宝 成 寺
江戸時代初期にこの地を治めていた成瀬氏の菩提寺
成瀬正成は幼少より徳川家康に仕え、家康の子の義直が尾張徳川家を創設した際、お付家老として後見した。
正成は当初、栗原藩に四千石を与えられ、やがて三万石余の犬山城主となった。正成の跡は、長男正虎が犬山城主を継ぎ次男之成が栗原藩を継いだが、栗原藩は之成の子之虎が早死にして廃絶し、幕府直轄藩となった。
第七代犬山城主正寿の墓・・県内最大級の大きさ
成瀬之成・之成に殉死した三人の墓
犬山城・・・・1607年尾張徳川家初代の義直(家康の九男)が清洲城主として入封、その家老役の平岩親吉が犬山城へ入った。しかし世継ぎがなく廃され、1616年成瀬正成が、義直の後見役として犬山城主となり、明治維新を迎えるまで、代々成瀬家が尾張徳川家の筆頭家老として城主をつとめた。