
<函館五稜郭>
「星型の城の起源」
五稜郭の特徴である星型の城の起源は16世紀頃のヨーロッパである。
戦乱の相次ぐ中で、町全体を城壁で囲んだ「城郭都市」が数多く造られましたが、
銃や大砲が発達してくると、これに対抗して防御側の銃の死角を少なくする構造が考案されました。
こうして誕生したのが星の形をした城である。
これらの城郭はヨーロッパ諸国の海外進出・植民地拡大に伴い世界各地に造られました。
これに対して五稜郭は、西洋の技術に始めて接した幕末期の人々が、
新しい時代の象徴として自らの力で築いた「和魂洋才」の象徴といえるのだという。
それではここで、世界各地の星型の城を紹介する。
「オランダ…ヘレヴーツリュイス」

「オランダ…ウイレムスタット」

「フランス…カレー」

「ドイツ…ミュンスター」

「イタリア…パルマノヴァ」

「オランダ…ナールデン」

「オランダ…ドッカム」

「フィンランド…ハミナ」

「ロシア…サンクト・ペテルブルグ」

「オランダ…ブールタンユ」

「キプロス…ニコシア」

「カナダ…ハリファックス」

「日本長野県佐久市…龍岡城五稜郭」

「日本北海道函館市…函館五稜郭」

五稜郭は、安政1854年に結ばれた日米和親条約(神奈川条約)によって
開港された函館を初めとする北辺の防備のため、江戸幕府の手により、1857年4月に着工され、
1864年に完成した西洋式の城であり、1867年10月の大政奉還後、新政府に移管された。
1868年に起った戊辰戦争では旧幕府脱走軍榎本武揚らによって短期間占拠されたが、
新政府軍に平定されてから開拓使、陸軍省の所管を経て、1910年以降公園として市民に開放されている。
城の形が五稜形をしているのは、守備の際に死角をなくすためであり、
武田斐三郎の指導のにもとに、西洋式の築城法をとりいれて作られたものである。
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急に函館五稜郭が見たくなった。天気予報では函館は今週の中頃から雪が降り始めたという。
例年より随分早い積雪、雪の五稜郭、まだ星型の掘をイルミネーションが彩るのは
早い気がするが・・・思い立ったら吉日、寝台特急北斗星の空き状況を確認すると空いていると言う。
寝台特急のいい所は、好きな本を読みながら朝目覚めたら目的地に着いていることである。
因みに持ち込んだ本は、西村京太郎寝台特急北斗星殺人事件・・・ではない
日本冒険小説協会大賞受賞作、志水辰夫の「行きずりの街」である。
上野発19:03分発、函館着6:34分・・・ざっと12時間の旅である。
帰りはどうするの・・・帰りのことまで考える余裕はない・・・行き当たりばったり!!レッツゴー
「寝台特急北斗星」


何しろ6:34分に函館に着いたのだから、時間的余裕はいっぱい。
函館駅前の函館朝市で、函館名物「活いか定食」を食べ、ついでに我家に「毛がに」を送った。
目的地五稜郭まではタクシーで12〜3分だろうか
五稜郭タワーからの景観は期待したとおりの雪景色でございました。
積雪いっぱいで星型の輪郭が分からなくなっているよりは、このぐらいが調度いい。
タワーの窓は綺麗に磨かれており、撮影にはなんら影響がない。
おまけに一番乗りであります。
まずはタワーからの雪化粧の五稜郭をご覧あれ!!



「ここからは望遠レンズに取り替えての撮影です」


真ん中に見えている建物は「箱館奉行所復元工事中」です。




「お城の健ちゃん」函館に渡る_2へ続く

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