とされる。男はうんとかっこよくなろうとすれば良い。
 ジェンダーフリーはこの文化を壊そうというのであるから、当然男の暴力性を制御するシステムも壊すことになる。
 学校現場では、「暴力は絶対いけない」「命を大切にしなさい」と教えている。確かに間違ってはいないけれど、男の暴力性の本質に訴えかけない。それよりも「かっこいい男になりなさい」と言ってあげた方が、子供の心にはしっくりくるのではないか。個性の尊重ばかりを叫び、その「かっこいい男の姿」を示してあげられなくなっているのが今の学校だと思う。
 児童虐待をしてしまう男や、写メールでスカートの中を撮る男や、ストーカー男、DV男は、実は弱い男で、人間関係をうまくつくれない、甘えが大きい、男なのだと思う。歪んだ形にその暴力性が表れていると思う。男らしく成長してもらわなければ困るのだ。弱い男が男らしくいられるようにするには、フェミさんのような強い女には、女らしくしてもらわないとバランスが取れないのだけれど、その点は全く理解できないらしい。
 日本のフェミニズムが「ジェンダーフリー」などという、世界に例のないへんてこ用語をつくり出して、運動している背景にはこんな意識があるのではないかと思っている。私が30年以上も前「婦人問題研究会」という所で聞かされた話。「外国の男が日本にやって来て、日本の女が一番いいと言った。こんなに男に従順な女は日本の女だけだ。」だから、男に従順ではいけないというわけだ。今にして思えば、その外国の男は日本の「女らしさ」の本質を見抜けなかったのだろう。一見男に従順に見え男をたてているけれど、実は財布のひもはしっかり握っていた、しなやかにして、したたかな日本の女の本質を知り得ようはずもなかったのだろう。その外国の男の言った言葉を鵜呑みにした、日本のフェミさん達の物を見る目のなさには、呆れるばかりだ。





2ちゃんでこんなの見つけました。  by管理人


● <中年になってわたしは、ホルモンをもとにした根本的な性差があるという考えを受け入れるようになった。体制べったりの五〇年代(ミルクシェーキとソックスとポニーテールという最近の甘ったるい郷愁など嘘っぱち)に猛烈に反抗した思春期のわたしは、男女には差がなく、あらゆる性差は慣習以外のなにものでもないと思っていた。ジェンダー理論に関して、わたしはゼロからスタートした。男のもつ力や特権のすべてを、わたしは手に入れたかった。だが、やがて歳月がたつにつれて少しずつ、たとえどんなに意思的な女性であっても、ホルモンの規定する女らしさからは逃げられないと認めざるをえなくなった。
(中略)社会に順応するのを拒否してうるさく騒ぎたてた思春期の経験から、わたしはひとめぐりして生物学に戻った。自分のたびかさなる戦いの歴史を通じて、わたしは確固たる自己認識をもつに至った。わたしは断言できる。わたしの中の「女性的なるもの」は自然から派生したものであり、教育から得たものではない、と。>
『セックス、アート、アメリカンカルチャー』カミール・パーリア、野中邦子訳(河出書房新社)1995
……………………………………………………………………
※カミール・パーリアは、アメリカで最も過激なフェミニストと言われる論客。
1947年ニューヨーク生まれ。フィラデルフィア・ユニヴァーシティ・オブ・アーツの人文学部教授。
……………………………………………………………………
ジェンダーフリー理論は、現実から乖離し、ある意味宗教がかっているがゆえに、先鋭的なアメリカのフェミニストたちはこの理論にこだわることが命取りであることを察知し、すでに捨てにかかっている。脳医学などからの科学的な反駁には何一つ答えられていない。いまだにこんな理論にしがみついているのは、時代遅れかつ勉強不足の教条的なフェミニストだけでしょう。





すごいぞ、ショタ子先生!


この掲示板は心が犯されている
と担任のショタ子先生(♀)に紹介されて以来、ネットカフェに来て見るチャンスがあるとフロッピーにテキストでロードして持ってかえってます。初めての書き込みになりますが、生物上女性なので、女性であることがいいことな私に、そしていいお母さんに、そしてそれを表現するいいHPを作る決意表明をここにします。

担任だったショタ子先生は自分らしさを伸ばすとかで宿題にHPを作って表現しなさいなんてのを授業で宿題付きで出してました。(国語の授業なんだから、HPより表現力読解力が欲しかったぞよ。。)
そこで私は子供のとき、母に怪我の手当てをしてもらったとき、ほっとした事が思い出にあるので、これからいろんな人のお母さんの思い出を集める「おかあさんほーむぺーじ」の構想を宿題で提出(紙で書いて出すんです。ショタ子先生はhtmlタグは知らん)。
で、これがショタ子先生の気に入らなかったんです。ジェンダーがどうのこうのとケチをつけ、クラスメートが私を守るために、怒って私の母が幼いときに死んだんだと文句をいってくれたりもしました。おキレあそばした先生は
「主婦になるやつな、学校に来る事無い!」と叫んで職員室へお戻りになられ遊ばしたわけで「HPで自分らしさ授業」はゼロ点が決定してしまいました。
ショタ子先生とは、イケ面男子にえこひいきというだけでなく、ショタ⇒男の子好き⇒大人毛無い⇒大人気がなくついでに未婚というネーミングです。独身だから結婚が憎いのはいいとして、だからって結婚の結果生まれた女生徒にやつあたりしたり、男子生徒に発情すんのはヤメレ。
女子の腹は(殴った音が)面白いからというだけで血尿がでるまでグーで私が殴られたとき「女性の腹を殴るとは」という私の父の抗議が気に触った担任は『家庭はジェンダーバイアスを振りかざす』と内申書にヤバイ親が居るという印象で書いていて、就職は面接すら受けられない。ショタ子先生にとっては男がその腕力で女を殴るよりも、「女はどうどうだ」の”ジェンダー”が悪なんて。
「DVを後ろで支える未婚の女」と一句腰折れをば詠んでいる場合ではなくて他の同級生は何社も面接したのに、先生の妨害でプー決定で、本当に悔しい思いです。
ここの掲示板やここの常連さんのサイトで教育の話をみて、先生が間違っていたとわかりつつ、あらためて「おかあさん」というサイトを立ち上げます。
そのためには、ハードルがあって何年掛かるかわかりません。
まずプータローでは、どうしても言動が変だし。仕事を一生懸命すると、コミュニケーションとか総合でアップするみたいなので、どうしても就職からしたい。
PCを買いたい。いつまでもネットカフェでもないし。そしていっぱい勉強して、興味を持ってもらえるサイトにしたいです。
こちらの常連さんで炭鉱の写真を見て(でも猫がトップ)、ものすごく寂しさが伝わる写真だったのですが私の地元には全然炭鉱って無く、これはどんなんだろうと思い、これもHPに載せます。
祖父の従兄弟が三池にいて、コネでいくつもの炭鉱で働いた人たちからお話をどんどん聞いてまわってます。
炭都婦人会とか、時には夫婦で坑道で石炭を掘ったりしていたそうです。炭坑婦人会とかがあったんですって。
「おかあさんHP」のなかに「炭鉱のおかあさん」というのを作ります。きちんと調べてわかったことからここにも書きたいです。







鈴彦姫さん

●大沢真理氏の「男女共同参画社会基本法」解説は、「上野千鶴子対談集ラディカルに語れば」の方には、対談の形で載っていますので、露骨にジェンダーフリーの意図が伝わります。ご参考までに。

大沢 私も絶えず戦略的に行動していますから、ジェンダーについて説明し、議論する時には二段階に分けて、最初の一段階のところで理解してもらえば、まあそれで良しとしました。二段階目まで説明すると、やっぱり自分の足元の地面がなくなったように感じたり、怒り出す人がいるわけです。そこは使い分けをしています。生物学的な性差は、セックスだけど、それとは一応区別される、ありとあらゆる文化や社会が作りだした男らしさや女らしさの通念、つまり男女を区分している線、これは人工的に作りだされたものだから、人の意識的な営みによって崩していくことができる。だから性差よりは個人差という社会を作ることができる。これが第一段階ですよね。 
 ここまでは、かなりの人が、そうだねと言うわけですけれど、二段階目というのは、セックスが基礎でその上にジェンダーがあるのではなくて、ジェンダーがまずあって、それがあいまいなセックスにまで二分法で規定的な力を与えているけれど本当はあなたのセックスはわかりません、ということです。女で妊娠したことのある人だったらメスだといえるかもしれないけれども、私などは妊娠したことがないから、自分がメスだと言い切る自信はないし、男にとっては、あなたの子供を生んだことになっている女の人しか、あなたのセックスについて断言できません、こう言ったら、もう男は立つ瀬がないというか。
上野 文字どおり、男が立たない、なんて(笑)。
大沢 このあたりまでついてこられそうで、しかし「生物としての自然というものがあるんだから、ここは絶対譲れない」と頑張る人に対しては言いました。分子生物学では今、染色体がXYでメスもあることになっているし、XXでオスもある。この頃は性転換手術なんていうのもある。不変の自然、変えられないはっきりした区分だと思われていたセックスが、実はあいまいで流動的なものだということが明らかになってきているんじゃないですかと。
 でも、そこまで言わなくても、前段のところだけでこちらの政策論が通れば、それでやめておくというふうにしているわけです。
上野 そういう戦略をとったのは賢いやりかたですね。そうなると、その定義から導かれる実践的な帰結があると思うんです。それはこの法律のパラダイム転換と、直接結びついています。「ビジョン」には男女の特性にしたがった対等な取り扱いではなくて、最終的にはジェンダーの解消をめざすと書かれています。これは画期的なことだと思いますが、これについて合意が形成されたとは、これもにわかには信じがたい。おいおい、本気かよ?という感じです。(笑)

引用終わり
 彼女が二段階目をめざして基本法をまんまと通してしまったいきさつがよく分ると思います。









OLさん
●諸外国のフェミニズムについてお知らせしたいことがあり,メールを送信しました。私が読んだ本からです。

 まずは,イギリスなのですが子供が流行なのだそうです。
 なぜ,子供が流行したか,それは,フェミニズム運動でいくところまでいった結果,女性を子供に向かわせた。
 つまり,フェミニズム運動により女性は結婚も子供も必要なくなり,がんばって総理大臣,裁判官,銀行頭取になった。
 しかし,たいしたことなかったんだキャリアなんて・・・・という絶望感が女性を子供に向かわせた。
 少子化経由の子供回帰なのだ。
 緑ゆうこ「イギリス人は理想がお好き」より

 アメリカでも,フェミニズム運動が行き過ぎなところがあり,運動の犠牲になった女性も多い。女の自立を鵜呑みにしすぎた女性たちが過ぎ去り日々を苦い思い出で振り返るといった報道もなされるようになった。
 廣淵升彦「スヌーピーとアメリカ」より

 どうやら,イギリスもアメリカもフェミニズムの欺瞞に女性自身が気付きはじめて,家庭回帰に向かいつつあるというのに,日本は今ごろになって同じ過ちを繰り返そうとしています。

 新聞や雑誌もそうなのですか,「働く女性はすばらい」とばかりに報道し,バスに乗り遅れるなと女性をあおっています。 
 日本のマスコミによくあることなんですが,一つブームが起こると,何を報道すべきか問うのではなく,時流にのって中身を検証せずそのまま報道する。
 そして,ブームに合わない言論は抹消されてしまう。
現在,フェミニズムは正義であり,フェミニズムに反対する言論は抹消されてしまう。
 こうして,マスコミの報道を鵜呑みにし,男性政治家及び官僚がフェミニズムにこびて,誤った方向に進んでいく。
 日経新聞は特にそうなんですが,少子化の解決は仕事と家庭の両立しかないのだから,働く女性を支援しようという論調が目立ちます。
 しかし,イギリスの例を見ても,女性の社会進出が少子化に向かわせ,家庭回帰こそが少子化の解消の近道なのです。

 小浜逸郎と櫻田淳の「弱者というタブー」で「災いとしてのフェミニズム」の章によると,独身女性に理想の就労アンケートをとったところ,専業主婦,子供が大きくなったら再就職を合わせて7割を越え,子供が産まれてもそのまま就労継続は2割弱ということは,日本人女性の多数は自分の子供は自分で育てたいと考えている。
 なのに,実際は2割弱の少数の働きつづけたい女性ばかりを優遇し,専業主婦に対しては,配偶者特別控除枠の廃止といったように,家庭における子育てが非常に難しくなるような方向になってきている。
 これでは,ますます少子化が進むでしょう。

 それに,競争社会である以上,すべての女性が成功できるわけでもなく,アメリカのようにフェミニズム運動の犠牲者が日本にも多く現れるでしょう。
 どうも,欧米では共働きが普通なのだから,日本もそうあるべきだという,浅はかな欧米にならえ的な発想でやっているのではないでしょうか?

 欧米人は日本は男性が女性を従わせ,女性の社会的地位は40年も遅れていると思っているようです。その話を聞いてフェミニストは「そうだそうだ」と思い込み,本当にそうなのか検証もせずそのまま言われたことを流している。

「スヌーピーとアメリカ」で,
 日本人女性の中には欧米の男性は日本の男性より女性に優しく理解があると思っている人も多い。確かに仕事という点を挙げれば,女性の社会進出の機会は日本より開かれている。
 しかし,社会全体で見たときどちらが女性に優しい社会が検討してみる必要があるのではないだろうか。
 日本には何人かの女帝がいたし,欧米のジャーナリストが知るよりは武家や商人の女たちは遥かに力を持っていたのだ。
 むしろ,フェミニズム運動がアメリカで起きたこと事態がアメリカが男性中心の社会であることを物語っていないだろうか。
 見せかけや表面で異なる二つの国を比較するべきでない。
実際日本に二ヶ月間滞在していたフランス人が「日本人は黒髪と目は一重で男性が女性を従わせていると思っていた。しかし,実際は茶髪で目はパッチリで,むしろ逆だった(女性が男性を従わせていた)。真実は全て逆だった。」

 なんて,言っているんです。女性の社会進出が遅れているからって,日本人女性が男性に従っているわけでもない。

フェミニストが見せかけや表面で日本と欧米を比較し,「女性の地位が低い」と騒ぎ,マスコミも調べもせず,そのまま報道する。
 そして,女性の社会進出をなんてことになる。
 この流れを変えるにはどうすればよいか?

 イギリスは家庭回帰により,出生率が回復したこと。アメリカは行き過ぎたフェミニズム運動が女性を不幸にしたこと。
 保育の社会化を行ったスウェーデンは財政を圧迫し,親の無責任体質を生み,犯罪が増加したこと。
 スウェーデンと同じデンマークも同様に,犯罪の増加や自殺が増加していること。
 欧米のフェミニズム運動の負の遺産を粘り強く報道し,社会進出が進んでいなくても日本女性はかなり力を持っていること,

 自分の子供は自分で育てたいと思っている女性が多数いることをもっと世間に広めていかなくてはならないでしょう。

 流れを変えれば,一気に方向もかわるでしょう。
「労働力不足をどう補うのか?」と,言われたら,
「一人の男性が15〜16時間働いている状態なので,労働時間を減らしていき,余った分を中高年でリストラされた人や,フリーターの若者を優先的に雇用を促進すればいい。むしろそのような人を無視をし,現在の経済状況で,女性の社会進出を促すと,男女ともに高所得者のグループと男女ともに失業するグループと二極化が進み,失業率があがってしまう可能性がある。

 むしろ,統計でも自分の子供は自分で育てたいと考える女性が多いのだから,家庭での育児が専念できるように男性が働けるようにするほうがよい。」

「働く女性を支援するために,産前産後及び育休や保育施設を増設しても,効果があるばかりか,むしろ逆に下がってきている。(男女雇用機会均等法の制定が80年代)」

「20年近くやっても効果がないのは,政策として失敗だったと認識したほうがいい。むしろ,家庭における育児支援に方向転換し,20年間同じようにやってみて出生率が上がるかどうか試してみるといい。」とか,どうでしょうか?

「さんざん子供にゆとりをもたせろ」と騒いでいたマスコミも,「分数ができない大学生」という本が話題となり,学力低下が著しくなるやいなや,「学力向上を」と言い出し,文部科学省も「ゆとり教育から学力向上へ」と方向転換せざるを得なくなった。
サイレントマジョリティーの声を多数にして世論を動かしていくしかないのでしょうか?




恐るべきフェミナチの実態を見てください! 
●福岡市緊急リポート(上)・男女共同参画条例案、ごり押し姿勢明白に
「反対派の意見は関係ない!」/懇話会条例検討委員が暴言(世界日報より)

 福岡市は、男女共同参画推進条例案について市民の意見を一カ月間(九月十三日―十月十四日)にわたって募集し、その集計結果をこのほど公表した。それによると、約六千に上る意見の大半が条例案に反対を表明している。だが、条例案を検討する懇話会委員は「多数の反対意見より、推進を望む少数意見を採用する」と発言。市民の意見を聞くというのは形だけで、「男らしさ、女らしさ」を否定するジェンダーフリー教育や「性の自己決定」など危険な六項目を盛り込んだ条例案を、最初からごり押しする戦術であることが明確になった。(山本 彰)

 十一月五日午前十時――。
 福岡市役所の第五特別会議室で同市の男女共同参画推進懇話会・条例検討部会(第十二回)が始まった。市が条例案のたたき台とする「中間取りまとめ」に対する市民からの意見(パブリックコメント)の募集を行って以来、初めての会合だ。
 それだけに市民の傍聴者も多く、十二人の定員のところに二十七人が入り、満席となっていた。この日の議題は、「中間とりまとめ」に対するパブリック・コメント結果について。意見の集計も終わり、委員には条例案に対する賛否の意見の割合が、圧倒的に反対論が多くなっていることが分かっていた。
 傍聴者たちが、意見の集計結果に則して、委員がどのようなやりとりを行うのか見守っていると、出席していた四人の女性委員たちから耳を疑うような発言が飛び出した。
 「懇話会としては、これまでの案を大勢として進めていく方向だから、こういう反対意見があっても取り上げない」というのである。さらに「大多数の意見は組織的に行われた疑いがあるので、これを調べてみなければいけない」、「少数意見でも、こ
の条例案を進めていこうという意見は正しい意見だから、これは取り上げるべきだ」
などと口々に語った。
 傍聴していたKさんは、これを聞いて驚きと憤りがこみ上げてきた。条例案見直しを求めたのは残りの一男性委員だけで、「この懇話会委員の方が、組織的に条例案を無理やり決定しようとしているのではないか」と感じたという。
 公表された意見集計を見ると、まず「全般」の部分で反対意見が賛成意見を凌駕(りょうが)。「前文」でも「男らしさ、女らしさを一方的に否定しないようにすること」とクギを刺す意見が圧倒的だ。また各論でも、「ジェンダーフリー教育」や「女性の性の自己決定権」でも反対意見の数が賛成より勝っている。
 「公衆に表示する情報への配慮」(表現の自由の規制)、「家族が従事する自営業における男女共同参画」(家族経営協定)に関しても反対意見が賛成より多い。「配偶者への暴力禁止規定」に関しても、DV法が別にあるため、不要論の方が上回っている。
 推進側の方が多い項目は、「公正な苦情処理機関」の設置、「性別による固定的役割分担慣行の見直し」、「市の積極的格差是正措置」など少ない。
 しかも、反対論は多様な理由で展開されており、「組織的に行われた疑い」を感じ取るのは困難だ。
 これに基づく限り、条例案に、性差否定の文言、ジェンダーフリー教育などは入り込む余地はない。
 今年の七月一日、福岡市議会で、高山博光議員(平成会)は、懇話会委員の構成が過激なフェミニスト団体が束ねられた「男女共同参画推進条例を作る会」(以後、作る会)に偏っており、当初から一つの意図をもって条例案作りが進められているとの疑問を呈した。
 作る会主催の勉強会ビデオを入手した高山市議によると、石森条例検討部会長は、中間案もできていない段階で、「条例には仕掛けが必要」との判断を示していた。
 さらに、(1)福岡市には率先垂範を厳しく求めて、女性職員の能力開発、管理職への登用、基準を突き付けて守らせる(2)自治会等地縁団体への仕掛けは、補助金を支給されているなら協力を求め、町内会の役員は半分女性にせよと言(3)補助金支給対象の事業者には男女共同参画の報告を求め、公共契約事業者には、取り組んでいるところには優遇して発注していく――などと語ったという。
 高山市議は、「こんな部会長、責任者は交代させるべきだ」と述べ、さらに、第二回条例検討部会(三月十九日)では、六人の一般市民が意見を述べたが、そのうち四人は条例検討委員会と同じ「作る会」に所属する人だ、と不信感を表明。
 角博美委員が在籍している「翼の会」、原田委員が属する「女性協議会」、東定委員がいる「北京JACふくおか」、それに条例委員の福大教授のゼミの生徒の四人が発表。中立の一般市民選出者は二人にすぎなかった、というわけだ。
 その上で、「身内だけの協議で、一般市民の知らないところで急ぎ過ぎていないか。こんな人選でいい条例ができるのかとても心配だ」と危惧(きぐ)を表明した。













はるぽんさん
●われわれ田舎の議員たちは水際でジェンフリを食い止めようと努力しているわけです。ところが、敵も手を代え品を代え色々な方法で流入しようとしています。果てしのないモグラ叩きをやっているような錯覚を覚え途方に暮れることもあります。
 教育現場を何とか正常に戻したら、今度はJA(旧農協)の女性部に食い込む。そこも何とか駆逐できるかもしれないとの予感を持った頃には市役所に忍び込むという際限ない追いかけっこ状態です。
  
過疎化が進む地域、高齢化が進む地域のみならず、人口が減少する地域は、今後、社会規模の縮小に伴う行政サービスの縮減をどのように進めていくかという大問題の解決を迫られます。

増税を覚悟するならば、従前の行政サービスを享受できるでしょう。しかし、それが嫌ならば、行政サービスは必然的に縮小せざるを得なくなります。そのときに縮小する行政サービスを補完する主体は何か。それは地域であろうと私は考えています。否応なしに「俺たちの地域は俺たちでやっていくんだ」との路へ進まざるをえないわけです。
今までなら、お上(=市役所)に文句を言うこともできたわけです。ゴミの収集が遅ければ文句を言い、除雪がなっとらんと苦情を言い、道路を作れ声をあげる。ところがこれからの世の中、文句を言おうにも肝心のお上がいなくなるような事態が起きるわけです。どうにもならん、俺たちのことは自分らで片付けるより他にない・・・・・それは、ある意味で、必要最低限の行政サービス以外は排除して、みんなで寄り添うように生きていきましょうということでもあります。

そのような方向性をもって、来たるべき高齢化社会・縮小社会にソフトランディングさせようとわれわれは試みています。文字通りの生き残りを賭けた選択です。

そう考えるときに一番の弊害は何か。家族の紐帯、地域の親密さ、そういった基本的な部分で致命的瑕疵が生じることです。これを失うなら、われわれの構想は画餅に帰することになります。
 
私は心底、腹ただしい。
男女共同参画推進者たちが自説を滔々と述べて悦に入るのは構いません。しかし、自分の口から出た言葉がどれだけ地方の政治を阻害しているのか、自分たちの自治体の未来を真剣に考えている人たちの手をどれだけ煩わせているか、それについて想いを馳せずにただただ自説を垂れ流している彼らの醜悪な面を眺めていると張り倒してやりたい気分になります。

男女共同参画が良いものだと信じ込まされてしまった人の誤解を解くのは易しいものではありません。「良いものなんだ」と先入観を植え付けられてしまった後で、私がいくら説明しても「いきなりやってきて『男女共同参画は間違っている』と言われてもねえ・・・・」となってしまう。ほとんどの場合、素直にうなずいてはくれません。 
田舎の人間は根が純朴ですから、権威に弱いんです(笑)。「なんだか知らないけれど大学の偉い先生が言ってたよ。男女共同参画はいいことなんだって」「国が男女共同参画を進めるんだから、やっぱりそれなりにいいんじゃないの?」「TVに出ている有名な評論家・・・・・・あれ何て言ったっけ?あの人が男女共同参画社会を誉めてたよ」・・・・・・・・
それでも根気よく、ある時は事実を示し、ある時は理屈で攻め、ある時はギャグでごまかし、ようやくのことで納得してもらう。やれやれと胸をなでおろすと、今度はその隣にいた人が「男女共同参画社会の実現を目指しましょう」と言い始める。
 「馬鹿か!お前らは。そんなモノ鵜呑みにするなよ」と言いたくなるのをこらえて、今度はその人を説得にかかるわけです。その繰り返しです。
 
 思うに、地方には私と同じような情けなさを噛み締めながら水際作戦を繰り広げている人たちが多数いることでしょう。



 
 



西さん
●22歳の大学生ですが、どうしても思いがあって書きました。今度、私と音楽活動を共にしたロックギタリストの親友がアメリカへ旅立つことになりました。彼はバンドでは本当にパワフルでハードで熱い奴でした。私が音楽やるうえで、私自身の良さを引き出してくれたとも言える奴でした。名残惜しいです。

それ以前、彼と一緒にバンドやる以前は男性に対してものすごく潜在的な偏見を持っていたかもしれないです。やっぱり女性に対する暴力や差別の問題なんかを高校ぐらいの時授業で聞かされて、その印象が強烈すぎて。心が感じやすいのかもしれません。だから、バンド組んだ5人の中で、女はボーカルの私一人になった時、正直すごく不安だった。だけど、メンバーの男達は絵に描いたような乱暴で悪い奴じゃなかったし、自分のことを良きメンバーとして心から認めてくれました。それで私も彼らに心を開くことができるようになりました。下ネタが飛び出しても笑い飛ばせるようになりました。

よく、ジェンダーの問題で、「男は攻撃的で暴力的で、女は馬鹿だと思っていて、そんな女を暴力的に従属させ抑圧することで満足感を得、それが男らしさとして正当化している」という感じのことが言われますよね。無礼極まりない誹謗中傷というか、よっぽど男性恐怖症に支配されたかわいそうな女性っていう感じです。ごく常識的な意識の持ち主なら、まっとうに働き、子供を教育する女性を尊敬しているし、犯罪を憎んでいますよね。
いや、何が言いたいのかというと、女性の方こそ男性にそういう偏見を持たずに、おおっぴらに広い社会の中で人間付き合いをしていこう、そうでないと損だ、ということです。実際問題として差別や暴力の被害にあった女性が、男性や社会をのろう気持ちは分からないでもないですが、たとえどんなに重い状況におかれても、男性や社会に絶望しないでほしい、そりゃ信用できない悪い奴は(男でも女でも)いるけど、それは一部だけで、信頼できるいい人は必ずいる、ということを言いたいです。

「てぶくろを買いに」という話がありますね。子ぎつねは母ぎつねから、「人間は怖いんだよ、きつねを捕まえて食べちゃうんだよ、絶対信用しちゃだめだよ」と言われて町へ手袋を買いに行きますが、人間はぜんぜん悪い人じゃなかった、と知る話がありますね。あの話が気に入っています。

ちなみに、全然学術文ではないですが、下のリンクに貼ってる「ファンシーな女」読んでみてください。これに、思わずフェミニストの女との意外な類似性を見出してしまったのは私だけでしょうか?
http://www.shinchosha.co.jp/usatama/rensai/19.html